609 見送り、ツンデレ、いつものエミナと…




 シウ達は金の日に出発することになったが、その日までにゲハイムニスドルフからの返事はなかった。

 人族は複雑に物事を考えるところがあるので、まだ話し合いが続いているのだろう。

 魔獣についてもだが、食糧改革についても。

 後は竜人族の里で考えることとして、幾つか注意事項も置いていき、出発となった。

 見回り班以外の大勢の竜人族に見送られ、アウレアは仲良くなったウェールに半泣きで手を振って別れを告げていた。

 そのウェールは、エンボリウムと抱き合って泣いている。

 そして、あんな子供を作ろうね! と叫んでいた。

 1人、がくっと肩を落としていたが、誰か見ずとも分かっている。リングアだ。まだ失恋のショックから抜け切れていないらしい。

 慰めるアルティフェクスだがその顔が嬉しそうに笑っていて、独身仲間同士で足の引っ張り合いをしているようだった。

 キルクルスは途中まで見送ってくれるそうで、ついてきている。

 ブーコリカが辺りを警戒しながら先を進んでいた。

「元気でなー!」

「シウ殿、また来てくれよ!」

「アウルー、今度はもっと大きくなってるんだよー」

「シウもなー!」

 余計なお世話の一言を付け加えたのは誰か。シウは苦笑しつつ手を振った。

 フェレス達にも別れの言葉をくれて、姿が見えなくなるまで彼等は声を上げていた。


 やがて、キルクルス達とも別れる場所が来た。

 1日歩いたところで、2人だけならここが限界という場所だ。

「ガルエラドとシウなら大丈夫だろうが、危険な森だ。気を付けてな」

「ああ」

「ありがとう」

「また、会えることを我等が祖カエルラマリスに祈っている」

「ソキウス・ガルエラド、ソキウス・シウ。必ず、ここへ戻れるよう、我が祖カエルラマリスに祈りを捧げる」

 手を胸に当てて、2人が最後の挨拶を贈ってくれた。

 カエルラマリスとは彼等の祖と呼ばれる古代竜の呼び名だそうだ。真名は誰も知らない。紺色という意味の名で祖を呼んでいるのだが、それを教えてくれたのもシウはもう仲間だと認めてくれてのことだった。

 シウも同様に胸に手を当てて返礼した。ガルエラドもだ。彼の顔には一切の変化はないけれど、深い思いが詰まっているのは瞳に現れていた。

 目で語るというが、そうしたことをキルクルスと通じ合わせているようだった。

 彼等には彼等にしか分からない思いがあるのだろう。


 ブーコリカはアウレアやフェレス達を撫でて、最後の別れを告げていた。

「元気でな。きっと帰ってくるんだぞ」

「はーい!」

「にゃ」

「あと、クロにブランカよ。お前たちはリングアとよく遊んでくれてありがとうな。今度来た時はもう大人だろうから、目一杯遊んでやってくれ」

「み゛ゃ!」

「きゅぃ」

 わかった、と素直に返事をして、ブーコリカに甘えるよう体を擦り付けていた。

 この2頭は後半、訓練の関係で女性陣よりも男性陣とよく遊んでいたので、ブーコリカにも懐いていた。

 彼は面倒見が良かったので、2頭の、特にブランカのやんちゃぶりにも対応していた。大抵はリングアに投げて、遊ばせていたけれど。そのへん、ブーコリカは扱いが上手かった。

 最後に、全員で笑って手を振り、別れた。

 律儀な竜人族達は、シウ達の姿が見えなくなるまで見送ってくれていたようだ。




 暫くは、徒歩で進んだ。

 同じルートを通ってもいた。

 が、予定通り、転移で戻ることにした。

「ごめんね、転移で戻るけど、辻褄合うかな?」

「我等は大丈夫だ。むしろ助かる」

「良かった。実は時間が足りないんだよねー」

「む。そうだったのか。ならば――」

 言ってくれれば良かったのだと、その目が語っていたけれど、その予定は急遽入った物なのだ。神様によって。

「そこまでの急用じゃないみたい。ただ、ほら、スタン爺さん達と年末年始を一緒にする約束だったからね」

「では、そこまで転移するのか?」

「ガル達を先に送るよ。どこが良いの? あ、スタン爺さんの家に一度来てみる?」

 それは良い考えのような気がしたのだが、ガルエラドには首を振られた。

「いや、一度アクリダへ戻りたい。あそこに仲間の飛竜使いが来る予定なのだ。合流して、移動するつもりだ」

「そっか。分かった。場所は、あの宿でいいかな」

 蜥蜴亭だ。蜥蜴人のハーフの男性がマスターという、そのまんまの。

「それでいい」

 なので、一気に転移した。アウレアはガルエラドがローブで包んでいる。

 転移の事を覚えてほしくないのでちょっとした認識阻害は掛けているが、本人はけろっとしたもので、あれもうおじちゃんのところに戻ったの? という感じだ。

 驚いているのはマスターのヤンドぐらいだろう。

 いきなり地下の部屋から出てきたのだから。

「すまん、いろいろあって説明はできないのだが」

「いや、別にかまやしねえんだが。年末に戻るとは言っていたが、早かったな」

「ああ。また少しの間厄介になる」

 構わねえよ、とぶっきらぼうな返事だが、嬉しいのか目元が赤かった。

 チラッと横目でアウレアを見て、下へ行ってな、と顎をしゃくった。

「いつまでも上にいちゃいけねえ。見付かっちまうからな」

「はあい」

「……おい、その前にこれを食べるか」

 熟したリンゴを見せて、顔色を窺う。

 ヤンドは顔や態度に似合わず、子供が好きなのだ。アウレアはとことこ近付いて、リンゴを受け取った。

「ありがとー。アウル、リンゴ好き」

「そうか。そりゃ、良かった」

 さあ、もう行きな、と手を振る。

 可愛い中年男性だった。



 シウはここで別れることになった。

 部屋についていきアウレアにじゃあねと手を振ると、シウとはまたすぐ会えると分かっているせいで、またねーと手を振られてしまった。

 ガルエラドにも気楽にじゃあねと挨拶して、最後に上へ行ってヤンドに挨拶してから外に出た。

 知らんぷりで、アクリダの街の門を通って出て行く。

 以前来たことがあるので、どこかで知り合いに会うかもと思ったが、意外と会わないものである。

 あっさり出て、街道沿いを進み、森に入った。

 誰も見ていないことを確認してから転移し、今度はロワル王都の外にある森へと移動した。

 年末年始を過ごすので、一応門を通ってみようと思ったのだ。

 まだ昼にもなっていないのでのんびりフェレスに乗って門まで向かい、中央門から王都へ入る。

 素通りに近いチェックを受けつつ懐かしい中央門を過ぎ、ベリウス道具屋の前に立った。

「1日でこんなに景色が変わるのも、慣れたつもりだけどなんだか今回は感慨深いなあ」

「にゃ?」

「竜人族の里、楽しかったねって話だよ」

「にゃ!」

 たのしかった! とフェレスが尻尾を振った。リードを付けて歩かせているブランカも尻尾をぶんぶん振る。

 そろそろ会話が分かる頃で、話も幼児語から成長していた。

 クロはもう少し精神が大人らしく、おしゃべりではないので黙っていることも多いがシウの言葉はよく理解していた。

「さて、年末年始、ここでは何があるかなー」

「にゃにゃ」

「み゛ゃ!」

「きゅぃ」

 それぞれの返事があって、ベリウス道具屋の扉を潜った。




 店ではお腹の大きいエミナが、年末の大掃除をしている最中だった。学校が休みのアキエラも手伝っている。

 今日が店仕舞いの日だったようだ。こんな日は客も来ない。

「あ、シウ! 帰ってくるの今日だったっけ?」

「うん。大体この日ぐらいって感じだったからね。掃除、手伝うよ」

「やったー! じゃあね、あっちの窓から」

「エミナ姉さん! 掃除は自分でやるって言ったでしょう? 上の方はドミトルさんが、重いのはあたしが持つって言ったじゃない」

「うっ、そ、そうね。分かったわよ。妊婦も動けってことでしょ。はーい」

 ぶつくさ言って、エミナは膨らんできたお腹を撫でた。

「太りすぎって、産婆さんに怒られたの、エミナ姉さん。だから、みんなで見張ってて」

「そ、そうなんだ」

「掃除したら運動にもなって良いからって、勧められてやる気になってたのに。シウ君がいるとすぐ甘えるんだから」

「あはは」

 シウがいるとダメらしいので、アキエラにはさっさと奥へ行っててね、と言われてしまった。彼女も強くなった。女性は強くなる生き物なのかな、と思いつつ本宅へ向かうと。

 懐かしい景色と共にスタン爺さんが待っていた。

「店から声がすると思ったら、やっぱりシウだったかの。よう帰った。ささ、上がりなさい。ほれ、お前さん達も」

 まるで田舎の家に帰って来たような、そんな気持ちにさせてくれるスタン爺さんの姿に、シウは郷愁を覚えた。ここがシウの帰る場所なのだなと思う。


 もちろん、竜人族の里もそのひとつだ。狩人の里も、シウを暖かくしてくれた。

 そんな場所があちこちにあって、そのどれもがシウを受け入れてくれる。


「ただいま」

 そっと呟いた。

 スタン爺さんが居間から、はよう来なさいと手を振っていた。


 穏やかな老爺の笑みを見て、ふと、思う。


 何かあれば逃げようとし、階級制度に対してよく考えもせずに突っぱねたり、人との間に壁を作ってきた。

 これまでの来し方は全て、愁太郎の自我に引きずられていたように思う。


 シウの前世は引きこもりそのものだった。

 他者を受け入れず、自分の考えに固執していた。孤独を愛し、孤独に生きた。


 今生でも、正直に自分のことを話すことで、相手に拒絶されることを恐れていた。

 誰かとの間に、本物の信頼関係を築けてこなかった前世のことが、身に沁みついていたのだ。

 人と混ざりあえない感覚。共有したり共感したりすることが不得手だった。

 人といて孤独を感じる自分には、何も成し得ないのだと諦めていた。


 自分とは違う世界の幸せを見て、満足していた独りよがりの老人だった。

 拒否されるぐらいなら、最初から孤独であればいい。大事なものを何一つ作って来なかった前世の自分。

 手に入れる前から失うことを恐れていた。怖かった。

 だから、いつまで経っても神様にダメ出しをされるのだ。



 スタン爺さんにシウ自身の能力がバレたのは、偶然だったかもしれない。

 でも、ガルエラドにつるっと漏らしてしまったのは、心の奥底にどこか信じてみたいという気持ちがあったからだ。それに逃亡中の彼が脅威だとは思わなかったという打算もあっただろう。


 今では信じられる。



 これから、シウはもっと沢山の人に出会うだろう。

 その時、今以上に人との間の壁を取り払い、付き合っていかなくてはならない。

 それが、本当の人生を歩む一歩なのだ。


 人といて孤独を感じることも、なくなるだろう。



 そのためにも、シウはスタン爺さんをお手本にしようと心から思った。


 彼の姿こそが、シウの幸せの象徴のような気がした。

 年老いても寄り添う人がいて、集まってくる人がいて。今もなお本を読み、知識を蓄え、後人に何かを残せる生き方。

 前世のシウが成し得なかった、姿だ。

 今世ではこんな風に歳を取りたいものだと、しみじみ思う。


 孤独の壁を壊して、少しずつ脱却できたからこそ得た小さな幸せたち。それを増やせばきっと、スタン爺さんのようになれる。

 そう信じようと思う、シウだった。






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第一部終了です。

物語はまだ続きますが、シウが大人になることから内容的にアダルティなシーンもあって、第二部と分けました。

第二部も読んでいただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882961666


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魔法使いで引きこもり? ~モフモフ以外とも心を通わせよう物語~(第一部) 小鳥屋エム @m_kotoriya

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