222 そろばんと同居のお誘い
兵站科は、兵士、武器、食糧などを補給するために必要なあらゆることを管理指示するもので、後方支援の要となる。当然、輸送路も管理範囲内で、土木作業にも通じていないといけない。
机上の勉学だけではなく、実際に輸送路を作る授業も行われるそうだ。
地図を読むのにも長けていないと無理で、シウは後から入ってきたということで、兵站科でも後輩に当たる生徒からそうしたものを教えられた。
「地図、読むの早いね……」
「うん。好きなんだ」
敬語はなくても良いと言われていたので、早速普通に話していたのだが、先輩たちはちょっと引いていた。
「そういえば、山にも慣れていたよね」
「うん。山奥育ちなんだ。だから高低地形図を作るのも得意だよ」
「そっかあ。じゃ、このへんはもういいか」
「次、こっちやろうぜ」
引っ張って行かれ、今度は道路づくりに必要な資料を見せられた。
「……あの、ごめんなさい。僕、道路も作れます」
「まじか! やべえ」
「あ、じゃあ、魔法で作ることもできるの?」
「一応は。ただ、魔力量が少ないので、大掛かりなのはできません。森の中にけもの道を作るのなら得意なんだけど」
と言ったら、笑われてしまった。
それから、後方支援に絶対に必要な在庫管理について聞かれ、何故か生徒たちが一斉に計算の速さを競って勝負? することになった。
シウは暗算ができるし、あっという間に勝ってしまって、皆をどん底に落としたようだった。
その時、ヴァレンが、思い出したとばかりに告げた。
「あ、お前らバカだなあ。シウに計算の勝負を挑んだのか? こいつ、基礎学科の数学の授業、受ける前から飛び級したんだぞ。勝てるわけないだろうが」
「だってー」
「独自の計算方法があるんだろ?」
「暗算ですね。でもその前に、こういうの、使うと便利です」
そろばんを出してみた。エミナにも作ってあげたのだが、意外と好評だった道具だ。
魔道具でもなんでもない代物で、ただただ計算を補助するだけのものだが、計算機がないこの世界ではとても便利だった。
なにしろ紙が勿体無いので、書きつけておけないのだ。ろう引き板も一々消すのが面倒なので、そろばんは役に立つ。
「……これは面白いな」
「慣れると暗算できますから、便利ですよ。掛け算も割り算もこれでできます」
「おお! そりゃあいい」
結局、授業そっちのけでそろばん講習会になってしまった。
生徒たちがみんな欲しがるので、翌日の授業までに作ってくると約束して、授業は終わってしまった。
その日、そんなにそろばんが好評ならと、商人ギルドに顔を出して感触を確かめてみた。びっくりするぐらい喜ばれて、覚えるまでには少々時間がかかるかもしれないが、どのみち計算は繰り返しやって覚えるものだから大した手間ではないということで受け入れられた。
すぐさま特許申請がされて、この後、魔道具ではない道具が広がることになるのだった。
木の日は教養科の上級クラスがあり、その後兵站科とその補講(の予定だったがもう補講はなしと言い渡されただけだった)、午後からは研究科だ。
カスパルにもデルフ国で買った古書をお土産にしたが、皆で古代語を解析するのは楽しいものがあった。
学校の授業の中で、ここが一番シウには合っているかもしれない。
「そういえば、シウ。君、来年にはシーカー行きが決まっているんだよね」
「はい、たぶん」
「じゃ、僕と同じ学年だな」
「……は?」
カスパルが顔を上げてシウを見た。
「今年、行けそうなんだ。成績も良かったからね。君も行くなら、僕たちは同じ学年ということになる」
「そうなんですか」
「クレールとディーノも狙っているから、たぶん一緒だろう。年末に提出する論文によほど間違いがない限りはね」
「うわー。すごい面々ですね」
「……君、ちょっと嫌そうな顔してないかい?」
「いいええ」
頭を振って笑った。カスパルはこういうことは突っ込まないので、シウは知らんぷりだ。
「今から屋敷を借りる算段で忙しいんだ。なんなら君も一緒に住むかい?」
「あー。でも、寮があるって聞いたんだけど」
うろ覚えの記憶を披露したら。
「やめておけ。嫌がらせを受けるだけだ」
「そうだぞー、シウ。寮生活の経験ないだろ? 夢は見ちゃいかん」
ダンとボリスに注意されてしまった。
「そうなの?」
「そう。上下関係もあるし、面倒だ。大体、個人の区別ができなくなる」
「……それって、物を取られちゃうとか?」
「あるんだなあ。貴族の子でも、人は人。手癖が悪いのは一定数いるし、嫌がらせは貴族の方が陰険なことやってくれる」
「うわー」
「だったら、多少変人でもカスパル様と一緒の方が良いぞ」
「変人とはひどいな」
「カスパル様の従者やってると、大変なんですよ」
こんな口を利いているが、ダンとカスパルは仲が良いのだ。ダンはカスパルの付き合いで研究科に入ったらしいが、今では楽しそうに授業を受けているし嫌々取り巻きになっているわけでもない。
「でも、僕、割と自由にやってますけどいいんですか?」
「今更! 君ほど自由な人は知らないね」
「カスパル様に言われた! シウ、君ってすごいね」
「シウがすごいのは分かっていたじゃないか、ダン」
「あ、でもそうなると、変人同士一緒にしていたら問題にならないですかね?」
話を聞いていなさそうだったのに、ヴィゴが口を挟んできた。彼も後輩なのに、結構言いたい放題だ。
そうした緩い感じがこのクラスの良いところでもあるが。
「常識人が必要だよね」
ランベルトがひっそりと呟く。相変わらず大柄な体だけれど、声は小さかった。
「常識人って、誰よ。ディーノ先輩なら分かるけど」
「クレール先輩は? 仲間外れにされたって、拗ねそうだよ」
「……みんなひどい言い草だけどね、まだあの二人がシーカーに入れるかどうか決まったわけではないんだよ」
カスパルの方がひどいことを言っているのだが、気が付いていないようだ。
仕方なく、シウが引導を渡した。
「あの。カスパル先輩もまだ、決まってないんだよね?」
瞬間、皆が引いてしまった。
皆のお喋りを黙って聞いていたエッヘ先生までも。
「えーと。冗談ですよ、冗談」
そう言ったのだが、しばらく空気は固まったままだった。
後で誰かが、一番の変人はシウに決定ってことで良いよな? と言っていた。
授業後、時間があったので、人工地下迷宮製作に関する計画書を書くことにした。
一年のクラスの教室でやっていると、アルゲオたちが戻ってきた。
「ああ、シウか。珍しいな。こんな時間まで残っているなんて」
そんなことを言うアルゲオこそ、珍しくもシウに近寄ってきた。
仲が悪いわけではないが、良いわけでもなく、授業の関わりもほとんどなくなった今では話をする機会がなかった。
「うん。新しいことを思いついて、書類を提出しろって言われたから」
「いろいろとやらされているようだな」
アルゲオは取り巻き連中に何事かを言うと、そのままシウの真横に立った。
なんだろうと思って見上げると、教室にはいつの間にか二人きりとなっていた。
と言っても他の子たちは廊下だ。全方位探索ではさして離れていないので、教室内の区切りに気付かなかった。
「どうしたの?」
「……君は、今年卒業して、来年はシーカーへ入学するだろう?」
「たぶん、だけど。まだ本決まりではないよ」
「いや、本決まりだと、聞いている」
父親からなのか、はっきりした筋から聞いたというような断言の仕方だった。
彼らしくもなく、何度か言い淀みながら口を開く。
「わたしもシーカーを目指している。今回は無理だが、来期か再来期には必ず、入学を果たすつもりだ」
「うん」
「君にはいろいろと教わった。目の覚めるようなことも一度や二度ではなかった」
そうかなあ? と首を傾げたものの、真剣な様子のアルゲオを前に余計なことは言わないでおく。
「……残り少ない期間だが、これからも、クラスメイトとして、いや」
「うん?」
「……つまり、あれだ」
そんなに言いづらいことなんだろうか。喧嘩を売っているようには見えないし、不思議な子だなと思っていたら。
「友人として、あ、いや、良き好敵手としてだな! これからも、頼む!」
「ああ、うん」
呆気にとられつつ、ふっと笑みが零れた。
少年時代の、こうした態度が面白可愛い。
シウが笑ったのが恥ずかしかったのか、アルゲオは顔を真っ赤にさせた。
「な、な!」
「ううん。違うんだ。嬉しかったから。じゃあさ、友人として手伝ってほしいことがあるんだけど」
計画書をぴらぴら振って聞いてみた。するとアルゲオはすぐさま飛びついてきた。よし、やろう。なんでもやってやろうじゃないかと、口調は偉そうだが態度は可愛いものだった。
その後、暫くの間、アルゲオは取り巻きたちを忘れてシウと二人で計画書作りに没頭していた。
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