131 冗談と脅し、飴と鞭




 脅し倒して皆が震えあがったところで、シウは優しく笑顔で締めた。

「いいですか。一日、たった一日頑張れば助かります。これまで学校で習ったことを思い出して、協力し合って籠城しましょうね。城はありませんけど」

 最後に冗談を言ってみたのだが、通じなかった。

「……ええと、このへんには岩場も何もありませんでしたので、木の洞を利用しましょうか」

 誰かが何か叫んでいたが、シウは完全無視を決め込んで少し歩いた先にある大木の洞に、内側からラップをかけて保護した。それから周辺に土壁を作っていく。岩もあったので土台にして、頑丈な壁となった。

「簡単ですけど、ちょっとした砦代わりです。この内側にテントを張って、交替で見張りを立ててやり過ごしてください。周辺に罠を張り、魔獣避けの薬玉も施しておきますから。あ、大盤振る舞いで、超高級薬玉ですよ。学校指定の湿気った簡易薬玉じゃありませんから安心してくださいね」

「……君、あの」

「請求しませんって。冗談ですよ。自分で採取して作ったものだから」

「いや、そういう意味じゃなくて」

 エジディオが呆然としたまま、簡易砦を指差して、それから、諦めたように溜息を吐いた。

「規格外の子がいるって、聞いていたけれど、君のことかな」

「誰でしょうか。僕は知りませんけど」

 素知らぬ顔をして、それから、二人にポケットから取り出したように見せた通信魔道具を渡した。

「お貸ししておきます。緊急時に使ってください。教師への連絡も、これで。場所は僕から説明しておきます」

「君はどうするんだ!?」

 クレールが不安そうに見てきたので、シウは彼の肩を叩いて安心させるように笑った。

「遊軍のようなものです。このへんに残っている生徒で騎獣持ちは僕しかいないし、探知の魔道具を持っているのも僕だけです。だから」

「まだ迷っている生徒を助けに行ってくれるんだね?」

 エジディオが言うので、シウは頷いた。本当はもうシウの助けるべき生徒はこの辺りにいなかったけれど。

「見たところ、怪我はないようですが、ポーションを幾つか預けておきます。それと、食糧は? 魔法袋はお持ちですか?」

「持っている生徒はいるようなんだが、どうだろうね」

 クレールが渋い顔をしてみせた。彼よりも身分が上の生徒が持っているらしい。先ほどから会話の邪魔をしている生徒だということも視線などで分かった。

「分かりました。後で持ってきます。ちょっと時間がかかるかもしれませんので、ええと、そうだな、あのあたりの木の実は食べられますから採取してみてください。ただこの砦からはあまり出ない方がいいです。さっきも言ったけれど、今なんとか持ちこたえている状態で、いつ突破されるか分かりません」

「……分かった。あと、火を――」

「貸してもらえないんですね」

 しようがないと、火属性を持たない二人に、ロウソクを渡して火をつけた。

「君のその袋、アイテムボックスなんだね……」

 ポーションも取り出していたので、驚いているようだった。どう見ても庶民で、一年生のシウが持つには魔法袋は高級なものだ。

「元冒険者の爺様の遺産です。ところで、万が一のことがあれば、洞の中に入っていてください。この人数ならなんとか入れるでしょう? あの中は安全だと思います。えーと、そういう木なんです、あれ。いいですね、必ず、あそこに逃げ込んで下さい。絶対に外へは逃げないように。どうしたって魔獣には追いつかれて、そして、食べられるんですから」

 殺されるとは言わなかった。

 そして最後の台詞は、大きな声で全員に聞こえるように言った。

 辺りがシーンとなったので、シウは、もう一度皆に聞こえるよう、続けた。

「怖くても、どんなに怖くても、耐えてください。必ず助けが来ますから。信じて待っていてくださいね。学校で習ったことを思い出しながら、頑張ってください」

「お、おい、お前、どこかへ行くのか!?」

「僕たちを置いていくのかっ」

「待て、お、俺だけは乗せていけ!」

「そうだ、金貨をやろう。どうだ、それならいいだろう」

 あ、だめだ。

 クレールもエジディオも唖然としていたが、シウだって同じだ。

 溜息を隠しつつ、シウはフェレスに飛び乗った。

「僕にはまだやることがあります。一緒についてきてもいいですけど、魔獣を討伐しますよ? いいんですか」

「……に、逃げればいいじゃないか、そうだ、逃げるんだろう? 自分一人だけ」

「逃げるなら、ここに来てませんよ。とにかく、僕についてくるよりはこの砦の方がよほどマシです。頑張って演習の続き、やってくださいね。これも、訓練ですよ」

 皮肉なことに、本物の魔獣スタンピードだ。事前に何度も打ち合わせをして、勉強もしてきたはずだった。

 その知識を存分に生かしてほしいという、半ば嫌味も込めた台詞だったが、きつい言い方になってしまったようだ。

 取り残された感丸出しで、叫んでいた数人の生徒が地面に手を付いて、呆然とシウを見上げていた。

 まるで捨てられた犬のようで、自分が悪いことをしているような気になる。

 可哀想になって、フェレスに地面へ降りてもらった。

 そうして魔法袋から、お菓子を幾つか取り出した。

「はい。甘いものでも食べて、元気を出してください。ちゃんと皆で分けてくださいね。……見捨てませんよ、絶対に。ね?」

 よしよしと頭を撫でて、呆然とする彼等を置いてフェレスと共に飛び上がった。



 改めて広範全方位探索で調べていく。

 クレールたちのように、演習地の森から大きく外れている生徒もいたため、念のために探知を広げてみた。そこまでは行かないだろうと思われる場所まで探索していったが、やはり一番端にいるのはクレールたちだけのようだった。

 森の中では幾つかのグループが、テントを張って過ごしているようだ。

 魔獣も来なくなったので、火竜が飛んでいたパニックもようやく消えたのだろう。

 教師から連絡は入っているだろうが、魔獣のスタンピードについては伝わっていないと思われた。

 でなければ落ち着いてテントなど張って野営したりはしない。

 教師たちにも国から連絡が入り、救助をおとなしく待っている方が混乱は少ないと判断したのかもしれず、シウは彼等を監視しつつも干渉しないことに決めた。

 それに大人の護衛らしき者や、騎士学校の生徒がついていたので、そういった意味でも安心だった。

 その中にはアリスの兄カールもおり、彼なら落ち着いて行動できるだろう。

 となると、あとは問題の発生地点だ。

 上空高くまで上がって、そのまま転移した。


 クレーター上部の覆いはまだ消えていなかった。

 その中に入ってみると、魔獣がクレーターを這い上がる前に空間牢で閉じ込められて、魔核が消滅し圧縮されて消えていくという流れ作業が出来上がっていた。

 魔核は自動的に空間庫へ入っており、ものすごい勢いで増えているのが分かった。

「さてと。護衛はもうダメかな」

 何を見付けたのか、どうしてこんなことになったのか。

 思案していたら、通信が入った。

「(シウよ、俺だ。もうすぐ予定地点に到着する。上空に)」

「(発生地点上空にいるよ。花火を上げるから、それを目指して)」

 返すと同時に、花火を打ち上げた。

 ついでに覆いの空間牢を消そうかとも思ったが、様子を見てみた。

 暫くして、パチッと弾けて飛んだ。

(《自動化解除》)

 ここからは手作業で行うしかない。空間魔法など持っていることがキリクにばれたら恐ろしい。


 ということで、クレーターから出ようとする魔獣たちを、一斉に捕獲網を放って捕える。

 これは、先ほどからどんどん得られる魔獣の死体を何かに使えないかと思案して、試しに作ってみたものだ。特にグランデフォルミーカという大蟻の魔獣の尻袋には強酸が入っており、本体でさえ浸っていると溶け出すぐらいの強さがある。これを取り出して、スライムの皮(ラップを更に薄くして衝撃を受けたら破けるようにしていたもの)に包んだ。投げてもいいが、面倒くさいので粒状態にしてゴム糸にくっつかないかなと考えていたら、見事にくっついたので、それを投網漁よろしく投げてみたのだ。

 ついでに誰でも使えるようにと、万が一粒状の袋が破れてもいけないので、尻袋を使うことにしてみた。鞣すのも、外側を浄化するのも一瞬だ。

 そこに詰め込んで、投げたら綺麗に広がるように付与もしてみた。後々改良が必要だろうが、結構いい魔獣殲滅道具ができたと思う。

 更に、飛んで行こうとするものには塊射機を使ってみた。

 弾はリグドールが作ったゴム弾ではなく、破壊力のあるものを使った。破裂しやすいように作った鉛製だ。大きな魔獣相手でも使える。

 なによりも、付与がし易い。柔軟性のある金属なので魔核なども混ぜやすく、付与ができるので攻撃力を上げることができた。

(《指定》)(《質量強化》)(《先端振動》)

 などと、その場で鉛弾に付与してから、一部を残して空間庫に戻す。

 ゴム弾と破壊用鉛弾はそれぞれの弾倉に詰めてから、腰帯から吊るした弾倉用の袋にまとめて放り込んだ。これでしばらくは保つだろう。

 そんなことをしていたら、ようやく飛竜の先行部隊が見えてきた。


 飛竜隊の先頭集団には遠見魔法を持つ人もいた。彼がきっと最初にこの場所を見付けたのだろう。

 ちなみにキリクは先頭も先頭、一番前を飛んでいた。

 乗っている飛竜はルーナだ。

 彼等は近くまで来ると大きく旋回をして、クレーターの真上ではなく、その周囲の上空に待機した。

 シウも彼等の所までフェレスを向かわせる。その間も、魔獣の動きを止めたかったのでフェレスの上でクルッと半回転して座りなおした。フェレスは後退して飛ぶことができないので苦肉の策だ。

 そのため、ルーナに近付いたらキリクに大笑いされてしまった。が、今は笑うところではないと隊の偉い人に怒られていた。

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