410 合宿3日目、帰路と魔獣魔物研究
昼を過ぎて少ししてから、全員で地上へ戻った。
おやつを食べつつ、校外学習の醍醐味として外で遺跡の探索結果を話し合う。
それぞれ見付けたことを報告したり、どういう街だったのかを推論していくのだ。
夕方にはここを発ってラウト街まで戻るため、片付けながら話し合いをした。
「シウの意見は?」
片付けなんて関係ないとばかりに教会内部で見つけたガラクタを手にしてアルベリクが聞いてきた。
シウはてきぱきと手を動かしながら、思案しつつ答えた。
「この街は、地面ごと隆起して巻き上げられて土に埋もれたようです。岩の年代を見ても、相当古いし闇雲に動かした跡は見かけないから別の場所から岩が飛んできたとも考えられない。本当に文字通り、地面ごとひっくり返されたと考えるのが良いでしょうね。で、その上に灰が積もっていて、更に土が乗っていたことを考えると……まず最初に何か事が起こり、その後火山が爆発し、やがて雨などによって土が流れてきたと考えられます。そして長い年月をかけて森となって安定していたところに、地下水の流れが変わり、徐々に浸水して遂には脆い灰や土の部分を流してしまった。だからあの空間ができたのだと思います」
「……そ、そうか」
「あと、街の年代は相当古いですよね。オーガスタ帝国の初期かもしれない。帝国の滅亡とは別の問題で滅びた街かも」
「帝国の初期頃……僕は滅亡頃かと思ったんだけど、どうして?」
「岩盤の年代です。あと、使われていた煉瓦の鑑定結果や、ガラスの精錬技術の違い、個人的に感じたのは文字の洗練さが全然違うところとか、ですね」
「文字の洗練さ?」
「古代語に関する本を読み漁ったので、大体の年代は判別できます。鑑定しながら鍛えたのでほぼ間違いないと思うんだけど。大昔の本屋に大詐欺師がいれば別ですが」
「う、うん、そうか」
「でも、街を地面ごとひっくり返す天変地異ってなんでしょうね。魔物かなあ?」
「そ、そうだよね。うん、なんだろうね?」
「魔法かもしれませんよね。どんな魔法か分からないけれど、こう玉子焼きのようにくるくるとひっくり返すって、すごいというか、有り得ないなあ」
「……うん。僕も今、有り得ないなあって思ってるところだよ」
苦笑しながらアルベリクがシウから離れて行ってしまった。
なんだったのだと思いつつ、テントを綺麗に仕舞うと馬車に乗せた。
最後に竈や窯を潰して整地しなおす。
「よし、完了」
「おお、相変わらず綺麗に整地するなあ! 便利な魔法だ」
「便利とかいう以前の問題だけどな、ククールスよ。まあそりゃいいか。とっとと撤収するぞ。皆、馬車に乗ってくれよ」
ガスパロの合図で馬車に乗り、一路ラウト街まで戻った。
宿に入ると、さすがに疲れたのか皆一様にだれていた。
各自、お風呂に入ったり大部屋で寛いだりと自由気儘に過ごしている。
晩ご飯は宿で食べたが誰かがひっそりと、シウの作ってくれたご飯の方が美味しかったね、などと言っていた。
「さあ、明日の朝も暗いうちに起きて出発するから、皆もう寝るように!」
先生らしい発言をして、アルベリクは皆を部屋に追い立てると、自分もお酒を貰って部屋へと戻って行った。
わくわくした顔をしているので聞いてみたら、今から酒を飲みつつ戦利品を眺めるのだと嬉しそうに教えてくれた。
「先生が早く寝ないと!」
呆れて言ったら、目を見開いて、
「ミルトみたいなこと言わないでよ」
と返されてしまった。
翌朝、朝といって良いのかどうか分からないが、早い時間に宿を出発した。そんな時間なので当然朝ご飯などはなく、皆眠い目を擦りながら馬車に乗った。
可哀想なのは護衛達だが、変則的な就業時間には慣れているのか文句も言わず馬に乗っていた。さすがに交替しつつの移動らしいが、大変な仕事だ。
帰りも順調に進み、エルシア大河を渡ったところで、朝ご飯にした。
その後も一度休憩をはさんで、なんとか午前中のうちに学校へ到着した。
馬車では交替でガスパロやククールスから討伐の時の話を聞き、更に遺跡でのことを話したりと盛りだくさんな内容だったせいか、学校へ到着すると皆が頭をフラフラさせていた。
ククールスやガスパロとはそこで分かれた。
生徒の大半は午後からの授業があるため本校舎へ向かったけれど、ミルトは疲れたと言って寮に戻って行った。
苦労性というのか、自由人のフロランや天然マイペースのアルベリクを見張ったりしていて予想以上に大変だったらしい。放っておけば良いのに、目に入ると気になるのだそうだ。
発掘作業や観察を出来なくて可哀想だとも思ったが、ミルト自身は遺跡自体より、その潜り方や発見方法に興味があるようなので丁度良かったのだろう。ガスパロやククールスからも話を聞けて満足らしかった。
それぞれ楽しい合宿だったが強行軍なのに違いはなく、本校舎へ向かう面々の顔は眠そうだったり、疲れたりしていた。
シウは特に疲れることもなく、平常運転で午後の授業に参加した。
合宿の事を知っているアロンソが魔獣に出会ったか聞くので、取り立てて目新しいものはいなかったよと話したら残念そうな顔をされてしまった。
「魔獣魔物生態研究科は合宿しないの? 実際に見てみたら良いのに」
「合宿は、何年かに一度あるみたいだけど、うーん」
渋るアロンソに、尚も言い募る。
「冒険者登録して依頼を受けると、本物に会えるよ!」
「シウがひどい……」
泣き真似をするので、ウスターシュと顔を合わせて笑った。
「でも、シーカー魔法学院の生徒も積極的にギルドの仕事を手伝うよう、お達しがあるんだよね?」
「あー、まあね」
ウスターシュが曖昧な笑みで頷いた。
他の生徒もやってきて、話に混ざった。
「一応は受けるんだけど、せいぜい後方支援的なことだね。本格的に級数を上げるような依頼は受けないよ。あと、ギルドカードを発行しないせいもあって皆やる気はないね」
「え、カード発行しないの?」
「魔法学校の生徒なら、証明書を提示すれば良いことだし、ランクアップする必要もないからね」
「へえ。そういえば魔法使いの力が必要なのに、一向に手伝いに来ないってぼやいてたなあ」
「耳が痛いなあ」
「お小遣い稼ぎにもなるだろうし、経験値もつくから良いのにね」
と言ってもそこまでがつがつして働こうとは思わない家柄の子も多いのだろう。他の魔法学校ならともかく、シーカー魔法学院は貴族出身者が多い。
「勉強熱心な子も、ギルドの仕事に時間を割きたくないって言うし、将来冒険者になろうって子だけだろうね、仕事を受けに行くのは」
「そっかあ」
「僕等は研究者になりたいから行った方が良いのは分かってるんだけど、そもそも森についていくだけの基礎体力がなくて」
「運動音痴なんだよね」
「いまだに必須科目が足を引っ張っているし」
はあと大きな溜息を零している。
そこに、新入生のウェンディが手を挙げて発言した。
「わたしもステファノ先輩と同じ基礎体育学科なの。お互い落ちこぼれ組なんです」
「言わないでよー」
「メルクリオさんなんて飛び級できるのに従者だからってステファノ先輩と同じ、まだ基礎体育学を受講してるんですよ。最近では、新しく入ってきた子から、先生の補佐だと思われてるんです」
従者でも同じ生徒として入学できる幸運に恵まれたようだが、授業は好きなように受けられないようだ。ちょっと可哀想かもしれない。
「ウェンディ様、そのへんで」
苦笑しつつメルクリオが彼女を止めようとしたが、子爵家令嬢に強くは言えなかったようだ。困惑したまま言葉が中途半端に消えてしまった。
ウェンディは笑って、続けた。
「こうなったら、ステファノ先輩とわたし、どちらが先に合格するか競争しません? それともきっちり満期で受けちゃいましょうか」
彼女は冗談のつもりだっただろうが、学校にいられる期間ずっと必須科目を受け続けるのかと思うと全員がうんざりした顔になった。
特に面白味のない科目なら余計にだ。
「満期で受け続けるなら、僕はここでいいよ。ね、ゲリンゼル」
「ヴェェェ」
山羊型希少獣のカペルを撫でて、ステファノは遠い目をしていた。
授業が終わると、バルトロメが生徒達に声を掛けていた。
「そうそう、さっきの話だけどね。確かに森へ入るのは僕等みたいなひ弱な性質の人間には無理だけど、研究するなら実際の魔獣を見るのが一番なんだよね。どうだろう、そろそろ現物を用意して解剖してみようか」
皆、驚くかと思ったが、アロンソ達は「あ、それいいですね」とあっさりしたものだった。
聞けば、以前にも飛兎や火鶏などの解体をしたことがあるそうだ。魔獣魔物生態研究科なのだから、それぐらいは当然なのかもしれなかった。
さすがに新入生の3人は顔をひきつらせていたけれど、ここに来ただけあって、興味はあるようだった。
「今度、冒険者ギルドに解体分を回してもらおうかな、あ」
シウと目が合って、あ、と声を上げたまま固まった。それからバルトロメの目が獲物を見付けたかのように細められた。
「……はいはい、分かりました。用意しておきます。殺しておいていいんですよね?」
「うん。ぜひ。できれば傷の少ないのが良いかな!」
「分かりました。丸ごと捕まえて持ってきます」
ということで、生徒という気安さで、依頼料などは発生せずに仕事を受けたのだった。
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