129 先輩方の救助




 広範全方位探索で探知を続けながら、シウは転移してスタンピード発生地点の上に浮かんだ。フェレスに乗ったままなので彼の魔法で飛んでいる。ふと、自分にも飛行魔法があればなあと考えて、慌てて思考を閉ざした。考えていたら増えるかもしれない。

 頭を振ってから眼下の自動化された作業を見て、この様子が誰かに見られるのもちょっと不安なので、人が近付くまでは隠しておこうと周辺を土壁で覆うことにした。

 さりげなく、さも竜が落ちて地形が変わったんですよ、といった風を装いながら、クレーター状にしてみる。

 地面下の状態を少しずつ探知してみたが、かなり深い場所から岩場の隙間、土を削って通路として登ってきているようだ。

 岩が障壁となって、他へは流れ出ていないようだからホッと一安心した。

 ついでに上空を大きく薄い空間牢で囲んでみた。検知式にして、誰かに視認されたりしたら空間牢を解除するよう術式を付与してみた。

 何もない空間牢に付与できるのか不安だったが、自分の作ったものへの付与は簡単にできた。ただし、これらは魔道具などと違って長く使えない。一時凌ぎの方法だ。

 やはり形がないと安定しないし、触媒となるものの存在が大事なのだろうと思う。


 次に探知の結果をもとに、森の中へと転移する。

 様子を見ながら、ヒルデガルドたちの元へとフェレスを走らせた。フェレスはまだまだ体力が有り余っているようで、疲れた様子は見せなかった。よしよしと首元を撫でながら、岩場を乗り越えると、そこに小さな魔獣に囲まれた集団を見付けた。

 魔獣は岩蜥蜴と大熊蜂だった。五十センチメートルほどの大きさで、さして脅威ではないと思ったが、その場はパニック状態だった。

 闇雲に攻撃魔法を使うのだが、当たらない上に身内を危険に晒している。

 落ち着かせようとしたのだが、突然現れたシウたちにも驚いたのか、ちゃんと確認しようともせずに魔法を使おうとした。

「《火の精霊よ、我の求めに応じて火の刃を向け――」

「《取消》!」

 強制的にキャンセルする無害化魔法も備わっているシウだが、フェレスに跨っている上に、攻撃されても無傷というのはいくらなんでもおかしく思われるだろうと、魔法で解除したように見せかけてみた。

 杖を振り回さないだけマシだろうが、恥ずかしさは消えない。

 それをぶつけるわけではないが、少しきつめの口調で声を張り上げた。

「相手を見て、魔法を使ってください! 僕は救援です。ここでのリーダーは誰ですか?」

 言いながら、分かり易く魔法を使っていると示すために、魔獣を一匹ずつ指差しながら石礫を打ち込んでいく。もちろん魔核を狙っているのであっという間に倒れて行った。

「あ、わ、わたしだ!」

 エドヴァルドが後方から顔を出した。どうやら護衛に守られていたようだ。

「先輩ですか。良かった、間に合いましたね」

 フェレスと共に地面へ降り立ったときには、囲んでいた魔獣は全て倒してしまった。

 それを見て、パニックに陥っていた生徒たちが次々とその場にしゃがんでいく。疲れ切っているのか、顔が土気色をしていた。

「君が、来てくれたのか」

「ここには僕だけです。他の生徒も右往左往で、教師や、大人の護衛たちが手分けして集めています」

 そう言うと、しゃがんでいた少年の一人から悲鳴のような声が上がった。

「お、お前だけだと! 子供一人が来て、どうするんだ」

 一人が騒ぐと、途端に別の少年も声を張り上げた。中には泣き声まで混じっている。

 見れば大人の護衛は二人だけで、エドヴァルドとヒルデガルドのそれぞれを担当しているようだ。

「……僕が来なければ、誰もここへは来なかったと思いますよ。なにしろ、全く見当違いの方向に来てますからね、皆さん」

「どういうことだ?」

 エドヴァルドの護衛らしき男性がシウの前に立った。

「最初に草原を出発した組でようやく、昨日の野営地へ到着したぐらいです。その他は到達もできずに山中を彷徨っていましたが、おおむね、学校側の決めた道筋に沿って進んでいます。時折外れていく生徒もいましたが、なんとか教師が連れ戻したり、僕のパーティーの者が誘導しています。しかし、皆さんのいるこの場所は野営地からも、初日の広場から見ても北北東に向かっており、教師たちの探知範囲を超えているんです。誰か、道筋を外れて逆行するような行動をとりませんでしたか?」

 一気にたたみかけた。戦犯を見付けるわけではないが、騒ぎを落ち着かせたかった。

 案の定、少年たちが考えるためにか、口を閉ざしていった。

 お互いの視線があちこちと彷徨うのは、誰を指差せばいいのか損得を考えているのだろう。

 シウはふうと溜息を漏らして、護衛の男性やエドヴァルド、ヒルデガルドを順に見た。

「野営地まで戻るには距離があり、僕のパーティーが避難している洞穴へも遠い。夜でなければ我慢してでも歩いてもらうつもりでしたが、それも無理でしょうし」

 しゃがみこんだままの少年たちを見てから、顔を上げた。

「さらに、魔獣が大量発生している兆しがあります」

「な、なんだとっ!!」

「そんなーっ!!」

 声を張り上げる生徒たちに、シウは一瞥したあと、指を横に振った。

「静かに。人の声はよく通る。夜、森の中で、君らは魔獣を引き寄せる餌となりたいですか?」

 意図して低い声で、その場に通り抜けるよう風属性魔法を使って伝えた。

 すると、途端に声が止んだ。

「魔獣は人の肉が好きだ。だから人の声も、匂いもよく分かる。襲われたくなければ、静かにし、泥を体に付けておくことです」

 そう言ってから、護衛の男性に向いた。

「この少し先に、籠城しやすい岩場があります。救援要請はすでに出しているので、二日、耐えたらなんとかなるでしょう。早ければ一日かもしれませんが希望的観測も入っているので、二日としましょう」

「あ、ああ、そうか」

 呆然としたまま頷いた護衛の男性から視線を外し、皆をぐるりと見回した。

「魔法袋を持った人はいますか? 魔法が使える人も。それぞれリーダーのエドヴァルド先輩に教えてください。これより、全員が協力し合って、困難を乗り越えましょう。誰が強いとか、弱いは関係ない。誰一人死ぬことなく、生き残るために、絶対に勝手な行動は慎んでください。エドヴァルド先輩なら、生徒会長としての経験もあるので、彼に従ってくださいね」

「いや、だが――」

「全体の采配はエドヴァルド先輩が行い、細かな調整はヒルデガルド先輩が行ってください。護衛の方は――」

「あ、俺はドノバンだ」

 エドヴァルドの前に立っていた男性が名乗りを上げ、後方にいたもう一人の護衛が、

「わたしはルターです」

 と礼儀正しく挨拶してくれた。

 ここにきて、シウは名乗っていなかったことに気付いた。

「シウです。先輩方と同じ科で学んでいますので、いろいろとご心配でしょうが信じてもらえると助かります」

「あ、いえ、はい」

 戸惑った様子の彼等に、シウは矢継ぎ早に続けた。

「この先、五百メートルほど歩いたところで、頑丈な岩場があります。上から見た限りでは魔獣はいません。籠城しやすい場所なので、生徒たちを向かわせてください」

「君は?」

「先に岩場まで飛んでいきます。確認と、万が一魔獣がいれば倒しておきます。誰か通信持ちの人、あるいは魔道具は持っていますか?」

「わたしが持っているわ」

 ヒルデガルドが手を挙げた。

「では、何かあれば使ってください。すぐに飛んできます。いいですか、警戒しながらも素早く移動してください。魔獣は数キロ離れていてもあっという間に来ますからね」

 少々脅して、魔法袋から幾つかのポーションを出した。

「先輩が飲んでください。それから、足を怪我した者だけ治して、すぐに向かって。残りの怪我の治療は後です。いいですね。急いでください」

 真剣な口調で、少し早口で伝えた。そうすると、皆もこれが「至急」案件なのだと気付いたようだった。

 しゃがんでいた生徒たちが慌てて立ち上がり、エドヴァルドの元へと集まってきた。

「じゃあ、僕はもう行きます。時間がないので急いでくださいね」

 最後に止めを刺し、フェレスに飛び乗ってすぐさま走り出した。後方からは慌てた声が幾つも聞こえてきていた。


 シウが急いだのには訳がある。

 まだ彷徨っている生徒が、大幅に逸れた位置でぐるぐる回っているのだ。

 そこに飛んで行ってやりたい気持ちはあるが、周辺には危険が迫っているようには見えなかったので後回しにした。

 と言っても、やはり子供たちだから、心配だった。

「よし、岩場は刳り貫いて頑丈にしたし、これなら大丈夫だね」

 籠城する場所をなんとか形にして、それから幾つかの通信を行う。

 そこで待っていた人物からの連絡が入った。

「(俺だ。王都へも複数の連絡が入ったようだ。たまたま王都にいたからこっちにも要請が入ったぜ。これから騎士をまとめて、飛竜に乗っていく。本隊の軍は急いでも一日はかかるだろう。それまで大変だろうが持ちこたえてくれ。近くまで行ったら発生場所を教えてもらえると助かる。呼びかけるから、分かるようにしてくれ)」

「……俺だ、って。オレオレ詐欺じゃないんだからさあ……」

 苦笑しつつ、返信を行った。

「(ありがとう。頑張って持ちこたえてみます。呼んでくれたらフェレスに乗って上空へ飛んでいきますので、飛竜には攻撃しないよう伝えていてください)」

 それだけ言って、通信を切った。

 飛竜ならばあっと言う間だろう。騎士をまとめて、精鋭だけで来るのなら、二時間ほどで来られるかもしれない。

 ただ、心配なのが、もう日が暮れて夜になっていることだ。

 飛竜は夜目があまり利かないので、飛ぶ時も明かりを用意している。夜行性でもないので、動きも鈍るだろう。

 やはり、これ以上の増幅を押さえるだけの第一陣なのだろうなと思った。

 最終的には本隊と合流してから、殲滅へと向かう。

 どれだけ時間がかかるのだろうか。それまでに少しでも数を減らせたらなあとぼんやり考えているところに、ヒルデガルドの声がした。

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