127 洞穴での説明
一旦、洞穴近くの場所、誰にも見えない場所を探してから転移し、そこからフェレスに乗って洞穴まで走ってもらった。
出入口では見張り役のロドリゲスとラヴェルが立っていた。
「シウ! 戻って来たか」
「ごめんね、遅くなって」
フェレスから降りると、声を聞いて中から人が出てきた。シウたちのパーティーのみならず、他の生徒たちも十数人いた。
皆に聞こえるよう、シウは状況を説明し始めた。
「火竜は無事、雌のいる方向へ飛んで行ったよ。こちらへはもう来ない。それより、竜の一部が森に落ちて暴れたせいで、獣が慌てふためいてあちこちへ移動を始めたんだ。それに僕等が森の中をてんでバラバラに逃げたものだから、森の奥の魔獣がこちらに気付き始めている。まだ大丈夫だけれど、こちらへ向かっているみたいだ」
「なんだって」
生徒たちがざわめき始めたので、シウは手を叩いて彼等を引き付けた。
「幸い、僕等はここへ逃げ込めたので、やり過ごすまで籠城しておくのも手だ。というのも、今朝集合した場所があったよね、森の中のぽっかり空いた草原と岩場の多い場所。そこから直線にして南南西にある広場まで泊りがけで戻る予定だった――」
「ああ、あそこから当初の野営地まで戻る手はずだったからな」
レオンが落ち着いた声で頷いて答える。それを聞いて、生徒たちもざわめきを止めた。
この洞穴内ではレオンがかなりの安心感を与えていたのだろう。
「他の生徒は皆、この暗くなってきている中を休まずに走っている。方向もバラバラで、パニック状態に陥ってるんだ」
「……俺たちも同じだったから」
「夜の行動は、危険だって習ったよね?」
小声で囁き合う生徒に頷いて、シウは続けた。
「とても当初の予定の広場までは戻れないと思う。先行していた生徒でも今ようやく今朝の野営地に戻れたところだからね。で、問題は、今朝集合した場所の方面から広場方面に向けて、つまり南南西に向けて、魔獣が走っている。これは、森の中でバラバラに逃げ惑っている生徒よりも、固まって待機している生徒を狙っているんだと思う」
「なんだって!」
ラヴェルが驚いて声を上げていた。
そう、演習地までは付いてきたものの、実際の演習には参加しなかった高位貴族の子弟グループが、騎士見習いの護衛を付けて待っているのだ。
「もう、連絡は行っていると思うから逃げる準備も始まっているとは思う。王都の騎士、あるいは軍にも連絡が入ってるだろうね。けど、僕等はそれまで自分の命を守りきらないといけない」
「ああ、そうだな」
「で、この隠れるに相応しい場所から、君らには動いてほしくないんだ」
「……つまり、広場まで行くと危険に遭遇する可能性が高い、ここが一番安全だというわけだね」
スタンが最後を締めてくれた。シウが最も言いたかったことだ。
「ここが一番安全なんだ。ただし、ものすごく怖いと思う」
「どういう、意味です?」
アリスが質問してきた。他の生徒の代弁者のようになってくれたのだ。
「目の前を、周辺もだけど、魔獣が走っていくから」
皆がギョッとした。
実は皆には言っていないのだが、先ほど、あることが判明した。だがその事実は今は口にしない。ここもパニックになられたら困る。
「あー、言いづらいんだけど、ここはまだましだと思う。ルートを外れているから。それより、今も森の中を彷徨っている他の子が心配だ。魔獣に遭って、とても平静ではいられないと思う。だから、これから、助けに行く」
シウが宣言すると、スタンが前に出てきた。
「危険だ」
「スタンさん、僕はね、危険なことはしない主義なんです。さっきも言ったけれど、逃げ足だけは早い。大丈夫です。それよりも各自ができることをやりたい」
シウは皆を見回して、各人を指差していった。
「アリス、君は血にも慣れてきたから、看護を担当して。コーラは補助。ヴィヴィはアレストロの矢を作る手伝いと補助。アレストロ、君は表を見張ること。アントニーは在庫のやりくりをして。二日分、二日持てばいい。明後日の朝までだね。クリストフはここと外との通信係だ。かなり頻繁なやりとりになるから集中するために、他のことはしなくていい。レオンは僕と一緒に救助」
「シウ、俺は!」
ヴィクトルが声を上げたが、シウは苦笑で首を振った。
「君は最後の砦だよ。アレストロの補助をしつつ、ここでの指揮だ。君らが二人いれば冷静に対処できるだろうから、そうして。最後にリグドール、君が一番大変だよ」
「え?」
「洞穴内は防御をかけているから安心だけど、周辺はさっきも言ったように魔獣が通るだろうと思う。だけど僕等が助けた生徒をここに連れてきたいから、できるだけ安全にしておきたいんだ」
「ああ、そうか!」
「落とし穴を作ったり、泥水で魔獣を別のところへ誘導してくれるかな?」
「分かった。それと、合図が来たら地面を元に戻す、だな?」
「そう。いざとなったら、洞穴の入り口を塞いでしまって。君の土壁で」
「任せとけ」
「何かあったら、緊急で戻って来られる魔道具がひとつあるから、呼んで。無理はしないこと」
「分かった」
最後に、他の生徒とスタンたちを見た。
「皆にも協力してもらいたい。できれば自分の特性をヴィクトルに話して、その指示に従ってほしい。ここには生徒がどんどん集まってくるから、洞穴程度のここの大きさじゃ間に合わなくなる可能性もある。そのことを踏まえて、考えてくれると助かる」
生徒の中に、岩石魔法を持った子がいたので付け加えた。
「わたしたちも、君らについていこう」
「いいですか?」
「ここが安全なのは、もう分かっているしね」
振り返って、スタンがアレストロを見た。彼は静かに頷いている。もう話し合っていたのだろう。
「二手に分かれて探したいから、助かります。探知は使えますか?」
「簡単なものなら。魔獣相手に通用するか自信はないが、今回は生徒を捜すのだろう?」
「そうです。では、出発しましょうか」
レオンも用意を済ませて傍に立った。
皆をもう一度見回してから、
「大丈夫だよ。皆、学校で習ったことを思い出して、冷静に対処すればいいんだ。こちらからも頻繁に連絡を入れるから。クリストフ、大変だろうけど、頑張って」
「分かった、頑張るよ」
そうして洞穴を後にした。
五分、黙って歩いてから立ち止まり、口を開いた。
「もう分かってるかもしれないけど」
振り返ると、スタンとロドリゲス、レオンが真剣な様子でシウを見下ろしていた。
「魔獣のスタンピードが発生したみたい」
「……っ!!」
「くそっ」
「なんてことだ……」
衝撃を受けている皆を見て、シウは静かに続けた。
「あの洞穴は安全だから。古代聖遺物のひとつだとしか言えないけれど、ちゃんと守られている。安心してほしい」
「すごいな……」
思わずといった様子でロドリゲスが発言した。
シウは苦笑して、それよりもと、話を戻した。
「スタンピードは今朝集まったあの岩場で起こったみたい。ついさっきだと思う。まだ間に合うから、生徒たちを拾っていってもらうつもりだけど、スタンさんたちはこの通信魔道具を使って最初の広場にいる教師たちと、王都の信用が置ける誰かに伝えてください」
「わたしが?」
「僕だと信用してもらえない。スタンさんたちがいまだに信じてくれてるのが不思議なくらいで」
笑うと、スタンとロドリゲスも苦笑した。
「いや、信じるもなにも、この間からずっと驚かされてばかりだから、信じざるを得ないんだよ。フィリップ様からも事前に話を伺っていたとはいえね」
「そうだったんだ」
アレストロの父フィリップがシウを信じるに足る人間だと、話してくれていた。それが嬉しい。
「……というわけで、僕はスタンピードの発生に対応します。さっきは二手と言ったけれど、実際にはスタンさんとロドリゲスさん、そしてレオンの三人で動いてください。レオンは雷撃が使えます。ただ、経験が全くないので、指示してやってください。レオン、人間も入り乱れての混乱になるから魔法を使うのは大変だろうけど、多少のことなら治癒できるから、気にしないでやって。あと、無理だけはしないで」
「分かった。だけど、シウ、お前まさか一人で」
「ちょっと考えた手があるんだ。でも、君がいると足手まといになる」
「……そうだな」
「大丈夫だって。さっきもフェレスと一緒に誘導してきたけど、戻ってきたでしょ」
「ああ」
「幸い、今のところスタンピードの群れに飛行系の魔獣はいない。何かあればフェレスに乗ってるし、危なくなったら籠城するよ。あと、秘密兵器も呼べると思うし」
「え?」
スタンたちも、なんだという顔をしてシウを見た。シウは笑いながら、通信を繋げた。
「(キリク様! まだ飲んでませんよね? シウです。魔法学校の演習でスタンピードが発生しました。経験者のキリク様に救助を要請してもいいですか? 王都の偉い人に仲良しがいないのでそちらに通信しました。キリク様が無理なら誰かに話を通してください。これから生徒たちの避難を開始します。できるだけ頑張りますが、早めにお願いします! では)」
と、言って、三人を見た。
「キリク=オスカリウス辺境伯と知り合いなんです。あの人だったら、たぶん、飛んでくると思います。だから、大丈夫ですよ!」
ぽかんとしている三人を、それぞれ腕を叩いて正気に戻らせ、シウたちは途中まで一緒に走った。
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