418 魔獣の解剖と薬飴玉




 解剖はまずバルトロメがお手本にとルプスを解体してみせた。

 ところどころで手を止め、授業で習った部分などを盛り込んでの説明となった。

 ちなみにゴブリンはまだ皆には早すぎると言われたので仕舞った。人型なのが問題で、自分も幼い頃そうだったのに、慣れてしまって思いやりを忘れていたようだ。

 次に岩猪とルプスに三目熊などを見て、バルトロメは苦笑して三目熊も仕舞うようシウに指示した。

「さすがに大きすぎるよ、これは」

「パーウォーは小さいですよね。あ、今回とは別に、前に獲った巨大黄蜂や蜘蛛蜂もありますよ。形が綺麗なので解体せずに残していたんです」

「……自重しような、シウ」

「えっ、毒がダメなんですか? グランデフォルミーカはダメだろうと思ってたけど」

「シウ、グランデフォルミーカ持っているの!?」

「はい。酸が欲しくて、まだ――」

 沢山持っているという前に、しがみつかれた。

「売ってください、シウ君!」

 先生が敬語で、土下座せんばかりに頼んできた。

「このへんでは見ない魔獣なんだよ!」

「あ、はい。じゃあ、売ります」

「やったー!!」

 小躍りし始めたので、アロンソがそうっと先生を窘めてくれた。

「先生、授業中です……」

「あっ、あ、そうだったね! じゃあ、ルプスの解体を各自でやってみよう!」

 数人ずつのグループに分かれて、バルトロメとシウが見て回ることになった。

「僕がですか?」

「だって、解体慣れてるでしょ?」

 にっこり微笑まれてしまって、断れなくなったので了解した。


 皆、四苦八苦しながらもなんとか解体を済ませると、授業で覚えた知識を確認していった。

「それにしても、シウが血抜きしてくれていたおかげで綺麗なものだ」

「どっちが良いのか判断に悩んで。一応、血抜きしていないのもありますよ」

「おお! そりゃあいい。勉強になるから出してくれるかい」

 はいはいと、その場に取り出す。

 バルトロメはそれを、解体に手慣れてきた男子にやらせた。

 案の定、辺り一面が生臭い匂いと血に塗れてしまった。

 それでなくても内臓などが溢れているのに、換気が追い付かないほどで気分を悪くする生徒も出てきた。

 解体の授業は受けたことのある生徒でも、今回のように魔獣の数が多い上に血生臭いと耐えられなかったようだ。早々に逃げ出した生徒もいた。

「取り敢えず、一旦、浄化しましょうか」

「お願いします……」

 生徒からも非難の目で見られていたせいで、バルトロメはおとなしくシウの意見に従ってくれた。


 一度綺麗になった教室で、今度は岩猪を解体することになった。これも三目熊同様大きいのだが、食材としてよく流通しているし、大きい体格のものの解体も必要ということで取り掛かった。

 たぶん、食べたかったのだろうと思う。

 何故なら、失敗する可能性の高い他の生徒にやらせず、シウに、デモンストレーションするよう指名してきたのだ。

「見本を見せてやってくれ」

 もっともらしいことを口にしていたが、絶対にあれは違うと思う。なにしろ食べられないルプスやパーウォーを生徒達に回し、岩猪は絶対に触っちゃダメと厳命していたからだ。

 まあ、いいかと思いつつその場で解体を始めた。

 流れるような作業に、誰も口を挟まなかった。喋っているのはバルトロメだけだったが、まるでBGMのような彼の講義を聞きつつ皆は真剣な顔をして解体を眺めていた。

 あばらを割る時には専用の道具も取り出してやってみた。最近ずっと魔法ばかりだったので懐かしい気持ちで使う。

 部位によって使うナイフを変えたりもしたので、終わった後にはそうしたことも質問された。

「食肉業者より綺麗な解体捌きだったね」

「ありがとうございます。岩猪は多く取れるから、慣れですね」

「このへんは捨てるの?」

「使うよ。コラーゲンを取るのに良いし、骨は出汁になるんだ。使い終わったら砕いて肥料に出来る。皮も業者に売れば買い取ってくれるね。牙も同じく。捨てるのって、内臓と頭ぐらいかな」

「そうなんだ。頭は食べないのかな、この子達」

「他になければ食べるみたいだよ。でも忌避感はあるみたい。フェレスも倒す時なら噛み付くけど、食べようとはしないなあ」

 すると、バルトロメがここぞとばかりに割り込んできた。

「その通り! 忌避感があるんだ。人間だってそうだよね、たとえ魔獣と言えども、頭を食べようとは思わない。それが、魔獣と理性ある生き物との違いだって言う人もいるんだ」

「獣でも、虫以外はあまり頭を食べませんね、そういえば」

 魔獣の頭という意味だが、バルトロメには通じたようだ。うん、と頷いて先を続けた。

「まあ、忌避感はあるものの、食べる文化もあるにはある。だから一概に決めつけられないんだけど、この感覚が大事なんだよ。皆も覚えておくようにね」

「はい!」

 ゴブリンのような人型相手に殺すのを躊躇う気持ちも、普通の事なのだ。

 その気持ちを忘れてはいけないと、改めて気付かされた。


 質疑応答しているうちに5時限目が終わった。

 涎を垂らして待っている希少獣達に、早速内臓を振る舞うことにした。

 各自の主に渡して、本人達から食べさせてもらったのだがそれはもう喜んでいた。

 もっとも、可愛い顔のハリーやゲリンゼルが美味しそうに内臓を頬張る姿はちょっと引くものがあったけれど。たぶん、シウよりも飼い主達が。

 その間に、シウはバルトロメに岩猪について聞いてみた。

「これ、どうします? バーベキューにでもしましょうか」

「……いいの?」

「てことは、僕が準備? 用意?」

「シウ君、僕は君が大好きだ!!」

 抱き着かれそうになったので、慌てて避けた。ブランカが潰されるではないか、と思ったのだが、避けられたことでバルトロメはしょんぼりしていた。


 結局、話し合いの結果、クラスメイト全員一致で次回の昼休みにバーベキューをすることになった。皆も材料を持ち寄ってくれるとのことで、シウは肉だけ保管する役になった。

 そうして三々五々に生徒達が帰っていくのを見届け、先生には約束していた通りグランデフォルミーカを一体、売りつけた。

「こ、ここに置いていくの? 腐らない?」

「えっ、じゃあどこに置けば良いんですか」

「……そうだよね。そうだよね……」

 まだ、しょぼんとしているので、シウは苦笑してグランデフォルミーカを真空パックにしてあげた。

「これだと腐り辛いです。解体したい時に開けてください」

「おおー!」

「適正価格で、ギルドを通してくれたら良いですから」

「うん、わかった。あ、今日の持ち出しについても色をつけておくからね。いやあ、助かったよ!」

 きゃっきゃと嬉しそうに笑いながら、真空パックされたグランデフォルミーカを子供のように眺めている。先生らしいところと、子供っぽいところが融合された不思議な人である。



 屋敷へ戻ると、商人ギルドから客人が来ていると言われて表の客間へ向かうと、シェイラ達が来ていた。

「どうしたんですか?」

「ええ、実はこの子が、面白い物を持っていたのでね」

 振り返って秘書の女性に目を向けた。彼女は肩を落として俯いている。

「はあ、なんでしょうか」

 意味が分からずに首を傾げていたら、シェイラが鞄から小瓶を取り出して見せてきた。

「この、可愛らしい小瓶に、色とりどりの飴を入れてプレゼントしたとか」

「……ああ! そういえば。はい、渡しました。でもシェイラさんにも渡したことありますよね?」

「生姜の飴ね。でも、こっちは色とりどりで沢山効能のある飴だわ!」

 ああ、そういう意味かと納得して頷いた。

 以前、お疲れ気味のシェイラに生姜飴を渡したことがあったけれど、秘書の人はもっと可哀想だったので、こっそり別にプレゼントしていた。

「良かったら、見ていきます?」

 そう言うと、賄い室に案内した。

 棚に並べられた大きなガラス瓶に、沢山の飴が詰まっていた。こうしてみると、綺麗なものだ。

「効能ごとに分けて置いてるんです。小瓶を渡しているので、好きなように取ってもらって」

「これが噂の!」

「噂?」

 シウが問い返すと、シェイラがチッチッチと指を振って教えてくれた。ちなみにこうしたボディランゲージはこの世界でも前世と同じ意味合いがある。

「ブラード家に出入りする商家の間で、人気があるのよ。こちらのお宅は対応も丁寧だし、おやつ時にはお裾分けまでくれるって話でね。御者や付添の下男にまでとても美味しい飴を渡してくれるというので皆が進んで来たがるそうよ」

「そうなんだ」

「喉が痛いと言っていた下男が、薬草飴を幾つかもらって舐めていたら治ったという話もあるのよ。だからってもっと欲しいとは言えないし、どこで売っているのか知りたいって相談されたというわけよ」

「ああ、そういう」

 出入りの人にも渡していいよと言ってあるので、メイド達も気兼ねなく渡していたのだろう。喜ばれると、シウも嬉しい。

「どうかしら。ぜひ、このレシピを登録しない?」

「……そんなことだよねー、やっぱり」

 苦笑して、幾つか提案しつつ了承した。

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