526 闇討ち、遺跡開発申請、誘拐話




 誕生の月、最初の火の日となった。

 古代遺跡研究科では新たな遺跡を発見した場合の手順について、語り合っている。

 聞いているつもりだったのだが、どうやらボーっとしていたらしく、途中アルベリクに頭をポンと叩かれてしまった。

「どうしたの、珍しいね」

「はあ」

「貴族出身生徒からの嫌がらせかい? 教授会で問題にしようか、やっぱり」

「あ、いえ、そっちじゃないです」

「というと?」

 ほぼ雑談になってしまっている自由討論の時間だったので、シウは苦笑しつつアルベリクに愚痴のようなことを零してしまった。

「昨日、冒険者ギルドで飛行板の研修会をやったんだけど、態度の悪い職員が数人いて」

「へえ。ギルド職員でも、冒険者ギルドは口は悪いが心根はまともだ、っていうのが僕等遺跡系学者の意見だけどな」

「うん、それは僕も同意。ただ、あちこちの領にある支部を受け入れて分かったんだけど、結構性格が違うんだ」

「成る程。なんとなく分かってきたよ」

 爽やかな笑顔でにっこりと話すが、彼はそんな顔で毒を吐いた。

「どうせニーバリ領とかクストディア領だろ。あとは、そうだな、メルネス領も候補だ」

「アルベリク先生……」

 シウが苦笑すると、イケメン先生はウィンクした。

「我がレクセル領も周辺のややこしい付き合いにうんざりしているのさ。僕は学校で先生をやっているけれど、一応は後継ぎだろう?」

「一応なんだ」

「そこはほっといて。で、生徒にニーバリ領の後継ぎもいる。こういうのも面倒なんだよね」

「もし受講してきたら気を遣いそう」

「絶対来ないという自信はあるけどね」

 またウィンクしてきたので、シウは笑いながら教えた。

「昨日の研修、ニーバリ領だよ。こうも性格が違うと笑っちゃうぐらい。上からの締め付けが厳しいのか、あるいは腐敗化が進んでいるのかって疑っちゃった」

「有り得るかもね。独立性を重んじているけれど、人は人だからね。買収するなんて割と簡単なんだよ」

「含蓄がありますね」

「上手く立ち回れないとやっていけないのが貴族なのさ。で、どうしても押し通さないといけないことのひとつや2つは絶対出てくる。そういう時、生きてくるわけだ。ただ、買収されない相手もいるからね」

「で、そういう場合は強硬手段に出るってわけかあ」

「もしかして、何かされた?」

「まだ」

 ただし、闇討ちの打ち合わせを盗み聞きしてしまった。

「誘拐しようとか、どうやって脅すかの算段をしていて、あまりの程度の悪さに驚いていたところ」

「わーお」

 そこまでなんだと、アルベリクは口を押さえて女性みたいな驚き方をした。


 先生の態度にフロランが気になったらしく、どうやって遺跡開発を強行できるか役所との掛け合いについて熱く語っているのを中止し、こちらへ顔を向けた。

「誘拐とか脅すって、なんだい?」

 シウが説明すると、フロランは片方の眉を上げて胡散臭そうなものを見るようにシウへ視線を向けた。もちろん、シウに対してではないことは分かっている。

「ギルド職員ってそこまで落ちてるのか」

「あ、ルシエラは別だよ」

「ニーバリ領のことだからね」

 アルベリクが注釈を入れてくれた。するとフロランが、ああと納得したような顔で頷いた。

「ニーバリ領か」

 他の生徒も混ざってきて、うんざり顔だ。

「あそこの街は、出入りにすごくお金がかかるんだよ」

「え、そうなの?」

「幾つか遺跡もあるし、王都に近いから街道も多く通っていて遠回りできないんだ。別の遺跡への近道ともなるから通らざるを得ないんだけど、毎回税金を多く搾り取られる」

「遺跡へ降りるにも毎回だからね。中で得たものも一度取り上げられるし、あそこは搾取の街だって言われているほどだよ」

 皆、遺跡関係での恨みがあるようだった。

「以前もビルゴット先生が揉めていたよね」

 行き方知れずで、このクラスの前任者でもある教授だ。なかなか破天荒な性格らしくて、今もどこかの遺跡に潜っているそうだ。

「そうそう。発掘許可が降りないって、相当喧嘩していて、国の魔法省や開発局にも文句を言いに行ったよね」

「あれには参ったよ、僕も」

 アルベリクがうんざりした顔で溜息を吐いていた。そんな顔でも爽やかさは失われていないから得な人だ。

「発掘許可に賄賂が必要っていうのもどうかと思うけどさ、結局それで毟り取るだけ取って、結局ライバルになる遺跡調査人に許可を出したんだよ」

「え、それってひどくない?」

「ひどいよー。そりゃあもうビルゴット先生暴れるのなんのって」

「そこだよ。だから僕達も、揉めないように手回しを覚えなきゃならないんだ」

 フロランが締めに入ったので、シウは口を挟んだ。

「でもさ、賄賂を要求して応じたのにそれでも破棄されるような相手、どうやって手回しするの? まるで言葉の通じない現地人に自国の法律を説明しているみたいで、無駄過ぎない?」

 ぐっと黙ってしまった。

「……そう、そうなんだよ。本当にシウの言う通りだ」

 フロランは机に手を置いて、がっくり肩を落としてしまった。

「くそっ、どうすればいいんだ」

 なんだか本格的に悩み始めたので、シウも他の生徒も一緒になって、どうしたらいいのかしらねーと考えることにした。


 結論など出ないまま(なにしろ教授陣でさえ、良いようにやられた問題なのだ)、シウは次の教室へ向かった。

 幾人かは一緒にやってくる。

 お昼ご飯を共にする習慣が出来てしまったようだ。

 魔獣魔物生態研究科でも、生徒達の大半が来ており、皆一緒になって食べることにした。

「え、誘拐? 誘拐するってことは、シウを?」

 先程の話を、アラバとトルカが蒸し返したので魔獣魔物生態研究のクラスメイトにもその話が広まった。

「シウを誘拐って無理に決まってるじゃないの」

「そうだよね。こんな誘拐に向かない相手もいないよね」

 なんだか妙に失礼な話をしているが、問題はそこじゃない。

 シウは苦笑しつつ、視線を教室の後方に向けた。

「僕じゃないよ。クロやブランカのこと。さすがにフェレスは無理だと悟ったらしいけど、途中まではあの騎獣の毛並みは美しいから欲しい、だとか言ってたね」

「ひぇぇ」

「おっそろしいこと言うな」

「騎獣を誘拐とか、国の法律をなんだと思っているのかしら」

 ルフィナが怒ってスプーンを振り回したが、シウは首を横に振った。

「適用されないと思うよ」

「え?」

「もちろん、盗んだり誘拐したことが判明したり、取り戻したら国も動いてくれるだろうけど」

「どういう意味?」

「僕が流民だってことを最大限利用するんじゃないのかな」

「えっ」

「流民の言うことを誰が信用するかって話もあるけれど、法律の網を潜り抜けることは可能だと思う。最初から僕が国の法律に守られない立場だということを明確にしたり」

「えー」

「一応、今のところシーカー魔法学院の生徒であるということで、適用はされるはずなんだけどね」

「だったら」

「ただ、冒険者と名乗っているから、そのへんが突かれるかも」

 貴族はそのあたり、抜かりがない。

 職員達だって、下調べはしているだろうから、シウが普通の子供とは思っていないだろう。面倒くさい相手だと分かっているからこそ昨日もすぐさま行動に移すことはなかったのだ。

「というわけで、今後も絶対に目が離せないんだ」

「ほんとね。わたし達も気を付けるわ」

 うろちょろし始めたブランカと、羽をバタつかせ始めたクロにはシウもハラハラしている。ピンを付けているので、いなくなってもすぐ分かるが、心配なものは心配だった。

 フェレスにも、煽りに乗らないよう毎日訓練をしているものの、心配の種は尽きない。

 おかげでストレスが溜まっているらしく、最近は毎晩丁寧なブラッシングをしていた。

「フェレスはいつにもまして美しいし、危険よね」

「そういえば最近益々美しさに磨きがかかってるね。何か秘訣があるのかい?」

「……えーと、毎晩マッサージとブラッシングしてる」

「え、それ、すごくない?」

「大変じゃないのかい」

 大変ですとも。でもこれもコミュニケーションの一環だ。

「その代わり、絆が深まるよ。騎獣屋でもさ、卵石から孵していなくても調教師に懐くのは、丁寧にマッサージやブラッシングなどのお世話をするからなんだ」

「そうなの? 知らなかった……」

「メイドや獣舎長に任せているよ、兄などは」

「それだと、あんまり仲良くはなれないよ。義務として従ってくれているだけで」

「そうなのか」

「このクラスの子はみんな丁寧に扱うでしょ。だから良い子ばかりだね。愛情深く主の事を思ってるみたい」

 教えてあげると、希少獣持ちの生徒達はほんわりと嬉しそうに笑っていた。

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