130 身の程知らずの代償
抉り取られた岩場を見て、ドノバンが唖然としていたが、何も言いはしなかった。
他の生徒は気にもしておらず、どこにテントを張るかなどの指示をエドヴァルドから受けて立ち動いていた。
「ドノバンさん、ルターさん、こちらに来てもらえますか」
二人だけを呼んで、シウは説明した。
魔獣のスタンピードが発生していること。今は抑えており、救援にオスカリウス辺境伯が乗り出していることなどを伝えたら、少しだけだがホッとした表情になった。
「それでも本隊が来るまでは生徒たちだけで持ちこたえないといけません。先ほどはエドヴァルド先輩をリーダーと言いましたが――」
「分かっている。生徒たちのリーダーは彼だと、そういうことにしておくのだろう?」
「はい。彼を陰で支えてください。皆が避難したので、僕は周辺に罠を仕掛けてきます。それと堀のように落とし穴でぐるりと囲うので、ないとは思いますが出入りはしないでくださいね」
「……了解した。が、それだけのことをできるのか」
「土属性で、穴掘りするだけです。――奥深い山で、冒険者の爺様に鍛えられていたので、慣れてるんです」
「……そういうこと、か。分かったよ。詮索はやめよう。俺たちは生徒が助かりさえすればいいんだからな」
「はい」
「君はその調子だと、落とし穴を作った後はまたどこかへ行くんだね?」
「まだ迷っている生徒がいるので。それに、僕のパーティーも気になりますから」
「そうか。気を付けてくれよ。魔獣の中には飛ぶものも多いんだから」
「はい」
お互いに握手をして、別れた。
ドノバンとルターに言った通り、シウは岩場の周辺の守りを固めるとフェレスに乗って飛び上がった。すると、すぐに通信が飛んできた。
「(ちょっと、シウ。あなた、ここで避難するのではなくて? 戻ってきなさい、危険だわ! 勝手なことをしないで!)」
キンと響く高い声に、シウは少し考えた。考えて、努めて冷静に返そうと思った。
「(……ヒルデガルド先輩、僕は他の生徒の救援に向かっています。ここにも救援のつもりで来ました。避難場所を作ったのがそうです。僕は冒険者です。奥深い山中で生まれ育ちました。危険とは何かを知っています。山での作法は、今ここにいる誰よりも知っているつもりです。なので、避難は先輩方だけでお願いします。いいですか、くれぐれも勝手なことや、無茶はしないようにお願いします。ではこれで。あと、甲高い声で叫ぶのはやめてください。心臓に悪いです)」
最後にチクリと嫌味を言ってみた。実は、この一行がここにいるのは、ヒルデガルドが勝手に動いたからだ。さっき、道筋を離れていったのは誰かと話をした時に、エドヴァルドの従者がチラッとヒルデガルドを見た。それに彼女の護衛ルターも、ヒルデガルドを見てから視線を逸らしていた。
シウの通信の後、しばらくしてまた返信があった。
「(無茶なことはしないわ。ただ、指揮科の子たちが迷っていると聞いて、助けに行かなくてはと思ったの。生徒会として当然のことをしたのよ)」
分かっている。シウも、彼女が意味なく動くとは思ってない。けれど、やはり動いてはいけなかった。学校内でなら構わない。安全な学校内で、誰かのために力を貸すことは真っ当だ。けれど、ここは森の中である。この一行にも伝わっているはずだ。「火竜が上空を飛んだことで周辺の魔獣が動き始めている」と。まして、彼等は戦略科の生徒だった。取捨選択ができなくてはいけない。無謀と勇気は違う。
彼等が「自分たちには助けられる実力がある」と勘違いしてしまったのは、知らなかったのだから仕方ない。けれど、今はもう分かっているはずだ。
「(……状況を分かってもらうために、もう一度お伝えします)」
分かってもらいたいからこそ、言う。シウは続けた。
「(あなたの行動に巻き込まれた、今そこにいる生徒たちに何も思われませんか? あなたが迷子の人たちを助けたいと思う気持ちは素晴らしいです。でも、巻き込まれた生徒たちはどうでしょうか。魔獣に囲まれて大変な目に遭ったんですよ。あなたの護衛のルターさんだって、どれほど肝が冷えたでしょうか)」
ヒルデガルドだけを連れて逃げたいと思っただろう。それが正しい護衛の姿だ。でも、シウが駆けつけた時、ルターは彼女を守りながらも魔獣をなんとかしようとしていた。ここまで進んできたヒルデガルドの命令が、頭にあったからだ。生徒をできるだけ守る。けれど主を危険に晒した代償は、後からどこかで降り掛かってくる。護衛にとっては手痛い。
「(待って、でも、捨ておくことはできなかったのよ。わたくしには強い護衛が付いているから、きっと助けてくれると思った。それにわたくしには治癒の能力があるわ!)」
シウの言葉が諌める形であったことも悪かった。それに、人は誰かに指摘されたら言い訳をしたくなるものだ。シウもまた、つい言い返してしまった。
「(人の命を危険に晒したんですよ? あなたの護衛がどのような咎めを受けるか、想像もしてくれない。治癒ができると言いましたが、あなた自身が自分の身を守って進むことができないのに、どうやってですか。自分の力を過大評価している人も危険ですけど、あなたは他人の力を当てにしている。それが危険なことだと分かってください)」
このまま通信が続くようなら、クリストフにしたように彼女の通信だけを切ろうと思ったが、その後に連絡が入ることはなかった。
とはいえ、後味の悪い時間となってしまい、シウは複雑な顔でフェレスに乗り続けた。
フェレスに乗って救助に向かう道すがら、クリストフに連絡を取ってみた。
「(シウです。そちらはどう?)」
「(問題はないよ。さっきレオンたちが戻ってきて、八人を置いて、また救助に向かったけど。ポーションもあるから大丈夫だって。でも時間に余裕があれば連絡してあげて。安心すると思うから)」
「(分かった。その八人のことは、任せても大丈夫かな?)」
「(アレストロが冷静に説明したら、落ち着いてきたよ。それにアリス様や女子たちが落ち着いてるのを見て恥ずかしくなったみたい。こればかりは女子がいて良かったかも)」
「(了解。リーダーなのに戻れなくてごめんね。皆にもよろしく)」
そう言って通信を切った。
すぐにレオンへ連絡を入れる。
「(シウです。今、大丈夫かな?)」
「(ああ、大丈夫だ。魔獣がほとんどいないから、気配を捜すのが難しくなってきたが、八人はなんとか無事に洞穴まで誘導した)」
「(お疲れ様。さっき探知したら、野営地近くの生徒は教師や護衛の人たちにほとんど助けられたみたい。そちら側には数人残っているようだから、悪いけどもう少し頑張ってみて)」
「(了解。シウも気を付けろよ)」
と、あっさりしたものだった。
魔獣がいないことは分かっているのだが、夜の山は怖いだろうし、心配は心配だった。
が、信頼もしている。
守ってあげると言いながら、アリスをほっぽって出歩いているのはとても心苦しいが、より大変な子供を守ってあげたいとも思うのだ。
「ごめんね、フェレスも大変だよね」
「にゃ?」
なにが? といった様子で一度振り返ったものの、フェレスは夜だというのにまったく衰えを見せずに、スピードを出した状態で森の中を走り抜けていた。
その集団の前に立った時、先ほどと同じように魔法で攻撃されるかなと思ったが、何事もなかった。
ただ、力が抜けたのか、半数以上が膝から下へと落ちた。
「救援に来ました。リーダーは誰ですか?」
「わたしだ。クレール=レトリアと言う。指揮科のリーダーだ」
「ああ、はい。全部で七人ですね? 状況を説明しますので、皆さんもよく聞いてください」
ここには大人の護衛がおらず、全て指揮科関連の、というかクレール関係の生徒しかいなかった。
「火竜の群れは方向を変えましたが、魔獣が驚いて一部こちらへ来ています。すでに王都への救援は出されており、救助を待つだけですが、落ち着くのに二日はかかると思ってください」
「なんだと! おい、嘘を言うな」
「僕たちを誰だと思っているんだ! 救助はすぐに来る。大体、火竜ごときで皆が慌てるからこんなことに」
「演習通りにやればうまくいったものを」
と口々に怒鳴り始めた。
だけれど、足腰が立っていない状態なので、どこかみっともない。
シウは涼しい顔のまま無視して、クレールに向かった。
「あなたがリーダーですよね? 後でも良いので、彼等を落ち着かせてください。騒ぐと魔獣が来ます」
「あ、ああ、そうだな」
「それから、あなたと、そうですね、そちらの彼は」
「従者のエジディオ=フィルツです」
「エジディオさんですね。お二人だけに大事な話をしておきたいので、少し魔法を使わせてくださいね。(落ち着いてきいてください。他の生徒が余計に騒ぎますので、内密に願いたいのですが、先ほど、魔獣のスタンピードが確認されました。あ、動かないで。落ち着いて。今のところ抑えられている状況です。また王都にオスカリウス辺境伯がいたようなので、対応に来てくれます。ただし、軍の本隊は一日かかるでしょう。つまり、生徒の救助も早くてその頃です。誰が先ということもありません。秩序を乱されると彼等も困惑するので、どうか落ち着いて、避難指示に従ってもらえますか?)」
「……わ、分かった。了承した」
「承知しました。その、君は、いえ、あなたは一人でここに?」
「僕はシウ=アクィラと申します。名乗りが遅くなって申し訳ありません。僕には騎獣がいましたので、探知と連絡係としてあちこち飛んでいます。この付近にいるのは、あなた方だけで、他の生徒とはかなり離れていましたから時間がかかりました。遅くなってすみません」
人としての対応というのか、マナーのようなつもりで謝ったのだが、他の生徒には通じなかったようで、また口々に騒がれた。
「僕たちのところへ来るのが遅くなっただと! まさか、後回しにしたのかっ、貴族なんだぞ、僕たちは」
「離れているってどういうことだ。嘘を言うな!」
鬱陶しいが、風の音だと思えばどうということもない。
シウは彼等を無視したまま、二人を見据えた。
「大人の護衛がいませんね? どういうことですか」
「……それは」
「クレール様、ここは話されておくのがよろしいかと」
彼等に通信魔道具がないのも気になった。だからこそ、これだけ離れていても誰一人としてそのことに気付いていなかったのだから。
「……実は、今朝、皆で一斉に進みだしてから護衛がいなくなっていることに気付いて」
まだ言い淀んでいたクレールだが、エジディオが話を継いでくれた。
「その前に、何かを見付けたと言っていたので戻ったのかもしれないと思いました。暫く待っていたのですが戻ってこないので、クレール様が気にして、連れてくるよう残りの護衛にも声を掛けました。騎獣は彼等に貸し与えましたが、その時には騎士学校の精鋭と言われる生徒たちもまだ一緒におりましたので、そのまま徒歩での移動となりました」
「……騎士学校の生徒たちとはどこで別れましたか?」
「森に入ってすぐです。魔獣が襲って来て、別の生徒たちが襲われそうになっていたのでそちらへ行きました。わたしたちはクラスメイトを守ろうと追いかけて、こちらに」
それならば、騎士学校の生徒は大丈夫だろう。それより、いなくなった護衛が気になった。どうにもきな臭い。
とりあえずは、この生徒たちを避難させなくてはならない。シウはまだ煩い生徒たちに向かって、ヒルデガルドたちの時と同じように脅してみた。
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