520 忙しい日々と肉屋との攻防




 翌日からシウは忙しくなった。

 今回の事を念のために相談しようと手紙を出していたテオドロが、早速駆け付けて対応の指導をしてくれたり、ヴァルネリが突然押しかけてきて研究の話を一方的にするので追い出そうとしたり。ヴァルネリ自体はさほど時間もかからずに彼等の従者や護衛に引きずられて行ったが、家がばれてしまったのは痛かった。

 カスパルも騒ぎにうんざりしたらしく、学校側の責任を問うと言って意見書を提出しに行ったり、面倒事に巻き込んでしまった。本人は貴族なんて大抵こんなものだと、達観していたけれど。

 更にシェイラもやってきた。まだ認可を通さないとは言いつつ、歩球板を早く商品化したいという相談がてら、ついでとして新たなものはないかと問い詰められるなど、その対応に追われた。

 研修も相変わらず続いており、南部の領からも問い合わせがあって各支部との研修日の調整をしててんやわんやだそうだ。今回は風の日に急遽変更して、研修を行うことになった。



 光の日には、ギルドと市場で卸した角牛が予想以上の評判だったことで、タウロスが一緒に狩りに行こうと誘ってきた。

 彼が一緒だと魔法で一気にというわけにも行かず、手間はかかったものの大量に狩ることが出来た。

 やり方は簡単で、追い込み猟をしたのだ。フェレスが牧羊犬のように回り込んでくれたおかげで、設置していた罠に次々と引っかかったから、あとは血抜きして魔法袋に放り込むという作業だけで済んだ。

 タウロスは自分用に1頭まるごと保管するのだと言ってほくほく顔だった。

 こうしたメリットでもないと、面倒な未処理案件を片付けるというやる気にはならないのだろう。

 角牛の大量の群れは、前回と今回でかなり数を減らし、他にも興味を持った冒険者達が1頭ずつでも良いから狩ってみたいと言い出しているそうなのでそろそろシウ達の手出しは不要かもしれない。

 寒くなってくれば彼等も南下していくので、もう少しの辛抱だ。

 近くの村人達もとても喜んでくれて、これで被害が最小限に収まると安堵していた。


 被害があったと思われる村々には解体した角牛の1頭分を各自で分けてもらうよう、進呈した。量が量なので、各家庭に配ってもまだまだ十分に余るほどで、畑の被害額よりもずっと上等なものをもらえたと喜ばれた。

 1頭じゃ少ないかしらと思ったものの、かなり余るので氷室へ入れておくとのことだ。この地域は冬の寒さを利用して氷室を作っているので、ちょうど良かったらしい。


 冷蔵庫が一般の家に普及したら便利だろうなあと思いつつ、需要が増えると魔核や魔石の取引価格も高騰する。

 便利さを考えると、頭の痛いことが付随してくるのだ。

「まあ、個人個人で得意な魔法があるし、それを役立てるからこそ生活も成り立っているんだよね」

 人の仕事を奪うことにもなりかねず、やり過ぎてはいけない。

 なんとなく、オーガスタ帝国の滅亡について考えてしまった。

 当時の技術は素晴らしく、アーティファクトと呼ばれる魔道具が未だにポツポツと見付かっては、世界を驚かせていた。

 物の本で知ったのだが、莫大な魔力を消費するそれらを、シウは恐ろしい気持ちで読んだものだ。

 便利すぎる世の中は、その反動もあるということを肝に銘じておかないと。

 シウ自身、神様から贈られた便利な魔法や魔力を持っている。それに甘えず、工夫して頑張ろうと思った。



 ギルドへ戻ると噂を聞きつけたらしい市場の肉屋が並んで待っていた。

「今度は俺っちのところへ卸してくれ!」

「俺だ!」

「頼む、わしの方だ!」

「金なら用意する!」

 タウロスと顔を見合わせて、困惑げに苦笑しあった。

「とりあえず、なんだってばれたのか。それが先だな」

 溜息を吐いてタウロスが手を叩いていた。

「ギルド前で騒ぐんじゃない! 依頼をしたもんでもないのに、そうやって街中で大声で要求するのもどうかと思うぜ」

「しかし!」

「頼む、引き合いが来ているんだ。ここで卸せないとなったら、路頭に迷う」

「こっちもだ。どうにかしてくれ」

「だから、金額で決めようって言ってるじゃねえか」

「釣り上げられたら困るだろうが!」

 談合しない分、偉いと思ったが、シウは無言だ。この場はタウロスに任せる。

 彼は、とにかくうるさいと怒って、市場の肉屋達をギルド内に連れ込んだ。

「おーい、カナリア! こちらの方々を別室へ案内してくれや」

「はい」

「すみません、タウロスさん」

 ユリアナが小声で謝罪していた。顔色が悪く、対応に疲れたようだ。

「言っても聞いて下さらなくて」

「しようがねえ。今日はギルド長も出掛けているしな。スキュイ達も休みだろう。俺まで出ちまったから若手ばかりで大変だったな」

「お恥ずかしいです」

「何、ちょっと説教してやってから、卸してくるよ。な、シウ」

「はい」

 にっこり笑うとユリアナがホッとしたように微笑んだ。

「では、無事狩りが成功したのですね」

「業者に1頭は卸せるぐらいね。でも、最初は黙っておいて。怒ってきます」

 むん、と怒った顔をしてみせたのだが、何故かユリアナにはふふふと優しい笑みで見つめられてしまった。タウロスもきょとんとした後、シウの頭が揺れるほど撫でてくる。

「よしよし。じゃあ、行くか」

 頭を撫でた手で、シウの背中を押し、歩き始めた。フェレスも当然のようについてきていたが、そこは誰も何も言わなかった。

 フェレスの顔がやる気に満ちていたので、本人もタウロスの気分になっているのかもしれなかった。


 さて、別室に集められた業者たちはタウロスが入ってくるのを見ると慌てて立ち上がった。

「タウロスさんよ!」

「まあ、待て待て」

 手で制し、どっかと椅子に座る。

 シウが前回売った業者は来ておらず、どうしてだろうと全方位探索の距離を広げて探してみた。どうも店の中にいるようだ。

 市場の卸専門の食肉業者は全員来てるのかなと、調べてみたら前回売った業者以外が、ここに集まっていた。

 つまり仲間外れをしているのだ。

 タウロスが説教するのを聞きながらその結論に達し、途中でシウは手を挙げて発言の許可を求めた。タウロスはにやにや笑いながら、どうぞと促してくる。

「もしかして、前回僕が売った業者に対して制裁を加えましたか?」

「え、あ、いや」

 目が泳ぐ者、俯く者、素知らぬふりをしようとする者などがいた。

「お前ら、同じ市場の人間に対してそんなことしてるのか?」

 タウロスが呆れたような声を上げると、代表らしき男性が慌てて立ち上がった。

「ち、違う。制裁なんて、そんな、そこまでひどいことは」

「でも、今ここにいませんよね」

「いや、あいつは今日は風邪をひいて休んでいるんだ」

「家で?」

「そうだ」

 うーん。シウは腕を組んで、それからジッと代表者の男の目を見た。タウロスもそれに気付いて、彼に睨みを利かせた。

 やがて、代表の男が項垂れた。

「前はあいつがいい目をみたから、今回は遠慮しろって、つい、大勢で言ってしまって」

「で、でも、俺達だって手に入れて見たかっただけで」

「制裁なんてことまでは!」

「分かった分かった、黙れって。いっぺんに言ってもシウだって困るだろーが」

 タウロスに諭されて、皆、黙ってしまった。

 シウはもう一度全員をしっかりと、目を合わせて見た。視線を外す者には、合うまで、ジッとその前に立った。挙動不審になった男は隣りの男に突かれて慌てて顔を上げ、シウと目が合うと怯んでしまった。

「……前回その人に卸したのは、遅い時間でも営業していて、大量の肉を受け取っても捌ける処理能力があると判断したからです」

「そ、それは」

「あなたとあなた、そちらの業者は冷凍用の魔道具が店にないですよね。その日分の処理しかできないはずです。それから、こちらの方々はお店を早々に閉めておられました」

 市場ではどうしても早朝から働くため、男連中は早めに上がってしまうのだ。

 シウが前回売った業者は若い男性で、働き者らしく朝から晩まで店にいた。対応も良かったのだ。

 そのへんを丁寧に説明して、タウロスよりもよほど相手を怯えさせたらしい説教じみた話をした後、シウは全員に処理能力に応じて卸すと告げた。

 てっきり断られると思っていたらしい彼等はきょとんとして、それからびっくり顔になり、最後には深く頭を下げていた。

「水と風属性魔法をお持ちの方が身内にいらしたら、冷やすことは可能ですよ。あと、氷室についても考えてみては? 同じ市場の方同士で協力し合ったら良いんです」

「う、は、はい」

「等分にお分けしても、処理できなければ意味がないので、先程も申し上げましたが店に応じた分配としますね? 卸す金額は部位で異なります。それも了承してください」

「ありがとうございます」

「それと、今回は3頭分卸します。それなら充分に行き渡るし、あなた方自身の口にも入るでしょう?」

 皆がギョッとした顔で、シウを凝視した。てっきり1頭を割ると思っていたのだろう。

「処理しきれない分の、保存方法についてもお教えしますから。一度市場へ行って、同業者さん達全員集まってみませんか?」

 タウロスが、俺も1頭卸すぞ、と言って、そこからはお祭りのような騒ぎになった。

 結局、市場では同業者のみならず近所の店の人も誘っての角牛試食祭りとなり、近年稀にみる楽しい一夜となったそうだ。

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