409 合宿2日目~3日目、ハイエルフの動向
サンクトゥスシルワという名の深い森にはエルフ達が住んでおり、その一番奥深い場所にハイエルフが住んでいる。
周辺をエルフ一族が囲んでいるのは、王族と言う立場のハイエルフを守るためだ。
その側近とも言えるエルフ族が1という意味のあるウーヌス族で、滅多に他所の部落へ行くことはない。
その為、ククールスがノウェムの村で耳にした話というのも、すべて伝聞ということになる。
「ウーヌスの長からの命令で、また狩人の里へ行く人材が必要だ、なんて話していたんだ。何を依頼するのか分からないが、ろくなことはないだろうな」
「うーん、今度やっぱり狩人の里へ行ってみようかな」
「は? いや、連れて行くのは構わないけどさ」
「あ、ううん。案内してもらわなくても行けるんだ。ただ、狩人の里自体が、もしそっちのハイエルフ側だったらちょっと困るかなと思っただけ」
「……もしかして連絡ついたのか?」
うん、と頷いて、先日爺様の家に戻った時のことを説明した。
「二度目に帰った時に、置いてあったものが無くなってて、代わりにメモが残ってたんだ。来ていーよ、って。むしろ歓迎するだって」
「あ、そうなのか」
「ククールスも一緒に行く?」
「いいのか? いや、万が一を考えると俺がいた方が良いだろうけどさ」
「そこまで深刻かな? まあ、でも、ククールスが一緒だと楽しいだろうね」
護衛の依頼でも出そうかなと笑って言うと、いらねーよと返ってきた。
「要らないの? 今年のメープルも良い出来なんだけどな」
「……いる。欲しい。絶対くれ」
頼むと手を握られて懇願されてしまった。
王都に戻ったら渡すよと言ったら、その場で小躍りしていた。よほど好きらしい。今日のおやつはメープル菓子にしよう。
お昼ご飯を遺跡内で簡単に摂ると、また皆一斉に作業へ戻った。
食べやすいようにハンバーガーやサンドイッチにして作ってあげたら、喜んでいた。
午後からはシウも気になる個所を鑑定したりして遊んだ、もとい、遺跡探求に励んだ。
フェレスも探検家になりきっているのか、ふんふん嗅いで、ここ掘れにゃんにゃんと騒いでいた。
おやつ時になっても誰も広場のようになった階段下へ集まってこなかったが、シウが鉄板を出してパンケーキを焼き始めると1人2人と近付いてきた。
若干動こうとしない2人もいたが、それぞれに付けた護衛が引きずってきていた。
「こんなところで焼きたてのお菓子が食べられるなんて、信じられないなあ」
アルベリクが子供のように頬張って食べている。
ククールスにはたっぷりのメープルと生クリームを付けてあげた。彼もアルベリクの次に子供っぽい食べ方をしていた。
その後また作業を開始したので、シウはククールスに後を任せて先に外へ出た。
森で野営地を守っていたガスパロ達におやつを渡すと、晩ご飯の用意を始める。
ガスパロが暇すぎて獣を狩ってきていたらしく、それを使うことにした。
下処理を済ませ、料理に取り掛かる前に辺り一体へ結界を張る。
今日は匂いが広がるメニューなのだ。
大鍋を用意してカレーを作り始めると、ガスパロや護衛達がそわそわし始めた。
「何作ってるんだ?」
「いい匂いなんですが、それはいったい……」
「カレーです。スパイスを沢山使って作る、黄色いシチューのようなものですね」
ご飯も炊いて、パンも種を取り出して窯に入れ焼いた。この窯も、魔道具で作りだしたものだ。さほど需要はないだろうが、シウが使っていても目立たないようにと特許申請してみた。
「カレーがダメな人もいるだろうから、別にシチューもありますよ。あ、タラの芽とか、食べられる山菜を採ってきてもらっても良いですか?」
「よしきた。サラダだな!」
ガスパロが走って行ってしまった。御者もなんとなくといった調子で付いて行く。もう1人の御者も慌てて後を追った。働いていないと食べさせてもらえないとでも思ったのだろうか。助かるので止めはしなかったが。
そのうち、女子が護衛と共に出てきた。
「わっ、良い匂い!」
「もう宿に帰る時間?」
「まだ大丈夫だと思うんだけど、どうかしら?」
護衛に振り返って聞いている。2人とも暫く考えて、少しならと答えていた。匂いに惹かれたようだ。
「ちょっと早いかもしれないけど、晩ご飯先に食べていく?」
「わーい! 食べる食べる」
ガスパロが戻ってきたので、早速サラダにしてアラバとトルカ、そして送っていく予定の護衛2人と御者に出した。
更に、ガスパロが狩ってきた兎をカツにして揚げる。
「カレーを味見して大丈夫そうなら、食べて。ご飯が合うけど、パンでも良いよ。好きな方を選んで」
味見に小さくしたものを食べてもらったら、ほとんどがご飯とカレーの組み合わせを選んだ。どうせなら珍しい物同士で挑戦するということらしい。1人だけパンを選んだが、それはパン好きだからだそうだ。
カレーにカツを乗せて出すと、皆、美味しそうに食べてくれた。
彼等が完食した頃、次々と他のメンバーが戻ってきて、そこからはもうワイワイと煩いほど騒ぎになった。
結界を張っていて良かったと思うほどだった。
少し遅くなったものの、女子2人を乗せて馬車は街へ戻り、残った面々で後片付けをしてもらった。
護衛の中に水属性持ちがいたおかげで鍋やお皿を洗うのをお願いしたのだ。
何もかもシウがやってしまったら、さすがに問題もあろうとの配慮からか、ガスパロが言い出した。
晩ご飯のあとは探索結果について語り合ったり、魔獣討伐や遺跡についての話をした。
遺跡探索では特にめぼしいものは見つからなかったようだが(発見者が持って帰っただろうし)、古代語で描かれた壁の落書きや、教会の内部、人々の暮らしがところどころで垣間見えて生徒達の想像力を掻き立てていた。
話の途中で、懐かしい名前も出てきた。パーセヴァルクだ。以前、デルフ国で古書を売っていた関係から知り合いになったのだが、この世界では有名な冒険者らしい。
「彼、ビルゴット教授と何度も潜ってるしね。遺跡専門冒険者の中で、古書関連は彼の右に出る者がいないって話だよ」
「そんなに有名なんだ。あ、というと、前の教授もすごい人?」
「そりゃ、すごいよ。でないと、シーカーの教授なんて無理だって」
成る程。
「僕みたいに、教授が失踪したからって、仕方なくアイツ教授にしとこうぜっていうのとは全然違うからね」
アルベリクがハハッと乾いた笑いで自虐を言う。そこにフロランが、肩を竦めながら口を挟んだ。
「先生、自分で言ってて虚しくない?」
それよりも、と話題を変えてしまう。
「明日が楽しみだな。あの部屋の下を掘りたい」
アルベリクはしょんぼりしつつ、フロランの話題にうんうんと頷いていた。
「フロラン、気を付けてくれよ。固定化されていても、いつ崩落が起きるか分からないんだから」
「分かっているとも。リオラルは心配性だ」
「フロランが呑気なんだろ」
最後はミルトが突っ込んでいた。
翌朝も同じように朝早くからご飯の用意をした。
昼ご飯の分を作り終えた頃に皆が起き出してきて順に食べ始める。
「助かるけど、悪いなあ」
「野営でこれほど本格的な料理が食べられるとは思わなかったよ」
護衛にも人気だった。彼等は率先して後片付けを手伝ってくれた。
今日はガスパロが地下遺跡に降りて、ククールスが野営地の守備担当となった。
シウもこの日はじっくり遺跡を見て回った。古代文字については特に目新しいと思えるものはなかったが、探知を繰り返していると、まだ下にも埋まっていることが分かる。
特に妙な魔法が使われている気配もないので、自重せずにどんどん探知を続けた。
学校の大図書館の地下にある禁書庫へ仕掛けたものよりもずっと簡単にすんなり入っていくので、あっという間に脳内地図が出来上がった。
暫く考え込んでいたら、民家の一部で階下への穴が開いた。全方位探索を見るまでもなく誰が犯人か分かった。
「(フロラン、1人で入ったらダメだよ)」
通信魔法で即連絡したら、そちらから「わあ」と驚く声が上がった。そして大声で返事が来た。
「シウ! 今の、なんだい!?」
「通信魔法だよ。掘るのは良いけど、降りるのはダメだからね」
注意しているとミルトが気付いて走ってきた。
「また勝手に進んでいるのか? フロラン、危険だろう!」
「……まだ穴を開けただけなのに」
拗ねているフロランになおも説教を続けながら、ミルト達は一旦広いスペースに集まってから、穴の下へと降りていくことにした。
もちろん、ガスパロが先だ。
その先は建物ひとつ分で行き止まりとなったが、商家だったらしくて本などが残っていた。風化しているのでボロボロだったが、簡易の保存魔法を掛けてアルベリクに渡した。難易度高めの複合技なのに保存レベルは1という、大して意味のないものだがないよりはましだろう。ちなみに見た瞬間に内容は記録庫へ保存されていた。
他にも朽ち果ててしまった売り物らしきものもあった。それらを生徒達は熱心に見て回り、持って帰るものを吟味している。
このずっと下にも街は埋もれているが、更に下の通路のようになった空間を抜けると、ある大きな岩盤を境として地下迷宮の一部に繋がっているようだった。
インセクトゥムの地下迷宮の一番端の、誰も辿り着かないような迷路の最果てが、ここの真下にあるのだ。
危険かもしれないので補強した方が良いのだろうが、人の目もある。
ガスパロに後を任せて、シウはこそっと上階部分に戻った。念のため、教会内部の小部屋と思われる小さな空間に入ってから、地下深くの空間へ転移する。建物と建物の間にできた隙間は水で半分埋もれていた。斜め下へとどんどん流れており、地下水がこの遺跡を洗い出したと言うのが分かる。その地下水は地下迷宮を避けて別の地下へと流れていく。この水の勢いのせいで穴が開く可能性もあるので、シウは魔法で壁を強化した。ついでに固定化しておく。これなら少々のことがあっても破れないだろう。
ホッとして元の場所へと転移で戻った。
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