519 固有魔法の増やし方、味方宣言と報告




 ごく、と喉が鳴る音がして、それが目の前のヴァルネリから出たのだと知った時には彼の口が開いていた。

「そ、それで、どういう内容なんだい?」

「大まかに言うと、結界を張った内側に無音状態を作り、その後言語魔法で術式を、空間内に付与します。そして結界を解除すれば、自動的に詠唱が行われる、という仕組みです」

「……ものすごい複合技だよね?」

「ですね」

「君、頭おかしいんじゃないの?」

「失礼な」

 ぷんとむくれて見せたら、ファビアンがふと小さく笑った。それからようやく他の生徒達も力を抜いたようだ。

「でもだって、君、それを言うからには実験が成功したってことだよね?」

「複合技は僕の得意とするところです。しかも魔力量の少ない僕には、詠唱を登録できるこの魔法はとても便利なんです」

「……どれだけ研究に費やしたのか、考えるだけで恐ろしいよ」

 ヴァルネリに言われると困ってしまう。シウは肩を竦めた。

 そこにファビアンが興味津々といった態度で口を挟んだ。

「具体的に、どういう組み合わせか聞いても良いかい?」

「はい」

 まず、結界は無と風と金と闇属性のレベルが最低でも3以上必要だ。しかし、たったそれだけで最低限の結界はできるということでもある。これが防火結界を必要とするならば、土や水といった組み合わせになるし、効果を高めるならレベルは更に上げなくてはならない。

 今回はただの術式を守るためだから最低限のレベルで良かった。

「次に無音はもっと簡単で、風と闇属性がレベル1ずつあれば良いです。小さな結界内だから、それで十分でした」

「まあ、それぐらいなら?」

 と言いつつランベルトが溜息を吐いていた。彼は風も闇も持っているがレベルは1しかない。他の生徒もほぼ全属性を持ってはいるが、レベルが1のものも少なくないのだ。

「言語魔法は無と光と闇が各レベル3ずつ必要です」

「意外な組み合わせなんだな」

「金属性じゃないんだ」

「僕は木属性が必要なんだと思っていたよ」

 皆が身を乗り出して話し始めた。このクラスを取るだけあって複合技の話はやはり好きなのだろう。

「言語魔法って特殊だから固有のものでしか使えないと思っていたが、そうか。知らなかったな」

 シウも鑑定魔法を持っていて、自然とそうかもしれないと気付いたのでほとんどズルだ。申し訳ない気持ちで、先を続けた。

「付与も簡単です。無と金属性がレベル2あれば良いです。ただし、詠唱しておく魔法のレベルが高いとこちらもそれだけレベルは必要ですけど」

「それでも、登録しておけるのは便利だと思う。魔法使いにとって長い詠唱句は大変だ」

「無詠唱ができるほど身についていたら良いのだけど、大抵はもう幼い頃からの習性で変えようがないからね」

「どのみち、詠唱しなくとも発動までには時間がかかりますよ」

「確かにね。脳内でしっかり把握しておかないと、不発になることも多い」

 不発を避けるためにも詠唱は必要だと言われているが、問題は時間がかかることだ。やっぱり他の人はもっと時間がかかっているようだった。

 特に高レベルの魔法を行使するときは、練り込むのに時間を必要とするらしい。

「その4つを、君は普段から複合技として使用できたから、登録魔法として組み合わせられると思うんだね?」

 あれ、とこのあたりでシウは自分が思い違いをしていることに気付いた。

「……もしかして、これで固有魔法が確立されるわけではないんですか?」

「うん?」

 もしや、そうなればいいな、という授業なのだろうか。固有魔法が増えることは当然なのだと思っていたが。

 それが顔に出ていたらしい。

 いつもは人の機微になど気付かないヴァルネリが、ぱあっと顔を輝かせた。

「もしかして、もしかして!」

「え、シウ、君」

「固有魔法が増えたのかい?」

 あ、まずいと思った時には、万歳されてしまった。


 後から聞いたことによると、研究がなされていても実際に使う人は別で、そうそう簡単に増えることはないのだと知った。

 固有魔法を作る上では大量の実験に協力してくれる魔法使いが必要で、1人でも成功したらそれこそシーカー魔法学院の講師にすぐなれるぐらいの功績らしい。

 ちなみにヴァルネリは天才なので過去に数人、そうした固有魔法持ちを作り上げたことがあるそうだ。

 だからこそ、新魔術式開発研究の権威であり、教授をしていられるのだ。

「知らなかったなー」

「ていうか、こんなすごいことをやってしまえる君がすごいよ」

「便利なので……」

「でも、頭がこんがらがるよね、これ」

「固有魔法になってからは楽ですよ」

 それもそうかと、ファビアンは納得してくれた。

「他にも複合技をよく考えていたってトリスタン先生が言っていたけど、君、頭おかしいよやっぱり」

「先生に言われたくありませんー」

「えー」

 2人の掛け合いに、ランベルトやジーウェンも笑っていた。

「この内容だけで、卒業できそうだよね」

 すごいなあという意味で、オリヴェルが言ったのだが、シウはなんとなく、それならそれでいいかなと思ってしまった。

 面倒くさいことが今なお続いていて、逃げてしまいたい気分がどこかにあった。

 シウの悪い癖だし、それが良くないことだと分かっている。引きこもりは止めると決めたのだから踏ん張るつもりだが、ちょっと興味を惹かれてしまったのは事実だった。

「あ、悪い顔してる」

 ファビアンに指摘されて、シウは苦笑した。

「良い案だなと思ってしまって、つい」

「でも授業はもっと受けたいんだよね?」

「うん。意外と楽しいし。友達になった子も多いから、もうちょっと頑張ってみようかな、とは思う」

「そうそう。僕等、友人のためにも戦おう。ちゃんと味方だからね?」

 ファビアンがシウの考えたことに気付いたらしく、お茶目にウィンクして言うので、シウも笑顔で頷いた。

「わたしも、友人だよ。後ろ盾としては力がないけれど」

「オリヴェル……ありがとう」

 呼び捨てにしたことで、彼は感動したような顔になって、うんと頷いた。

 ランベルトやジーウェンはギョッとした顔をしていたが、敢えてシウに指摘することはなかった。ただ、自分達も友人として協力するからねと言ってくれただけだ。


 ところでこの時点でもヴァルネリは意味が分からなかったようで、きょとんとしてラステア達に、質問していた。

「何かあるの? 戦うとか、戦争? だから兄上が学校を無理やり休ませてきたのかな?」

 ラステアは額を抑えながら、いいえ、違いますと答えていたが詳しくは説明しなかった。ただ、マリエルと共に、ヴァルネリを引きずって行った。

「え、でもまだ、シウと話――」

「詳しい説明は執務室で行いましょう。ここでは憚りがあるのです。よろしいですね?」

「えー」

 従者に文字通り引きずられて、ヴァルネリは去ってしまった。


 残された生徒達は、シウが学校を出るまでは心配だからと、門まで送ってくれた。

 絡もうとミーティングルームやロッカールームで待っていたらしい高学年の貴族階級と思われる生徒達も、有力貴族であるファビアンや殿下という立場のオリヴェルがいては何も言えなかったようだ。

 誰かが注進しようと近付いたようだが、ランベルトとジーウェンが跳ね返していたのも助かった。殿下にそう命じられていますという台詞が伝家の宝刀らしかった。



 王城へ戻るというオリヴェルが馬車で送ってくれると言ってくれたが、シウはそれを断って徒歩で帰宅した。

 学校外で絡まれることはないだろうというのがシウの意見だ。

 実際、全方位探索でも問題のある人の影はなかった。


 帰宅したら、カスパルがすでに帰っていたので本日の事を報告した。

 最近はなるべく密に報告することにしている。

 情報に齟齬があってはいけないし、彼にも関わりあるからだ。

「そんなことがあったんだね。噂には聞いているけど戦略指揮科の教授はどうしようもない人だね」

「理事会では問題になってないのかな?」

「問題にはなっているみたいだけど、彼の後ろ盾が煩いそうだよ」

「もしかして」

「クストディア派らしいね。教授陣や理事会でも、偏った人選にできず、やむなく各派閥から選ぶしかないそうだ」

「うわー」

 面倒くさそうというのがもろに顔に出て、カスパルにはおでこを突かれてしまった。

「学院長も手を焼いているそうだよ」

「学院長選は普通なの?」

「こちらは実力がないとダメらしくてね。意外とまともな人選らしいよ」

 カスパルも言うなあと思っていたら、止めの一言を口にした。

「国王陛下の指名もあるし、対外的に変なのを選んだら国として大問題だからね。そのへんはさすがに人格者を選ぶよ。つまりニルソンや、別の意味でもヴァルネリ先生のような人は選ばれないだろうね、絶対に」

 うん、そうだね、と笑って頷いた。

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