522 学校の闘技場で秘密の特訓




 金の日がやってきた。

 朝のうちに食堂のテラス席で火器を使う申請の結果を再度確認する。

 複数の職員から、事前申請の書類に不備もなく問題ないと太鼓判を押されたいたが、念のための再確認だ。

 昨今の事情から横やりが入るかもと思っていたので、許可が下りてホッとした。


 その後、ドーム体育館へ向かっていたら途中でエドガールが追い付いてきた。

「やっぱり連絡事項見てないな」

「え?」

「個人への伝言が間に合わないからと、わたし達宛には集会室の白板を使ったらしいんだ。でもシルトがそんなもの見ていないと言っていてね」

「あ、それって」

 エドガールが頷いた。

「わたしが見たことだけを確認して、誰かが故意に消したのだろうね」

「……もしかして教室が移動になるとか?」

 思い当たることがあり聞いてみると、エドガールはにこりと微笑んだ。

「さすが。そうだよ、体育館から、闘技場のひとつへ場所を変えることにした。一番遠いところにあるから、早めに行こうと君を探していたんだ」

「ありがとう」

 いいよ、と手を振って、彼は校舎を出て庭を歩いて行こうと提案した。

 渡り廊下を進んでドーム体育館から抜ける道もあるのだが、そのあたりに余計な者達がいては面倒だからだ。シウも同感なので素直についていった。


 闘技場は幾つかあり、数年に一度、魔法対抗戦があるのでその時に使うそうだ。

 大がかりな魔法の訓練などにも使用されるが、普段は閉められている。

 小さい方は戦術戦士科などで使うことも多く、予定が早まっただけということらしい。

「初秋から冬にかけては雨も少なくて気候も穏やかだから、外での授業はここを使うんだよ」

 先輩方が教えてくれた。

 エドガールもシルトも、後から入ったのでシウと同様に1年間の流れというものがまだ分かっていない。

「そうだったんだ」

 てっきりずっとドーム体育館の小部屋を使うのだと思っていたシウは、小さいと言いながらも立派な観客席も整った闘技場を見回した。

 シウがよく実験する広場に近く、ほどよく閑散とした場所だ。

「結界を張ってしまえば邪魔も入らないだろう。大掛かりなものだが、学校の許可は取ったからな」

 とはレイナルドの弁だ。

 前回の授業を邪魔された事でよほど腹が立ったらしい。教授会に問題提議して散々ごねてきたそうだ。

 結界装置は設置されているから起動は簡単なのだが、魔核の使用量がすごくてお金がかかるため、たった1回の授業で使うには勿体ないのだ。

 ドーム体育館では常に結界は張られているがそこまで強力でもないため、思う存分魔法をぶっ放していいというルールもないことから皆、空気を読んで手を抜いていた。が、闘技場は別だ。

「ということで、前回のことも含め、今日は思いっきりやっていいぞ!」

 そう言ったレイナルドがたぶん、一番思いっきりやりたいのだろう。生徒同士で顔を見合わせて肩を竦めた。


 前回の授業で皆で話し合った結果を先生にも伝え、各人の良いところを伸ばしつつ、学べるところを教え合いたいと言うと、レイナルドは感動して震えていた。

 それから、先生として見えていた部分を各自に指摘してくれた。

「クラリーサ、君はその柔軟さを活かしてヴェネリオに師事したらどうかな。貴族令嬢の君には有用な力となる」

「わ、わかりましたわ。ヴェネリオ様よろしくお願いいたします」

「えー、いえ、あ、はい。分かりました」

 ぎこちないやりとりをする中、レイナルドは何故か生徒ではない彼女の従者や騎士、護衛達にも誰それと組めと指示していた。

 各自思ってもみなかった相手や、あるいは覚えてみたいと願っていた相手などと組んで、話し始めている。

 一向に呼ばれないシウがぽつんと立っていたら、最後にレイナルドがちょいちょい指でシウを呼んだ。

 犬や猫じゃないんだけどと思いつつ駆け寄っていくと、彼はシウの頭を撫でて笑った。

「うーん、こういうペットが欲しいな」

「……レイナルド先生」

「わはは。すまんすまん。てことで、お前さんは俺とだな」

「えー」

「なんだその不満そうな声は。でもしようがないだろう? 他に組ませる相手もいない。それにお前には騎獣が2頭もいる。希少獣も入れたら3頭だな。このパターンで、覚えられることって、生徒の中はいねえよ」

 言われてみると全くその通りで、素直に頷いた。


 レイナルドの指導は、とにかく貴族の無礼打ちに会わないよう、まずは希少獣そのものを調教することから始まった。

 まだ幼獣という言い訳は通用しないとはっきり断言もされた。

「この国はどうしようもない。各国で作った騎獣の取り決めも守られていないような、レベルの低さだ。だからってどこにも文句の持って行き様がないだろう? 自分と言うよりは大事な身内を守るためにも、可哀想かもしれないがこいつらに厳しく覚え込ませるんだ」

「はい」

「ま、フェレスは大抵のことは守ってるようだがな」

 だが、と目を光らせた。

「お前を傷つけられようとして、それでも我慢していられるかな?」

 調教済みでいくら訓練をしているといっても、度が過ぎたことをされたらフェレスも切れるはずだ。

「こいつが主人思いだってことを忘れるんじゃない。勘違いだろうが何だろうが、フェレスはお前が傷つけられたと分かったら、理性を吹き飛ばすだろう」

「はい。そう、ですね……」

「そんだけ、主に忠実な良い騎獣でもあるってことだが、こと相手が貴族だとそうは行かないんだ。最悪『処分』されることだってある。いいな?」

 そのことに思い至らなかった自分が恥ずかしくなった。シウは神妙な顔で頷いた。

「よし。じゃあ、そろそろ始めるか。フェレスが俺を睨んでるぜ。ったく、怒ってるんじゃないぞ、フェレス。これは授業なの! 分かった?」

「に゛ゃ……」

 あー、機嫌悪いなあと思いつつ、シウもフェレスに笑いかけた。

「これから辛い訓練が始まるけど、頑張ろう。僕のために」

「……にゃ?」

「親分を守る方法は沢山あるってことだよ」

「にゃ。にゃにゃ」

 よくわかんないけど、わかったと返事をして、フェレスも授業に参加することになった。


 フェレスには辛抱強く、シウの命令が一番だと言い聞かせた。

 たとえそれでシウが傷付いていても、それは傷付いているフリだからと説明した。

 親分には考えがあって、その通りに行動しなくてはいけない。だから途中何があろうとも決して命令を破ってはいけないのだと、教え込んだ。

 悪ノリしたわけではないだろうが、何故か血のりを用意していたレイナルドがシウを切ったふりをして血を引っ掛けてきたが、その時のフェレスの顔といったらなかった。

 ギリギリのところで踏ん張っていたけれど、クラスメイトの誰もが驚いて動きを止めたぐらい、ふしゃーふしゃーと怒りをあらわに毛を逆立てていた。

「に゛ぎゃぁぁぁぁ!!」

 爪で地面をガリガリ研いで、ゴーサインが出たら今にも飛び出してレイナルドの首筋に噛み付こうとする姿は、騎獣の持つ闘志ではなかった。

 暫く我慢させて、レイナルドが耐え切れなくなった時点で、終了した。

 それが演技だったと説明しても、暫くの間フェレスはレイナルドを不機嫌に見て、近寄りもしなかった。

 シウ達のためにと引き受けてくれたので、しょんぼりして哀愁漂うレイナルドを見たらちょっと可哀想であったが、彼の用意した血のりが本物の獣の血を混ぜていたことが分かって、取り成すのはやめた。

 来週あたりまで、彼には反省してもらいたい。


 ただ、それでもレイナルドが言っただけあり、フェレスはより我慢強くなったようだ。

 シウが高いところから落ちようとしても、そこで待機と命じたらハラハラしながらも駆け寄ってこなかった。

 闘技場で観客席もあってできたことだが、この施設を選んだのはそうした意味もあったのかなと思った。

 ところで、観客席上部から落ちようとした時は≪落下用安全球材≫を付けていると言っているのに他の生徒もハラハラして見ていたようだ。

 授業にならず、レイナルドも苦笑していた。

 結果的に≪落下用安全球材≫が作動したのを見て、大いに安全性を披露できたが、やっぱり心臓には悪いようだった。

「でも、その魔道具は便利ですわ」

「フェデラルの飛竜大会でも役に立ったみたいで、大量購入してくれるって」

「まあ、すごいわ」

「我が国はどうなんだろうね」

「ヴィンセント殿下は購入すると言っていたけれど、どうなんだろうね。僕は特許だけ出して、業者とは別だし」

「そうか、そこまでは把握していないんだね」

「全部商人ギルドや業者にお任せだからね」

「損してるのかと心配してたけど、シウの場合はそっちの方が便利なんだろうね」

 商家の子でもあるヴェネリオが同意していた。

「僕なら事業を起こして商売にしたいって思うけど」

「商売って、そう簡単には上手くいかないものだよ、サリオ」

「だよねー」

 爵位が継げなかったり貧乏貴族や下位貴族の下の子達は、将来のことを考えると憂鬱らしかった。最近はシウの話や、現実的な噂話を聞いて、軍隊に入るのも躊躇しているようだ。

 その点ウベルトは初志貫徹で、軍隊希望だ。重戦士タイプな上に岩石魔法持ちなので重宝されることが分かっているからだが、そのがたいの良さから軍でもやっていけるだろう。

「もっと体を鍛えないとなあ。よし、続き頑張ろう!」

 サリオの言葉に、クラスメイトの面々も頷いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る