608 滞在10日、狩りへの同行、巣の殲滅




 竜人族の里へ来て10日ほどになった。

 山眠るの月の最後の週に突入し、そろそろ出発の準備だ。

「年を越して行かないのか」

 キルクルスが心苦しそうにガルエラドへ訪ねている。

「あまり長居しても良くない。今回はシウがいるので、安心していたが」

「そういえば、ハイエルフ対策の魔法や魔道具を作ってくれたのだったな」

 今回、彼等にも魔道具を渡していた。

 新しい魔法の技も教えたので、万が一襲われても逃げるだけのことは可能だろう。それでも安心できない。

 だからガルエラドは里を出て、放浪の旅を続けるのだ。

 竜人族の里へ戻って腰を下ろすのだとばかり思っていたが、ガルエラドにその考えはなかったようだ。


 ゲハイムニスドルフの村から返事はまだ来ないが、使者の「そこには触れないでほしい」という懇願のような困惑顔を見ていたシウは、彼等がアウレアを引き取ってくれる可能性がほとんどないことを悟った。

 ガルエラドも彼等には任せられないと思ったのだろう。強くは言わなかった。

 アウレアもまた、逃亡の生活を再開する。

「安心しろ。シウから随分便利なものをもらっているのだ。特に魔法袋と、アウレアの食事には助かっている」

「それよ。お前の料理のひどさはウェールのお墨付きだからな。可哀想に、アウレアが小さいのは種族特有のものではなかったということだ」

 彼等の話を聞いていると、もしかしてシウが小さいのも、幼い頃にあまり食べなかったせいだろうか。いやいや、違う。爺様は結構無理にシウの口へ食べ物を押し込んでいた。

 受け付けなくて吐いたことも多かったが。

 まさかあれのせいかしら。

 考え込んでいたら、キルクルスに頭を下げられていた。

「返す返すも、シウには本当に世話になった。ガルエラドがこうしていられるのも、この里が先日の襲撃から1人の犠牲者も出さずに残ったのも、シウのおかげだ。ありがとう」

「いえ、僕も良い物をもらいましたし」

 長老ソヌスからは、お礼として更に竜の鱗を追加で渡されていた。尻尾の方の皮や、爪の一欠けらもだ。これ以上は過ぎるというものだ。

「また遊びに来て良いですか?」

「もちろんだ。その時には訓練の成果を見てもらいたい」

「まあまあ、キルクルスったら。出発はまだ3日後だよ。気が早いよ」

「そうは言うが、ウェール。今朝聞いたのだぞ、出発日を」

 語り合う2人の横で、先日失恋したばかりのリングアがまだ落ち込んでいた。彼はずっと、うだうだしたままだ。

「ねえ、シウ。あと3日あるんだしさ。あたしに子供が出来た時の対応を教えてよ」

「あ、うん」

 リングアが益々落ち込んで、とうとう地面に手を付いてしまった。その体の下をブランカが走り抜けていく。遊んでるわけじゃないと注意したかったが、ウェールがシウに迫ってきた。

「栄養豊富なものって? ほら、前に妊婦がやっちゃいけないことあるって言ってたじゃない」

「冷やすのは厳禁だよ。生物も食べちゃダメだ。お腹を壊して、腹圧がかかると良くないからね。でも適度な運動は必要だよ。適度って言うのは、飛んだり跳ねたりじゃないからね?」

「分かってるって。歩くんだろ? 毎日歩いてるさ!」

 豪快に笑い飛ばされてしまった。本当に大丈夫なのか、不安の残る人である。

 その間にも、ブランカがクロにちょっかいをかけて、やがてリングアの周囲で追いかけっこが始まった。クロもブランカの気を紛らわせるために、仕方なく相手をすることがある。大人なのだ。

「きゅぃ!」

 リングアの頭に乗って、背中をとっとと走って行った。ちょっと楽しそうにスキップしているように見えるのは気のせいだと思いたい。

「獣の乳も良いんだってなあ。でもさあ、ゲハイムニスドルフの山羊達はみんな、あたし達に怯えるんだよ。その点、コカトリスは魔獣だけあって刃向ってくるから、良いよ。この間も蹴られたんだ。返り討ちにしてやったけどね!」

「殺してないよね!?」

「殺してないよ! 折角の卵を産む雌なんだ」

「雄も殺しちゃダメだよ。有精卵じゃなくなる」

「あ、そうだったっけね」

「そうだよ! これから家畜として増やすんだから!」

 怖いことを言うな、とウェールを注意した。

 クロとブランカは、地面に突っ伏してしまったリングアの上を今度は障害物のようにして駆けまわっていた。



 里を出るまでの間、色んなことをした。里の防御を強化したりだとか、畑を広げたりだとか、だ。

 しかし温泉を作ることは諦めた。お湯に入るという習慣がないらしく、いきなりは難しいと悟ったのだ。ただ効能だけは何度も話した。今度来た時には是非、掘らせてほしいものだ。

 それ以外には、狩りに同行したりした。

 途中で見晴台に上って、空白の地を眺めた。竜戦士達が祈りを捧げているのを聞いたら、竜も慰められているのだろうかと厳粛な気持ちになった。

 狩りでは、訓練の成果が出始めていた。

 一度だけヒュブリーデアッフェと鉢合わせし、2人の竜戦士が対峙して上手く躱しつつ短時間で制圧していた。

 この猿型魔獣達には、直接攻撃が有利なので、竜人族のような身体能力のある者の方がやりやすいだろう。

 他の魔獣では、覚えたての魔法攻撃も使って試していた。


 一度、フェレスと遊びに行ってくると言って数時間ほど里を抜けた。

 トイフェルアッフェの巣がないかどうか、広範囲の探索を繰り返して、転移したのだ。

 実は、この南が黒の森になる。

 オリーゴロクスとゲハイムニスドルフのある場所は、際どい位置にあった。

 そして、トイフェルアッフェはどうやらそこから出てきた種らしかったのだ。

 道理で見たことのない魔獣だった。


 黒の森は危険すぎて、冒険者が入れるような場所ではない。ということは、この中のことは誰も知らないのだ。

 数年に一度、ゲハイムニスドルフの中の能力者が村を出て、このあたりにも封印処理を行うそうだが、それでも抜け出てくる魔獣がいる。

 黒の森の恐ろしさを改めて感じた。

 シウはハイエルフの末裔達が苦心して掛けたであろう結界を飛び越えて、黒の森へ入った。

 全方位探索で見つけたトイフェルアッフェの巣を、できるだけ排除しておこうと思ったのだ。

 奥地まで行くつもりはないので、結界の穴となる場所を見付けてそこを中心に探し回った。

 巣はひとつしかなかったが、規模は大きかった。

 ゲハイムニスドルフの使者が語った巣の大きさの何倍もある。

 彼等が過去に見たものは、分派した小さなもののようだった。

 巣には他の種族の雌が捕えられており、人型の魔獣が子を産む道具と化していた。他は雄を含めて家畜のように扱われている。家畜としても劣悪な環境で、人真似をして見えるが、人の文明とは程遠かった。

 しばらく観察していたけれど、たとえゴブリンと言えども、滅茶苦茶に扱われ拷問されているのは見ていられなかった。

 元々、魔獣とは悪辣で陰惨なことをするとは聞くが、トイフェルアッフェは酷過ぎた。

 気分が悪く、一気に殲滅する。

 結界を張って、重力魔法で圧を掛けながら、魔素を抜き、魔力を吸い取ったのだ。

 王や将軍といった個体はおらず、指導者レベルで留まっていたことも助かった。

 やはりあの緑の個体は変異種だったのだろう。

 それでも、強力なリーダーのいない巣で、人の暮らしモドキが見えるのは恐ろしかった。

 竜人族の人々にはくれぐれも気を付けてほしいと思う。

 山狩りは定期的に行うことを、勧めておこう。

 倒した魔獣は全て、解体と処分を行い、空間庫に保管した。巣は再利用されてはかなわないので徹底的に破壊して、土属性魔法でひっくり返した。



 ガルエラドとプルクラだけは、シウが何をしてきたのか分かっていたようだ。

 プルクラは占術師だからとして、何故ガルエラドが分かるのだろうかと思ったが、

「シウは、案外単純だからだ」

 と、言われてしまった。

「心配だったのだろう?」

 散々、彼等の事だから彼等に任せるべきだと思いつつ、どうすべきか悩んでいた。だから、そう言われて頭を撫でられると、やって良かったと思った。

 神の言葉ではないが、干渉しすぎるのも良くない。何故なら、便利なシウがいなくなった後が怖いからだ。

 そのため、散々悩んだのだから。

「今の里では、例の変異種が襲ってきたら耐え切れんだろう。助かった」

「うん」

「今後はもっと強化するとキルクルスも言っている。滅多にあれほどの魔獣は現れないだろうが、気を引き締めているから大丈夫だ」

「そうだね」

 ガルエラドも自分がいなくなった里の事を憂えているのだ。自分1人がいることで何かが変わるとは思っていないだろうが、手助けできないまま、というのが怖い。

 できなかったことを悔やみたくないから、今できることをと思う。

 ガルエラド自身、外で身に着けたことを里に還元している。戦い方もそうだし、竜の大繁殖期で得た情報などだ。

 特に戦闘技術は、以前と比べて格段に上がったらしく、しきりに竜戦士達から羨ましがられていた。

 それを惜しげもなく、伝えている。

 里に長く滞在できない彼にとって、それが里へと繋がる術(すべ)なのだった。

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