224 交流会の割振りとお休み




 土の日は授業がなかったものの、学校に行った。

 打ち合わせがあったのだ。

「学校同士の交流会かあ。そういえばアキが言ってたっけ」

「アキエラちゃん?」

「うん。去年の今頃。交流会で嫌な思いをしたんだって」

 リグドールに言うと、ああと思い出したようになって、それから嫌そうな顔をした。

「学院だろ、どうせ」

「よく分かるね」

「街で行き合っても、偉そうなんだもん。俺も嫌だなー」

「じゃあ、学院じゃなくて、第二王立中等学校にする?」

 今年は三の週の土の日に交流会があり、誰がどこへ行くか決めないといけない。

「騎士学校にも行ってみたいんだよなあ」

「それに、第二学校には行ったことがあるしね」

 アレストロがにこやかに話す。学祭の時のことだ。あの時はアキエラも魔法学校に来た。

「学院に誰も行かないのはまずいんだよな」

「そんな言い方してるけど、レオンだって行きたくないだろ?」

「ああ。絶対に嫌だ」

「俺たち、庶民だもんなー」

 二人して言うのを、アントニーやヴィヴィが苦笑して見ていた。

「でも、大体、貴族の子が第一から第五までの中等学校を選んでるみたいだよね」

「普段知らない世界を見てみたいんだろ」

「だったら、僕らみたいな庶民が学院に行った方がよくない? どのみち、割り振られているんだし。だーれも行かないと先生が困るよね」

「……くそう」

「それとも、残る派になる?」

 交流なので、もちろん、残っていてもいいのだ。

 その代わり、ご接待である。

 行きたくない生徒は、それらを踏まえて選択しなくてはならない。

 魔法学校は意外に興味を持たれており、交流に来る生徒は多い。

「うわ、それは嫌だ」

「じゃあ、学院と騎士学校と、第一から第五までの中等学校、残る派に分かれてみようよ」

 何故かアルゲオたちも朝の挨拶の後、教室に残っていて、一緒になって話を聞いている。シウが提案した「分かれてみよう」にも素直に従っているのがおかしかった。

「あ、意外と騎士学校が多いんだ。アルゲオは学院? 取り巻き、じゃなかった、他の人は中等学校にばらけたね」

 シウの失言にアルゲオは片眉を上げただけで、違うことを口にした。

「ああ、わたしはマット先生に頼まれたから学院に行くが、こいつらには自由に好きなところを選べと言っている」

「へー」

 気のない返事をしたのはレオンだ。彼は騎士学校を選んでいた。リグドールも同じだ。アントニーやアリスたちは残る派だった。

「アリスも残るの?」

「ええ。アキエラさんが来てくれると思って。前にそんな話をしましたから」

「そうなんだ。じゃあ良かったね」

 マルティナも残る派だが、彼女は絶対にただ動きたくないだけだ。

 ヴィヴィも同じく残る派だった。

 アレストロとヴィクトルは第五を選んでいた。

「シウは学院に行くのか?」

 最後に学院を選んだシウに、リグドールが心配そうに声を掛けてきた。

「だって、このクラスで学院に行くのがアルゲオだけって、問題あるでしょ」

「……最近シウって、マットの補佐ばっかりやってるけど、洗脳されてないか?」

「リグ、ひどい。それを言うなら、おべっか使ってるとか、そういう言い方の方が面白いよ」

「いや、冗談言ったわけじゃないんだけど」

 頭をがりがり掻いて、リグドールはうんうん悩んだ末に、

「俺も一緒に行こうか?」

 と言ってくれた。

 シウは笑って手を振った。

「いいよ。騎士学校行くの楽しみなんでしょ? 行ってきたら? 僕も学院を楽しんでくるよ。ええと、あれだね、貴族の子の態度を学んでくるよ。で、教養科の上級クラスを合格するんだ。ね、アルゲオ」

「ああ。その考え方は良いな。君はいつも冷静だが、そうしたところは好ましい」

 その瞬間、リグドールとレオンが顔を見合わせて、ガーンと音が聞こえるような顔をして唖然としていた。

 アレストロたちはくすくす笑うだけで何も言わなかったが、アリスやマルティナたちも驚いて口に手を当てていた。

 何故か、アルゲオの取り巻きたちは下を向いていた。肩が震えていたので笑っていたのかもしれない。


 話が決まったので、シウは学校を後にした。

 残りの生徒たちはそれぞれ自習したり、次の授業の準備を始めていた。

 飛び級する者も多いクラスなので、皆空き時間が増えているようだった。



 その日の午後は冒険者ギルドで仕事を受けた。

 護衛仕事で八級ランクだったが、王都内での護衛という簡単な内容だった。

 商売の取引には大金も移動するため、こうして外部の護衛を雇うことも多いそうだ。とはいえ専門の護衛もいて、問題など滅多に起きない。その為、シウのような子供でも受けられたのだろう。

 とはいえ、紹介されるときには「魔法学校演習事件での功労者」という枕詞が使われていたが。

 護衛たちはギルドからの紹介状を見て納得してくれたし、肝心の依頼者である商人たちは、シウが特許を申請して最近いろいろなものを市場に出している、というところですでに知っていたらしく、快く受け入れてくれた。

 取引先までの移動や、契約後の歓談にも、護衛だというのに何故か話し相手に加わってしまったりもした。

「よく、ご存知ですね……」

 思わず聞いたら、商人の一人が、

「情報は金なり、ですよ。商人ギルドで新たに何かが出たりすると、すぐさま噂になります。乗り遅れては商売になりませんからな」

 などと、得意気に語ってくれた。

「わたしなどは先日の魔獣避け煙草の波に乗り遅れましてな」

「ああ、あれ。確か改良版が出たところで冒険者に爆発的に売れたのでしたな」

「悔しかったものです。まず、勝負のテーブルに乗れないのが、情けない。我々は常に情報を得ようと頑張っておるわけです」

「つまり、今こうして護衛に来てくれたシウ殿を捕まえておくのも大事な仕事でして」

 半分冗談、残りは本気だという目で、しかし気持ちの良い笑顔で教えてくれた。

 それにしても、シウが商人たちとの会話に交ざっているのは仕事として大丈夫なのだろうかと心配になったが、専任の護衛の人たちも、対象の近くで護衛するのも仕事のうちだからと、大らかなものだった。

 商人たちには集まりもあってそこで情報交換もするらしいが、契約が上手くいけば終わった後は会食、そして情報交換の場にもなるそうだ。

 いろいろと教わることもあり、実りのある仕事だった。

 ただ、やっぱり仕事内容が若干違ってくるので、次からは商人の護衛は受けないでおこうと決めた。




 風の日は、王城へ遊びに行った。

 王城と言っても宮廷魔術師たちのいる別棟なので、厳密には違うのかもしれないが、全部を含めて王城と呼んでいるので間違いではない。

 出入りを許されているので、通行証を取り出して見せるが、門兵も誰も誰何はしなかった。通行証の裏書きが王とベルヘルトになっていて、誰も何も言えないのかもしれない。

 以前、恩賞を与えられた時に渡された通行証だが、本来ならば位の低い者が後から書きこむのは良くないのだが、ベルヘルトが書いてしまったのだ。

 この宮廷魔術師はいろいろと突き抜けておかしいので、たぶん誰も注意できないのだろう。


 フェレスを連れて建物に入ると、半円形のロビーにはすでにベルヘルトが待っていた。

「おお、シウか! 遅いぞ!」

「えー。約束の時間より三十分も早いですよ」

「わしが待っておったのじゃぞ!」

「はあ」

「にゃ?」

 小首を傾げたシウの真似をして、フェレスもこてんと首を横に倒す。周囲にいた宮廷魔術師たちが「かっ、かわいい……」と呟いていた。誰かが「次に召喚するのは猫がいい」とも言っていた。普通の猫を召喚できるのだろうか。一度じっくり聞いてみたい。

「では、さっそく出かけるとしようかの!」

 張り切って宣言して、長い杖をドンと床に打ち鳴らす。

 しかし、だ。

「……その格好はいくらなんでも、まずいです」

「何故じゃ」

「まるっきり宮廷魔術師だと分かる格好じゃないですか。狙われたらどうするんですか?」

「シウがおるじゃろ」

「騒ぎになるじゃないですか。騒ぎを起こさせないための努力もしないと。大体、街中で騒ぎを起こすと、後で怒られますよ」

「む……」

 唇を付き出して、不満の構えだ。

 お爺さんのアヒル口は可愛くないなあと思ったが、誰も何も言わない。皆、賢く生きているようだ。

「せめてローブは脱ぎましょうよ。僕のローブ貸しましょうか」

「……あの変な色のローブは嫌じゃ」

「ひどい。あれ、好きなのに」

 今日はローブを付けていなかったので、夏用の学校に着て行くローブを貸そうとしたのだが、この言い草だ。他には、グランデアラネアには劣るがアクアアラネアの糸で作った生地のローブがあったので、取り出してみた。色は濃い青だ。

「これなら、どうですか」

「……うむ。良い色じゃ。それなら、使ってやらぬでもない」

 はいはい、と頷いてベルヘルトに着せた。ドッと疲れたが、これからもっと疲れるイベントが待っているのだ。ふうと小さく溜息を吐いて、シウは周囲を見回した。

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