411 授業中の商品作成と卵石からの誕生




 水の日は朝から生産科の教室で、レグロの許可を取ってひたすら≪把手棒(とってぼう)≫と名付けたスピードアップの付属品を作り続けた。

 冒険者仕様の飛行板はブラックボックス化していることもあり――学校で作るのには問題があるので――昨夜のうちにほぼ納品分は完成させている。どうせならセットで間に合わせたいと思ってせっせと作っているのだ。

 授業中に「仕事」をしているのだが、レグロはそれもレベルを上げるのに役立っているから構わないと、了解してくれた。

 シウの学ぶクラスの先生は懐が大きいのか、大抵自由にさせてくれる。有り難いことだった。


 ただし、これが普通だと思わないようにと、トリスタンからは注意を受けた。

「生徒の自主性を重んじて、その子の力が伸びるように尽くすのが教師というものだとわたしは思っているがね。そうは思わない者も中にはいるのだ」

「そうなんですか」

 それって、たとえば未成年や初年度生は学ばせないと言った専門家の先生達だろうか。

 シウが内心で考えていたことが通じたのか、トリスタンは苦笑して教えてくれた。

「戦略指揮科などは野暮の骨頂だ。君が興味を持っているのなら申し訳ないがね」

「あ、絶対行きません」

 即答したら、珍しくトリスタンは目を丸くして、それから大笑いした。

 彼にはその後、他の先生の話などを聞きつつ、先週作っていた魔術式が上手くいったことなどを報告した。

 先週は新入生や院生の人とあまり話をしなかったので、自由討論の時間には話をしたりと、この日は真面目に授業を受けた。




 夕方、商人ギルドで、学院の食堂側と契約を交わしているちょうどその時に、お腹に入れていた卵石のひとつが動いた。

 慌てて契約を済ませると、レシピについてはとりあえず金の日にと約束して急いで屋敷へ戻った。

 スサ達に事情を話して、孵るまでじっと見守っていたいからと部屋に籠ることにした。リュカは心配そうだったけれど、頑張ってね! と卵石を応援して隣りの部屋に戻って行った。今では1人で寝ており、父親の夢を見て悲しくなった時だけソロルが添い寝してあげているようだから、大丈夫だろう。

 ベッドの上に清潔な布を敷いて卵石を載せると小さな小さな音がする。

 まだまだ時間がかかりそうだと思って、テーブルをベッドに近付け、その上に軽食を用意した。

 フェレスが、何故か子供が生まれそうで慌てている父親のようにウロウロしていたので、面白くて笑ってしまった。

「まだ、時間かかるよ。フェレスの時もこんな感じだったんだよ」

「にゃ?」

「そうだよ、フェレスも卵石から生まれたんだよ。こーんな小さかったんだから」

「にゃにゃ」

 そうなの? と不思議そうな顔をして卵石を覗きこんだ。

 自分が小さかった時のことなど忘れ去ってしまっているようだ。あんなに小さくてあどけなくて可愛かったのに。

「先にご飯食べちゃおう。夜中になるよ、たぶん」

「にゃ。にゃにゃにゃ」

 じゃあ食べるーと、そわそわしていたのが嘘のように、食べるモード全開となっていた。


 カリカリと、小さな音が小刻みに聞こえてきたのは夜中のことだった。

 フェレスの時は割といきなりだったけれど、今回の子は徐々に目覚めているようだ。

 慎重な子なのかなと観察していたら、一際大きな音を出して、ようやくパリッと殻の割れる音がした。

 フェレスの時にも同じことを感じたが、あれほど固い卵石がこんなに柔らかくなるのだと思うと不思議なものだった。

 パリ、パリッと音を立てて、殻から少しずつ濡れた毛が見え隠れし始めた。

 真っ白く張り付いた毛が見えて、ひょこっと手足が出る。

「みぁっ、みっ、みぅー」

 か細い小さな声が一生懸命に鳴きはじめる。

 フェレスは眠そうにしていたのに、割れる音を聞いて慌てて飛び起きて近付いてきた。そして、ベッドの横から興味津々で覗いている。

「みゃっ、みぃっ」

 ころんころんと転びながらなんとか殻から脱出した子は、シウを見て、みぁーと甘えたような声を上げた。

「よしよし。よく頑張って出て来たね」

 布ごと抱き上げると、親に甘える子猫のようにみーみーと鳴く。

「こんにちは。僕はシウだよ。こっちはフェレス。君の、お兄さんだよ」

 フェレスの顔を見せてあげると、みぁっ、とまるで返事をしたかのように鳴いた。フェレスはおっかなびっくりで前足を出して触ろうとしたものの、自分の足を見てから、どうしていいのか分からなくなったようにおろおろして、引っ込めてしまった。

「大丈夫だよ、フェレス。爪を出さなければ傷はつかないから」

「にゃ」

「お兄ちゃんだから、ちゃんと先輩として教えてあげるんだよ」

「にゃ!!」

「でもまだまだ赤ん坊だから、今は可愛がって甘やかせてあげようね?」

「にゃにゃ。にゃにゃにゃ!」

 わかった、ちっちゃいからね! と早速お兄さん気分になっている。尻尾が嬉しそうに振られ、耳もピンと立って嬉しげだ。

「えーと、この子は」

 抱っこして見てみると、女の子のようだった。そして鑑定の結果は、

「ニクスレオパルドスかあ。珍しいなあ」

 騎獣で、ニクスレオパルドス、雪豹型の事だ。

 豹型のレオパルドスは割と見かけるが、雪豹型は少ない。

 今はまだ猫の子のようにしか見えないが、成獣になれば斑点も出てくるのではっきりと種族が分かってしまう。

「フェーレースならともかく、ニクスレオパルドスは目を引いちゃうなあ」

 幸いにして騎獣なのでなんとかなるかしら、と希望的観測を抱いたものの、難しいだろうなあとも思う。

 なにしろ、ニクスレオパルドスは騎獣の中では上位種になる。

 ましてや庶民のシウが騎獣を2頭持つというのはそも有り得ないことなのだ。

「さてと。どうやって誤魔化そうかな」

 とりあえずはギルドに登録しておかないといけない。

 その前に名前だ。

「うーん、猫、猫、猫っぽい名前が良いかなー」

 しばらくは猫で押し通そうと思って、それらしい名前を考えてみた。

「白いし、ブランカにしようかな。お前はブランカだよ、ブランカ」

「みぃぃ」

「よしよし。じゃあ、山羊乳を飲もうか」

 騎獣が生まれるだろうと思っていたので、すでに用意してあったそれを空間庫から取り出し、慣れた乳やりを始める。

 フェレスが羨ましそうに見ているので、

「フェレスも赤ちゃんの時、飲んでいたんだよ。覚えてない?」

 と聞いてみた。フェレスは覚えていないようで「にゃ?」と首を傾げている。

「この子みたいにふにゃんふにゃんで、とっても可愛かったんだから」

「にゃぅーにゃにゃにゃ」

 可愛いの? そうなの? と嬉しいのか体をくねらせていた。

 それから、今度はブランカをジーッと見ている。

「僕がいない時はフェレスがブランカを守るんだよ。できる?」

「にゃ!」

「まだ赤ちゃんだから、そっと触ってね」

「にゃー」

 んくんくと喉を鳴らして山羊乳を飲むブランカはほとんど目が開いてない。さっきは主となる人の顔を確認するため、開いていたのだろう。

 ようやく気が済んだのか、シウお手製の哺乳瓶から口を離した。

 ぷはっと息を吐く音がして、大あくびが出た。

「みぁー」

 顔を前足で拭いて眠り始めたので、フェレスに差し出した。

「にゃ!」

 本能で分かるのかブランカを舐める。ちゃんと拭えなかった山羊乳のついた口元も、濡れた体も綺麗にしてくれた。

 眠ってしまったブランカを起こさないようにそっとしてくれるのも嬉しかった。

「フェレスは優しくて良い子だねー」

「にゃぅ」

 頭を撫でてあげると、嬉しそうに尻尾を振った。

「ブランカが来ても、フェレスは一番の子分だからね」

「にゃ!」

 相変わらず親分と子分を信じているフェレスにそう言うと、尻尾がぶんぶん振られた。耳もピピピと高速で動いており、喜んでいるのが分かった。

「フェレスもブランカも僕の家族だよ。これから仲良くやっていこうね」

「にゃー」

 はーいと、良い返事をしてから、フェレスはブランカにつられて大あくびをして眠そうに目をしょぼしょぼさせた。

「おいで、今日はベッドの上で一緒に寝よう」

「にゃ!!」

 やったーと喜んで飛び乗ってきた。そのせいでブランカが、みゃ、と驚いて目を覚ましてしまったので、さすがにフェレスも自分の行動が悪かったことに気付き、おろおろしていた。つま先立ちで、どうしようと訴えるような目で見てくるのが可愛くて、笑ってしまった。

「今度から、そっと動こうね?」

「にゃ」

 ブランカを腕に抱いて撫でていると、また欠伸をして眠り始めた。フェレスもそろそろっと寝そべって、シウに甘えた声を出す。撫でてほしいんだなと思ってお腹を撫でてあげると、ふわーっと欠伸をして眠り始めた。

 シウもつられて、幸せな眠りについたのだった。

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