045 ロワイエ山での三目熊討伐




 道中、シウはアグリコラとよく話をした。

 ドワーフというと頑固なイメージが強いけれど、新しいことに挑戦する気概があり、また勉強家でもあった。シウの話にも耳を傾け、熱心に質問もしてくる。

 お互いためになる話もあって、ロワイエ山まで延々喋り合ったものだ。

 魔道具の制作も手伝ってくれることになった。シウにとっては意義のある時間だったが、同じ空間にいたキアヒとラエティティアは、早々に脱落していた。

 交替で御者をしていたキルヒとグラディウスも、話に参加することはなかった。

 グラディウスなどは、

「どこの国の言葉で話してるんだ?」

 と、真面目な顔で聞いてきたほどだった。



 ロワイエ山の麓には、昼過ぎに到着した。意外と早いのは寄り道しなかったからだ。

 まずはベースキャンプを置くべく、テントを張る。それから、結界用の魔道具を四隅に置いて設置していた。シウも手伝いながら、彼等の冒険者としての仕事を参考にする。

「本格的なんだね」

「シウとアグリコラは、こういった仕事は初めてだろ? 何事も勉強だからな」

「うん、分かった」

 シウは常に一人行動だったので、キャンプを置くことはしなかった。転移ができるので意味がないのだ。空間庫もある意味、最強の布陣だろう。

 シウにとって、複数人での行動は、爺様以外では初めてのことだった。爺様は、シウが山で一人でも暮らしていけるよう、仕込んでくれた。冒険者時代の話もしてくれた。でも、基本的に彼は引きこもりだった。一人でできることばかりを、教えてくれた。

 今回、修理したトニトルスの「剣の試し切り」で来ているが、ついでなのでギルドから依頼を受けていた。これに、シウとアグリコラも参加している。今回のみのパーティーとして、届けも出していた。アグリコラは冒険者の経験がほとんどないし、シウも団体行動は初めてだ。二人ともお客さん状態だが、パーティーとはどういうものか、勉強させてもらうつもりだった。

「じゃあ、登ろうか」

 そう言って歩き出したのは、ペースメーカーとなるキルヒだ。

 二番手に戦闘力のあるグラディウスが来て、次にアグリコラ、ラエティティア、シウで、最後尾がキアヒである。

 ラエティティアは体力や筋力がないので、自分自身に身体強化の魔法をかけている。仕事の時はこうしていたのかと、シウは納得した。彼女は以前、街中で走るのも面倒だと言っていたのだ。魔力が十分あるから、できることだと思う。

 シウにとっては大したことのない場所でも、ラエティティアには大変な場所なのだ。

 そう思っていたが、どうやらそれは、山育ちのシウだからこその感想だったらしい。一行が目指すのは、山脈でも手前の山で、麓側だった。森の程度で言えば、浅い場所だ。てっきり気軽に行けると思っていたが、他の面々は早々にうんざりした様子だった。

 上りがきつく、起伏に富んだ地形が良くなかったらしいが、山とはそんなものだと思っているシウは賢く黙っていた。


 ギルドで受けた依頼は、魔獣の討伐だった。メインは岩熊で、三目熊も見付けたら討伐するようにと書かれていた。それぞれ四メートル、五メートルほどの大きさだ。

 討伐の証明部位は尻尾だから、他は自由にしていい。

 シウとしては、できれば三目熊が良かった。岩熊は大味で、いまいち美味しくないのだ。三目熊なら味も良しで、素材も高く売れる。

 こっそり《全方位探索》で得た情報だと、岩熊は移動してしまったようだ。このまま三目熊の方に進めないか考えていたら、ラエティティアが気配を感じ取ったようだ。精霊は気ままなので、毎回教えてくれるわけではなさそうだが、便利な存在だ。彼女は木の精霊に好かれているというから、森では断然有利だろう。

 はたして、三目熊のところまで辿り着けた。

 早速、討伐が始まった。シウとアグリコラは、四人の戦いを見せてもらう。何かあれば手伝うが、彼等も自分たちがメインで来ているつもりなので、手出し無用ということだ。

 まず、斥候のキアヒが巣穴から三目熊を誘き出し、ラエティティアが後方から魔法で攻撃する。キルヒの援護を受けつつ、グラディウスが剣で止めを刺すのだ。

 見事な連携で、戦い慣れているのがよく分かった。

 足取りも軽く、特にキアヒとキルヒは双子だからなのか、阿吽の呼吸だ。二人が前へ出たり交代したり、動きが早いのに、支援するラエティティアには迷いがない。二人が望む方向に、矢を確実に当てている。グラディウスは豪快な剣を振るうが、息の根を止める攻撃力はピカイチだった。

 その後も、三目熊を次々と発見しては討伐を繰り返した。

 彼等はそれぞれの得意分野で協力しあっているが、それだけではなく、各自で決め手の攻撃力を持っていた。

 キアヒとキルヒは斥候だけでなく、火と風魔法で火炎噴射が使える。

 ラエティティアは治癒だったり他者の強化という補助魔法も使うが、弓という攻撃力を持つ。

 グラディウスは、さながら剣豪のようだ。普段と違って格好良く見える。戦闘に特化した「剣士」職だろうが、それだけでなく火も使える。特に、トニトルスに火を纏わせて打つ攻撃は、圧巻だった。更には雷を這わせて、雷撃という技も使えた。

 ただ、比較的安全な山での雷撃はやめてほしかった。

「グラディウス! お前、山火事起こす気かよ!」

 慌てて皆で消した。それを言うなら火炎噴射だってまずいと思うが、キアヒたちは一応控え目にしたそうだ。

 グラディウスは範囲が絞れないので、魔法は極力使うなと言われていたのだが、我慢できなかったらしい。トニトルスの出来が予想以上に良かったので、「つい使ってしまった」と言い訳していた。


 辺り一帯の討伐が終わると、すぐさま解体を始める。

 アグリコラがトニトルスの具合を見ている間は、三目熊の剥ぎ取りだ。急いでやらないと、血の匂いで獣が集まるので、全員でやる。

 普段なら、シウは空間魔法を使用するので匂いを気にせず、手早く終えられる。でもこれも、「普通の魔法使い」としての練習だと思えばいい。元々、シウも幼い頃は魔法など関係なく捌いていたのだから、当たり前の作業に戻るだけだ。慣れたもので、キアヒたちよりも手早く解体していく。

 途中で何度もラエティティアに驚かれたが、その度に相手をしていたら時間がない。はいはいと返事をしながら、シウは手を動かしていた。途中から段々と、

「ティア、そこ切り方が雑だよ。できないなら横に置いといて。三目熊の内臓は貴重だから勿体無い」

「あ、はい」

「キルヒは、僕の解体した肉を部位ごとに分けて。皮は僕が剥ぐから。あ、だめ、キアヒ! 皮がダメになるよ」

 つい気になって、仕切ってしまった。


 解体が終わった頃には、皆がぐったりしていた。

「いつもはどうしてたの?」

 たったこれだけで疲労困憊なら、討伐には向かないと思うのだが。シウが聞くと、彼等には彼等の言い分があった。

「証明部位さえあればいいからな。後は燃やすか埋めるか、だ」

「勿体無い!」

「んなこと言っても、解体したって運べないだろう?」

「あ、そっか。でも、これから魔法袋があるから、運べるね」

「……俺、解体向いてない」

「俺もあんまり」

「わたしも嫌。面倒。魔核だけでいいわ」

「俺は食えるから好きだけどな、三目熊」

 グラディウスだけは目を輝かせて言う。彼は、涎を垂らさん勢いで、解体肉を見つめていた。シウは溜息を吐いて、「後で食べさせてあげるから」と子供に言い聞かせるように諭したのだった。



 時間も遅くなったので、解体した三目熊を魔法袋に詰め込むと、急いで山を下りた。

 ベースキャンプに辿り着いた時には夜も遅く、皆が堅焼パンを食べようとするのを、シウは慌てて止めた。こういうこともあろうかと、事前に料理を作っていたのだ。いつものように、魔法袋から取り出す体で、空間庫から料理を取り出す。

 出来立てのスープが入った鍋を見て、皆が涙を零さんばかりに感激してくれた。

「サラダも食べてね! ゆっくり食べるんだよ。その間に、三目熊の焼き肉を用意するから」

「おおー!」

 ゆっくりと言ったのに、ガツガツ食べ始めてしまった。主にグラディウスだが、他の面々もあまり変わりない。それを横目に、シウは即席の竈を作り、空間庫から鉄板と網を取り出して設置した。

 三目熊の、一番柔らかいバラ肉を取り出し、作り置きしていた果汁ソースと酒に漬け込む。自作の醤油はまだ出来上がってないので、洋風の焼き肉といったところだ。それでも醤油モドキに近いものはあるので、果汁と野菜を煮詰めたソースと合って美味しいはずだ。

 その間に炊き立てのご飯を取り出して、おにぎりを作る。

 口直しには、甘めの酢に漬け込んでいた大根だ。

 気になるのか皆がチラチラとシウの手元を見るので、少し早いが肉を焼くことにした。

 網の上にバラ肉を置いていくと、途端に良い匂いがする。

「うわっ、うまそう!」

「何このタレ。俺、初めてかも」

 キアヒとキルヒが寄ってきて、肉を見つめる。グラディウスは最初から見ていたので無視だ。シウは次々と肉を置き、ひっくり返していた。

「はい、小さく切ってるから、すぐ焼けるよ。お皿取ってね。入れてあげるから」

「おおっ!」

「サッと炙るだけで良い人は? この部位は柔らかいから、しっかり焼いても美味しいよ」

「あ、わたしはちゃんと焼いて!」

「俺はサッとでいい! 生でもいい!」

 おバカなグラディウスは置いといて、次々と各自の皿に入れていく。

「ちゃんと野菜も食べるんだよ」

「お前は母ちゃんかよ!」

 笑いながらも、キアヒはちゃんとサラダを食べていた。グラディウスが肉を喉に詰まらせると、アグリコラが苦笑しながら飲み物を渡している。キルヒもラエティティアも、口いっぱいに頬張って、笑顔だ。皆、楽しそうである。シウも、妙に楽しい。

「おにぎりもどうぞ。焼きおにぎりも美味しいよ。あ、パンが良ければ出すけど」

「いや、いい。これも美味しい。俺、結構、気に入ったかも。なあ、キルヒ」

「うん。腹もちが良いよね」

「わたしもお米は好きね」

「ほれはひゃんでもひゃいすきだきゃど、きょめはしゃいこほに」

「口の中に物を入れたまま喋るんじゃないよ」

 グラディウスはキルヒに怒られていた。

 アグリコラも、彼等に負けず劣らず早食いだ。時々、噎せたり詰まらせるグラディウスを、さりげなく助けていた。

 シウも彼等の世話をしながら、つまみ食いしている。マナー的には良くないが、外でバーベキューだと思えば構うまい。

 フェレスには早めにご飯を食べさせていたので、山を下りる時にはもう寝ていた。今もぐっすりと寝ているが、鼻がぴくぴく動いていたので、匂いだけは感じ取っていたようだ。彼は、今日の狩りでも動じることなく平然としていた。将来が楽しみな子だった。

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