412 ブランカ誕生、騎獣登録




 木の日は朝から大騒ぎだった。

 騎獣の赤ちゃんなどそうは見られないものだから、ブラード家の人々は全員がそわそわしていた。

 そう、あのカスパルでさえ、だ。


 抱っこしながら賄い室へ入ろうとしたら、普段はこんなところにいないカスパルまでいてびっくりした。全員でどうするか話し合っていたそうだ。

 騒がしくしてもいけないし、しかし見てみたい。どうしたものか、ということらしかった。

 ちなみに、皆に囲まれてもブランカは肝が太いのか眠ったままだった。

 お腹いっぱいで、息をするたびにぽんぽこに膨らんだお腹が揺れていた。

「……可愛いものだな」

「本当に。これほど愛らしいとは思いませんでした」

 普段冷静沈着なロランドも蕩けるような笑みを見せた。

 カスパルの口調も冷静なのだが、目は笑んでいる。

「この子もフェーレースのようだけど、偶然フェレスと同じ種族が生まれるなんてすごいものだね」

「名前は何にしたんだ、シウ」

 カスパルとダンに言われて、シウは苦笑しつつ答えた。

「ブランカ、と。白いって意味なんだよ」

 鑑定したことについて今は言わないでおこうと、種族については黙っておく。

「しばらくは、この子に付きっ切りになると思うから、いろいろ迷惑かけると思うんだけど」

「それは構わないよ。むしろ普段君にお世話になっている部分が多いのだから、うちの者達も了解している。それより、僕や皆が力になれることがあったら遠慮なく言ってほしい。ブランカには君が必要だから、それ以外の仕事でもね」

「ありがとう」

「フェレスは、散歩は、まあ大丈夫かな?」

 フェレスを見下ろしてカスパルが笑った。賢いし勝手にやるだろうと思ったらしい。実際、庭に出てひとりで走り回ったりもしている。

「リュカも、自分のことは自分でできるとさっき宣言していたからね」

「え、そうなの?」

 食事の時にはまだスサなどについてもらっているリュカだったが、ブランカが生まれたことを知ってやる気になったようだ。

「僕、お兄ちゃんだもん!」

「そうだね。偉いね」

「わたしもリュカの面倒を見ますから、安心して子育てしてください!」

 ソロルが手を挙げて言った。

「わたし達もお手伝いできることはなんでもしますから、仰って下さいね」

 スサ達もそう言ってくれて、シウはありがとうとお礼を口にした。

 それから1人1人にブランカを見せてあげた。

 まだ生まれたてなので、シウの手の中のブランカを見るだけだったが、皆がロランドのように目を蕩けさせていた。


 その後、抱っこひもを作ったり授乳をしたりして午前中を過ごし、午後に冒険者ギルドへ出かけた。

 前回のフェレスの時は初めての子ということもあって宿にほとんど引きこもっていたけれど、沢山の本や騎獣屋での知識を得た今となっては、大丈夫だろうと判断できた。

 しかも結界魔法が使えるので、少なくとも他の乳児よりはかなり安心できるはずだ。最高のボディーガード、フェレスもいる。

 フェレスにはスカーフの下に抱っこひもも付けた。万が一のことがあれば、そこにブランカを入れて逃げてもらうことも可能だ。

 とにかく、分かる人が見れば呆れるほどの万全の体勢で、シウ達は外出した。


 まず、一番の問題の騎獣登録を済ませる。

「えっ……騎獣ですか」

 受付の女性に驚かれたものの、すぐさま別室へ通された。

「すぐに本部長が参りますので!」

 そう言うと慌てて出て行ってしまった。

 抱っこひもの中のブランカは出掛ける前に授乳したばかりなのでお腹をまんまるにして寝ていた。口元をむにゅむにゅさせていて、お乳を飲んでいる夢でも見ているのだろうかと思うと、笑ってしまう。

 フェレスが気になるのか背伸びしようと少し浮き上がったので、見せてあげた。

 今回はギルド内に連れてきているのだが、誰も何も言わなかった。

 そこへ小走りに近付いてくるアドラル達の気配を感じた。ドアの前で一旦立ち止まり息を整えているのは偉いと思う。

「や、やあ、久しぶりだね!」

 タウロスとルランド、スキュイもいた。勢揃いだ。

「それで、騎獣の子というのは、あ、いや、登録だったね」

「はい。あー、その前にこれが証明書です。念のため」

 里帰り中に卵石を手に入れたという証明書を作っていたので、渡した。

「シュタイバーンの森で拾いました。誓言魔法により、あちらの教会の神官と貴族家の方に立ち会ってもらって作っています」

「た、確かに。間違いないようだ」

「……用意周到だねえ」

 交渉担当のスキュイが苦笑しつつ、そわそわとシウの腕の中を気にした。他の面々もそうだ。気になってしようがないのだ。

 シウは笑顔で、抱っこひもの中のすやすや寝ているブランカを見せてあげた。

「この子です」

「お、おおー!!」

「本部長お静かに」

 小声で注意されて、アドラルは慌てて口を閉じた。

 それから、そっと覗きこむ。やっぱりここでも皆の顔がほんわかと崩れていく。

「かっ、可愛い……」

「なんて可愛いんだ。信じられない。真っ白で、お腹がぽんぽんしていて」

 男達が身悶えする姿は可愛くないが、気持ちは分かる。シウもブランカを見ていたら笑みしか出てこない。フェレスもだ。

「それで、用意周到ついでに今のうちに登録しておこうと思って。何かあったら悔やんでも悔やみきれないから」

「おお、そうか、そうだね!」

 このギルドで登録することは珍しいことだが、ないわけではない。希少獣のうち、小型の物なら貴族から下げ渡されることもある。またシウのように他国で手に入れた卵石を連れて旅をしてきた者もいる。

「あ、そうだ、それなら念のため、神官を呼びにやろう。その方が万全だろうからね」

 スキュイが言い出して、すぐにルランドが飛び出した。そんなに走って行かなくてもと思ったが、彼らなりの誠意なのだろう。

 待っている間に、もうひとつの卵石についても説明した。

 今もお腹に入れているが、そろそろ孵る頃合いだ。

「卵石が2つ……」

「え、ていうか、フェレスと合わせると3つ?」

 すごい確率だと驚くので、彼等に少しだけ本当のことを説明した。

「実は最初にこの2つを拾ったのは別の子達なんです。でも育てられない理由があって、しかも安心して任せられる知り合いが僕しかいないってことで譲ってくれたというか、押し付けられたというか」

「それはまた嬉しい誤算、なの、かな?」

「僕は動物好きだし、いいんですけどね。悪目立ちするのがちょっと」

「だよねえ」

 スキュイが苦笑した。

「主のいない希少獣の哀れさを訴えられたし、僕を信じて渡してくれたわけだから他の人に譲渡するのも違うなと思って。実際のところは嬉しいだけなんですけど」

「ただただ、目立つんだよねえ」

「しばらくは猫の子として通そうかと思ってます」

「それは了解したいところだけど、どうかなあ」

 スキュイがアドラルを見て、笑う。アドラルは分かっていないようだが、スキュイは気付いているようだ。

「この子、どう見ても大きくなること請け合いの手足をしているよね?」

「あ、やっぱり」

「この前足の太さ、絶対にでかくなるよ」

「でしょうね~」

 フェレスの時とは違って、ものすごく大きくなりそうな予感の太さだった。

 フェレスが本物の猫の子と同じように見えたのは手足が小っちゃくて細かったからだ。それでも猫よりは大きかったけれど。

 やっぱりなーと語り合っていると、息せき切ったルランドと神官がやってきた。以前にも会ったことのある人だった。


 その後驚いて目を細め、笑顔になった神官により、誓言魔法を使った上で騎獣登録を済ませた。

 シウの手作りの首輪も用意して、そこにも付与を施す。

 生まれたての小さな子に首輪をするのは痛々しい気もして嫌なのだが、この国では特に横取りされる心配があって危険なので心を鬼にする。せめてもの慰めとして、フェレスと何度も相談した上で作った柔らかい素材のものにした。

 まだ寝ているブランカにつけてあげると、皆も息を止めて見ていたようで全員でホッとした声にならない息を吐いていた。


 抱っこひもの中にブランカを戻すと、その後は冒険者仕様の飛行板を納品する作業に移った。

「試験運用の結果、特に問題はないそうだ。むしろ絶対に導入すべきと勧められたよ」

 とのことで、≪把手棒≫もこの場で納品を済ませた。

 ルール作りも出来て、これで冒険者ギルドによる冒険者仕様飛行板の貸し出し制度が出来上がった。

 ギルドとしてはそれは新たなルールの導入で記念にもなる日だったのに、ブランカの登場で全部が吹き飛んでしまう日となってしまったようだ。

 シウがギルドを出るまで、入れ代わり立ち代わり、ギルド職員がこそっと部屋に入ってきては戻っていくという謎の行動が繰り返されていた。

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