523 焼き肉パーティーと文化祭の提案




 食堂へ行くと、すでに担当の職員が来ており苦笑でシウに手を振った。

「場所ですが、テラス席のここから、あちらまででお願いします」

「はい」

「念のため、再度確認しますが、食事のための火器使用ですね?」

「はい。炭火を使います。万が一を想定して火災を止める魔道具を設置し、四隅結界を張っておきます」

「ま、君の事だから大丈夫だろうけど、気を付けてね。僕はついでに食堂の方の立ち入り検査なども行っているから、何かあったら呼んでくれるかい?」

「はい」

 職員は手を振って、食堂内へ戻って行った。

 テラスは気候の良い時期なら使っている生徒もチラホラいるが、元々晴れの日の少ないラトリシアでは使う者も少ない。

 しかも今は夏の終わりとはいえ、まだ暑い。昼間なので日差しも高く、誰も外に出る者はいなかった。

 と言うわけで貸し切りだ。

「さあ、じゃ、焼き肉しよっか」

「「「「「やったー!!」」」」」

 食べ盛りの青年達の野太い声が、テラス席に響いた。


 途中、何の騒ぎかと気になったらしい生徒が覗きに来て、羨ましそう顔で涎を垂らしていたりしていたので、知り合いがいれば呼んであげたり、騒がずに順番を守れるならと声を掛けたりして、当初の人数を大幅に超えた。

 それでも肉は大量にあったので充分足りた。

 各自で、網の上に肉を置いて食べるというシステムは面白がって受け入れられ、貴族の子でもトングを使ってひっくり返して食べていた。

「この焼き肉のたれって、美味しいなあ」

「僕はにんにくたっぷりのこれが好きだな」

「わたしはさっぱりの大根おろしが好き」

「それ、酸味がない?」

「それが良いのよ。あなた子供の舌ね」

 プルウィアに言われて、どこかの男子生徒は恥ずかしげに顔を赤くしていた。

「子供の舌……」

「俺、大人の舌になろうかな!」

 妙なことを言い出して、ポン酢の入ったビンが彼等の間に消えて行った。


 肉ばかりだと偏るのでもちろん惣菜も用意していたが、どうせならとカボチャや人参にピーマンと、野菜を薄く切って網の上に載せた。トウモロコシも普段はスープぐらいしか食べることのなかった貴族の子達は「これなに」と驚いて食べていた。

「甘い……」

「美味しいな、これ」

 家畜の餌にもなると聞いたら怒るかもしれないが、むしろ家畜の餌が高価なのだと言いぬけようと思っていたら案外「へえそうなんだ!」との返事で受け入れてくれた。

 一応、栄養があって体にも良いのだと付け加えておく。

 メインの食事は食堂で頼んで食べていたらしいが、男子生徒の食欲は旺盛で、肉のみならずシウの用意した焼きおにぎりも全て平らげていた。

 まあこれだけ食べてくれたら用意した甲斐がある。

 そろそろ食べ終わりという頃になって、何故かティベリオが外からやってきた。

 一部の生徒が姿勢を正して立ちあがっていたのは、生徒会に関係があるからだろうか。

「やあ、楽しそうなことをしているね」

「うん。許可をとって、試食大会」

「ふふふ。あ、本当に美味しそうだな」

 従者も興味深そうに見ていた。

「食べます? あ、ちゃんと、新しいのがありますけど」

「お。いいのかな? ぜひ」

 その場に座ったので網を変えて、肉を取り出した。説明していると、従者が横から配膳し始める。

「他の方も良かったらどうぞ」

「あ、いえ」

「僕のあとなら構わないだろ。交替で味見させてもらったら」

「……はい、ではよろしくお願いいたします」

 女性従者が能面だった表情を少し赤らめ、頷いていた。


 ティベリオはサロンでお腹いっぱい食べて来たらしく、しきりに残念がっていた。

「食べなきゃ良かった。ここでこんな美味しいものが待ってるなんて」

「あはは」

「笑いごとじゃないよ、ほんと」

 今は隣りで従者や護衛の人が交替で立ったままだが食べていた。目を見開いている。声は出ていない。このへん、生徒達とは違う。

「こういう楽しいことを企画するなんて、シウは生徒会向きだなあ」

「は?」

「いや、勧誘しようと前から思っていたんだけど」

「いいです、困ります、お断りします」

「ぷっ、ははは! そう言うだろうと思ったよ」

「あー、びっくりした」

 本気なんだけどなーとのんびり言いつつ、ティベリオが彼らしくなく少しだらしのない格好、顎に手をやり、肘をついて話し始めた。

「こういう楽しい企画をね、やってみたら生徒達の気持ちも少しはギスギスしたものから解放されるかもと思うんだけど」

「文化祭みたいなことは、しないんですか?」

「秋祭りみたいなこと?」

「あ、えーと、学祭? かな」

 ロワル王立魔法学院でも学祭はあったが、シーカーであるとは聞いたことがなかった。

「学祭か。以前はあったらしいんだけど、ただの発表会に誰も来ないからねえ」

 あれ? と首を傾げ、それからシウの認識が間違っていることに気付いた。

「いえ、どっちかというと秋祭りに近いです」

「誕生祭のような?」

「それの文化版です。たとえば発表会もするけれど、万人受けするようなものに変換するんです。研究したそのままじゃ、一般の人には分からないでしょう? それを使った別の物で表現したり、それに付随する能力で人の目を引くんです」

「へ、え」

 ティベリオが手から顎を外して、体を起こした。

「あと、クラスごとでの催し物をして、たとえば演劇をやってみたり、飲食店をやるわけです。そういうのがあるなら行ってみようかと、思う人もいるでしょうし」

「成る程、それで人を呼ぶわけだね」

「どのクラスが人気があったか競い合うと、より真剣に取り組むだろうし、賞金のようなものを設けても良いかもしれませんね」

「ふむふむ」

「生徒会でも学校全体の催し物をしたり。たとえば、学校で一番尊敬できる人は誰か、あるいは美男美女ランキングなんかも楽しいかなあ? 案外セクハラになるかもしれないから、男女逆で変装して、人気投票もいいかも。面白ネタとして受けたりして」

 自分で言いながら笑っていると、ティベリオが本気の目になってしまった。

「あ、そのへんは適当ですからね」

「それ、やってみようか」

「え」

「文化ね、文化の祭り。うんうん。名称も適当さがあって良いよ。よし。今度の議会でこれを出そう」

 早速準備だと言って立ち上がってしまった。

 その頃には食べ終えていた従者や護衛達もしゃっきりした姿で待っており、ティベリオが去るのと同時に会釈して行ってしまった。

 この間、あっという間の出来事である。



 午後の授業はギリギリ間に合った。おかげで上級生達に絡まれることはなかったけれど、ヴァルネリよりも一歩早かっただけなので忙しないことだった。

 授業はまともに進み、5時限目の補講も問題なく終わった。

 真横にヴァルネリが居座っていたけれども、半分無視していたので、たぶん問題はないはずだ。

 そのヴァルネリが、シウの手を掴んだまま離さないので授業が終わってもまた補講のように話が始まってしまった。

 先週と同じくファビアン達も残っての延長授業だ。

「トリスタン先生に詳しく教えてもらったんだけどね、君、かなり沢山の複合技を作っているよね?」

「トリスタン先生のお邪魔をしたんですか?」

「邪魔じゃないと思うけどね!」

 チラッとマリエルを見たら、すみませんと口パクで言われて、頭を下げられてしまった。

「お相手の方のご都合というものを、よく考えてくださいね?」

「……もしかしてこの間、突然お宅に伺ったのを根に持ってるのかい?」

「根に持って、ないこともないですが」

「え、どっち!」

「それよりも、よくあそこが僕の下宿先だって分かりましたね」

「教授室の、どこだったかな、調べたんだ!」

「こういう時だけ行動力と発見力が素晴らしいのです。申し訳ありません、シウ様」

 ラステアが謝ってきた。週末も彼がこうして謝り連れ帰ったのだった。

「それ、やっちゃいけないことなんですよ。あと、僕の下宿先に迷惑だからほんと、突然の来訪とか止めてくださいね。用事があったら学校内で済ませてください」

「分かったよ。それでね」

 絶対分かってないという顔と声で、ヴァルネリはまた一方的に話し始めた。

 この間、残っていた生徒達は唖然とした顔で先生とシウを交互に見ていた。

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