414 授乳と悪寒と食堂レシピ




 憧れの女性はともかく、母親に対する態度で接しろと言い直されたシルトは訝しげにシウを見た。

 言ったのはシウではなくレイナルドなのに何故シウを、変態を見るような目で見るのだ! と思ってむかっとしたら、胸にある抱っこひもの中が動いた。

「みぁ」

「あ、起きちゃった?」

「みぅ……みぅっ、みう!」

 むずがり始めた。

 お腹が空いたのだろうと思って、魔法袋から哺乳瓶を取り出した。

「お、なんだなんだ? 子猫か?」

 覗きこんできたレイナルドに、シウは小声で伝えた。

「一応、子猫ってことで」

「おっ、もしかして、そうかそうか」

 でれーっとした顔になって、シウが端へ寄ろうとしたのを押しとどめてその場に座らせた。

「授乳が見たいから、ここでやれ」

「先生、授業は」

「そんなもん、後で良い。第一これだけ騒いでおいて、今更授業もあるか」

「僕のせいですかー」

「ばーか、お前じゃなくて、シルトの野郎だ。おいこら、お前も小さな命が一生懸命生きてる姿を見ておけ」

 不貞腐れているシルトの腕を引いて、座らせた。

「みぅっ、みぅっ」

 まだなのかとせがむように鳴きはじめ、慌てて哺乳瓶を口元に寄せた。

「んくっ」

 吸い付くと、んくんくっと喉を鳴らして飲んでいく。その勢いは生まれたてとは思えないほど力強かった。

 時折、その強さでつるんと哺乳瓶の口が外れ、その度に不満そうにブランカが鳴く。

「みゅっ、みぅっみぅっ、みゅーっ」

「自分で口から外したくせに。ほら」

「んっ」

 フェレスが目の前の一等席にでんと居座ってジッと見ていたが、その周囲をぐるりとクラスメイト達が覗いていた。

「ぷぅ…みぅ……みゅぅぅ」

 もう要らないと、哺乳瓶の口から顔を離し、満足そうにむにゃむにゃと口元を動かす。そのままブランカをフェレスに渡すと、器用に口で受け取って床に下ろした。丁寧に舐めてあげて、刺激をすると、ちゃんとけぷっとゲップも出た。

 綺麗にするとまた舌を使って器用に口で咥え、シウの手に戻す。

「よし、偉いね。もうばっちり慣れたね」

「にゃ」

「トイレはまだかなあ? もうちょっと後かな?」

 刺激を受けていたものの今は出ないようだ。そのまま抱っこひもの中に戻したら、またウトウトし始めた。

「みぁ~っ」

 ふわーっと欠伸をしてむにゅむにゅ言うと目を瞑った。

 それを見ていたクラスメイト達から、ようやくといった様子で安堵の息が漏れた。

 皆、息を止めていたかのように静かにしていたらしい。

 どこも同じだなあと思って苦笑した。


 その後、小声で事情を話した。

 授業をどうしようかレイナルドに相談する意味もあったのだが、先生の答えは、

「どうせシウはほとんど動かないで良いんだ、このまま参加すればいい」

 というあっけらかんとしたものだった。

「いいんですか?」

「そのうちブランカも大きくなるだろうしな。それまでの辛抱だろ。シウにはやってもらいたいことがあるし、そうしようそうしよう」

「また変なことさせようとしてるんでしょ」

「はっはっは」

「先生、お静かにお願い致します」

 クラリーサに小声で怒られて、レイナルドはしゅんとしていた。

「あと、フェレスも立派に子育てできてるようだから、少しの間なら任せられるだろ?」

「そうですね。もうちょっと慣れさせたら大丈夫かも」

「だったら、おいおい変更していこう。お前を今、手放す方が俺は困るしな!」

「わたくしもシウ殿がいないと練習になりませんわ」

「あ、僕も。新しい技を覚えたのに見せる相手がいないよ」

 他にも皆が優しい言葉をくれたので、シウはこのまま子連れで授業を受けることになった。


 何故か、シルトが目を見開いたままブランカに釘付けだったのが印象的だった。

 あのクライゼンでさえ目じりが下がったので面白かったが、シルトは今までの誰とも違うリアクションで、ちょっとだけ背筋に悪寒が走った。まさか変態じゃないよなあと思いつつ、可愛い我が子を守るように自分の背中で隠したシウだ。



 食堂へ行くと、ディーノもクレールも静かにブランカの誕生を喜んでくれた。

 皆がほんわかした笑顔になりつつ、食事を摂った。

 この日はカレーを出してみた。

「うわー、良い匂いがするなあ」

「これは?」

「スパイスを調合して作った、カレーって食べ物だよ。フェデラル国のある地方で食べられているみたい。配合は僕の舌に合わせたけど、ブラード家の料理人達はいろいろ工夫して配合を変えているんだよ」

「え、どういう風に?」

「肉に合うもの、魚に合うものって。あとは、さらっとした滑らかなルーに合うものや、ご飯に絡ませるならとろみをつけて、って感じ」

「へえ! 面白いね」

「辛いけど、美味しい……」

「胃腸を労わるスパイスも多く入ってるんだよ。薬膳食とも言うんだ。辛みは控え目で、調節することもできるんだ。寒い時は辛みのあるものを食べると体が温かくなって良いよね」

 暑い時のカレーも美味しいと聞いたことはあるが、シウはまだその経験がない。

 今から楽しみだった。

「カツもあるからね。他にもトッピングいろいろあるから、試してみて」

 全員がカレーを食べたが、残す人はいなかった。むしろ、もっと食べたいと言い出して追加が必要なほどだった。


 その匂いが届いたわけでもないだろうが、食堂の職員がまだ昼時だと言うのにやってきた。

「おお、この匂いは!」

 前回と同じくフラハで、食べたそうな顔をするので苦笑した。

「午後から打ち合わせですよね? その時に皆さんの分も一緒にお出しします」

「そ、そうですか」

 残念そうに肩を落としていた。


 生徒達が食堂から出て行ってガランとした食堂に残ると、厨房から働いている人達がわらわらと出てきた。下働きの者達はまだ皿を洗ったりして残っているようだが、調理人とウェイトレスなどは全員が揃ったようだ。

「その、味見ついでに皆の昼ご飯にしたいんですけど、良いですか?」

 フラハに言われたので頷いて、食材を取り出した。

「大皿に乗せているので適当に取って食べてください。大皿の横に、料理名を書いてますから」

 それと参考になるようなことも書いていた。たとえばご飯に合う、パンが良いだとか、だ。念のため、おかずもグループ分けをした。

「このへんはロワルでレシピを譲ったものなので、今回はメニューから外します。味見ついでにどうぞ」

 天ぷらや竜田揚げなどはドランに渡しているのでそう言った。料理長のドルスが残念そうな顔をしてそれを食べていたが、フラハが「交渉しましょう!」と意気込んでいた。

 茶わん蒸しや、レンコンのはさみ揚げ、鮭の料理各種についてはドルスも目を輝かせていた。エルシア大河にも鱒がいるので似たような味付けができるだろうと考えたようだ。レンコンの効能は薬草師達が広めているらしく、ドルスも耳に挟んでいたとかで喜んでいた。

 蕎麦、うどんも意外と好評だった。

 学者向きの人にはあっさり食べられるものが必要らしく、チーズや牛乳などを使ったシチュー系以外のメニューが増えるのは良いことらしい。

 醤油味のものが多いのに、そのへんにこだわりはないようだった。

「新メニューに必要なら全然構わないし、口に合うんだから良いと思う」

 ドルスはそう言って、全部を制覇しようと食べ続けていた。

 コロッケやハンバーグも人気があり、このへんは絶対に生徒にも受けるだろうと太鼓判を押された。

 更に、先程からフラハが気にしていたカレーを出してみた。

「おおっ」

 良い匂いがするので分かり易い。見た目の色にも忌避感はないようで、ご飯とパンの両方で食べていく。

「美味しい!」

「不思議な味だが、癖になるな」

「わたしはご飯と食べるのが好きだわ」

「俺はパンで食べる方が好みだが。ご飯ならこちらの炊き込みご飯が好きだ」

 手軽に食べられるオニギリも出してみたが、好評だった。

「成る程、小さな具材を詰めてしまうのか。これなら食べやすいし、研究室に籠っている先生方にも良いな。サンドイッチより腹もちも良さそうだ」

 サンドイッチは流行っているが、大きいので両手を使うし、意外と汚れるので不人気だった。それも考え方を変えれば良いだけのことだ。

「サンドイッチはこういう風に小さく四角く作って、つまようじを刺せば良いんです。一口サイズにくるっと丸めるのも良いですよね」

 リュカのお弁当に詰めた余りがあったので見せてみた。ハムとレタスを挟んだだけのサンドイッチをくるくると丸めたものだ。可愛らしいつまようじを作っていたのでそれも見せてみた。

 更にハンバーガーを見せたところで、全員が猛烈にメモを取り始めた。見て覚えるだけでは無理だと、ここで悟ったようだった。

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