518 興味と悪意の視線、発表会




 午後の授業へ向かうべく、上級生の多い教室を歩いていたら確かにいつもよりは視線を感じた。

 慣れっこになっているとはいえ、なかなかの視線だ。特に全方位探索を常にかけているシウには敏感に伝わってくるため、外しておこうかなと思えるほどだ。

 とはいえ、だ。いざと言う時に役に立たない能力ほど意味のない物はない。

 よって、いつも以上に鈍感力を鍛えようと気にしないことにした。

 フェレスは視線を感じていても獣としての本性なのか、弱い奴がびびってるー、みたいな感覚らしく、むしろ誇らしげに歩いているのが面白かった。

 クロは半分警戒、半分なんだろあれ、といった感覚らしい。時折こてんと首を傾げているのが可愛い。これはリュカの真似だ。リュカがよく分からないと言う時にこてんと傾げるので、最近は同じような感想を抱いたらやっている。

 この中ではたぶんブランカが一番大物で、大欠伸してだらんと右前脚をおんぶ紐から出してうつらうつらしている。これだけの興味や悪意などの感情渦巻く視線に晒されて平気なのは彼女の元々持つ性質ゆえんだろう。フェレスとは違った方向で大物だった。


 さて、教室へようやく辿り着いて入ると、相反する視線に晒された。

 ひとつは歓迎ムードというのか、面白そうな顔で第三者の立場にいるファビアン達。もうひとつが、以前からシウを見下しているクラスメイトの憎々しげな視線だ。

 王子がいる手前、表立ってシウを責めないのは偉いと思う。そのあたりの分別は持ち合わせているようだった。

 そんな微妙な空気感をものともせず、ヴァルネリはいつもの調子でやってきて、早速機関銃のように喋り始めた。

 たぶん、彼には貴族同士のあれこれは一切関係ないのだろうし、馬耳東風なのだ。


 ヴァルネリは4時限目の半分が過ぎたあたりで、はたと喋っていた口を止め、思い出したようにまた早口で生徒達に話しかけた。

「ところで、ここまでの話はともかく、君達の夏休みの成果を聞いてみたい」

 生徒達がギョッとした顔をして、動きが止まった。

 ざわざわとした空気が流れるのを感じる。え、そんな話なかったよね、と従者に話しかける者もいた。

「次の時間は、その発表ね! それまではラステア」

「はい。ではいつもと時間は違いますが、先程のヴァルネリ教授の授業内容について補講します」

 慌てて生徒達がメモを片手にラステアへ視線を向けた。

 気になったことをメモしていた生徒が、次々と手を挙げて質問していく。横では従者が先程書いたものをまとめているのが分かった。ラステアの話で補完していくのだ。

 自動書記魔法を覚えた者も、このまとめ作業からは離れられない。自動書記魔法で補講内容を追いつつ、まとめるのも忘れないのだから優秀な従者達だった。

 シウは特に気にせず、適当にメモしていたがヴァルネリがそそそと近寄ってきた。

「なんですか?」

 さすがに真横に座られると相手をしないわけにはいかない。視線は前に向けて、シウが口を開くとヴァルネリは唇を尖らせて愚痴を零し始めた。

「教授会で、シウに近付くなと言われたんだ。失礼な話だよ。何故僕が行動を制限されないといけないのか理解に苦しむね」

 ふーん、と気のない返事をしつつ、シウは苦笑した。教師達の間でも差別はあるのだなと。

「何人に言われました?」

「言ったのは1人だ」

「ニルソン先生でしょう?」

「……どうして分かるんだい? そんな魔法があったかな?」

 興味津々で顔を覗き込んできた。近い近いとその顔を押しのけながら、ラステアの話を聞きつつ口を開いた。

「午前中に一悶着あったし、有り得るかなーと」

「なんだ、そうか。つまらないな」

「ニルソン先生にも派閥があるでしょう? 他に彼の意見に従う教授っていそうでした?」

「何人かはね。でも興味ない」

「でしょうねー」

「ところで、君さ、結界魔法も使えたよね?」

「複合技で。ついでに魔道具も作りました」

「うんうん。教えて」

「嫌です」

「えー」

「飯のタネを教えるわけないじゃないですか」

「そんなあ」

「魔道具を買って、術式展開していいですよ」

「……売ってるのは、冒険者が使用するレベルに落としてるじゃないか、君」

「おー、じゃあもう調べたんですね」

 調べた調べたと機嫌よく身を乗り出してきた。シウの机の半分はもう彼のものになっている。

「君、すごい数の特許取ってるよね。全部買えなくてびっくりしたよ」

「どうも」

「冒険者仕様の飛行板なんて手に入らないし」

「普通の飛行板は手に入ったんだ?」

「兄のところの、子飼いの冒険者が渋々見せてはくれた。すぐに返してくれって言われたけど」

 ばらされると思ったのか、あるいは成り立ちをしっているだけに貴族へ渡したくなかったのか律儀な冒険者だ。

「シウの言っていた、ぶらっくぼっくす化? していて、全く展開できなかった。結界も張っていると思って」

「成る程。それで結界の術式を調べようと思ったんだ」

 発想自体は良いのだ。きっと夏休みの間いろいろ調べたのだろうと思うと、シウは微笑んだ。この研究者姿勢は好きだ。

「じゃあ、先生のとっておきも教えてくれます?」

「……むう」

「先生の言ってることって、そういうことです。手の内は明かしませんよー」

「でもこの後の授業で、発表してもらうもんね!」

「あ、僕は違う課題を出します」

「えっ」

「ふっふー」

 ヴァルネリの顔を正面から見て、にっこり微笑んだら彼は衝撃を受けたらしく、目を見開いて呆然としていた。

 遣り込められたと知ってショックだったらしい。こういう駆け引きさえできない、研究バカの先生に、恐ろしくて絶対に飛行板の仕組みは教えられないなあと思う。

 あと、頼むからこの人の首に鈴を付けてほしい。そう思って補講中のラステアを見たけれど、視線を外されてしまった。マリエルはもっとあからさまに窓の外を向いていた。


 5時限目、やや、やさぐれてしまったヴァルネリの進行で発表会が行われた。

 考えていなかったらしい生徒達は明らかに狼狽した風で、付け焼刃の内容を披露して、ヴァルネリの機嫌を更に下げさせていた。

「つまんない! 君達、社交界に精を出して学校の授業をおろそかにしていたんじゃないのかい? それとも僕の授業を舐めているのかな?」

 全員がシンと黙り込んでしまった中、ヴァルネリが次に指定したのはファビアンだった。この流れで平気な顔をして発表が出来るのは彼ぐらいだろう。そのへんは考えているのかなと思っていたら、

「君なら突拍子もないのを思いついているよね!」

 と、シウなら有り難いとは思えない評を貰っていた。まあ、言われた本人は喜んでいたけれど。

「そんなことは。でも、先生のお気に召したら良いのですが」

 優雅に立ち上がって、ファビアンは回避についての持論を展開し、説明していた。

 回避は阻害に近い魔法で、複合技だ。スキルとして固有のものはなく、究めたら便利じゃないかと話している。阻害魔法という固有のものもないので、派生形として有り得ると2人はノリノリで話していた。

 ただし、固有魔法として上位クラスに上げるにはいささか弱いという意見も出てきた。実際、複合技というのは難しいものの、無と闇属性の2つでできてしまうし、レベルも低い。

 それでも固有魔法として確立できる可能性は高いので、良を貰っていた。


 シウに話が回ってきたのは最後で、鐘の音が鳴ってしまったせいで次回にしましょうかとラステアが言い出した。

 それを止めたのはヴァルネリで、時間のある者だけ残ってシウの話を聞こうと決めた。

 この場合シウの意見は聞かないらしい。特に予定もないので構わないが、ヴァルネリの自由さには呆れてしまう。

 ちなみに、シウのことを嫌いだという態度を隠していない生徒達の大半が教室を出て行った。

「聞いておけば良いのに、もったいない」

 ファビアンはそう言ってくれたが、あの視線は気持ちの良いものではないのでいなくなってくれてシウとしては有り難い。

 それに、そうしたことを見越して最後にしてくれたのかもしれず、ヴァルネリのことをちょっと見直していた。


 ヴァルネリがにまにま笑って、距離を縮めてシウを指差した。

「とっておきのがあるんだよね?」

「……とっておきというわけじゃないですが」

「む。となると、君、まだ隠し玉を幾つか持っているってことか」

「あはは」

 笑うと、ヴァルネリも嬉しそうに笑った。さあ早くと両手を振る奇妙な仕草を見せるので、彼の後ろでマリエルが手を合わせていた。ラステアは頭が痛いといった態度で俯いていた。

「僕が考えたのは登録魔法です」

 ヴァルネリが、笑顔の表情のまま、え? と固まった。

 意味が分からなかったらしい。他の生徒も、登録って? と首を傾げている。

 シウは、言葉足らずだったことを反省し、付け加えた。

「詠唱を予め登録しておく魔法のことです」

 とても便利なそれをここでばらしたのには訳がある。シウが幾つもの魔法を無詠唱で行うことの言い訳にもなるし、どのみち複合技を理解して発動できなければこの魔法を行使できず、更に固有魔法へ発展させることが不可能だからだ。

 ただ、それができると聞かされた人達は面白いほどに驚いていた。

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