133 寄せ集め生徒達の一致団結




 まず、車座になった生徒以外には聞こえないよう、音を遮断する。

「無音魔法を使ったけど、大声で叫んだら聞こえるから、皆静かにね」

「了解」

 ディーノが返事をして、皆は無言で頷いた。

 シウは、教師とも王都とも連絡が取れていることを話してから、火竜の群れを誘導したこと、それから生徒たちを避難させたことを説明し、最後に魔獣のスタンピードが起こったことを話した。

 最初に魔獣スタンピードを説明すると、他の生徒の安否について耳に入れる機会がなくなるような気がしたので、そうした。

 また時系列風に装っておけば、シウの異常な速さの移動を誤魔化せるとも思ったし、後から万が一聞き取りがあっても辻褄が合うようにと、あえて時間などを曖昧にした。

 もっとも、この中で冷静に時間を判断して突き詰められるのは二人ぐらいだろう。

 その二人、アレストロとディーノは衝撃を受けながらも、すぐに平静を保つ努力をしていた。

 他の生徒はさすがに、泣き出したり、その場に手を付いて愕然としていた。

「今は第二陣の飛竜隊が来て、オスカリウス辺境伯の精鋭部隊と交代で対応に当たってくれている。一日すれば王都から軍と救助隊も来るので、それまで持ちこたえたら大丈夫だよ」

「……でも、シウ、あと一日もなんて、本当に」

 同じクラスのセヴェリが、不安そうな顔をした。彼もアルゲオの取り巻きだが、逃げている最中に離れ離れになったそうで、イーサッキとミゲルの三人で、スタンたちに助けられたようだ。

「ここは、ましな方だと思うよ。エドヴァルド先輩のところや、クレール先輩のところに至っては本当にもう……」

 ちょっと笑ってしまった。思い出したのだ。

「なんだい、こんな時に」

 アレストロが少し咎める調子で聞いてきたが、顔は笑みを隠しきれない。きっとシウの言い出すことに期待しているのだろう。

「大木の洞を利用して即席の砦を作ったから、ギュウギュウ詰めなんだ。クレール先輩は落ち着いていたけど、他の偉そうな先輩たちは引きまくってたし、食べるものもないっていうから木の実を食べてねって言ったら絶句してたよ。それに比べたら、ここは食べ物はあるし、頑丈な岩でできた洞穴で、快適な状態にもしてもらったでしょう? 外はリグが土属性魔法を使って迷路にしてくれてるし。比べたら可哀想なぐらいだよ」

「そ、そうなの?」

「うん。置いてくるのが可哀想だったぐらい。でも、魔獣の発生源を知らせてほしいってキリク様に言われていたし、できるだけ魔獣の発生を止められたらいいとも思ったし」

「……君、すごいこと、してくれたんだね」

「ごめん、興奮して。あの、ありがとう、頑張ってくれて」

 数人が謝るので、シウは慌てて手を振った。

「あ、いいんだ、そういうのじゃないって。だって、皆だって同じでしょう?」

 首を傾げる生徒たちに、シウは笑ってみせた。

「皆だって、自分にできることを、こうして精一杯やってる。お互いに協力し合って頑張っている。同じことだと思う。僕にはフェレスがいたし、幸いにして冒険者の爺様から譲り受けた魔道具もある。逃げ足だけは鍛えてもらったから、誰よりも早く逃げられる僕にとって、この役は最適だったってだけのことだよ。謝られたりするのは、だから違うんだ。これからまだ一日ある。皆で、頑張ろうよ」

「……うん、そうだな」

「さあ、じゃ、そういうことならまずは休むことだ。シウは特に、疲れているはずだからちゃんと寝ること。皆も、昨夜決めたように、それぞれの役割を果たそう」

「分かった。そうだな。じゃ、俺たちももう寝るよ」

 話はまだ尽きない顔をしていたが、アレストロが終わらせてくれた。

 お互いに視線で会話をして、シウは生徒の一人に連れられて奥の部屋へと入った。

 隣はリグドールたち、奥に女子が寝ているということだった。

 念のために、女子同士でも交替で寝るようにアレストロが決めていたようだが、さすがだと思った。今回のことで妙な噂が立ってもいけないので、自衛のための差配だった。



 翌朝、と言っても数時間しか眠らなかったが、まだ寝ているフェレスは置いて起き出した。

 洞穴の中央が皆の集まる場所としたようで、端に台所替わりの石台などを置いている。上部には煙を逃すための穴も作っていた。

 岩石魔法の生徒はかなり頑張ったようだ。魔力量が減ったのもよく分かる。

「もう、起きたのか?」

 スタンやロドリゲス、レオンとリグドールが朝ご飯を食べていた。途端にシウもお腹がキューッと鳴った。

「ぶはっ、そりゃそうだよな。昨日は何も食べてないんだろ? 先に食事だな」

 リグドールが肩を叩きながら、シウを席に座らせてくれた。席と言っても石の椅子だ。

 テーブルは即席の木でできた大きなものを使っていた。リグドールが作ったのだろう。

 座っていると、アリスたちがやってきて目の前に湯気の出たスープを置いてくれた。

「どうぞ。フェレスのも用意してますから」

 言いながら、アリスの瞳が潤んできて、思わずといった様子でシウの手を握った。

「戻ってきてくれて、良かったです。通信は入っていたけれど、わたし、直接聞いていなかったから心配で」

「大丈夫だよ。それより、傍で守ってあげられなくてごめんね。僕の方が約束を守ってないよね」

「いいえ、いいえ。それは違うわ。だって、ここが安全だと証明してくれたのはシウ君だもの」

 そうですよ! と言いながら、コーラが割り込んできた。

「魔法袋の中にも、たくさんの用意があってびっくりしました。おかげですごく助かったんですから! 特に、あの、ご不浄の!」

「またそれ? コーラってよほどあれが嬉しかったのね」

 ヴィヴィも参加してきて、テーブル近くがガヤガヤと煩くなってしまった。

 昨夜寝ていた生徒たちも起きだしてきて、すでに話を聞いていた他の生徒からいろいろと状況を聞いてテーブルに駆け寄ってくる者もいた。

 しばらくはそんな調子で、熱々のスープも食べる頃にはすっかり冷めてしまっていたので、魔法でこっそり温めたのだった。


 食べ終わると、シウはアレストロに全体の食糧がどれほどあるか聞いてみた。

「この人数だと三日は保つと思う。兵站科の人が提供してくれたから、増えたんだ」

 ディーノも仮眠を終えて、話に加わってくれた。

「不測の事態に備えて用意していたものが、騒ぎのどさくさでなくなってね。幸い、コルネリオが個人で所有していたアイテムボックスを提供してくれたんだ。僕の荷物も入っていたから助かったよ」

「兄のアイテムボックスはグララケルタでできているから、誰も狙わなかったんだと思う」

 ランベルトの台詞に驚いた。

「狙うって、もしかして」

「うん。不届きものの仕業だと思うよ。学校側の用意してくれたものだからと、つい管理が甘くなっていたのもあるね。持っていた生徒を責められないんだが、困ったものだよ」

 盗られた生徒はとても落ち込んで、今も隅っこに座っているそうだ。彼の精神的なケアは先輩方に任せるとして、シウは皆にあることを頼んだ。

「食糧を、分けてもらえないかな」

「……他に避難している生徒に、持っていくんだね?」

「うん。エドヴァルド先輩のところはまだ、魔法袋の所持者が協力してくれてなんとかなりそうなんだけど、クレール先輩のところがねえ」

 その肝心の一人が強情というのか、独り占めしているのだ。

 昨日シウがお菓子をあげた時も、ちゃっかり受け取ろうとしていた。皆で分けてねとは言っていたが、その言葉が伝わったかどうか。彼にこそ伝えたかった言葉なのだが。

「貴族の子弟ばかりで、とても木の実を採取してくる、なんて芸当はできそうにないんだ。一日ぐらい食べなくてもなんとかなるけど、全く食べられないのも可哀想だし」

「うん、そういうことならもちろん、分けるよ。皆も、いいよね?」

「そうだね。ここで溜め込んでも、しようがない」

「いざ、なくなってもさ、食べられるものなら、俺たちが採って来れるし」

 魔力量の戻ったリグドールが元気いっぱいに請け負ってくれた。

「ありがと。この気持ちが、あの人たちにもきちんと伝わるといいんだけどね」

 苦笑していたら、ディーノがずいっと身を乗り出してきた。

「ついていこうか? ガツンと言ってやるけど」

 半分以上本気で言ってくるので、シウは苦笑して手を振った。

「あ、いいよ、どのみちフェレスはまだ二人も乗せられないし」

「そうか。そうだな。それに遠いんじゃ、僕の足ではついていけないし」

 本当に残念そうに言うので、やはり本気だったのだと知れた。この人、自分よりも上の貴族の子に文句が言えるのか、と感心してしまった。


 その後、魔法袋の中のものを取り出して、仕分けし直し、さらにリグドールが昨夜のうちに集めた魔獣避けの薬玉も提供してくれたので、それらを持っていくことにした。

「リグ、これ使ってみて。試作品だけど、特許出したばかりの新製品」

「おお! これが、匂い付きの魔獣避け煙草か! やった」

「外で作業するのに向いてるから、リグにあげるけど、くれぐれも気を付けてね。ちゃんと護衛役の子を連れて」

「分かってるよ。そろそろヴィクトルも起きてくるし、レオンたちと交代でやる。探索魔法を持った奴もいるから、魔獣の気配がしたら速攻で中に戻るし、スタンさんたちも一緒だからさ」

 そう言って、昨日狩ったばかりの飛兎を渡してきた。

「そのがめつい奴にも食わせてやって」

「……うん」

「シウこそ、気を付けろよ。他の生徒を見回った後は、そのままオスカリウス辺境伯と合流するんだろ?」

「呼ばれてるからね。まあ、僕は上から見下ろして、あっちって指差すだけだけど」

「それでも大変なことだって、分かるよ。とにかく、ここは気にしないでいいから。マット先生からも頻繁に通信が入るし、指示もくれてる。安心してくれ」

 安心してるよと、笑顔で返した。

 ようやく起きてきたフェレスに冷めたスープを飲ませて、ついでに大好物のお菓子もあげて、テンションの高くなった彼を連れて外へ出た。

 皆がついてきたけれど、もう中へ入ってと手を振り、フェレスと共に飛び上がった。

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