044 世界最高峰の魔法大学校




 ラエティティアが言うには、魔法使いとして勉強するなら、世界最高峰と呼ばれるの魔法大学校に進むのが良いらしい。

「シウは本を読むのが好きでしょう? だったら、ロワルの王立図書館なんかより、ずっと豊富な本がある学校図書館はどう?」

 本と聞いて、思わずシウの目が輝いた。スタン爺さんが苦笑しつつ、話を継いだ。

「そうじゃのう。特に、魔法書については禁書レベルのものまで揃い踏みということじゃ。それ以外でも、蔵書数は群を抜いておるそうじゃよ」

「そうなの?」

 途端にわくわくして、シウは身を乗り出した。ところが、だ。

「でもさ、大学校ってあれだろ? ラトリシア国の魔法学院。あそこ有名人の推薦か、国でも最上位学校の成績優秀者じゃないと、入学資格がなかったんじゃないのか?」

「あ、そうね。でもシウなら大丈夫なんじゃない?」

「どこに有名人がいるんだよ」

「あら、普通に魔法学校へ入ればいいじゃない。そこで上位成績者になればいいのよ」

「……気の長い話だぜ」

「そうかしら。だってシウはまだ十二歳よね?」

「ティアさん、シウ君は正確には十一歳です、まだ」

 エミナに細かく訂正されて、シウは笑った。

「だったら、学校に通える年齢よね。というか、次の年から通えるんじゃないのかしら。確か、前に十一歳の子が受かったとかなんとか新聞で読んだもの」

「そうなの?」

 シウが問いかけると、エミナが答えてくれた。

「学院は十二歳から入学可能だから、同じ学院の魔法学校もそうだったはず」

 しかしである。たくさんの本には興味あるが、

「だけど、学費がなぁ」

 勿体無いからなぁ、と考えていたら、周りの大人たちが考え込んでしまった。そして。

「……学費ぐらい出してやるぞ」

 と、言い出してしまった。しかも、続けざまにスタン爺さんまでも。

「いや、そこはわしが出すべきじゃ。わしも、前から学校に通えばええと、勧めておったんじゃがのう」

「うん、俺たちからも用意してあげるよ。アグリコラの件でも、魔法袋のことも、助かったんだしさ」

「そうよ、将来に投資と考えれば安い物だわ」

 誰か一人、計算高い発言があったが、お茶目な台詞ということにしておこう。

 それよりも話を進めようと、シウは返した。

「学費程度ならあると思う。どれぐらいの費用か分からないけど、たぶん。ただ、僕は時間が勿体なくて。ほら、知識がかぶっていることも多いよね?」

 知っていることを教わるのは時間が無駄だと、シウなどは思ってしまう。

 だがそこにも、解消の手立てがあったようだ。

「あ、飛び級できるわよ。試験に合格さえすれば、次へ進めるもの。授業は選択制だから、必要最低限で済むしね。そうやって上の学校へ進む子もたくさんいたわよ」

 それに、とエミナが説明を続ける。

「上位成績者には奨学金も出るの。少なくとも、ロワルの魔法学院に通う間はここから通学できるでしょう? 生活費が大変になっても、あたしたちがいるわけだし。もっと頼ってくれていいんだからね。シウ君は、なんでも全部一人でやろうとするんだから」

 エミナが段々とお母さん発言になってきて、シウは嬉しいやら恥ずかしいやらである。

 そしてとても有り難い。ちょっと照れ臭くて赤くなってしまった。

 キアヒが肘でツンと突いてきたので、同じようにやり返したら、周囲から笑いが漏れた。照れているのが面白かったらしい。

 益々赤くなるシウだった。



 ラトリシア国にある魔法大学校へ入ることを前提に、まずは王立ロワル魔法学院について調べてみた。こちらの学校にも図書館はあって、中身もかなり充実しているようだった。シウは、本格的に学校へ通うことを視野に入れだした。

 エミナの言うとおり、飛び級システムがある。それに、朝から晩まで授業があるわけでもない。稀に働きながら通う人もいるそうだ。

 学費については自分で出すと宣言した。

 育て親の爺様から、大金ではないが、数年暮らせるぐらいは遺産として貰っている。

 王都へ出てくるにあたって、盗賊を返り討ちにしたこともある。その時に没収したものや、狩りの成果もあるのだ。それに最近は魔法袋が売れている。口コミなのでたくさんというわけではないが、それでも「魔法袋」だ。十分なお金になっていた。第一、学費に必要な現金なら、爺様の遺産だけで事足りる。

 そう言って、シウは皆の親切をお断りした。

 とはいえ、節約はしたい。だから、奨学金をもらえるよう、頑張って勉強することにした。次年度入学の試験申し込みも、なんとかギリギリ、滑り込みで提出できた。


 そして、肝心の試験当日だが――。

 想像以上に簡単で、あっという間に終わってしまったのだった。

 

 考えてみれば、「学院」の受験資格の最年少は十二歳だ。そんな子供の受ける試験が、難しいわけがなかった。この世界での中学生レベルを超えていれば良い。そして、この世界の中学生レベルは、シウの知っている世界の小学生レベルだった。

 試験の最中、無駄に「ひっかけ問題だろうか」と悩んだのは何だったのか。

 とにかくも、シウは無事に、ロワル王立魔法学院への入学資格を得た。

 奨学金がどうなるかは入ってみないと分からないので、それまでにできるだけ稼ごうと思っている。ただ、ギルドの仕事は順調だし、シウの魔法袋もぽつぽつと売れていた。もしダメだったとしても特に困ることはないと、思い始めたシウである。




 シウの毎日は、平和に過ぎていった。

 フェレスも順調に育ち、元気いっぱいに走り回っている。

 ギルドでは十級ランクの仕事ばかりを受け、喜ばれていた。魔法袋の制作も進んでいる。作り置きも含めて用意したが、魔法を使っての制作は早すぎて、貯まる一方だ。

 キアヒたちに依頼されていた魔法袋の鞄も出来上がり、《使用者権限》もパーティー全員分で付けた。

 キアヒたちとは勉強会だけの時よりも親睦を深めていた。勉強会は続いていたし、ラエティティアとはお茶を飲みに行ったりもした。

 グラディウスの剣も、順調に修理が進んでいるようだった。

 同時に、彼等との別れも近付いていた。


 いつもの勉強会のため、シウが鷹の目亭に行くとアグリコラも来ていた。

 剣がとうとう完成したらしい。次の風の日に、王都の外で試し切りを行う、という話し合いだった。それにシウも誘われた。

「泊りがけで、ロワイエ山まで行こうと思ってな」

 キアヒが、馬車の手配をするそうだ。人の足では、ロワイエ山は遠い。馬車でも日帰りは厳しいだろう。六人で移動するなら馬車が安上がりで良い。

「野宿かー。久しぶりだなあ」

「シウは王都まで、一人で歩いて来たんだよな。考えたら偉いぜ」

「えへへ」

 彼等の前だと、シウは何故か子供に戻れる。照れ臭くて頭を掻いた。

「ま、でも、俺たちの方がプロだぜ。任せておけ」

 どんと胸を叩いて請け負うので、シウもお任せしますと頭を下げた。


 勉強会にはアグリコラも参加した。グラディウスに聞いて、前から興味があったようだ。シウと話すうち、お互いに興が乗り、魔法の節約術について語り合った。

 アグリコラは、こんなに面白いなら最初から参加したかったと頻りに残念がっていた。シウと同様、研究したり実験するのも好きで、本を読むの大好きだと言う。今後はこのロワルに腰を落ち着けて、今お世話になっている鍛冶屋で働くそうだ。

 シウは、グラディウスたちがいなくなっても会おうねと、約束した。


 ロワイエ山へ行く当日は、朝日も昇らないうちに、王都を出た。

 馬車の中はのんびりとしている。早朝ということで、眠気があるせいかもしれないが、静かだ。御者はグラディウスとキルヒが交替でやってくれるので、シウたちは暇だった。

「なあ。試験って、そんなに簡単だったのか?」

「うん。びっくりした。あと、魔力があるか調べられたり」

「水晶で?」

「そうそう。あ、【プライバシー】が全然ないんだよ、信じられない」

「ぷらいばしー、って何だ?」

「えーっと。個人の秘密? 個人的なこと、かな。だって、能力のことは秘密だよね」

「そうだよな。ギルドは徹底してるんだけど」

「そう。情報管理がいい加減でびっくりしたよ」

「それ、まずいんじゃないのか?」

 心配顔のキアヒに、シウはこっそり小声で教えた。シウに鑑定魔法があるのは、彼等も知っている。ちょこっと誤魔化したら、良いはずだ。

「妨害したから大丈夫。えっと、情報操作?」

「……お前ねえ」

 呆れたような顔をされてしまった。

「鑑定持ちは良いよな。お前、鑑定レベル五あるだろ?」

「……あははー」

「笑ってないで、誤魔化せよ! ったく」

 心配になるぜ、とキアヒは零した。アグリコラは驚いてシウを見るだけで、ラエティティアは肩を竦めている。

「とにかく、それぐらい情報管理がまずいんなら、気を付けろよ?」

「分かった。でも、まさか目の前でステータスをバラされるとは思わなかったよ」

 試験会場では、係の人が平気な顔をしてステータスを読み上げるのだ。シウは冷や冷やしてしまった。一応、ベリウス道具屋で売れ残っている水晶を借り、何度も偽装工作の練習はしていた。幸い、学校の水晶は精度の低いもので、簡単に誤魔化せた。

 今も、王都で暮らす危険性を考え、常から《状態隠蔽》をかけている。ずっと練習したためか、最近は意識せずとも使えるようになっていた。ただ、万が一を考え、《全方位探索》はともかく《状態隠蔽》だけは常時発動していたい。だから、魔道具での保険も必要かなと考えているところだ。

「やっぱり、魔道具で誤魔化さないといけないかなぁ」

「まあ、もう、今更感あるけどさ。魔道具も、普通は作れないんだぜ?」

「そこはほら、『そういうのが作りたい魔法少年だから、学校に入りました』ってことにしておけば良いんじゃない?」

「本来の目的が『禁書本が読みたい』でもか?」

「禁書だけじゃないよ。古代語が好きだから、学問として勉強してみたい気もするし。とにかく古代書が読みたいな」

「気が知れねー。俺なんて、本読んだら眠ってしまう自信がある」

「あ、わたしもよ」

 ラエティティアが手を挙げた。

「よくそれで魔法使いになれたね?」

 とシウが聞いたら。

「エルフですから」

 と、にこやかに返ってきた。元から魔力のある人は言うことが違う。さすが、他の種族から羨ましがられる種族だけある。

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