524 固有魔法へ昇格、待ち伏せ、回避




 複合技は何が使えるか聞かれて、シウは困ってしまった。

「そう言われても」

「秘密なんだったら誰にも言わないから」

「別に秘密じゃないですけど、だって普通に本にも書いてあることだし」

「書いていても使えるわけないじゃないか」

「……え?」

「本は技術の結晶、寄せ集めだよ。一人の人間が全部使えることはないんだから」

 使えるようになるまで相当訓練が必要らしい。

 それでもセンスのない人は複合技が最後まで使えないとか。確かに前の学校でも複合技はほとんど知られていなかった。

「えーと、まあ、幾つか」

「自動書記が使えたよね、確か」

 ファビアンが横から助け船を出してくれた。

「あ、はい」

「通信魔道具を作ったのなら、あれもだよね?」

「はい」

「付与もだっけ」

「そう、ですね」

 そのへんでみんな黙ってしまった。

「固有魔法に昇格したものって、ある?」

 無邪気に話すのはヴァルネリだけだ。シウは苦笑して、首を傾げた。

「たとえあったとしても、手の内は明かしません」

「む」

「それが魔法使いです」

「君は学究肌だと思うよ。ぜひ、学校に残るべきだと思うね」

「僕は冒険者です。冒険者で魔法使い。これは譲れません」

「……でも、今は生徒だよね?」

 そうなんだよなあと、シウも溜息を吐いた。

「元々、図書館の本が読みたかっただけなんです」

「え?」

 これには他の生徒達も驚いたようだった。

「僕、本マニアなんです」

「カスパルの上がいたんだ……」

 ファビアンの独り言に、シウは笑った。

「で、ある方法を使って速読よりも早く読むことが出来まして。実はほとんど興味のある本は読んじゃったんです」

「あ、あの大図書館の本を?」

「はい。だから、もう学校に未練はないっていうか、いる意味もあまりないんだけど」

「ちょ、ちょっと待って、シウ、まさか」

「辞めたりしないよねっ!」

 声を掛けたのはファビアンだったけれど、しがみついてきたのはオリヴェルとヴァルネリだった。

 そして普段冷静な王子殿下のとった行動に驚いたのがランベルトとジーウェンだった。もちろん彼等の従者や護衛だってびっくり顔になっていた。

「あ、えーと、今のところ、追い出されない限りは辞めません。一度は考えたんだけど、仲良くなった友達もいて。師事したい先生もいて、学校生活も案外面白いかなと」

「よ、良かった……」

 ホッとして胸を撫で下しているヴァルネリを、シウは不思議な気持ちで見つめた。

「学生生活って、今しかないですから。ここを出ちゃったら、もう二度とこの感覚は味わえないでしょう? 一生に一度のことだし、もう少し生徒っぽい生活を満喫しようと思って」

「……シウって時々すごく、面白い言い回しをするよね」

「大人みたいな発言するね」

「そう、かな?」

 苦笑しながら、続けた。

「そうしたわけで、追い出されるならそれでもいっかと思ってるぐらいだから、手の内を明かす必要性も感じないわけです」

「おー、そこに繋がるのか」

「つまり、学校に講師として残る意思もないから、媚を売る必要性もないと」

「ファビアン……はっきり言い過ぎだよ。でも、そういうことです」

「なるほど。ヴァルネリ先生、諦めた方が良いですよ」

「ファビアン、君ね、簡単に言うけど」

「先生だってご自分の研究成果を、関係のない人に明かせます?」

「先週と同じことになってますよ、ヴァルネリ先生」

 オリヴェルにも注意されて、ヴァルネリはようやく諦めたようだった。

 それを見てシウや生徒達が立ちあがったのだが、

「固有魔法じゃなくて、複合技だけでも……」

 まだ言うか、という視線を浴びながら、ヴァルネリが椅子に座ったまま見上げてきた。

 仕方ないなあと思いながら、シウは溜息を吐いた。

「保存の複合技を考えて見ました。遺跡研究には便利な技です。必要なのは、光と闇と無と金と、更に無属性の重ね掛けで各レベル3が必要です。これでもせいぜい固有スキルの保存魔法で言えばレベル1程度にしかなりませんが、持ち手が少ないと言われる保存魔法のことを考えると、便利なんですよ」

「遺跡研究で使うのかい、それって」

 ジーウェンに聞かれて、保存の利用方法を説明した。

「概念としては固定に近いかも。結界は空間を遮断したりする使い方で、維持には魔力が必要だし時間制限もあるでしょう?」

「あ、そうだね」

「固定は、その場に固定すると決めたらほぼ対象物の劣化期限に合わせた形で保ちます」

 ああ、と皆が納得の顔をした。

「保存もつまり、対象物をそのままにしておく、ということか」

「レベルが低いので時間制限はありますけど、結界ほどの短さではないですね」

「対象物に由来するからかあ」

「面白い考え方だね」

「でも納得できるな。やっぱりシウとの話は楽しいね」

「だよね! 僕もそう思うよ。いやあ、楽しいなあ!」

 教師のヴァルネリが、生徒の誰よりも子供っぽい顔と発言で、顰蹙を買っていた。



 教室を出ると、数人が待ち構えていた。

 貴族の中でも中級以上と思われる青年達が従者や護衛に囲まれて、明らかに不自然に立っていた。

 が、シウの後ろからぞろぞろとファビアンやオリヴェルが出てくると、そわそわし始めた。

 最後にヴァルネリの姿を見て、あからさまに顔を顰めている。

 話の通じない先生として有名らしく、小声でまずいとか面倒な奴が残ってたと、ヴァルネリに視線をやりつつ話し合っていた。

 その声が聞こえたのは、ついつい感覚転移してしまったシウだけで、他の面々はただ「待ち構えていた」存在に対して不愉快そうな顔を向けているだけだ。

「シウ、良かったらこの後、僕等と一緒にサロンへ行かないかい?」

「あ、えーと、でも」

「そうだ。だったら王都で有名なカフェがあるんだ。そこへ行こうか」

「あ、はい」

 頷くと、ファビアンはにこにこ笑って歩き出した。背中に自然と手が回されたので一緒に歩けという合図だろうとついていく。

 待ち構えていた人間達にとっては「失敗」となったらしく、後方で舌打ちするのが聞こえたのだった。


 てっきりシウを助けてくれるための方便だと思ったカフェへのお誘いだが、ファビアンは本気だったらしくて馬車に乗るよう勧めてくれた。

 どうせならとカスパルの家へ行こうと言い出し、シウは慌ててロランドに通信で連絡を入れた。

 その間にファビアンはオリヴェル達も誘っており、なんだかんだで馬車を引き出してきたりするのに時間がかかって、ロランドには充分な時間ができたようだった。

 意図せず時間稼ぎができたようで良かった。

 それでも、正門から入って扉を開ける直前までバタバタしていたことが全方位探索によって分かり、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「ファビアンか。君はいつもいきなりだね」

「今日はシウの家に遊びに来た、という体だからね」

「なるほど。では僕は不要かな?」

「冗談だよ。あ、オリヴェル殿下、カスパルとは初対面でしたか?」

「いや、以前夜会でお会いしたことがあるよ。久しぶりだね、カスパル殿」

「お久しぶりでございます、オリヴェル殿下。ようこそ、拙宅へいらしてくださいました」

「突然お邪魔して悪かったね。ファビアンが気楽に誘ってくれたのでつい甘えてしまったよ」

「とんでもないことでございます。さ、どうぞお入りください。ジーウェンも入ってくれ。それと、ランベルト殿だったかな」

「はい。ランベルト=カザリーニです」

 みんな顔見知りらしく、サロンで会ったり授業の関係、あるいは夜会などで顔を合わすらしくてごく自然な形で招いていた。

 シウの方がよほど、知人レベルで遠い関係なのだろう。

「シウが着替えてくるまで、僕が接待しましょう」

「あはは。もう、拗ねるなよ。この家に来るってことは、君にも会いに来てるってことだろ」

「はいはい。殿下やジーウェン達も大変ですね、こんなのとクラスメイトで」

 カスパルの冗談に、他の面々も笑っていた。

 シウは会釈だけして部屋を出、着替えの為に戻りながらスサと話をした。

 ロランドは客間付きで離れられず、他のメイドも忙しそうだった。

「ごめんね、突然」

「いいえ。こうしたことは貴族家では普通ですよ」

「そうなんだ。僕は、断れば良いのかどうかも分からなくて、わたわたしちゃったよ」

 そう言うと、スサはうふふと笑って、大丈夫でございますよと慰めてくれた。

「こうした時のために家令がおりますし、わたし達も日々訓練しているのですから」

 さ、早く着替えてきてくださいと促され、スサとは賄い室の前で別れた。

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