128 魔獣のスタンピード
夕闇が迫る中、シウは走りながら三人にそれぞれ魔道具の入った袋を渡した。
「中にピンチが入ってる。防御と軽い身体強化が付与されてるから、生徒たちに使って。効き目は弱めだけど、なんとかなると思う。他に、暗くなるから明かりを吐き出す魔道具、これは状況に応じて自分の傍や遠くへ飛ばすとか、考えて使ってみて。あと、ポーションを入れてるからね。ランクを書いてるから分かると思うけど」
「ああ、これなら、わたしたちも分かる」
市販のものに似せて作ったラベルだったので、理解してもらえた。
話し終えると、シウは立ち止まった。
「ここから別行動です。生徒は、あちらとあちら、あのあたりがまず危険なのでお願いします。離れている場所は通信を使って先生に連絡してみます。誘導できたらいいんだけど、万が一は頼みます。通信魔道具は、二人は――」
「フィリップ様から預かっていたので、持っています」
「では、お願いしますね。レオン、無理だけはしないで」
本当ならレオンも洞穴で待機していてもらいたかったが、スタンたちにはない攻撃魔法を持っている。スタンたちは剣や槍は使えるが、それは言いかえれば接近戦でしか使えない。
レオンもそれは分かっているようで、神妙な顔をして頷き、スタンたちに向き直った。
「俺は実践慣れしてないので、指示してください。指示通り、攻撃してみせます」
「……分かった。君も仲間の一人だ。一緒に頑張ろう。シウ君、君も決して無理だけはしてくれるな。わたしたちも自分の命が危険だと悟ったらすぐさま後退する」
「もちろんです」
命に代えても、などとは言ってはいけない。
その言葉を飲み込んで、その場で別れることになった。
すぐさま気配を消して、フェレスに乗ったまま転移した。
スタンピード発生地点の上空に来て、草原と岩場のあった場所を見下ろした。もはやそこは草原でもなんでもない。
今朝見た景色が嘘のように、変わっている。
岩場の下には奈落の底へ続くのかといった様子の昏い穴がぽっかりと開いており、そこから次々と魔獣が這い出してきていた。ものすごい興奮状態だ。まるで何かから追われているように。
「……追われている?」
探知をかけようとしたのだが、途中で慌てて止めた。ものすごい量の情報が流れ込んできたからだ。
「あ、これ、無理」
処理能力を超えそうだ。普段ならば構わないが今は一刻を争うので、諦めた。
その一刻を争う状態だが、さてどうしようと考える。
ここで蓋をしても、別の場所に穴が開くだけなのは明白だった。どこに開くか分からない分そちらの方が怖いので、この昏い穴は塞がない。
魔獣のスタンピードは、対処方法しかなく、ただただ殲滅していくしかないのが通説だった。
「とりあえず、地道に集めてくるか」
すでに森の中へ入っている魔獣もいたので、自転車操業になりそうな予感はあったが、そこへ転移した。
(《広範全方位探索》)(《指定》)(《魔獣》)(《空間……枠? 》)
最後を躊躇ってしまいながらも成功したのはやはりイメージ力の方が勝っているからだろう。今まで問題なく【空間壁】と呼んで使っていたが、ふと、壁ではないよなあと気付いてしまった。
どのみち脳内で詠唱しなくても使えることがこれで実証されてしまった。
言い直してみようかなと、脳内詠唱を行う。
(《空間牢》)
こちらの方がしっくりくる気がする。しかし、空間による囲いが二重になってしまった。特に問題はないようなので、囲いの中を見てみた。
その場から動けなくなった魔獣たちが足踏みをしていたので、
(《圧縮》)
空間の中を文字通り、一気に縮めてみた。あっという間もなく魔獣たちはペシャンコになる。
「あ、魔核までなくなるのか!」
違う方法を考えないと、勿体無い。
シウは森を出て、まだまだ続く魔獣たちを同じように空間牢で囲っていく。
とりあえずで次々と囲っていき、どうせならと実験感覚で、同じ種同士、あるいは混ぜてみたりと囲んでいった。
魔獣たちは周囲が見えているのに全方向のどちらにも進めず、右往左往し、大パニック状態だ。
これ、自動で囲っていってくれないかなあ。
一瞬でできるのに段々面倒くさくなってきて、思わずそんなことを考えてしまった。
なにしろ次から次へと出てくるのだ。
そんな中、作業を続けながら、近くにある囲いの中に対して、新たに考えた方法を試してみる。
(《魔核指定》)(《転移》)
転移とはそのままの言葉だが今度のイメージは自分が中心ではない。相手を指定したのだ。
そして、引き寄せてみた。
「おっと……」
手のひらを上にしてそこへ来るよう、強く考えていたらその通りに転移してきた。だが、大量にありすぎて手のひらから零れ落ちていく。
しゃがんで拾って、空間庫に入れながら、魔核を取り出した魔獣たちのいる空間牢を見た。
「やっぱり、魔核がなくなると死ぬのか」
次々と倒れていく。
魔獣を倒すのに魔核を狙うと死ぬのだから、当然こうなることは分かっていた。
「でもなんか嫌な光景だなあ」
たとえ魔獣と言えども、命を奪う行為だ。
シウは重い溜息を吐いて、魔法で一瞬にしてそれらを解体した。使えるものは空間庫へ、使えないものは焼却してから空間牢を解放する。
そういった作業をちまちまと続けていたら、あることに気付いた。
空間牢に閉じ込められた中で互いを襲い始めたのだが、相手の魔核を狙って食べているのだ。魔獣同士だと魔核を狙うのだと知って驚いた。他にも獲物となる魔獣がいるせいか、全部の肉を食べたりもしない。
人間を好んで襲う生き物だが、いない場合は魔獣同士で襲い合う上に、明確に魔核を狙っている。
そうして観察していると、強い個体だけが勝ち残っていき、やがて変異した。
「ああ、あれが」
上級種への進化だった。
最後の一匹になった時それは起こった。オークが、ハイオークになる瞬間だ。
力も強くなったようで、しきりに空間牢を叩いて壊そうとしている。
(《魔核指定》)(《転移》)
やはり転移してきた。ただしこれまでとは違う大きさの、純度の高い魔核だった。どうかしたら宝石のように見える魔核は、真っ赤なものだった。まるで血の色だ。
元の場所を見ると、崩れ落ちて、ハイオークは死んでしまった。
命の空しさを知る。
(《解体》)
進化させるまで待つのも命をもてあそんでいるような気がして、シウは共食いをしているブロックから順に手早く始末していった。
ずっと同じことをしていたら、なんとなくできるような気がしてきて、試してみた。
(《自動化》)
先ほどの作業を全部、イメージして唱えてみる。
すると、いちいち場所を指定(視覚で確認)することもなく、魔獣だけをピンポイントで狙って空間牢で取り囲んでいく。
「おお、できた」
嫌な予感がして、自分自身に鑑定を掛けてみた。
「うわわ……」
また面倒くさいほどの情報が流れ込んでくる。それを流し読みしつつ、必要な場所を検索してみた。これもいつの間にかできるようになった機能だ。
「……うわあ、なんか増えてる」
今更感のある、付与魔法や通信魔法などがつらつらと増えていた。
本当に今更だし、増えたところで自慢げに使えるものでもない。目立ってしようがないのだから。
今回のような緊急時に、下位ではない魔法としては使えるだろうが、大して役に立つようなものはなかった。
「でも、自動化は嬉しいなあ。一番最後にあるから、さっき増えたのかも」
聞いたことのない魔法だが、プログラミングのようなものだろうと当たりを付けた。
他に、固定・指定・展開・精神・言語・結界といったものがあった。
「……なんでもあり状態になってきたなあ」
神様は、ちょっと大盤振る舞いすぎやしないだろうか。
今回に限っては助かっているけれど。
とにかくも、自動化した魔法を止められるかの確認だけはしておく。このまま続くとちょっといろいろ怖いので。
自動化は無事止められることが分かったので、感覚だけを一部残して――感覚転移の魔法を固定してみた――森の中へ入って行った。
いくら視覚転移ができるといっても、やはり自分の目で見るのが一番だ。
森の中へ少しずつ転移で移動を繰り返し、確認していく。
少しの漏れはあったが、おおむね、魔獣は食い止められているようだった。
洞穴の方にも確認のため、視てみる。ついでに遅くなったが通信もした。
「(クリストフ、そちらは大丈夫?)」
「(あ、大丈夫だよ。何匹か魔獣は見かけたけどリグが土壁で進路を変えてくれたり、落とし穴に入れてヴィクトルと一緒に倒したりしていたし)」
「(生徒はまだそっちに行っていない?)」
「(うん。でももうすぐ来るみたい。レオンから何度か連絡が来たんだけど、生徒たちが恐慌状態で落ち着かせるのに手間取ってるんだって)」
「(あー、そうか。分かった。じゃあ、引き続きお願い。あと、教師の誰かとは連絡ついてる?)」
「(マット先生とはついてる。アダンテ先生と一緒らしい。他の生徒の誘導をしてるみたいだね。エイナル先生から連絡がきてシウのことを聞いてきた。あと、ここに戦略科の生徒が避難していないかも聞かれたけど)」
「(いないよねえ。分かった。先輩たちは僕が捜す。今のところ、魔獣の進行方向は変えさせているから、そちらは大丈夫だと思う。ただし)」
「(油断は禁物、だろ? 分かってる。皆、いい緊張感で頑張っているよ。それぞれ役割を持つと、違うね)」
お互いに笑い合って通信を切った。
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