134 個別避難の生徒達の様子




 シウは通信を使いながら、キリクにもう少し待ってくれるよう状況を説明した。

 生徒が個々で避難していることは彼にとっても心配な出来事だったようで、遅れるぐらいはなんともないと言ってくれた。

 最初に心配だったクレールたちのところへ向かったが、意外なことに皆静かにジッとしていた。

 ちゃんと寝たのか心配になったが、シウがフェレスから降り立って近付いたら、一応寝癖のようなものが見えたのでホッとした。ただし、その顔にはそれぞれ隈があった。

「第一陣のオスカリウス辺境伯の精鋭部隊が昨夜到着して、更にその後すぐに王都の竜騎士団も来ました。魔獣は抑えられていますので大丈夫ですよ」

「そ、そうか! 良かった……」

 クレールが肩から力を抜いていた。

「本隊と救助隊もこちらへ向かって進んでいるそうです。教師からの通信も届いてますよね?」

「あ、ああ、だが、その、信じられない思いで、皆も疑心暗鬼になっていて」

「……じゃあ僕の言うことも信じられないですか?」

「いや。君は信じられる」

 やけに断言されて、驚いた。何故だろうと思っていたら、誰かが口を開いた。

「だって、こんな時なのに、君は貴重な食べ物をくれただろ。それに、笑っていたし。……それに、こうしてまた、来てくれた」

 偉そうだった生徒の一人なのに、その赤く充血した眼が潤んでいた。

「危険だよな。そんなことにも昨日は思いつかなくて。僕たちは置いていかれたのだと思った。けど――」

「来てくれたよな。いつ、魔獣が来るかも分からないのに」

「……昨日、お菓子をくれただろ? あれが、なんだか、すごく美味しくて。それから、なんていうんだろう、突然自分がちっぽけな存在なんだってことに気付いて」

 クレールもうんうんと頷いている。

「君がさっき現れてから、ああ、大丈夫なんだなって思えた。きっと僕たちは助かる。救助隊だってここまで来てくれると、思えたんだ」

「……そうですね、実際に顔を合わすのと、通信で話を聞くのとでは違いますよね」

 そのことにようやく気付いた。

 そして夜中に再会した友人たちの態度を思い出した。彼等はやはりとても心配だったのだ。怖くて堪らなかっただろうに、頑張って耐えていた。

 状況も分からないままで避難するのがどれほど辛いことか。

 シウを見て「どこからか帰ってきた」ことが、希望の光に見えたのだろう。

 シウのような小さな子供が、たとえ騎獣に乗っていたとしてもこうしてあちこち移動できている。そのことが不安を取り除いた。

「……大丈夫ですよ。僕からもちゃんと学校側へ連絡を入れているし、キリク様、オスカリウス辺境伯も手伝いは後回しにしていいから、ここへ向かうよう指示してくれました。皆が心配しています」

「うん、うん。……ありがとう」

 とうとう涙をこぼしてしまった上級生の生徒に、ついまた手を伸ばして頭を撫でてしまった。

 やってから、あ、これって失礼なのではと思ったが、誰も何も言わなかったので良しとした。


 彼等には、洞穴で避難している仲間から分けてあげてほしいと言われて持ってきたと告げ、魔法袋ごと食糧を渡した。

「え、でも、その、いいのか?」

「こんなときなのに……」

「こんなときだからですよ。どうぞ。友人たちも、皆が心配していました。食べるものがないのは可哀想だって。これは、昨日狩ったばかりの飛兎で、内臓もとっているので焼いたらいいだけです。香草を振っているだけだから、味はいまいちだけどって言ってました」

「……とんでもないことだ。そんな、そんなこと」

 また泣きそうになる上級生たちに、シウはあることを口にした。

「合流した生徒の中に、ディーノ先輩がいて、教えてくれたんですけど。このどさくさに紛れて魔法袋を盗んだ人がいるそうです。それでも彼の従者は、この魔法袋を貸してくれました」

「……それは」

「ね、心配してくれているでしょう?」

 後はもう皆、言葉にならないようだった。

「……魔獣避けの薬玉も昨夜作ったようです。それも入っていますから、使ってください。食糧は、皆で、分けてくださいね」

 そう言うと、一人がチラッと魔法袋を持った生徒に視線を向けた。

 が、少し考えて、分かったと頷いた。

「……ちゃんと、皆で分けると約束するよ」

「わたしもきちんと管理しておく。本当に、助かった。ありがとう」

 クレールが握手してきたので、されるがままになる。

「……ここはもういいから。君は手伝いがあるのだろう?」

「はい」

「わたしたちはここで籠城する。魔獣が来ても、洞に隠れて決して出ない。一日、耐えて見せるよ」

「はい。大変だろうけど、頑張ってください」

 貴族としての矜持もあるだろうから、みっともなくても生きろとは言えなかったが、シウの言いたいことは伝わっただろう。

 クレールは神妙な顔をして頷き、さあと手を振った。

 シウも皆に会釈して、フェレスに乗った。そのまま笑顔で、彼等とは別れた。



 岩場の砦に向かうと、堀の向こうに護衛が立っていた。

 寝ていないのか、顔色が少し悪い。

 シウが降り立つと、どこかホッとしたような様子だった。

「まさか寝てないんですか? 交替しないと」

「ええ、ですが、そういうわけにもね」

「……このメンバーに、見張りがやれそうな生徒がいないんですね」

 しようがない。

 護衛の彼等が安心して任せられないと判断したのだったら、間違いないだろう。

 シウの鑑定によれば、不安ながらも大丈夫そうな生徒もいたのだが、スキルはあっても心がついていかなければ無理だ。

「これ、飲んでおいてください」

 こっそりとポーションを渡した。ついでに、水竜の脂身の肉を干してガムのようにしたものも付けた。

「昨日のものより上級のポーションです。今ここで飲んでください」

 この忠実な護衛たちだと、守るべき主に渡しそうで怖い。なのでその場で飲んでもらうことにした。

 若干引いていたものの、ドノバンとルターは受け取ってから一気に飲み切った。

「……あれ、これ」

「すごいな。魔力量が、戻った気がする」

 もちろん、戻っている。

「こっちのは滋養強壮剤のようなものだと思ってください。ついでに何か噛んでいると眠気も飛ぶので、味がしなくなっても噛み続けているといいですよ」

「……なんか、変わった味がするが、あ、これ、結構美味しいな」

 材料を詮索されないうちにと、彼等から離れて、岩場の奥へと向かった。


 気付いた生徒に呼ばれて、エドヴァルドたちが出てきた。

 彼等にもクレールにしたのと同じ説明をして、魔獣のスタンピードについても話した。

 一部生徒が叫んでいたが、隣の子に抑えられていた。

「隻眼の英雄が、来ているのか」

「スタンピード慣れしてる方ですから、安心ですよ」

「そうか、そうだな。……シウ、わざわざここまで顔を出してくれて、ありがとう。大変だっただろうに」

「いえ」

「いや、僕たちは怖くて、一歩も外に出られなかったんだ。もし魔獣に襲われたらと思うと……ここへはそのつもりで演習に来ているのにね。火竜が現れたと知って、皆と同じように混乱して。それこそ、人間のスタンピードだね」

「先輩」

 落ち込むエドヴァルドを見て、可哀想になった

「先輩はちゃんとやってると思いますよ。皆をまとめているし、食糧の管理もきちんとされているじゃないですか」

「だが」

「これだけの生徒がいたら、我が儘を言ったり、泣き叫ぶ子もいただろうと思うけど、エドヴァルド先輩がまとめているからまだ落ち着いていられるんですよ」

 それに、と続けた。

「スタンピードの時機についてや、対処方法を考える良い機会だと思えばいいじゃないですか。あの時は結論が出なかった。ううん、これからも結論なんて出ないと思いますよ。今までだって何度もあった人間や魔獣のスタンピードに、どう対応したらいいかなんて答え、ひとつじゃないんですから」

「……そうだね。落ち込んでいないで、前向きに考えないとね」

「そうですよ」

 そう言うと、足りないものがないか確認をしてから、魔獣避けの薬玉と、煙草を渡した。

 生徒の中に、動ける者がいれば護衛二人の補助をしてほしいとも伝え、岩場の砦を後にしようとしてあることに気付いた。

「そういえば、ヒルデガルド先輩は?」

 シウを見付けると近寄ってくるはずの彼女が現れなかったことに、今頃気付いて、聞いてみた。

 エドヴァルドは困ったような顔をして、首を傾げながら教えてくれた。

「断食というのか、皆と顔を合わせたくないと言って奥に隠れてしまってるんだ。一応、近くにパンも置いてる。ただ、女子が一人だからどう扱っていいか分からなくてね。何かあってもいけないので、交代で彼女の近くへ誰も寄らないよう見張りを立てているんだが」

 ローブをカーテン代わりにして彼女の姿が見えないようにもしてあげているようで、涙ぐましい彼等の努力だったが、ヒルデガルドには通じてないようだった。

「治癒して欲しい子もいたんだけど、仕方ないので、大きな怪我の子にだけポーションを使わせてもらったんだ。小さな怪我の子たちは我慢してくれたからね」

 つい、眉間に皺が寄ってしまった。そのまま少し考えてから、ポケットから小さな缶を取り出した。

「小さな怪我ならすぐ治ると思います。貴重なので、もちろん使う分にはいいんだけど、内緒で使ってください」

「え、その、いいのかい」

 いいですと手を振って、待ちくたびれた顔をするフェレスに乗った。表の護衛二人も手を振ってくれて、そのまま彼等とも別れて飛び上がったが、心の中にはヒルデガルドのことが残っていた。

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