415 レシピ説明、子育て、紹介、魔獣狩り




 フラハとドルスには、必要な素材について書きだしたものを渡し、レシピについてもメモを渡したうえで説明もした。

 実際に作った方が良いのは分かっていたが、二品ほどで止めてしまった。

 ブランカが鳴き出したのだ。

「すみません」

「い、いえ。それはもしかして、まさか」

 厨房で全員が唖然としているので、口元に人差し指をあててシッと合図した。

「狙われるかもしれないので、しばらく内緒にしておいてください」

「は、はい」

 厨房に猫の子(?)やフェレスを連れて入っているが、浄化をしたせいか、あるいは騎獣だからか許してもらった。いや、騎獣だからだろう。貴族の持ち物とされるラトリシアでは騎獣の地位はある意味高い。そもそも魔法で浄化できるからこそかもしれないが。

「念のため、詳しく書いてますが、分からないことがあれば聞いてくださいね」

「はい」

「あと、これ、良かったら皆さんで」

 下働きの人も含めて全員に、色とりどりの飴を詰めた小瓶を渡した。

「それは味付きの飴です。良かったらどうぞ」

「え、いいんですか」

 家僕たちも震える手で小瓶を手にしていた。綺麗なガラス瓶は高価だからという理由らしかった。

「自作なので高くないです。良かったら、どうぞ。あ、薬用の喉飴は要らないと思って、果実系の飴にしました。あと、これ、雪苺の実を見付けたのでジャムにしてみたんです」

 ジャムの瓶と共に、雪苺を使ったお菓子も出した。

「ロールケーキです。スポンジに生クリームと雪苺を入れてみました。足りると思うんだけど、皆さんでどうぞ」

 そう言うと、喜んで受け取ってくれた。

「雪苺なんて、採るのが大変だろうに」

「そうでもないですよ。薬草採取よりは固まって生えているので楽です。小さいから量を集めるのに苦労するかもしれないけど、そのへんは魔法でズルをしました」

 笑うと、料理長のドルスが大笑いした。

「そう聞くと、坊ちゃんがこの学校の生徒だってことを思い出しますな! いやあ、魔法ってのは便利な物ですわい」

 大声で話すので、せっかく落ち着いたブランカがまた鳴きだしてしまった。

「お、おっと、すまんです。あああ、鳴いてしまった」

 おろおろしながら、大きな体を縮めて謝ってきた。それを見て他の人たちは声を潜めて笑っていた。


 それから、ブランカを宥めて寝かしつけた後、少しだけ質疑応答に応じてから屋敷へ戻った。

 フラハからは分からないことがあればロッカーにメモを入れておくか、また食堂で時間のある時にということで話が付いた。

 フラハは学校職員でもあるので、彼が連絡役となった。



 翌日の土の日はゆっくりしようと一日屋敷にいた。

 リュカとソロルがそわそわしているので授乳を見せてあげたり、お腹いっぱいで寝ているブランカをフェレスに預けて急いでお菓子を作ったりと、楽しい一日だった。

 フェレスはと言えば、屋敷にずっと籠っているのに愚痴も零さずずっと部屋の中にいた。ただし、見ていてねと預けたブランカが途中で目を覚まして鳴きはじめると、どうしていいのか分からなくなったようで慌てて口に咥えて厨房にやってきた。

 その姿がおかしくて笑ってしまった。

 爪先立ちで、そろーっと早足で来たのだ。どこの泥棒ごっこなんだと思うと、面白くて可愛くて、暫く笑いが止まらなかった。

「ふみゅっみゅっ、みゅぅぅ~」

「よしよし。どうしたのかなー。お腹すいたのかな? トイレは」

「にゃ」

「違うの? あ、さっき始末してくれたんだね。ありがとう、フェレス」

 フェレスは本能で分かるのか、おしっこは舐めて処理してくれている。便はシウが刺激して出させるので必要ないが、やろうと思えばそのへんもできそうだった。

「みぃ……みぃ……」

 ふにゅっとシウの腕に足を置いて、甘えるように頭をくっつけてきた。

「そっか、僕がいなくて寂しかったんだ?」

「みぃぃ」

 親のように思っている主がいなくて鳴いてしまったのだろう。フェレスも赤ちゃんの時はよく鳴いた。少しでも離れると、捨てられたかのように声を上げたものだ。

「フェレス、ブランカは寂しかっただけみたい。病気じゃないからね」

「にゃぁ」

 良かったーとホッとしたようだ。

 フェレスが優しい子に育って良かったなあと思う。ちょっとおバカだけれど、可愛い。

「ブランカも、フェレスみたいな優しい子になると良いね」

「にゃ。にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃ」

 優しくて、強い子分にするの! と元気いっぱいに答えられてしまった。

 フェレスは一体ブランカをどう育てる気なんだろうかと、不安になったシウだった。



 風の日は商人ギルドへ顔を出し、ブランカを紹介した。

 ついでにしばらくは特許を出せそうにないことも説明した。

「そうでしょうねえ。子育て中なら仕方ないわ……」

 うっとりしながらシェイラがブランカを見つめていた。秘書の女性も瞬きせずに見ている。

「惜しいけれど、本当に」

「……あの、直接伺わなくて良いなら、手紙でやりとりも」

「あら! そうなの?」

「はい。この子が小さい間はなるべく、本業以外は手を付けずにおこうと思っただけで」

「……本業って商人ギルドの仕事ではなくて?」

「あ、えっと、一応冒険者なんですけど」

 そう言うと、ちっと舌打ちが聞こえた。

「シェイラさん……」

「シェイラ様」

 シウと秘書の女性、二人同時に注意してしまったが、シェイラはどこ吹く風だった。

 その後は打ち合わせをしてギルドを後にした。


 午前中の早いうちに商人ギルドでの打ち合わせが終わったので、その足で冒険者ギルドにも顔を出した。

 フェレスには表で待ってもらって、掲示板を見に行くと顔見知りの冒険者たちと会った。

「あれ、まだ仕事を受けてないんですか?」

「おう。今日は休みにして、例のほれ、飛行板の訓練だ」

「あー、練習しないとダメですもんね」

「おうよ。楽しくてしようがないぜ。例の冒険者仕様のも解禁されたから、今、訓練場の取り合いになってるよ」

「あはは」

 今はまだ自分の番ではないので時間潰ししているとのことだった。

「お前は今日は依頼を受けるのか?」

「良いのがあれば。学校で魔獣の死骸がいるので、ついでがあればなーと思って」

「へえー、学校で魔獣を使うのか?」

「生態研究科なので、解剖したりするんだって。そんなの、ギルドに来て解体のひとつも手伝えば良いのにね」

「だよなー!」

 笑っていると、抱っこひもの中がもぞりと動いた。

「みぅ」

「あ、起きた? ちょっと待ってね」

「みぅん……」

「おい、それ、なんだ?」

 ギョッとした顔をされた。

「猫の子、か?」

「そんな感じでお願いします。内緒だよ?」

「……分かった」

 ギクシャクと頷いて、大男は離れて行った。


 布の上から何度も撫でていると、ブランカはふわぁと欠伸をしてまた眠りについた。

 その間に依頼書を取って受付で処理してもらうと早速フェレスを連れて王都を出た。

 向かったのは王都から三つ目の森で、以前もよく魔獣狩りをした場所だった。

 常時依頼の魔獣を狩って、今回の依頼分のゴブリンも見付け出して群れごと討伐した。

 ついでに薬草を採取したり、花芽なども集めた。

 興が乗ってきたので、転移してイオタ山脈やロワイエ山での採取もしてしまった。

 途中何度かブランカが目覚めて授乳したが、それ以外は大物ぶりを発揮してすっかり寝入っていた。

 フェレスも丈夫というのか元気だったけれど、ブランカは輪を掛けて豪胆な気がする。

 もうひとつの卵石の子はどんな子になるのかなと思いつつ、王都近くの森まで転移で戻った。

 その後は、歩いてギルドまで戻ったせいですっかり遅くなってしまった。

 ギルドの中と外には冒険者たちが集まって飲みに行く話をしており、シウも誘われたが、

「ごめんね、しばらく夜は無理かな」

 というと残念がられてしまった。

「フェレスだけ行かせるわけにもいかないし」

「……あ、いや、目当てはフェレスだけじゃないんだぞ? シウの話も面白いしな」

「そうそう。飛行板の話とか、楽しいじゃないか」

「今、護衛に行ってた二級の先輩方も戻ってきてるからさ。ついでだから紹介しようと思ってたんだよ」

 などなど、言い訳でもないことを言ってくれた。有り難い話だが、やっぱり無理だ。

「そうなんだ。でも、もう少ししないと難しいかな。生まれたての子を、夜まで引き回すわけにいかないから」

 シウの台詞に、皆の目が抱っこひもの中に向いた。誰も詳しくは聞いてこないが、箝口令が敷かれているのか申し合わせたようにそっと目を反らして口を噤んだ。

「そうだよなあ。分かった。じゃあ、また今度な!」

「うん。ありがとう。じゃあね」

 いつもは騒がしい冒険者たちも、小さな声で答えていたから、やっぱり事情は知っているらしい。冒険者の噂は矢よりも早いのだ。さすがである。

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