413 護衛依頼料、学校へ報告、師匠の定義
ところで、冒険者ギルドから報酬が出ていると言われて書類を手渡された。
「先週末の合宿での護衛代として、入金されているよ」
クラルに言われてびっくりした。
「……そういえば、お礼が出るかもとは言われたけど。これ、金額間違ってない?」
品物にすると言っていたが結局どれにするか決まらなかったようだ。それにしても金額が多い気がしてクラルに聞いてみたが、彼は首を横に振った。
「ないと思うよ。なんでも食事代も含めてのことらしいし。代理の方が来られたけど、他の親御さん達ときちんと話し合った末のことだから、もし万が一気にするようだったら伝えてほしいって。相場よりは高いから担当の職員が確認したんだけど、そんな風に言っていたらしいよ」
「そうなんだ。じゃあ、有り難く受け取っておこうかな」
「今回はどうする? 飛行板の方の代金もあるし、確か大金は下ろしておくんだよね?」
預けていても良いのだが、預貯金を把握されているのも怖いので、下ろしてもらうことにした。
「学校で引き落とされる分もあるから、少しだけ置いておいて。キリの良いところでお願いします」
「うん。ちょっと待ってね」
ギルドカードを水晶の魔道具に翳して、クラルが首を傾げた。
「シウ、引き落とすも何も、学校で全然お金使ってないよね?」
「……あっ、そうか。食堂で使ってないや」
学費は年払いだし、必要なかったことを思い出した。
「うーん、でもまあ使うことがあるかもしれないし」
クラルは笑うと、何度も確認した上で経理に回してくると部屋を出て言った。出ていく時に、
「次にこの部屋へ来るのは経理の子だと思うけど、許してね」
と言って。
その後、お金を抱えて入ってきた、普段は奥の部屋で作業をしている経理の職員が二人やってきて、シウに金貨の入った袋を渡すや否やブランカを覗きこんで和んでいた。
帰り際に受領印をもらうのを忘れていたみたいで、慌てて戻ってきたぐらい、目当てがなんであったか分かり易い人達だった。
途中で目が覚めたブランカが鳴きだすと、廊下を歩いていた職員が覗きこんできた。
部屋に入ろうとしないのはブランカが鳴いているせいだろう。
「見るならどうぞ。サボっても大丈夫ならだけど」
と言うと、そこにいた三人全員が入ってきて、哺乳瓶を咥えて一生懸命に山羊乳を飲んでいるブランカを最後まで見ていた。
本当にサボるとは思わなかったが、まあこれでストレスが発散されるのなら良い。
それぐらい、赤ん坊の威力はすごかった。
夕方、屋敷へ戻るとそわそわしている空気が伝わってきた。
冒険者ギルドでもそうだったが、しばらくはこんな調子だろうなと思う。
なによりも、シウ自身、そしてフェレスが新しい命の出現にそわそわしている。
ブランカが大きくなるまではきっとこの子に、振り回されるのだろうなと楽しく考えた。
それから、次に生まれるであろう卵石の子にも。
翌、金の日は学校を休もうかどうしようか悩んだものの、一応行くことにした。
先生に相談した上で授業をどうするか考えようと思ったのだ。
先に執務室へ顔を出したのだが、レイナルドも秘書もいなかった。
それならと、アラリコの部屋へ行き、事情を説明した。
「……なんとまあ幸運なのか、何と言えば良いのか分からないが、それはまたすごいね」
抱っこひもの中のブランカを見て、アラリコとは思えない目じりを下げた柔和な笑みを見せる。
「希少獣の赤子は常に抱いて世話しておくべきだと聞くから、学校内に連れてくるのは構わないよ。君も二度目で慣れているだろうし、まあそれ以前にしっかりしているから問題もないだろう。登録も済ませたというからね。まあ、問題は在らぬところからやってくるかもしれんが、とにかくできることは全部しているようだから学校側としては問題ない。申請書類にも不備はなし、と」
秘書に書類を渡したのだが、その秘書は受け取ったままひたすらブランカを見つめていた。
「とりあえずは、この子のことを第一に考えてあげなさい。いざとなれば休学も可能だ。狙われる心配もあるが、これだけきっちりしていれば大丈夫だろう。君が相手では盗難もないだろうと思うが、気は抜かないことだ。いいね?」
「はい」
「うむ。君に限ってはないと思うよ。僕も気を付けておく。ああ、生徒会にも報告しておきたまえ。今季の会長は頼りになるだろう」
先生がそんなことを言っていいのだろうかと思ったが、先生も人なのだから合う合わないはあるよなあと納得して頷いた。
それからアラリコと秘書の人に挨拶して部屋を出て行った。
秘書は最後までシウを見ないでブランカばかり見ていた。その顔は見るも無残に美女の顔を崩していた。
ドーム体育館へ着くと、レイナルドがもう来ていた。
他にも生徒達が来ていたがまだ全員でもないようだった。
レイナルドは体育館の隅に新たな機材なのか、荷物を搬入している最中で、業者と話し込んでいる。何を入れてるんだと目を細めていたら、シルトがやってきた。
目の前で逃げるのも失礼なので立っていたら、
「言われた通りのことをしたぞ!」
と胸を張って言われた。
「……本当に『礼儀作法の在り方~初歩編~』を読んだの? 暗誦だよ? アラリコ先生の言語学もちゃんと学んだ?」
学校敷地内ぎりぎりを走るのは彼ならできそうだが。
その他は信じられないので、後ろの従者二人を見た。クライゼンは頷いていたが、コイレが困惑げだ。あ、やっぱり、と思って半眼になった。
「誓言魔法を使っても良い?」
「な、なんだとっ!」
「本当にやったのなら、使っても良いよね? まさか師匠になってほしいと願う相手に、断るの?」
「くっ……」
「それとも、嘘をついたわけじゃあ、ないよね?」
「……ぐっ」
いや、そこ、悔しそうに呻くところじゃないから。
内心で突っ込みながら、シウは呆れた様子を見せないように必死で表情を整えた。
「あのね、人に教えてもらいたいのなら、その人を敬う心がないとダメなんだよ? 強さって言うのは、体を鍛えることだけじゃない。むしろ、心を鍛えないと、いつまでたってもただの木偶の坊だ。本当に強い相手には勝てない。今の君には理解できないと思う。だから僕は、最低限これだけは覚えてって意味で礼儀作法を学ぶように言ってるんだ。言語学を学ぶように言ったのも君が言葉知らずだからだ。教わる相手に偉そうな態度を取っているから、てっきり誰も君に教えなかったんだと思ったんだけど、違うかな?」
そう言って、シルト、それからコイレとクライゼンを見た。
「それとも教えてくれる人の言葉を君が勝手に排除したか、だ。言っておくけど学校を出たら誰も教えてなんてくれないんだよ? 親切に教えてくれるのは今だけなんだ。その人達に対して君の態度は間違っていると、僕は思う。だから学ぶように言ってるんだ。それができないのなら僕は君の師匠になんてならないし、弟子を名乗ってほしくもない。恥ずかしいからね」
「……あ、え?」
ガーンと音が鳴っているかのような大袈裟な態度を取るシルトに、クライゼンが慌てて駆け寄りギッとシウを睨みつけた。
「この際だから言っちゃうけど、従者として主を諌めるのも仕事のうちだと思うよ?」
「なっ、俺を愚弄するのか!」
「僕がもし貴族だったら、僕の方こそ愚弄するのかって言うところだよ」
「あ」
コイレが真っ青な顔になった。
「君ら、僕が庶民だからと高をくくってるでしょう?」
「も、申し訳ありません!」
コイレが謝ったけれど、他の二人は訳が分からないと言った顔をしている。
「僕はここの生徒で、クライゼン、君は従者なんだよ? いくら平等を謳っている学校内でも、従者が暴言を吐いていいわけはないんだけど、分かってるのかな。シルトの態度も大概だと思うけどさ。でもそれらは、礼儀作法の在り方を読んでいれば分かることなんだ」
「シウ様、申し訳ありません。どうか、お許しください」
「……コイレは悪くないよ。君は限られたところで精一杯頑張っていると思う。大変だなあって同情するほどだけど、それは頑張っている君に申し訳ないよね」
「とんでもない、です」
「勉強する気があるなら、知り合いの獣人族の従者を教えてあげたいぐらいだけど」
無理だろうなーとシルトを見て思った。
わなわな震えて、拳を握りしめている。
殴りかかってくるかなと思っていたが、耐えているようだ。
「……もし、お前の言う通りにやったら、強くなれるのか?」
「そこでそう言っちゃうから、シウが叱ってるんだろうが」
そこでようやくレイナルドが間に入ってくれた。
絶対に楽しんでいたに違いない。にやにやと笑いながら聞いていたのだ。人が悪い。
「本当に分かってないやつだな。大体、お前ごときがシウの弟子になれるかよ」
「はっ!?」
「自分のレベルも理解してなければ、相手の能力にも気付かんアホは無理だっての。もっと鍛えろ。この馬鹿が」
そう言ってゴンと頭を叩いた。どこかの世界だと体罰だと騒がれそうだが、このクラスでは誰も何も言わない。愛の鉄拳なのだ。
「とりあえず、お前は俺が鍛えてやろう。馬鹿な奴ほど可愛いと言うし、いつか可愛く見える時が来る、かもしれん、たぶん……」
「先生?」
「おお、すまん。つい本音が。とにかく、鍛えるのは俺がやるから、シルトよ、お前はシウに友達になってもらえるようもう少し下手に出ろ。友達ってのは偉そうにすることじゃないぞ。そうだなあ、目の前にいるのは憧れの女性ぐらいに思っておいてちょうど良いんじゃないのか」
そう言ったレイナルドを、シウのみならずシルトとクライゼンも半眼になって見たのだった。
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