132 匂い玉の正体




 暫く足止めが必要だろうと思って、魔獣が忌避する超強力な匂い玉をぶち込んだ。

 匂い玉と称するように匂いが強烈で、主な原材料は飛竜などの糞から作られるのだが、今回は火竜の死体から取った糞を使ってみた。これに魔獣が嫌う薬草を混ぜて、ぶつけてみた。

「おお、こんな混乱状態でも結構通用するんだなあ」

 本の通りだと思いながら感動しているうちに、飛竜ルーナの上にフェレスが降り立った。お互いに嫌がりもせず、状況を賢く判断しているようだ。

 もう一度フェレスの上で自身の体を回転させてから、乗ったままキリクに向かう。

「早かったですね。助かりました」

「……そりゃ、まあな。それより、ほんとお前は、なんていうのか」

 くくく、と腹を押さえて笑っている。その横にはもう一人乗っており、彼が顰め面でキリクをせっついていた。

「分かった分かった。シウ、時間がないから自己紹介は後にするが、とりあえずコイツだけ、うちの騎士団の団長スヴァルフだ。もうすぐ第二陣として国の竜騎士団も来るが、指示は俺かスヴァルフから受けてくれ。で、状況を説明してくれるか」

 シウは軽く頷いて、スヴァルフには視線だけで挨拶してからすぐさま口を開いた。

「発生地点はここで間違いないと思います。探索もしてみましたが、今のところ他に割けた場所はないです。火竜が落ちた場所はあちら、北東です。今はいません。無事、誘導して完全に落ち着いた状態です。問題はこちら、かなり地下深くから出てきているようで、確認がとれません。この大型窪地は元は草原で、別の竜が落ちたのか地形が変わっています。その上に土壁を作って、更に内側へせり出すように庇を作って見ました。返しがあるので今のところ出てきた魔獣はいません。が、時間の問題かと」

「よし、分かった。さっきは面白いものを投げつけていたな。まだあるのか?」

「はい。時間を作りたい時に、使えると思います。どうぞ」

 渡してから、

「ただし、それ、相当臭いので間違って中身が自分に掛からないようにしてくださいね」

「……何でできてるんだ?」

「聞くんですか?」

 と、軽い冗談も言える時間は作れていた。

 だが、笑っているキリクはともかく、真剣な顔のスヴァルフには申し訳なくなり、シウはすぐさま答えを口にした。

「火竜の糞です。気休めですが、獣の本能で怖がるので、一瞬の時間を稼ぐにはいいでしょうね。ただし、スタンピードにはあまり通用しなさそうです。ほら――」

 指差すと、すでに庇の上へ出てきた個体がいる。

 振り向いて、塊射機で撃つ。

「第二陣と本隊が来るなら、それまで交替で留めておくんですよね?」

「ああ、そうだ」

「第二陣が来たら、僕は一時撤退していいですか?」

「……惜しいが、ま、そうしないとな」

「フェレスの体力が心配で。ちゃんと休ませてあげたいんです。明日になったら、また後衛として手伝いに来ます」

 そう言うと、にやりと笑って、キリクはシウの肩を叩いた。

「いろいろ言いたいことはあるが、まあ、とにかくよく頑張ってくれた。もう少しだけ俺たちに付き合ってくれ。じゃあ、始めるとするか!」

 そう大きな声を張り上げて、皆に手で合図する。

 スヴァルフは助走を付けてルーナの上から、隣にいた飛竜へと飛び乗った。風属性魔法を使っているとはいえ、豪快なことをする人だ。やはりキリクの下に付いていると、あれぐらいできないといけないのかもしれない。

 シウも、フェレスと共にルーナの上から飛び退いた。


 その後は後方支援に徹して、発生地点よりも少し離れた、しかし全体を見渡せる場所にフェレスをホバリングさせておく。

 この空中で飛んだまま待機というのが、フェレスのもっとも嫌う行為で、スピード狂の気がある彼にはかなりの我慢を強いることになった。

 それにしてもと、全体を見渡す。

 さすが年に一度以上はスタンピードを対処しているオスカリウス辺境伯の騎士団だ。連携も取れており、各自が己のやるべきことを把握している。飛竜特有の素早い動きで、アリ一匹逃さない勢いで庇の上へ出ようとする魔獣たちを倒していた。

 このスタンピードはとにかく数が問題なので、本体が到着するまでは被害が広がらないように小さい魔獣たちを殲滅していくしかない。

 やがて、大物が出てくるのだけれど、その頃には数は減っていく。量より質へと移行するのだ。


 シウは、

「(青リボン竜、南西に飛兎を利用して変異オークが飛び降りようとしてます。赤リボン二つ竜、南南東で庇下にオーガの集団が近付いてます。岩蜥蜴に紛れていますが、確実に超えるつもりです)」

 上からだとよく見える、ということでキリクやスヴァルフの死角になりそうなところを通信で伝えていた。もちろん、了解を得てのことだ。

 鑑定はしていても挨拶をし合っていないので彼等の名前は分からないことになっているから、それぞれ個体を識別するためにであろう付けていた尻尾のリボンを頼りに告げた。

「(助かった! ありがとう)」

 仕留めた後にお礼を言われたけれど、シウの助言などなくとも、いずれ彼等は気付いて倒していただろうと思う。

 ただ、やはりこれ以上森の中への被害を食い止めたい。できることなら森へは入らせたくなかった。

 そうして、後方支援していると数時間ほどで、第二陣の飛竜隊がやってきた。

 時間はもう真夜中を過ぎていたので、キリクとスヴァルフに報告して、一時休憩に入った。

 再度、合流が円滑に進むよう、第二陣の飛竜隊隊長とだけは挨拶を交わして、ようやく戦線から離脱できた。



 フェレスはいつもの寝る時間を大幅に過ぎているというのに元気いっぱいで飛んでくれている。さっきまでの苦痛なホバリングを止められたのがそれほど嬉しいのか、尻尾がぶんぶん振られて楽しげだ。

「フェレー、ちょっとテンション高すぎだよ……初めての大規模対魔獣戦で舞い上がってるのかなあ」

 寝かせる時に、興奮を治める薬草ジュースでも飲ませてみようと思った。

 そうしているうちに誰の気配もない森の中へ入ったので、洞穴近くまで転移した。そこからは落ち着かせる意味もあってフェレスを地に下ろして走らせた。

 洞穴近くには魔獣を排除するよう考えられた土壁が、迷路のように張り巡らされており、リグドールの努力の跡が垣間見えた。

 それらをすり抜けたとしても、思わぬところに、といった場所で落とし穴を設けている。かなり深い穴には、殺してから焼いたと思われる跡もあった。

 自然と笑みが浮かんだ。

 彼等も頑張っていたのだと思うと、誇らしい気持ちにもなったし、自慢の友だと叫びたい気持ちもあって、自分の心なのに面白いなと思う。


 今日、いやもう昨日になるのか、出会った生徒たちの中には自分たちのことだけしか考えずに工夫もせず、ただ泣き叫んで座り込んでいた者もいた。

 もちろん、平和に暮らしていて突然こんなところに放り出されたらそうなるのは分かるし、まだ子供なのだから可哀想にとも思う。

 けれど、親の権力を笠に着て偉そうにしていた生徒たちを見るとどうしても、うちの子たちは立派だなあと自慢に思うのだ。

 うちの子なんて、それこそ偉そうな考え方だと気付いて、ちょっと反省してから洞穴の前に立つ。

 すると中から誰何する声が聞こえた。

「誰だ! あ――」

 クラスメイトのイーサッキという少年と、もう一人は別のクラスのミゲルという少年だった。

「シウ! 君、無事だったのか!」

 二人は普段、アルゲオの取り巻き、もとい従者のような立場であまりシウに関わってこないのだが、どういうわけかとても嬉しそうに喜んでくれた。

 イーサッキに至っては涙ぐんだ様子で抱き着いてきた。

 そして、その声を聞いて、洞穴の奥から何人もが現れた。

 寝ていた者もいただろうに、と思ったが、誰もが嬉しそうに再会を喜んでくれているので無粋なことは言わない。

 ただ一言、

「ただいま。ありがとうね」

 と微笑んで応えた。


 イーサッキとミゲルは名残惜しそうにしていたが、自分たちは見張りの役があるからと言って奥へは来なかった。

 他の皆に連れられて奥に入ると、最初に合流した生徒たちの一人が岩石魔法を使って広げてくれたようで、居心地のいい空間ができていた。その代わりに魔力量が減ってしまって、今も寝ている。ポーションはあったけれど、それはいざという時の為に残してほしいと本人が言ったそうだ。

「あれ、ヴィゴとランベルトも?」

「森で拾ってもらったんだ。助かったよー」

 中には研究科七クラスの先輩もいた。クラスでも先輩、年齢も上なのだが、仲良くなってお互いに呼び捨てだ。

「僕の兄のコルネリオも一緒だよ。兵站科の人と一緒になって彷徨っていたところを、スタンさんたちに助けられたんだ」

 ランベルトが説明してくれた。

 見ると、兵站科の面々もいて、洞穴の中は学年関係なく仲良くやっているようだった。

 アレストロも起きだしてきて、シウが戻ってきたことを喜んでくれた。

「スタンたちには疲れただろうから強制的に休んでもらってるんだ。一番奥にいるから、静かにね」

 と皆にも言い渡す。それぞれが落ち着いて頷いてから、自然とその場に車座になった。

「シウ、教えてくれるかい? 外の状況、それと、本当のことを」

 その顔には何を聞いても受け止めるという覚悟が見えていた。

 ふと、正面に座る高学年の男子生徒と目があった。

「兵站科のリーダー、ディーノ=ゴスリヒだ。ここでのリーダーはアレストロ君だから、彼に従っている。ただ、話を聞きたいだけなんだ」

 他の面々も同じようだ。

 シウは頷いて、これまでのことを話すことにした。

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