475 説得の際の隠し玉
アマリアの父親である伯爵を待つ前に、隣の本家でもあるヴィクストレム公爵家へ行くことになった。
一度会ったことのあるアウジリオ老は、可愛い孫娘と一緒にやってきたシウを見て、少々驚いた顔をした。
「……そこまで、仲の良い友人であったのか?」
訝しむというよりも、不思議そうな顔だ。
確かに、一見して立派な貴族令嬢のアマリアと、格好だけは仕立てた服を着ている冒険者のシウでは、友人として成り立つのか不明だろうが。
「ゴーレム造りで良い案を出してくれた、とは聞いておったが。……ま、まさか、好いた男と申すでないな!?」
「お爺様ったら。シウ殿はわたくしを心配してお見舞いに来てくださったのです。失礼なことを申し上げないでくださいませ」
「う、うむ」
孫バカなんだなあと親しみを込めて微笑んだのだが、アウジリオはずいと身を寄せてきた。
「懸想しておるわけではあるまいな」
「まさか。アマリアさん、様は、生産の授業で仲良くさせてもらってる、大事な友人の一人です」
「……ううむ」
まだ何か言おうとするアウジリオを止めて、アマリアは先ほどの話をした。
自ら率先して説明するということは大半、シュタイバーンに行く気になっているのだろう。それでも家族に相談しないわけにはいかない。
それは貴族家に限らず普通の家庭でも同じことだろうが。
アウジリオは最後まで聞いて、むうっと唸った後、暫く考えた。
そして、顔を上げるとシウを見て、睨みつけるように見つめてきた。
「……人払いを。アマリア、おぬしもじゃ」
「お爺様」
「何も取って食おうというのではない。この少年と話してみたいだけじゃ」
「アマリアさん、僕は大丈夫だよ。友人として、こうした方が良いとお誘いしただけだから、それをご説明するだけです。あまり深く考えずに、楽しいことを想像しておいてください。気を楽に」
「え、ええ」
ジルダに付き添われ、他にもアウジリオ付きの秘書官なども含めて全員が部屋を出て行った。
フェレスは廊下で待っているので、部屋の中には背負ったブランカと、肩にクロがいるだけだ。
アウジリオはそれに一瞬視線をやってから、ふと力を抜くよう溜息を吐いて、口を開いた。
「他国へ行けば、逃げたという誹りを受ける。貴族とはそういうものだ」
「今更です。これ以上悪くなるとは思えないです」
「貴族でないから、そのような適当なことが言えるのだ」
「大事な友人を守りたいからと言っていることを、適当だと決めつけられますか」
「しかし、このまま反論もせずにいたら、話が本当のこととなって進んでしまう。おぬしには分からぬだろう。貴族家の結婚がどういうものか」
「全く分かりません。理解できないです。僕は貴族でなくて良かったと心から思う性質なので、特に。今回の事も不愉快でしかない。ただ、問題は色々あると思うけれど、解決策がないこともないと思ってます」
「……解決策だと?」
「はい」
「どういうことだ」
とりあえず、事情を全部話すことにした。ただし、決して誰にも他言してはならないと念を押して。
「元々の発端が分かりました。オリヴェル殿下の侍女です」
そこから、一気に説明を始める。すると途中で遮られてしまった。
「ま、待て、まさかオリヴェル殿下との婚姻を勧めるのではないだろうな? それは、今更、難しい。いや、まて、それならやれぬこともない、か」
きっと頭の中であらゆる計算がされているんだろうなーと、アウジリオの思案する姿を見て思った。
だが、シウは全く別方面を狙っている。
「それ、事態をややこしくしますよ。なにしろ、ニーバリ家がバラしちゃったら、ヒルデガルド嬢から情報が出ちゃうんですから。そうしたら王族を巻き込んで更にドロドロして、それこそ相手の思うつぼじゃないですか」
「むむう、では、どうする気なのだ」
「僕の知り合いに、ものすごく条件の良い人がいるんです。相手の意向は確かめてないですが、周囲の方々には言葉を濁して打診しましたところ、相当乗り気です。もちろん、お二人に気持ちがないと難しいでしょうから、お見合いがてら夏休みを過ごそうと、考えました」
「……条件の良い相手とな。だが、お前は庶民で……」
そこまで言いかけて、アウジリオは言葉を詰まらせた。
「ま、まさか」
言葉に出そうとするので、慌てて手で制した。
「まだ、始まってもないので、内緒の内緒です」
「しかし、あの方は、だが」
「未婚ですし、後継ぎも決めかねているんです。ご姉妹の子供さん方が大変な責務に尻込みして辞退しているそうで。あ、これ、内緒ですよ。極秘事項ですからね」
「あ、ああ」
「僕みたいな拾われ子にまで、養子にならないかと言ってくるぐらい切羽詰ってるので、ご結婚相手は喉から手が出るほど欲しいと思ってます、周辺の方々は」
「本人はどうなのだ。あれは、相当な遊び人であろうが」
「今はおとなしいそうですよ。あと、貴族女性特有の、どろっとしたのが苦手みたいなので、その点でもアマリアさんはお勧めです」
「確かに、あの子は見た目は美しいが、まあ、あれだな」
孫バカではあるが、客観的にも見られるようだ。アウジリオは苦笑して、それからソファに座りなおした。
「そこを、考えたことはなかった。が、言われてみると、そこしかないという気もしてくる」
天井を見て、考え込んでいる姿はアマリアに似ていた。
彼が考え込んでいる間にクロとブランカをソファに置いて、遊んでやっていたら、現実の世界に戻って来たようだ。
「何故、他国の貴族の娘にそのような話を持ってきた?」
「反対です。他国の女性との結婚話を向こうに持ち込んだんです。相手側は、本音を言えば自国の出身者の方が良かっただろうと思います。でも、貴族同士の付き合いを苦手としている飄々とした当主だし、女性にしてみても辺境で自ら率先して戦うような夫を本気で好きにはなれないでしょう。王都で贅沢三昧させてくれるような夫でもないだろうし。膠着状態だったところに、僕が勝手にぶち込んだんです」
気を悪くするかと思ったが、ここは本音で語っておくべきだと思った。
するとアウジリオも、正直なところを吐露してくれた。
「わしとて、本音を言えば他国の、ましてや辺境の地に嫁がせたくはない。あの者が気持ちの良い男だということは分かっている。だが、それでも祖父としては反対したくなる」
「はい」
「だが、同時にこの話を、良い案だとも思った。わしは、ひどい祖父だ」
「……クストディア家との争いのせいでしょう。その政争に巻き込まれたアマリアさんが憐れですけどね」
「うむ」
もっと本音を言えば、もう少ししっかりアマリアを貴族の娘として教育しているか、あるいは婚約者を早々に見付けてあげたら良かったのだ。
中途半端にアマリアを大事に育て過ぎたのだろう。
そのおかげで、彼女の才能が魔法学校で開花したのだろうが。
「まだ、お見合いがうまくいくかは分かりませんし、他にも貴族の方々と同行しますから案外違う方とお話が進むかもしれません。どちらにしても、きちんとお付きの方がいれば、安心でしょう? 少なくともルシエラで鬱々と過ごすよりははるかにましです。そして、彼女のいない間に決着をつけておいてください。お見合いが成功したらどうとでもなるし、勝てるでしょうけれど、最後はやっぱりアマリアさんの気持ちが大事ですからね。見合いが不発で戻ってきたら例の男との結婚話が進んでいた、なんていうのは可哀想です」
「……分かった。おぬしのその案に乗ることとしよう」
パンッと自らの太腿を叩く。決定したことを自分自身に言い聞かせているようだった。
その音に驚いてブランカが体をビクッとさせ、
「みゃっ、みゃぅ、みゃぅぅ!!」
と鳴き出したのには笑った。なんといっても驚いてキョロキョロした姿が、あまりに可愛かったので。
同じように感じたらしいアウジリオも、肩の力を抜いてブランカに謝っていた。
夕方、一度所用で戻ってきたというアマリアの父とも顔を合わせ、シウは彼等に勧められて公爵家でアマリアと共に食事を頂いた。
アマリアの父ベルナルドは夜会のため出かけたが、アウジリオは途中までいてくれた。彼女の兄も王城の夜会へ出向いており、会うことはなかったが、屋敷の人はおおむねシウのことを好意的に受け入れてくれた。
帰る際には馬車も用意してくれ、リコにも聞けば十分なもてなしを受けたということだった。
「待つだけって大変だよね。ありがとうございます」
「いえ、とんでもない。それに案外楽しいのですよ。お屋敷の家僕などから他家の話が聞けますし、食事も良いものを提供されます。仕事をせずに楽ができるので、お付きは慣れてしまうと良い仕事ですね」
気を遣ってそう言ってくれたのだろう。
他家で過ごすのは気が張るし、失敗して主家に迷惑もかけられない。
シウだって、半日過ごして肩が凝ってしまった。
「早く帰りたいなあ。帰って、慣れたご飯が食べたい」
「食べられたのでは?」
「だって、小さいのがちょっとずつ出るんだもん。食べた気がしない」
そう言うと、リコがくすくす笑い出した。
「食べ盛りの頃ですからね。シウ様はよく召し上がられますし、そのうちぐんぐん大きくなるのでしょうね」
優しい視線と言葉に、シウは嬉しくなって頷いた。
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