416 休日の過ごし方、お菓子の城と仕立屋




 光の日は採取してきた薬草やら木の実、花芽などを処理するために一日、屋敷内で過ごした。

 二回目の養育ともなれば慣れたもので、ブランカを抱っこしたまま作業するのも堂に入ったものだとロランドたちには褒められた。

 光の日ということで最近はリュカも勉強を休むらしく、ソロルと一緒になってずっとシウの作業を見たり、手伝ったりしてくれた。

 薬草づくりが楽しいらしくて、せっかくの休みだというのに二人とも張り切っていた。

 リュカもソロルも素直なので覚えも良く、効能を知ると更に興味深そうに作業を続けていた。

 昼からのおやつ作りでも一緒にやることにした。

 どうせならと厨房で働く人の中で参加したい人を募ったら、当番以外の全員が手を挙げていた。

 皆で作ったおやつはサクサククッキーとスコーンで、素人でも作り易いものだ。

 厨房でも家僕たちは料理などしないのでリュカやソロルと同じレベルだったが、下拵え担当の調理人などは形を整えるのも綺麗なものだった。

 シウが面白がって、お菓子の家を作ろうと言い出したら、その下拵え担当の者が一番張り切って、シウの書いた設計図通りにクッキー生地を切りだして焼いていた。色づけの案も彼が出して、チョコを混ぜたり雪苺を混ぜたりして作った。

 生クリームも厨房の調理人が作り、雪の代わりとした。

 やがて出来上がったお菓子の城を見て、皆が達成感を味わった。

「すごい! 可愛いの!」

「そうだね。それに楽しかったねー」

「うん!」

 二つ作る予定で、ひとつは崩れたりもしたが、二つ目はかなり上手に出来上がった。

「せっかくだから、こっちカスパルに出してみたら?」

「えっ、で、ですが、こんなものを出しても」

「頑張って作ったんだし、美味しいから良いんじゃないのかなあ」

 などと言っていたら料理長が来て、今日のデザートに添えて出してみようと言ってくれた。下拵え担当の男は緊張で震えていたが、結果はとても良いものだった。


 皆で、自作のクッキーやスコーンを頬張っていると、次々と交代でメイドたちが賄い室に戻ってきた。

「今日、カスパル様にお出ししたデザート、とても可愛かったけれどシウ様が作られたのですか?」

「ううん、リランが作ったんだよ」

「えっ、そうなんだ! すごいわね。カスパル様が面白がってらっしゃったわよ。今度のお客様に出すデザートに良いんじゃないかって。お子様もいらっしゃる方だから、一緒にお呼びしようかって思案なさってたわ」

「わ、わ、そうなんですか!?」

「良かったな、リラン! そうと決まれば、明日から特訓だぞ。お前がメインで作るんだから、練習して、頑張れ」

 料理長に背中を叩かれて、リランは前のめりになりつつ「はい!」と声を張り上げて答えていた。


 ちょっと不格好になった最初のお菓子の家も、皆でひとつひとつ取って食べた。

 色々な味がするので楽しく、リュカも喜んでいる。

「これ、苺ー!」

「わたしのは菜の花の味です」

「雪はクリームになっているのね。こっちは、メレンゲ? 面白いわ」

「柵は珈琲が混ざってるのか。俺はこの味が好きだな。甘すぎないのも良い」

「メープル味の煉瓦も美味しいわよ」

 皆でわいわいと楽しいひと時を過ごした。


 その後は、カスパルの所に仕立屋が来たので、そのついでとやらでシウも計測されてしまった。

「体に合うものを着るべきだ」

 ということらしく、お古があるから要らないと言っているのにいつの間にか服を揃えることが決まっていた。

 どうも、シウの服装に危機感を抱いた人がカスパルに告げ口したようだった。

「庶民の服でお願いします。支払いは僕がするので」

 そこはきつく、仕立屋にお願いする。

 季節ごとにまとめて注文するのが習わしで、ついでがあればメイドや従者などのお仕着せも一斉に作るそうだ。

 今回はそこにシウも組み込まれてしまった。

 シウとしては下げ渡し品もあるので王宮へ行くには問題はないし、学校へは自作の服で通えば良いとの考えだったから気にしていなかったのだが。

「このシャツがよっぽどダメなのかなー」

「過ごしやすそうだとは思いますけれど」

 スサが苦笑してシウを見た。

 作業中なので、かなりラフな格好をしていた。

 綿ニットというのか、この世界には伸びる生地が少ないので自作した布でTシャツを作ったのだ。襟元の処理が悪くて、少々よれてしまったものの着心地は抜群だった。

 同じような綿生地で少し厚めのデニムっぽいものを使って、ポケットがたくさん付いた作業ズボンも作った。この上下に前掛けをすると立派な作業用の格好となるのだが、最初に見たスサは唖然としていた。

 襟なしの服というのがそもそも有り得ないようだ。

 貴族の女性のドレスは胸元が空いているから襟なしなのにと言ったら、それは「ドレス」だからですと怒られてしまったため、以降、口答えはしていない。

「でも、最近は三目熊の毛皮で作ったベストとか着てないんだけどなー」

「……そのようなものを着ていらっしゃったのですか?」

「うん。高級品だって聞いたのに、皆、僕の格好を見たらどこの猟師だって笑うんだ」

「それは――」

 絶句してから、苦笑されてしまった。

 実際に見せたら、更に笑われたので、どうやら壊滅的にセンスがないということが判明した。


 仕方なく、まだ屋敷内に残って採寸をしていた仕立屋の見習いを呼び止めて、最新の服装カタログがないか聞いてみた。

「そのようなものがあったとしても、門外不出でございますよ?」

「あ、そういうことか。そうじゃなくて、つまり店のオリジナルデザインを見せてってことではなく、えーと、流行? とか規定に引っかからないような目安? が分かるもので良いんだけど。つまり、自作するのに少しは参考になればと思って」

「ああ、そういうことでございますか」

 シウの格好を上から下まで見て、何か納得したようだった。ひとつ頷いてから、仕立屋の主人に耳打ちして指示を仰ぎ、持ってきていた大きなカバンから紙を取り出して見せてくれた。

「原本ですのでお貸しできないのですが、よろしければご覧ください」

「複写はしても良いんですか?」

「はい。結構です。あの、その代わりと言ってはなんですが、現在お召しのものを拝見させていただけないでしょうか」

「あ、いいですよ。ちょっと待ってくださいね」

 護衛の男性の採寸中だったので、シウはその場で服を脱いで渡した。

 代わりにローブを貸してくれたのでそれを着て、引きずりながらテーブルまで行くと、貸してもらったメモ帳を眺めた。

 仕立屋の主人が描いたらしい、街の人々の様子があって、とても分かり易かった。

 庶民でも中流より上の人たち、そして貴族の格好が描かれている。

 仕立屋のターゲットになりそうな人ばかりをマーケティングしているようだった。

 男性の物はシュタイバーンと同様に代わり映えしないが、ところどころでジャケットのデザインが違っていたりするのかもしれない。シャツは相変わらず襟付きだ。立襟でも刺繍が施されていてデザイン性の高いものが多かった。それにネクタイのようなリボンが結ばれている。ふわっとしたスカーフも巻かれており、寒いラトリシアならではだなあと思った。

 女性も襟の詰まっているものが多く、庶民に近いほどレースは少なかったが、生地を何層にも重ねてみたり、細かい襞を作ってオシャレしているようだ。

「うーん、こういうのが可愛いのかなあ」

 悩んでいると採寸が終わったモイセスがやってきた。まだローブを着ている。

「何やってるんだい」

「僕の服装感覚が悪いみたいだから、本職の方の情報を得ようとしてるんです」

「……なんでまた、シウ君がそんなことを。まさかまた自作するつもり? そりゃあ止めといた方が」

「モイセスさんまでそんなことを言うんだ……」

「ははは! いやー、拗ねるなって」

 半眼になっていたら、からかうのをやめてくれたので、シウは事情を説明した。

「フェレスはあの通り天然だから、僕の作るスカーフを喜んで付けてくれてるけど」

「あー、あのレースのスカーフとかな。……今だから言うけど、雄にレースはないぞ?」

「……うん、まあ。でも可愛かったから。フェレスも可愛いって言われるの好きだし」

「だよなあ」

 二人してフェレスの事を思い出し、笑った。

「ただ、ブランカは女の子だし、もうちょっとちゃんとしたスカーフとか、あと小さいうちに可愛い服着せてあげようかと思って」

「おお、そりゃあいいな」

「でしょ? 小さい時しかできないからね」

 騎獣だというのを隠せるという意味でも、服を着せるのは良いアイデアだと思った。

 が、なにしろシウはファッションセンスが皆無らしいので、プロに相談というわけだ。

「そのブランカは今は?」

「フェレスがお守りをしてくれてるんだけど、そろそろ戻った方がいいかも」

 感覚転移で見てみると、眠っているブランカを微動だにせず見つめ続けているので、内心で笑ってしまった。

「とりあえず、複写させてもらおうっと」

 紙に魔法で写し取っていった。モイセスはもうシウの魔法については慣れているので何も言わなかったが、仕立屋の先ほどの男性はこちらを見て驚いていた。

 その後、彼にTシャツの布地について聞かれたので、メモを見せてもらったお礼にと布地の一部を渡した。

「アクアアラネアとかグランデアラネアの生地も試したけど、肌に直接触れる部分にはやっぱり綿が一番だね。僕、根っからの庶民だから。これもバオムヴォレを使って、ゴム糸を改良したものを糸に入れたんだよ。だから伸縮性があって肌触りも良いんだ」

 そう言ったら、何故か引きつった笑みを見せられてしまった。

 後で分かったのだが、アラネア系の生地は高級すぎて貴族か、高レベルの冒険者しか使わないそうだし、バオムヴォレの綿花に至っては超高級品なのだそうだ。それを作業着にしていたので「変な人」判定されていたようだった。

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