525 友人を招いたお茶会と週末恒例研修会




 貴族の友人を招いたお茶会のような時間は、カスパルがほとんど上手に仕切ってくれて助かった。

 学んでいる授業の内容を話すならともかく、貴族特有の会話の仕方も分からないし、正直どこそこの家がどうでというのは興味がないからか覚える気が全くない。だから理解もできず、ただただ、記憶として記録しただけだった。

 へーとかふーんとか生返事をしていたら途中でオリヴェルには笑われてしまった。

「そんなにつまらないなら、何か違う話にしようか?」

「いえいえ。あ、でも、良かったらおやつでも作って持ってきましょうか」

「ああ、いいね」

 シウの逃げるための台詞に、カスパルが笑って了承すると、ファビアンが「あ」と声を上げた。

「どうしたの」

「わたしは、噂の角牛料理が食べたいなあ」

 突然お邪魔して夕飯をご馳走になりたいというのはさすがに無礼な話なのだけれど、2人は気のいい関係らしくて、カスパルは苦笑していた。

 しかし、ジーウェンやランベルトはびっくりして窘めていた。

「ファビアン、君、それはないよ」

「失礼だぞ」

 オリヴェルは驚きすぎてぽかんとしていた。

「だって。この家の食事は本当に美味しいんだ。デザートも素晴らしいしね。そうそう、シウが作るだけじゃなくて、この家の料理人が作ったお菓子の家も最高なんだよ」

「お菓子の家? それ、王室御用達の店が作ったものだろう?」

「そういえばそんな噂があったね。母上や姉上が騒いでいたよ」

「あ、それ、違います。最初に作ったのはブラード家の料理人だから」

 シウが口を挟むと、カスパルも困ったような笑顔で頷いた。

「そうなんだよね。最初は手慰みにと作ってくれて、僕達だけで楽しんでいたのだけれど、あまりに素敵なものだからお客様にお出ししたらとても好評でね。作るたびに洗練されていくものだから、お客様も喜んでくださっていたのだよ」

「いつの間にか話が前後になっちゃってたみたいなんです」

 シウも付け加えた。

 ついでに、商人ギルドでの話もした。

「特許担当のシェイラという方からも、問題だから調査に入ると仰っていただいてるんです」

「そこまで大事に?」

 ファビアンが眉を顰めたのは、大事にしたのかという非難の意味ではなくて、何故そこまでという驚きの方に近かったようだ。

「使用制限をかけようとしたみたいです。つまり、自分達が編み出したのだから、誰も作るなってこと」

「ああ、成る程」

 それのどこが悪いのかよく分かってないという顔をするジーウェン達に、シウは説明した。

「たとえば、シチューという料理を編み出したのは自分達だから、これから誰も作るなって言われたら困りますよね?」

「あ、そうか」

「でもシチューなんて、誰だって作るものです。僕がレシピ登録するのは、シチューの中でも配合に関してであって、しかも独占したりはしないようにします。むしろ独占されないための申請なんですよね」

「つまり、今回は独占されかけているというわけか」

「まさかこんなものを使用制限かけるなんて思わないものね。うちの料理人は落ち込んじゃってね」

 カスパルの言葉に、全員があちゃーと憐みの顔だ。はりきって主のためにと考え作ったものが、よその店に勝手に盗られてしまったようなものだ。しかも、どうかすると逆に訴えられるかもしれず、落ち込む気持ちは良く分かる。

 貴族の間でもこうしたことは多々あり、自衛を立てるのは貴族として当然のことだった。

「どうするんだい、カスパル」

「幸い、テオドロ=グロッシ子爵と懇意にさせていただいているんだ」

「グロッシ子爵……確か元判事の?」

「そうだよ。シウが宮廷魔術師から罠へ掛けられそうになった時にも助けていただいたんだ。商人ギルドの交渉担当の方も資料を提出してくださるし、なんとかなりそうだよ」

「先手必勝だね。相手に行動されるより前に動いた方が良い。さすがだ」

 褒められてもカスパルは肩を竦めるだけだった。

「もちろん、我が家のおもてなしを『真似事』だと誹られるのは腹立たしいけれどね、そのことを気にした料理人達が可哀想だ。彼等の名誉のためにも、僕は主として力を振るわなければならない」

 だから、当然のことだと、カスパルは自然体で語った。

 こんな貴族だったら、シウも尊敬できる。

「じゃあ、おもてなしの準備でもしてこようかな。厨房に角牛料理のメニューに変えてくれるよう言ってくる。ついでに、デザートも用意してくるね」

 立ちあがって言うと、カスパルに笑われた。

「さっきまでつまらなさそうな顔をしていたのに、急に楽しそうになるね。やっぱり君はそういうのが似合ってるよ」

「ははは。本当だ。そこまでウキウキされたら、僕等も止められないね」

 え、と立ち止まってしまったシウに、皆が手を振った。行っておいで、と。

 シウはそそくさと部屋を出て、顔を赤くしながら廊下を走って逃げた。



 土の日になると、また転移して買い出しをしたり、山の恵みを採取したりするなどして過ごした。

 これから秋にかけて、収穫が続くから楽しい。

 いつかは使うかもと思って採ったものも大量にあり、それらをどうするか考えるだけでも楽しいのだ。

 風の日には、それらを下処理したり、調理やあるいは薬にするなどして過ごした。

 リュカも薬草作りが楽しいようなので一部は彼にもやってもらった。

 ブラード家の薬箱にはリュカが作ったものも入れられるようになっており、スサ達に褒められてリュカは嬉しそうだった。



 光の日になると、もはや恒例となった研修が冒険者ギルドで行われた。

 各領のギルドから代表希望者が出てくるのだが、領の規模によっては支部も沢山あるため、人数が多い。

 マニュアルを作ったものの、大変である。

 ギルド本部にはもう少し人数を絞って、まとめてほしいということはタウロスからも言ってくれているのだが、シウも改めて頼んだ。

 このままだと年末までずっと週末が1日潰れそうだ。

 ところで、この研修で分かったのだが、領によって職員の性格というものが分かれている。質問も少しずつ違っていた。

 大体、大らかな領主の下では、しっかりとした独立性のある考えを持ってハキハキしており、思い切った行動もとっているようだ。

 逆に、この日の研修がそうなのだが、厳しい領主が治めるギルドでは締め付けが厳しいせいか、神経質な職員が多かった。また自分から動かずに、指示されて動くようなところも見受けられた。

 たとえば、これから実地訓練ですと言っても、動き出さないのだ。

 ドレヴェス領の支部職員達はワーッと用意された飛行板に群がっていたのとは対照的だった。

 更に、本日の領都出身のギルド職員は、目付きも悪くて態度もおかしい。

 二心でもあるのかしらと思うような態度で、本部長でもあるアドラルに対して偉そうな視線を向けている。

 気になってタウロスに相談すると、彼も気付いており、心配そうな声で答えた。

「偶にいるんだ、妙に上昇志向の強い、自分の能力を過大評価するバカが。でも、ちっと態度があからさまだな」

「考えすぎかもしれないけど、ニーバリ領だしなあ」

「ニーバリ領がどうかしたか?」

 と言うので、訓練場で皆が飛んでいるのを横目に、学校内でのことを話した。

「はっ、貴族様ってのはそんなことするのか」

「逆恨みなんだけど、庶民というか、流民だからか目の敵にされてるっぽいんだよね」

「直接は来ないのがいやらしいな」

「そうなんだよね。直接来てくれたら良いのに。遠回しにじわじわと、迫ってくるから気持ち悪いんだ」

 分かる分かると、タウロスが同情してくれたところで、誰かが落ちた。

 雑談を止めて近付くと安全帯を嵌めずにそのまま乗って飛んでいたらしく、3mほどの高さから落ちたようだった。

 タウロスが注意する中、治癒魔法持ちの職員がやってきて怪我を治すが、先刻の領都出身の職員と他数名が離れたところで文句を言っていた。

「このような危険な乗り物を何故、俺達が習わねばならないんだ?」

「たかが子供の作った乗り物を」

「金儲けの手先にされているのだろうよ、本部長は」

「あれで本部長が務まるのだな」

「俺達の方がよほど、上手くやれるぞ」

「あの子供をちょっと脅しつければ良いだけのことさ」

 とまあ、態度が悪い。

 貴族のような考え方をするものだと思って、鑑定した名前をラトリシア貴族名鑑を使って検索してみた。

 かなり下の方の家格に、苗字が乗っており、それがニーバリ領の出身だと分かった。

 何気なく、近くにいた冒険者に声を掛けてみた。

「ギルドの職員って、貴族の出身者でもなれるの?」

「あん? ああ、職員な。試験に通ればなれるぜ。冒険者上がりのやつも多いが、事務仕事はどうしても向いてないし貴族との対応もあるんでな。入りたいヤツがいれば受け入れている。もっとも、貴族の血を引く奴等はこんなところ、勤めるのは嫌らしいがな」

「どうして?」

 そちらに顔を向けて聞いてみたら、歴戦の強者といった風貌の男が肩を竦めてシウを見降ろした。

「見下している庶民以上に、流民を多く扱う仕事場だぜ? なんで俺が、って思うんじゃねえの?」

「えー」

「てなわけで、数は少ない。うちだと、誰だっけ。経理でいたみたいだな。上手くやってるのは偏に性格が良いせいだろう」

「そうなんだ」

 ギルドも会社のようなものだから、癒着があったっておかしくはない。

 なんとなく、嫌な気持ちになってシウは男に礼を言うと、訓練場を眺めた。

 そして同じ職員だというのに、怪我をした人のところへ駆け付けもせずに文句ばかり言っている数人の男達に、脳内地図ですぐ分かるようにピンを付けた。

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