223 教養科の恐怖と戦士科の手伝い
教養科の上級クラスではシウはいつもポツンと一人浮いていた。上級だけあって、貴族の子しかいない上にほぼ高学年の生徒しかいない。その上、派閥があってそれぞれがグループに分かれている。庶民のシウが入れる余地はないのだ。アレストロも上位の派閥に組み込まれているため、勝手なことはできない。
ところが、その日は違っていた。アルゲオが何度か助けてくれたのだ。
ダンスをするにしても相手はいつだって教師イヴォンネだったが、アルゲオがグループに入れてくれたので初めて同年代の女性と手を取って踊った。一番低レベルの人を当ててくれたようだ。とはいえ、シウよりは断然上手である。シウがリードするというよりは、相手の女性にリードしてもらったというのが正しい。
「ありがとうございます」
相手の女性にお礼を言うと、少し気まずそうな顔をしたものの、扇子で口元を覆ってから「いいえ」と答えられた。
苦手な詩作の時も、横からアドバイスをくれたので、イヴォンネ先生に顔を顰められるという失態は犯さなかった。
「君、前から思っていたんだけど、冷静な性格をしている分、叙情が苦手というか、おかしいんだね」
「……イヴォンネ先生と同じことを仰る」
「変な物言いになってるよ? 大丈夫かい?」
「う、うん」
「ダンスもそうなんだけど、もしかして君、恋をしたことがないんじゃないのかい?」
「……ええと」
「ダンスは女性を美しく見せるためのものだよ? 相手を引き立てさせる、それが男としての腕の見せ所だ。君、足を踏まないかとかドレスの裾ばかり気にしているだろう? それに、動きがカクカクしていて、まるで騎士のパレードを見ているようだ。型は間違っていないから先生も減点はしていないけれど、その代わり加点もないんだよ。今年卒業するなら、教養科のクラスもちゃんと卒業できるように頑張らないといけないんじゃないのかな」
「う、うん」
この科目は捨てる気だったとはとても言い出せなくなってしまった。
「詩作もね、ただ文章を並べるだけではいけないんだよ。もっと気持ちを込めないと。君には情動が足りないんじゃないか。平坦すぎるんだ」
君には言われたくなかった、と喉まで出かかった。
アルゲオは見るからに貴族的で、言動も態度も平坦なのに。と、そこまで思ったものの、確かに彼はダンスが上手だし、詩作も上手い(とイヴォンネ先生には言われている)。
詩を読み上げる歌も上手かった。
音痴のシウには、音楽の授業がないと喜んでいたのに詩吟があることを知って慄いたものだ。幸いにして歌にして読み上げるのは、詩作が上手だった人だけなので今のところシウは免れているけれど。
「教養については僕が教えられることもあるだろうから、空いた時間にどうだろうか」
「え……えっ!?」
「僕では無理だと?」
「ち、違いますが!」
「君、さっきから言動がおかしいんだけど」
「いえ、あの、いや。では、ありがたく」
「……その代わりといってはなんだが、火の日の午前に、補講を、やっているだろう?」
「あ、うん、やってるね」
「……イーサッキだけでなく、オリヴァーたちも受けたいと言っているんだ」
「うん、いいよ」
「僕も主の立場として、一緒に参加しようと、思っているんだ」
「……うん。分かった」
これが言いたかったらしい。なんとまあ。
シウはまじまじとアルゲオを見つめて、笑顔で頷いた。
「じゃあ、お互いに教えあいっこ、ということだね。よろしく」
「ああ」
ツンと顎を上げるが、その仕草さえ可愛らしい。
偉そうにしていてもどこか憎めなかったが、根本がこういう性質だったからだろう。面白いものだ。
ふと、そう遠くはない過去のことを思い出す。
ソフィアも同じようにツンとして偉そうな態度だったが、彼女にはどうも慣れなかった。結果的に彼女は悪魔憑きになるほど、破綻していた。
合わない人というのは最初からなんとなく分かるものなんだなと、思った。
そういえば初対面からなんとなく気になる、という人もいた。
一目ぼれというのはあるのかな。
とはいえ、それが恋とは限らない。
アルゲオに指摘された通り、シウには恋の経験が全くなかったのだから。
午後はまた授業の手伝いで駆り出された。
マットに指示されたのは戦士科のクラスだ。場所は闘技場のように見える円形の広場だった。ここは戦法戦術科の授業でケルビルが嫌がらせをしたところである。
初回なので早めに行くと生徒はまだ来ていなかった。教師だけが先に来ている。
「リトアラだ。君がシウ=アクィラか?」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ。マットが言っていた通り、礼儀正しいな」
リトアラは、この国では珍しい黒髪だった。長い髪を頭頂部で結っている。どこか剣士のような雰囲気がある。しかし、持っているのは短槍だ。
シウの視線を受けて、リトアラは短槍を掲げて見せた。
「慣れた得物はこれだが、武器全般をやる。戦士科なのでな」
「そうなんですか。この間、闘技大会を観てきたんですが、短槍って使い勝手が良さそうですよね」
「ん? あれを観てきたのか。だったら優勝したガルムトの試合も観たか?」
「はい。槍使いの人ですね」
「あいつは俺と同期なんだ。歳も同じでな。槍では一度も勝てたことがない」
「槍同士では難しいんですか?」
「長槍と短槍ではな。ガルムトは中間ぐらいのものを使うが。あいつを相手にするのなら、得物を替えてしまった方が楽だ」
「なるほど」
頷いていると、リトアラの視線がシウの腰帯に向く。
「君は面白い武器を使うと聞いたが」
「これですね」
塊射機と旋棍警棒を取り出してみせた。
「ふむ。使ってみても?」
「どうぞ」
差し出すと、面白そうに矯めつ眇めつする。
「旋棍を使う者は見たことがある。しかし、これはまた変わった機能を付けたものだ。こちらの武器、いや魔道具か? これも――」
使い方が分からないようだったので手を出して受け取り、安全装置を外してゴム弾を撃ち出してみせる。ゴム弾は地面に当たると、ドゴッと音を立てて表層を削った。
「どちらも決定的な威力にはならないのか」
人間相手という意味ではそうかもしれない。ただし、魔獣は倒せる。魔獣にこそ威力を発揮するのが塊射機だ。シウはそちらには触れず、旋棍警棒について語った。
「旋棍警棒は防御目的で使ってます。足止めぐらいにしか役立ちません。ただ打ち所によっては殺せます」
「魔獣を?」
「はい。これでゴブリンを倒しました」
「ふうむ。それは、すごい。急所をよく見極めて動いているからだな」
「どんな武器でも、使い方次第ですよね」
リトアラが大きく頷いた。彼の納得いく答えだったようだ。
そうこうしているうちに生徒が集まってきた。戦士科を選ぶだけあって大きな体格の男子ばかりだ。魔法学校なのに兵士のような体格の者もいる。
「そちらの、弾を出す武器を相手にするのは生徒にはまだ無理だろう。いや俺でもどうだか。だが、旋棍警棒か? それで、襲ってもらうのはいいかもしれんな」
「え。的を作るんじゃなくて、僕が直接相手するんですか?」
「うん? 無理か? ゴブリンを倒したんだよな」
「はあ。でも、人間じゃないし」
「人間相手に戦ったことはないのか?」
「ありますけど」
「……まさか、殺してしまうのを恐れてるのか?」
「殺しはしませんけど、怪我をさせずに相手を制圧するのは意外と大変なんですよ」
「ふむ。分かった。魔法も使っていい」
リトアラは生徒たちを厳しく育てたいらしい。
「ええと、じゃあ、やります」
「一応、手加減はしてやってくれ」
はいと答えつつ、シウは「僕の心配もしてほしいな」とひっそり思った。魔法で防御はできるが、ちょっとひどい。
授業ではリトアラとシウが鬼役となった。土壁で作った即席の迷路を、逃げたり追いかけたりしただけである。たったそれだけで、生徒たちを恐怖のどん底に突き落としたようだ。こうなると落とし穴などの罠は必要なく、ましてや、魔法を使っての捕縛も要らなかったのではないか。旋棍だけで相手の剣や槍を奪えるし、警棒を使えば動きを封じることもできたからだ。
びっくりするほど生徒は弱かった。追いついたリトアラが嬉々として手足を縛って転がしていく姿を見ると、さすがに可哀想な気がした。その様子から、また授業が終わった時の輝くようなリトアラの笑顔に、生徒たちは「絶対に楽しんでいた」と非難していた。リトアラは笑って誤魔化していたが、もしかしてこの学校の教師は変な人が多いのではないだろうか。シウは気をつけることにした。
しかし、リトアラはすでに人工地下迷宮の話を耳にしていた。このタイプの人にとっては「楽しい」はずだ。案の定、手伝うから参加したいと言い出した。主導してくれるわけではない。あくまでも「手伝い」だ。そのくせ、迷宮に関する「案」はある。楽しげに語り始めるリトアラの、にやにやと笑う姿はどう見ても変人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます