135 竜化




 一度、森の中へ転移してからフェレスと共に森を抜け、魔獣スタンピードの発生地点上空まで一気に駆け抜けた。

 飛竜たちはすでにフェレスのことを認識しており、騎士の幾人かがギョッとしただけで後はシウの存在をすぐに受け入れてくれた。

「(遅くなりました)」

 状況は朝に一度、通信で聞いていたが、実際の目で見るとやはり違う。特に中心部の穴に大きな塊を見付けてしまった。

「(大型種が出てきてますね)」

「(ああ、随分と早い。もう少し小型種が出てきてもおかしくないんだが)」

 シウが自動化で片付けたからだろうかとも思ったが、黙っておく。

 キリクが通信を止めて、こちらへと手招いてきたのでルーナの上にフェレスごと乗る。するとスヴァルフもやってきた。相変わらず気楽に飛び移ってくる。

「俺たちの知っているスタンピードとは違うことが多い。もし気になることがあったら、詳細に教えてくれるか? 俺たちは今から一時休憩で抜けるから、ちょうど良い」

「戦線は大丈夫なんですか? いえ、休むなとは言いませんが」

「まあ、厳しいがな。それよりは数人ずつでも休んでおくことが大事だし、何よりも状況の把握をしておきたい」

 そう言ってから、手で周囲に合図し、そのまま森の近くまで飛竜を移動させた。


 森の中へは降りられないので、手前のごつごつとした岩場の上に、ルーナが降り立つ。少し嫌そうな顔をしているのは、岩場の不安定さのためだろう。

 スヴァルフの飛竜もついて来て、その横に降り立って待機の姿勢だ。

 キリクがルーナから降りたので、シウもフェレスに乗ったまま降りて岩の上に座った。

 二頭の飛竜にはスヴァルフが何かを食べさせていた。栄養剤のようだ。

 彼が戻ってくるのを待って、すぐにキリクが話を再開した。

「どうもリーダー格の魔獣が出始めている。めぼしいのは殺したが、穴の中に戻って行ったのもいるんだ。スヴァルフが見たので間違いないだろう」

「わたしは遠見魔法を持っているので」

 スヴァルフが付け加えた。キリクは顔を顰めて続ける。

「そんなのは初めてだ。大抵は、強大な力を持ったものに怯えて混乱するのか、あるいは魔素溜まりから次々と増えた魔獣が獲物を狙って動きだし混迷をきたすか、だ。今回は火竜の大繁殖期に巻き込まれたようだから前者だと思っていたが……」

「いくらなんでも、地下にこれほどの魔獣が、しかも階級差のある複数の魔獣が同時に発生したりはしません」

 スヴァルフが後を継いで説明してくれた。

「……地下迷宮ができつつあるかもしれん。そして、そこに、かなり強力な魔獣がいるはずだ」

「あ、やっぱり、ですか」

 逃げ方が異常だったので、そう思った。

 キリクにもそう説明してから、ふと、クレールから聞いたことを話してみた。

「途中で救助した生徒の中に、大人の護衛者がいなかったので聞いてみたら、一人が何かを見付けたと言って戻ってきたそうなんです、ちょうどここに」

 発生地点を指差した。

「そもそも、ここが昨日の朝に僕等が集合した場所で、演習開始地点でもあったんです。何を発見したのかは分かりませんが、気にした生徒が残りの護衛者に連れ戻してくるよう命じたそうです。しかし、戻ってこなかった」

「……単純に巻き込まれて死んだとも考えられるが。だが、偶然すぎるな」

「はい。一歩間違えたら、生徒たちは餌となっていたでしょうから」

 その言葉に、キリクはハッとした顔をして、それからスヴァルフに視線をやってから、シウを見た。

「元々、ここは草原と岩場だったと言ったな?」

「はい。僕は、昔、竜が暴れたのかなと思いました。そんな感じの地形です」

 クレーター状に変えたのはシウだけれど、おおむね間違いではない。

「……地底に、そもそも、住んでいたのかもしれんな。そのおこぼれに与って、魔獣が増えつつあった。そこに、何らかのきっかけが――」

「キリク様、その護衛どもが関係しているのでは? 雇われている護衛が主を置いて場を離れるとは有り得ません」

 ましてや演習などという、半ば危険な場所に来ているというのに。

 シウもようやく、これは人為的なものが関係しているのだと実感した。

「……後手になるが、最初に周辺を調べた者どもを、洗い直す必要があるな」

「王都へ連絡を入れます。イェルド様から、伝えてもらいましょう」

「よし、任せる。……シウ、他にあるか?」

 シウは少し迷ってから、諦めて顔を上げた。

「あの」

「……秘密は厳守する」

 いつものにやにやとした顔ではなく、真剣な表情でそう返され、シウはふっと笑った。

「なんだよ、その顔は。俺は約束は守るぞ」

「……信じてます。ええと、さっき、穴から見えたハイオークが気になったので、鑑定を掛けました」

「鑑定魔法か。うん、それで?」

「竜化しかかっていました」

 驚くキリクの顔を見て、シウは吹っ切れたものを感じ、話を続けた。

「魔獣が竜化するということは、進化の更に上を行きますよね? 普通の獣の竜化とは違う」

 そもそも普通の獣の竜化というが、そういう系統の子供というだけであって、実際に今、竜との間に他の種別の子ができるわけではない。

 大昔、ドラゴンが愛する種族の者と同じ姿に身を変えて、子を成した。そこから生まれた種族が、今の竜人族だったり竜馬だと言われている。

 ところが、魔獣との間にドラゴンは子を成したりはしない。その下位種である竜だとて同じだ。大繁殖期で迷惑をかけることもある竜だが、基本的には理性があり、餌とする以外の殺戮は行わない。そんな彼等が魔獣と子をなすわけがなかった。

「竜の魔核を、食ったのか!」

「たぶん。さっきの話を聞いて、勝手な想像というか推論ですけど。元々、地底にワームなどがいたのではないかと思います。そして彼等にも大繁殖期がやってきた」

「そうか! それなら説明がつく。彼等の放出する魔素や糞などから、魔素溜まりができ、魔獣が爆発的に増えることは考えられる。ましてや、殺し合って死骸が転がっていたら!」

「強い個体は食べるでしょうね。それで数は増えても、竜化はしない。だけど――」

「魔核を取り込んだのならば、考えられるな。だが、そうすると、恐ろしい進化が始まるぞ。ハイオークどころじゃない」

 竜化という言い方をしているが、ようは階位が極端に上がり、強さが跳ね上がってしまうということだ。

「くそっ、どれだけいるかも分からないのに、どうするんだ」

 ガツンと拳を岩場にぶつける姿を見て、それがどれほどのことかを知る。

 少し考えてから、シウはキリクに声を掛けた。

「ちょっと、考えがあるんですけど」

 顔を上げたキリクに、まだ迷いつつも笑顔を見せた。

「火竜を連れてきて、火炎放射してもらいましょう。焼き尽くしてもらったあと、土属性魔法で地下を抉ります。その繰り返しをして、地底に隠れている竜化した魔獣と、ワームの死体を片付けます。どうでしょうか」

「お、お前ねえ」

「あるいは、少し離れた場所の土を掘って、ワームがいるであろう地点まで掘り進めてから横に穴を繋げて突入するかですね。ただし、かなり強い岩石があるので、岩石魔法持ちがいないと無理ですね。火竜なら岩をも溶かしてくれますが」

「……段々と落ち着いてきた。あんまり突拍子もないこと言うんで、びっくりしたが、まあ、そうだな」

 ふうっと息を吐いて、キリクは暫くのんびりとした様子で空を見上げていた。

 空には、たくさんの飛竜が舞っている。

「……記憶を引っ張り起こしても、どう考えたって人間の持つどの攻撃力よりも、火竜の一噴きが一番広範囲で強力な一撃となるなあ。って、まずい、本気になるところだった。ていうか、お前ね、俺を正気付かせるにしても、あんまりだぞ」

 笑われてしまった。

 本気だったのに。

 確かに、火竜をその気にさせるのは大変だろうけど。これなら一発で(というか一日ぐらいで)終わるのに。

 ただまあ、失敗した時のことを考えたらリスクが大きすぎる。その気持ちは分かるので何も言い返しはしなかった。

 仕方ないので代替え案を口にした。

「竜化の魔獣を誘導してくれるなら、僕が倒せるかもしれません」

「……できるのか? だが、お前にはこれといった攻撃魔法はなかっただろう」

「これ、使います」

「塊射機か。しかしこれでは超進化魔獣には威力が足りないんじゃないか?」

「弾を替えてます。ただ、これも、ここだけの話にしてほしいんですけど」

「む……。まあ、そうだな」

「こちらから、供出できる魔獣対策グッズ、商品? もありますよ」

「……お前、商売人になるつもりか。いや、払うけどさあ」

「冗談ですよ」

「いや。今までの功績だけでも支払う必要がある。こっちこそ、冗談だから気にするな。じゃあ、その、魔獣対策グッズか? 教えてくれ」

 手を出されたので、背負い袋から取り出すフリをして、朝のうちに作ったものを次々と取り出した。

 匂い玉のみならず、地下まで降りていく時の為に魔獣避け煙草、捕獲網などである。

「進化前の魔獣で超大型種でない限りは効くと思います。あと、閃光弾と、あー、これはキリク様かスヴァルフ様ぐらいで使用を留めてほしいんですが、破壊弾も渡しておきます。スイッチ押して五秒後に爆発するので気を付けてください。念のため、ポーションもどうぞ」

 怪我したら困るので上級ポーションを渡した。

「……本当に、本当に、いろいろ突っ込みたいんだが、まあ、約束だしな。詮索はしないが、まあ、なんというのか」

 子供が持つには分不相応な品々に驚いたようだったので、シウも苦笑して肩を竦めた。

「爺様の遺産、ってことにしといてください。言ったでしょう? 逃げ足だけは誰にも負けないって。それには、逃げる間の『時間』も作らないとダメなんです。そういうことを考えるのだけは、得意なんですよ」

「はー、もう、何も言わない。よし、分かった。とにかく、それでいこう。お前には護衛も付ける。いいな?」

 はい、と答えて、キリクが立ちあがりルーナに向かう。振り返って呼ぶので、共にルーナへと乗った。もちろんフェレスもだ。

 ルーナはゆっくりと、静かに飛び上がって、飛竜たちが舞う集団へと向かって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る