474 紹介状と押しかけ友人の説得
話を終えると、シュヴィークザームは国王の次席秘書官を呼びつけて、聖獣の名で紹介状を書かせた。
何をするのだろうと思ったら、それをシウに渡してくる。
「……なにこれ」
「なんたらという友人に会うのだろう?」
「アマリアさん? なんだ、話やっぱり聞いてたんだ」
「我ほどになると、寝ていても分かるのだ」
「寝てはいたんだね」
「うるさいぞ。細かいことを言うでない。で、おぬしのような子供があそぼうと言っても、貴族というのは会わせてくれぬのだ。我には理解できぬが、そのような仕組みであるから仕方ない。よって、この紙が必要となるわけだ」
ああ、こうやってシウを呼び出したのだなと、納得した。
言われるままに手紙をしたためた秘書官が、困惑げにシウを見下ろしている。中身との齟齬を感じているのかもしれない。
「一応、これで、会えますか?」
秘書官に問うと、曖昧に頷かれた。
「聖獣様のお名前と、代理でわたくしの名を記しておりますのでまず間違いなく」
「……僕が使っても大丈夫でしょうか」
秘書官が言い淀んでいる間に、シュヴィークザームが痺れを切らして押し付けてきた。
「大丈夫だと言うておる。有り難く受け取るのだ。菓子の礼だ」
胸を張って言われたが、これ、本当に大丈夫なのかなーと不安になってもう一度秘書官を見た。彼は、早口でぼそぼそと囁いてくれた。
「大事な友人なのでよきに計らえと、書いておりますので大丈夫です」
「……じゃあ、使わせてもらいます。お手数かけて申し訳ありません。あと、ありがとうございます」
「いえ」
挨拶しているのに、シュヴィークザームはもう廊下の向こうへ歩いて行っていた。
早く来いと、シウを呼ぶので、もう一度秘書官に頭を下げて、追いかけて行った。
最後まで忙しない1日となった。
翌日、カスパルにも相談の上、ヴィクストレム伯爵家へお邪魔することにした。
お伺いの先触れもして、返礼があったので午後に向かった。
きちんとした格好をして、馬車も相応の物を借りた。夕方にはカスパルが夜会で使用するため、馬車はそのまま帰って行った。
従者としてリコがついて来てくれたものの、屋敷へ入るとすぐさま離れてしまった。
意外とというと失礼だが、シウのような庶民が訪ねて行ったのに紹介状のせいか客間に通してもらった。
待っていると、見慣れた騎士や侍女達を引きつれてアマリアがやってきた。
「シウ殿」
声を掛けたものの、言葉に詰まったようにその後が続かない。
シウは立ちあがって駆け寄った。
「大丈夫ですか、アマリア様。どうぞ、お座りください」
「まあ、まるで紳士のような」
人目があるので頑張ったのに、アマリアに笑われてしまった。
ただ、その笑顔を見て、侍女達がホッとしたのが分かり、久しぶりの笑顔だったことが窺えた。
「せっかく、大人ぶって対応したのに。アマリアさん、笑うなんてひどい」
「うふふ。本当ね。ごめんなさい」
口元を隠す気力もないのか、扇子を持った手がだらんと下がっている。侍女に助けられながらソファに座ると、シウを見てどこか懐かしそうな顔をした。
「心配して来てくれたのね。ありがとう」
「友達だったら、心配するよ。クラスの皆も、沢山の人が心配してる」
「……それだけ、噂が広まっているということね」
「何か、対策してる?」
小さく聞いたシウに、アマリアはゆるく首を振った。
するとジルダが口を挟んできた。
「状況は益々ひどくなっているのです。お館様も手を打ってはいるのですが」
「お父様は政治的な駆け引きが苦手なのだそうで、兄上とお爺様が代わりに乗り出してくださったのですけれど……」
その顔色を見て、理解した。
「時すでに遅し、だったんだね」
「ええ」
頬に手をやって、悄然と俯いた。
その姿があまりに憐れで、やっぱり密かに考えていたことを実行しようと思った。
その前に意思を確認だ。
「ところで、アマリアさん。つかぬことをお尋ねしますが」
「え、ええ?」
声音の変わったシウに、アマリアは驚いて顔を上げた。怪訝そうな、それでいてどこか不安と期待の入り混じったような表情だ。
シウはずいと身を乗り出して、小声で質問した。
「現在、思われている方はいますか?」
「……え?」
「不躾な質問で申し訳ありませんが、とても重要なことなのでお答えいただけたら有り難いです」
アマリアはジルダと顔を見合わせてから、同時に頷いて、シウを振り返った。
「その、お恥ずかしい話なのですけれど、わたくし、そうしたことにとても疎くて……」
「いないんですね?」
そうです、と勢いよく答えたのはジルダだった。
まあ、そうだろうなとはシウも思っていたのだ。ゴーレム造りに興味のほとんどを持って行かれているような女性だから、さもありなんと。
「では、たとえば結婚相手に、これはダメとか、逆にこういう人が好みだっていうのはありますか?」
「……そうですわねえ」
頬に手をやって、気恥ずかしそうに考えつつ、アマリアは天井に視線を向けてからやがて答えてくれた。
「できましたら、わたくしの研究を応援してくださるような殿方のところに、嫁いで参りたいと思います」
よし、と手を握って、更に続けた。
「ところで、アマリアさんの普段の会話で、たとえば『どこそこのドレスの最新作が』とか『化粧品の流行はここだ』とかって出てきます?」
ジルダに対しての質問だ。2人は顔を見合わせ、アマリアは首を傾げ、ジルダは苦笑した。
「お嬢様はそのようなお話はされませんねえ。新しい粘土が欲しい、でしたらありますが」
「よし」
「え?」
「いえ、こちらの話です。で、少々失礼します」
宣言してから、身を乗り出した。さすがに顔を寄せるわけには行かないので、1m手前で止めたがすうっと息を吸う。
2人が怪訝そうな顔をし、部屋の入口付近で待機する侍女達も不思議な顔をした。少年と言えども「男」が姫に近付くのに止めないのは、シウが仲良しのクラスメイトだと知っているからだろう。想像以上に子供だと思われているわけではないと、思いたい。
「香水はほとんど付けられてませんよね」
「え、ええ」
「お嬢様は匂いの強いものがお好きでないのです。ですから、お化粧もなかなかさせてもらえませんの。夜会の時ぐらいですね」
「そうなんだー」
ここまで、完璧だ。
最後に大事な質問だった。
「アマリアさん、今回の騒動のお相手が25歳も上で僕なんかはびっくりしましたが、そうした年上すぎる男性ってやっぱり嫌ですよね?」
今度もジルダと2人で顔を見合わせて、首を傾げた。
その顔に忌避感はなく、それよりはむしろ、想像できないといった様子に見えた。
「……これで、最後です」
シウは身を乗り出したまま、声を潜めて質問した。
「僕等と一緒に夏休みを満喫しませんか?」
にっこり笑ったシウに、目の前の2人はぽかんとした顔で固まった。
困惑していたアマリアだが、決して嫌だと思ったわけではなさそうだった。
ただただ、そのことが脳内になかったようだ。
夏休みを前にして、貴族の季節がやってくることへの不安や恐れ、それしか頭になかった。お茶会に夜会、王城へのお誘いなど、貴族が活発になるこの季節をどう乗り切るかだけを考えていたのだろう。
避暑といっても、所詮そこも貴族の別荘地。しかもラトリシア貴族の大半は避暑として王都へ来ることが多いのだ。
よほどの変人でない限り、この季節に貴族同士の付き合いをしない者はない。
だから、他国への旅行など、ましてや年頃の未婚の女性が社交界を無視した行動は、普通に有り得ない。
「逃げることにならないでしょうか」
と心配するジルダ達に、シウは厳しい言葉を投げかけた。
「今も、夜会には出ていないでしょう? 学校にも来ていない」
「……そ、それはそうです、けれど」
「だったら、いっそ、すっきりしちゃいましょう! このままいても周辺を固められるだけです。それなら、アマリアさんは自由にすれば良いんです」
「自由……」
「ですが、お嬢様は高位貴族の女性ですのよ。そんな、庶民のような」
「もちろん」
ジルダの心配事を手で制し、シウはにっこり笑った。
「ブラード家を介して、シュタイバーンの貴族家にご招待します。そこでゆっくり心と体を休めるべきです。あちらには僕の友人も多くて、貴族家もあります。他国の貴族となら、羽目を外しても良いでしょう? 未婚の女性が遊びに行っても、ジルダさんやオデッタさんもいる。相手側にも『目』はありますから、滅多な事にはなりません。それに、これが一番重要なんだけど」
ごくっとジルダが唾を飲み込んだ。シウの話にすっかり集中しているようだった。
「あちらの貴族はラトリシアでの噂を知りません。そして、ラトリシアほどの陰険さはないです。つまり、心安らかになるための受け皿としては最高なんです」
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