419 蜂蜜玉と乳飲み子を抱えた生徒と味見
シェイラには、薬飴玉は薬師ギルドを通してほしいとお願いした。
これを普通の商家が売ることに、シウは反対だった。
薬草師達の仕事を奪うことにもなりかねないし、薬草から作る効能のあるものは、やはり薬師ギルドを通すべきと思うからだ。
シェイラは暫く悩んだものの、それもそうかと納得してくれた。
「その代わり、果実飴の方は商人ギルドを通します。特許は取るけど、料金は取らないので勝手にやってください」
「えっ、それでいいの?」
「別に、だって誰でも考えてることだと思うし」
「作り方は練られていると思うのだけれど。あなただって試行錯誤したのでしょう?」
「そりゃあ、一番良いと思う形にするのに時間はかけたけど。でもいいんです。もうひとつ、思いついた目玉商品があるので」
そう言って笑うと、シェイラの目が光って、にやりと笑った。
「そう、それでこそ商売人よ。ふふふ」
秘書に注意されていたが、シェイラは怪しい笑みを止めることはなかった。
2人には待っていてもらい、一度部屋に戻ってからさも持って来たかのように、魔法袋からという体で空間庫から新作を取り出した。
「蜂蜜玉です。栄養価の高い木の実などを磨り潰してオイル状にしたものと蜂蜜を混ぜて作ったんだ。前に冒険者のための日持ちする堅焼クッキーを作ったことがあるんだけど、こちらはより栄養価が多くて、しかもどんな状態でも食べることが出来るから」
「そうか、咀嚼しづらい場合にも向いているわけね?」
「そう。舐めておけば良い。喉に詰まらせないように小さめにしているのも、その為だよ。これなら、寝たきりの人にでも栄養を与えられる」
「素晴らしいわ!」
「もちろん、メインターゲット、一番の販売対象者は冒険者なんだけどね」
「ええ、そうでしょうね。ところで、これ一粒でどれぐらいの効能があるのかしら」
「成人女性の1日の最低必要栄養素分ぐらいだね。だから二~三粒ぐらいは1日に食べても良いと思う。冒険者だと1回に三粒ぐらい口にした方が良いかな」
「たったそれだけでいいの?」
小指の先ほどの大きさの飴を見て、シェイラも秘書も驚いていた。
「本当はもうちょっと圧縮できるんだけど、口の中に入れることで気持ちの上でも栄養を取り入れてるって知ることが大事だから、ほどほどにしたんだ」
「……成る程ね、もっともだわ」
「人間って、自分で思う以上に『気持ち』で変わるからね。病は気からという言葉もあるけど、その通りだなって思う」
「面白い言葉だわ。病は気から、そう、そうなのね」
妙に納得して、シェイラは何度も頷いていた。
その後、レシピを渡して特許申請とし、彼女達は帰って行った。
騒がしい台風のような人達だったが、賄い室にいた数人のメイド達は、
「良かったー! これでシウ様の飴が出回りますね!」
と喜んでいた。
「え、足りないことあった? なくならないように詰めていたんだけど」
「違いますよう。ただ、知り合いになった他家のメイドさん達に、羨ましがられていたんです。シウ様は優しいから、あげたらーなんて仰るだろうけど、そこはちゃんと線引きしておかないとダメですからね。わたし達もわたし達なりにルールを作っていたんです」
「そうだったんだ」
「カスパル様が前に仰ってたんですよ。他人の優しさの上に胡坐を掻いちゃだめだよって。よくしてもらっていることを当然と思うようになったら、人間がダメになる。だから常に自分を戒めなければならないよと」
「そっかあ」
その話を聞いて、シウは反省した。優しさの上に胡坐を掻きっぱなしだし、カスパル達の優しさに甘えてもいる。
「僕も気を付けよう」
「……あの、シウ様が気を付けるのではなくて、わたし達が、ですよ?」
「うん。でも、僕も反省しなきゃ」
「ちょ、ちょっと、しょんぼりしないでくださいよう。わーん、わたしが悪いこと言ったみたいじゃないですかー」
宥められながら、シウはもうひとつ反省した。
際限のない持ち出しは厳禁だな、と。
バルトロメが魔獣代を払うと言ってくれて良かった。シウこそが、要求すべきだったのだ。
その日は、ずっと1人反省会をして過ごしたシウだった。
ブランカはかなり落ち着いてきて、夜中に目覚める回数も減った。
まだ遊びまわるほどではないが、目が覚めて起きていても鳴かない。お腹が空いた時だけ鳴くので、手のかからない子だった。
火の日の授業でもそうだったが、水の日の生産科ではもっとうるさかっただろうに一向に気にせず眠っていた。
シウが製作に没頭していても起きないのだから偉いと思う。
「乳飲み子抱えて授業を受けるとか、本当にお前さんは何から何まで規格外の奴だな」
「はあ」
「まあ、自分の子を抱えて授業を受けにきた強者も過去にはいたがなー」
「すごいですね」
「おうよ。他国から来てるのに全く周囲のことを気にしないで、平然としていたな。口も達者で。でもまあ、今では立派な教授だ」
あれ? と首を捻った。思い当たる人がいたのだ。
「……もしかして、それ、オルテンシア=ベロニウス先生のことですか?」
「おう。それだ。って、知っているのか?」
「えーと、まあ間接的に? お世話になったというか」
「あいつ、変人だろ? 俺みたいに普通の奴からしたら、理解できん」
レグロが普通だとは思えないので、シウは曖昧に頷く。
「ところで、今日のそれは何だ?」
「レース編み機です」
「……相変わらず、お前さんはふらふらとまあ、一貫してないな!」
「でも、これが出来たら単調なレースは機械に任せられるので、編み師はもっと自由な作品が作れるはずです!」
「……どこへ行こうとしてるんだ。ったく。でもま、面白そうだから頑張れ」
「はい! 今度、この子のおくるみを作ろうと思っているので。楽しみです」
レグロは頭を手で押さえて去って行った。
授業終わりに授乳を済ませると、食堂へ行く頃にはブランカは深い眠りについていた。
食堂でうるさくすると目立つので丁度良かった。
「可愛いなあ」
「本当に可愛い……」
目立たないはずだったのに、いつもの昼食メンバーが代わる代わる覗き込んでくるのでやっぱり目立ってしまった気がした。
それはともかく、昼ご飯だ。
持参してきていたのだが、食堂の職員がすっ飛んできて、味見がてら食べてほしいと言ってきた。
その為、シウだけでなく他の面々も試食することになった。
そんなことをしていたら、他の生徒だって気になるようで、
「何故、彼等だけ新メニューを(タダで)食べているんだ」
というようないちゃもんをつけてきた。そりゃあそうだよなーと思いつつ、シウが答えた。
「僕が考えたレシピで、このメンバー全員食べたことがあるから、味見役として買って出たんだよ。良かったら食べてみる? その代わり、どんなものが出てきても文句言わずに食べて、感想を言ってね? 感想を言わないと味見する意味ないから」
「……う、わ、分かった」
興味のある人はそれだけで了解して、そこまでしたくないと思う生徒は離れて行った。
「味見用に作ったの、沢山ある? なかったら、こっちのも提供するから比較にしても良いよね?」
「は、はい。それでしたら有り難いです」
ということで、テーブルを繋げあわせてその場に料理を広げた。ディーノ達も、途中参加の生徒達も手伝ってくれて、それぞれ食べ始める。
「あ、これは明らかに味が違うな。シウの方が俺は好きだ」
「こちらのはラトリシア風にアレンジしてるんだな。意外と美味しいし、これはこれでありかも」
と、話しながらもメモに書き込んでいく。参加した生徒達もそれを真似て本当に味見役をしてくれた。
「俺達、前から気になっていたんだ。いっつも美味しそうな匂いを振りまいてさー」
「まさか食べられるなんてなあ」
「別のクラスの奴が、食堂の職員に進言してたらしいんだけど、本当に話を通してくれてるなんてな!」
「シウって言うんだろ? お前すごいな。これ、滅茶苦茶美味しい!」
この食堂にいるのは比較的、階位の低い貴族と庶民ばかりなので、皆シウのことを気にせずに和気藹々と盛り上がった。
素直な意見も飛び出て、職員達も顔を覗かせて喜んでいた。
何よりも生徒の舌に合うように、生徒の為にと思って作っているからその意見が聞けるのは有り難いことなのだ。
カレーが出てきた時には、一際大きい声が上がった。そのせいで2階のサロンにも声が届いたようだが、ちらっと見られただけで何もちょっかいなどはなかった。
本当に怖いのは渡り廊下を抜けた貴族専用サロンにいる人達だから、シウ達は気にせず料理の感想を言い合った。
カレーには最初、賛否両論があったものの、最終的には何故か反対派も寝返って(?)いた。新たな味への挑戦だとか言って、目を瞑って食べ続けているうちに、意外と美味しいかもと言い出したのだ。
「これにねえ、にんにくとか入れるともっと美味しいんだよ~」
とシウが言うと、うわーと皆が頭を抱えていた。若い男性が多いので、にんにくはやはり人気があるのだ。
「でも匂いが……」
そして若い男性であるので、数少ないクラスメイトの女子に対して遠慮もあるようだ。
シウはすかさず、匂い消しの飴を取り出した。
「じゃん。これでにんにく臭が消えるよ!」
「おー」
「って、なんだかやばいもの売りつける商人みたいだよ、シウ」
商人の息子コルネリオに苦笑されつつ、飴を年頃の男性諸君に配ったのだった。
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