417 猫の子扱いと希少獣の雑食性
ブランカにTシャツ素材で作った服を着せると、どこからどう見ても猫の子にしか見えなくなった。よれっとしたところがまた「普通」っぽいのだ。
太い前足も隠れるし、丁度良い感じだ。
抱っこひもに入れてしまうとすっぽり隠れるし、目立たなくて良い。
ただ抱っこひもを付けているシウ自身は目立つのだけど、そんなことは気にせずに火の日もいつも通り学校へと向かった。
教室へ入ると相変わらずミルトとクラフトが一番乗りだった。
「先週はお疲れ様」
「本当にな!」
週末、彼はリュカの家庭教師を休むと連絡してきていたので、よほど気疲れしたのだろう。
「あの後もフロランに付き合わされて、採取したものの整理だとかで大変だったんだ」
「うわー」
「せめてあの遺跡に罠があればなあ。あんまり楽すぎて、経験値にもならない」
「でも、ガスパロやククールスと話をしていたから、勉強になったんじゃないの」
「まあな。やっぱり長く冒険者をやってる人の話は為になる」
クラフトも頷いていた。
そんな話をしていたら、クラスメイトも次々とやってきて、遅れてアルベリクも教室に入った。
授業は先週の合宿についてで、まとめたものを課題として提出しつつ、反省点などを皆で話し合った。
途中で一度ブランカが目を覚ましたものの、ジッとしていたので、そのまま黙って授業を受けた。
授業が終わると、まだ目を開けたままのブランカに授乳を勧めてみた。
クラスメイト達が気付いてわっと声を上げたが、すぐにミルトが目力だけで黙らせていたのがおかしかった。
「んくっ、んっ」
誰も取らないのに必死になって山羊乳を飲むので、面白可愛くて笑顔で見ていたら、やっぱり皆も同じような顔をしていた。
飲み終わるとゲップをさせてから、また体ごと撫でてあげて眠りに誘う。ブランカはすぐほぁぁと欠伸をして眠りについた。
「かっわいいなあ……」
「猫の子? 拾ったの?」
「この時期に生まれてよかったよねえ。寒い時だと大変だもの」
などと言うので、どうも猫の子でしばらくは押し通せそうだなと思った。
気付く人と気付かない人がいて、ミルトは気付いた1人だ。
「シウが卵石を持っていることは知っているくせになー。全然覚えてないとか、本当にこのクラスは変人ばかりだよ。どうせなら隠しておこう。分かった時が見ものだ」
面白いのでシウも黙っていることにした。
魔獣魔物生態研究科では昼ご飯のあとに、頼まれていた魔獣をどうするか隣りの準備室へ出向いてバルトロメに聞いてみた。
「先生、解剖するって言ってた魔獣、どうしましょう」
「おっ、もう取ってきてくれたの? 助かるなあ。じゃあ、教室の中央に置いてもらおうかな」
「全部?」
「ああ、全部。え、ぜん、ぶ?」
「いろいろ欲しいって言ってたから、できるだけ各種、あと解体失敗する子もいると思って多めに持ってきたんだけど」
「……よし! シウよ、君はちょっと自重って言葉を覚えような!」
「先生に言われたくないなあ」
そう言うと、はははと乾いた笑いで濁されてしまった。
ところで、バルトロメにはブランカの事を説明したら、クラスメイト以外には「猫の子」で押し通しておけとアドバイスされた。
「せめて数ヶ月はばれないと良いんだけどね」
「やっぱり、まずいですよね」
「2頭目だからねー。それにしても幸運というのか、奇跡だね」
にこにこと笑顔でブランカを覗き込んでいるが、その目がどうも危険で怖かったので、ひょいと身を躱してしまった。
「あ、ひどい」
「だって、先生の目がマッドサイエンティストみたいで」
「まっどさ? なんだって」
「ああ、つまり、常軌を逸した天才学者? のような人のことです」
「……あながち間違ってない気がするだけに、怒れないなあ」
「うん、そうだよね」
「シウ?」
「あ、じゃあ、教室へ行ってます!」
そう言って逃げた。
ちょうど授業開始の鐘の音も鳴ったので、思い思いに座っていたクラスメイト達に頼んで机や椅子を退けてもらう。
空いた中央に、魔法袋から魔獣各種を一体ずつ取り出した。
「うわぁ……」
最初は喜んでいたクラスメイトも、三目熊が出てきた辺りで黙り込んでしまった。
教室の後方で遊んでいた希少獣達の方がうるさくて、中央に来ると、きゃいきゃいと騒いでいる。そのほとんどが、食べてみたい、と言っていた。
「解体し終わったら、内臓をあげるよ。新鮮だからね」
きーきー、きゅーきゅーと喜んでいた。
元の種族が草食系だとしても、希少獣はエネルギーが必要になるからか雑食性となる。当然、山羊型のカペルも肉が食べられるのだ。飼い主は知らないことも多いが、このクラスなら知っているだろうと思った。
念のため、了解を得ようとそれぞれの顔を見たら。
「えっ、内臓を食べさせるの?」
ルフィナに驚愕の目で見られてしまった。
「そうだよ。大好物だと思うよ。食べさせてあげてもいい?」
「……内臓だよ? えー? せめて肉ならともかく、内臓を?」
何度も聞かれてしまった。苦笑していたらバルトロメが入ってきて、魔獣の山を見て「おー」と感嘆の声を上げながら皆に説明していくれた。
「以前にも雑学として、希少獣は雑食性だと教えたはずだがなー」
希少獣持ちを中心に見回すと、そのまま続けた。
「内臓は特に魔素が濃いのか、好まれるんだ。また獲物の肉は売り物になることもあって、希少獣を躾けるためにも肉をやらず内臓を与えるのが、暗黙のルールとなっている。内臓でも三目熊の肝臓なんかは薬になるから与えないけどね」
そう言ってシウを見たので、頷いた。
「騎獣は魔獣を倒せるけど、普通はその場で食べさせたりしないんだ。それも躾の一環なんだよ。理由は幾つもあるけど、一番は魔獣が「売り物」だから。飯の種ってことだね。まあ、あとは、食べることが主体になったら戦えなくなるっていうのもあるし、主従関係をきっちり覚えさせておかないといざと言う時に連携が取れなくなって、結局は全滅ってことにもなる。だから獲物は主が受け取って、後からご褒美として一番美味しい内臓を与える、という形にするんだよ」
「へえ……そうだったのか」
「じゃあ、偶に食べさせてあげた方がいいのかしら?」
セレーネが手を挙げて質問してきた。バルトロメは答える気がないらしく、シウを見てにやにやしていた。仕方なく、シウが答えた。
「喜ぶと思うよ。ただし新鮮なのをあげてね」
「……どこで売ってるんだい、そんなの」
「そうよね、肉屋で仕入れるのかしら?」
「市場かなあ」
「高かったらどうしよう。栄養価があるってことでしょう?」
「希少獣を飼っている時点で、多少の餌代はしようがないよ。今度、交渉してみよう」
皆、面白いことを言いだしたので、シウは慌てて口を挟んだ。
「内臓は普通は捨てるものが多いから、売ってないよ。肉屋でもいいけど一番良いのは冒険者ギルドだと思う」
「え?」
「本部の方だと大きい解体所があるから、常に誰かが解体しているよ。分けてほしいって頼めば、捨てる部分はもらえるから」
「……もらえるのかい?」
「うん。薬に使う以外の内臓は基本的に焼却処分されるんだ。だからもらってもらえるなら、面倒がなくて有り難がられるぐらいだよ」
皆、一斉に驚いた。希少獣が喜ぶ内臓を捨てて処理しているということも、またタダでもらえるという事実にもだ。
「解体の手伝いもしたら、喜ばれること受け合いだけどね。魔獣の勉強にもなるし、ギルドに会員登録していたら点数も溜まって便利だけど、皆は貴族位だから必要ないかあ」
常に解体要員を欲しがっているギルドのことを考えて口にしたのだが、よく考えなくてもクラスメイト達は良い家の子供ばかりだった。
自分で自分の言ったことに苦笑していたら、皆が真剣に考え込んでいた。
「……いや、でも、将来のことを考えたら今から持っておいてもいいのかも」
「そうだよね。研究員になるとしても、現地調査することだってあるんだし」
「自分で受けることもできるわけか」
「別に冒険しなくても、会員登録はできるっていうなら、いいかも」
そうして皆が感化されてきたところで、バルトロメがにこやかに締めてくれた。
「さあ、じゃあ皆で解剖してみよう。実地で行うと、これがいかに大変かがよく分かる。と、同時に、生態研究の奥深さにも触れるだろう。とても大事な授業となるから、皆、しっかり学ぶように!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
真剣な表情で返事をしていたクラスメイト達だが、後に阿鼻叫喚となることを、まだ知らなかった。
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