521 角牛弁当、山の恵みの採取
火の日になり、いつものように古代遺跡研究科で授業を受けた後、クラスメイト達を伴って同じ研究棟の魔獣魔物生態研究科へ向かった。
朝のうちに昼ご飯を一緒にしないか提案していたのだ。
それまでも何度か顔を出していた古代遺跡研究科の生徒達だが、全員というのは珍しくてさすがに魔獣魔物生態研究科の生徒達は驚いていた。
「どうしたの、今日は」
「僕が誘ったんだ。今日の昼ご飯、美味しいから」
「シウが言うってことは、相当よね! やったあ!」
伯爵令嬢らしからぬはしゃぎっぷりでルフィナが喜び、セレーネに注意されていた。
教室にはプルウィアも早めに来ていて、なになにと近付いてきた。
「角牛を狩ったんだ。市場にも卸したけど、余ったから」
「あ、この間のね?」
プルウィアは食堂で食べていたので、その味を知っているから一層笑顔になった。
「え、そんなに美味しいの?」
「ていうか、プルウィアさんは先に食べていたんだ」
いいなあと羨ましそうな声が聞こえて、シウは笑った。
「試食で、先週の金の日に食べてもらったんだ」
「そういえばシウ達は食堂に行って食べているんだったね」
「みんなはお弁当なんだよね?」
研究棟にいる者は寮で作ってもらう弁当を持参することも可能らしくて、プルウィアも以前はそうするか食べに帰っていたようだ。
「新しいメニューができたって聞いて、最初は通ってたんだけど、遠くてねー」
「研究棟に入り浸りだと、情報とか困らない?」
次々と調理したものを取り出しながら聞いていると、皆、そっと視線を後方に向けた。
「あー、従者や護衛の人に任せてるんだー」
非難したわけではないが、そう聞こえたのか、ばつの悪そうな顔をしている。
魔獣魔物生態研究科の生徒の大半が貴族の子弟なので、そうした行為におかしさを感じないらしいのだが、なんとなくずるをしているという気分にはなるのだろう。
「さて、できた。護衛の方々もどうぞ」
声を掛けると少しだけ躊躇したものの、やってきた。前に魔獣の肉を食べた時も彼等は一緒だったので、慣れたものだ。
「希少獣達には別のを用意してるから、あげてきていい?」
「うん。ありがとう」
「うちの子、魔獣の内臓に味を占めて、喜ぶから嬉しいわ」
配膳などは他の子に任せて、シウは先に希少獣達の所へ行った。
皆、わーシウが来たーと嬉しそうだ。美味しい物をくれる人という認識らしい。
「いつもフェレスと遊んでくれてありがとうね。あと、クロとブランカも見守ってくれてありがとう」
「キーキーキー!」
「キャッキャ」
各自返事をして、シウが用意した角牛と魔獣の内臓スペシャルを美味しそうに食べていた。
牛丼、甘辛丼、ローストビーフに、ステーキと大量に用意したので全員が満足いくまで行き渡ったようだ。
「冒険者っていいなあ」
「こんな美味しいものが食べられるならね」
貧乏貴族だと言って憚らないルフィノ達は言うけれど、従者も護衛も付けられるのは充分お金があると思う。まして希少獣まで持てるのだ。
よってシウは指摘しなかったけれど、別方面からの指摘が入った。
「冒険者になったって、これだけの大物を手に入れられる能力がないと」
「アロンソー。夢のないことを言わないでくださる?」
「付け焼刃のお嬢様言葉を止めてくださるなら」
微笑んで、言い返していた。アロンソは柔和な顔をして優しいのだが、言う時は言うのだ。
「でも実際そうですよね。僕等も夏休みの間、冒険者の仕事について回ったけれど、とても手伝えるものじゃなかった」
「そうよね。みんな優しくて、手伝ってくれてありがとうなんてお礼を言ってくれたけれど、森まで行って守ってくれたのは彼等だもの」
「1人じゃ絶対に森へは入れないよね」
うんうん、と頷いている。
アラバとトルカは、いやでもと口を挟んでいた。
「プルウィアさんなら大丈夫よね」
「ああ、プルウィアさんね! 格好良かったわ~」
「そうそう。レウィスも伝令役をしてくれてね!」
冒険者ギルドで請けた仕事がよほど楽しかったらしく、女性陣はきゃっきゃと思い出しては笑っていた。
ところで、バルトロメに声を掛けるのを忘れていたのだが、匂いに気付いたらしくてやってきて、自分ひとり除け者にするなんて! と騒いでいた。もちろん、彼にも角牛料理を提供してあげたが、生徒達は冷たい目で先生を見ていた。
狩りをしたり調理をしたり、それを食べているとシウもすっかり忘れていたが、相変わらず嫌がらせのようなことは少々あった。
とはいえ、他の生徒ほど授業の数はなく、授業に割り込んでくるような向こう見ずもいなかった。
研究棟へも余程の事がない限り、普通の貴族の子弟は来ないので、ある意味シウの選択は間違っていなかったようだ。
だから、大したダメージも受けずに過ごしていた。
水の日の午後からは泊りがけで出かけるとロランドに報告して、まずは昼ご飯も食べずに爺様の家へと転移した。
森の恵みを収穫しないといけなかったので、見回りも済ませて畑の様子も確認した。小屋には相変わらず狩人達からのお裾分けが届いていた。
夕方にはコルディス湖へと転移する。
夜をゆったりと過ごすと気分も良く、ここを気に入っているフェレスものびのびとしていた。
翌朝になると、早速採取を始めた。
この山では季節が一歩進んでいるため、すでに秋の果実が沢山実っている。薬草も豊富で、魔獣を狩りつつせっせと採取した。
フェレスの訓練も兼ねているため、普段よりは強行軍なのだが、森の中はシウの庭と言ってもいいほどだ。楽しくてついつい時間を忘れた。
採った果実のうち、ぶどうはほとんどをジュースにした。ザクロも大量に実っており、今年は豊作だったのだと実感する。こちらもほとんどをジュースにする。効能を消さないよう魔法を使って絞ったが、匂いといい味といい最高の代物だ。
前世で食べたザクロは酸味がきつかったのだが、まるで品種改良されたかのように甘味が強かった。もうすぐアケビも食べられるだろう。栗や柿も育ち始めている。
山の幸は豊富で、今から楽しみだった。
夜はフェデラルの市場で大量に買ったトマトで作ったソースを使い、ラタトィユを作ってみた。うろ覚えだったものの、似たような料理をフェデラルの宿屋で教えてもらったので試行錯誤して作ってみた。
このトマトだが、シウには酸味も感じられて好みだったのだが、ブラード家の中には苦手だと言う者も結構いた。ただ、煮詰めたトマトソースで作ったカレーや、甘味を加えて作ったケチャップなどは好評だった。
ところで、このトマト関係の料理では、フェレスが大変なことになる。
毎回、口のまわりが真っ赤に染まるのだ。魔獣の内臓を食べた時のようなことになり(あれはもっと黒いのだが)見た目がグロテスクで笑ってしまう。
「浄化しようね。あと、もうちょっと自分の舌が届く範囲で汚そうね?」
舌で舐め取れない頭上や顎の下など、どうやったらそんなところに、という場所まで飛び散らかしている。いくら一定時間で浄化が掛けられるとはいえ、汚しすぎだ。
ブランカが大きくなったら、そのうちお互いに毛繕いをするついでに舐めてもらえるかもしれないが、今のところはフェレスの方が巨大すぎて無理だ。
そのブランカも、離乳食を食べているが、こちらもひどいものだった。
トマトソースの中で泳いでいるといっても過言ではない。
「ブランカは、なんていうのか、淑女にはなれそうにないね」
笑って言ったせいか、褒められたと思ったらしい彼女は機嫌よくみゃあみゃあと鳴いている。シウが浄化しようとしたが、フェレスが大きな舌で舐めてくれるので、お願いした。
この中ではクロが一番、綺麗な食べ方をする。
鳥型だからかもしれないが、嘴で器用にぽいぽいと口の中へ入れ、汚れた嘴も舌で綺麗にしていた。
「よしよし。クロは偉いねー」
「きゅぃ」
撫でたシウの手のひらに体を擦るよう寄せて、何度も何度もすりすりしてくる姿は可愛かった。
そのうち気付いたらしいブランカが慌てて転びつつ駆け寄って、自分も自分もと体を擦り付け、置いて行かれてしょぼんとしたフェレスも、慰めてーと身を寄せてきた。
「よしよし。みんな、可愛いねえ」
「にゃあ」
「みゃ!」
「きゅぃー」
楽しい、夜のひと時だった。
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