043 魔法袋の製作打ち合わせ




 食べ終わって片付けて、のんびりスタン爺さんと話していると、ラエティティアたちがやってきた。こちらも予定時間より随分早かった。

 待ち切れなかったのだろう。

 グラディウスはいなかったので、三人とスタン爺さんが挨拶をした後、話を始める。エミナは甲斐甲斐しく世話をした後、スタン爺さんに追い払われていた。ベリウス道具屋では、風の日はまだ仕事をするのだ。

 シウは隣室で話を耳に入れながら、フェレスを遊ばせていた。

 フェレスは、みぎゃむぎゃと鳴きながら、昨日の騒ぎの事はすっかり忘れて楽しそうだ。あの後もけろっとしていて、後に残らないのは良かった。

 フェレスは猫型騎獣の割には犬のようなところがあって、大好きな玩具を持ってきては投げろと強請る。ちなみに、この本宅には玩具がたくさん置いてあるのだが、これらは全てスタン爺さんが用意したものだ。

 シウがフェレスとじゃれ合っていると、少し大きめの声が聞こえてきた。

「じゃあ、あの、本当に作ってもらえるんですか?」

 キアヒが年相応の顔をしていた。まるで純朴な若者のように頬を赤く染めている。ああしていると若者らしくて良いのにと、シウなどは思う。が、年若いパーティーでは、周囲に舐められないよう、大人ぶる必要があるのかもしれない。

「お前さん方なら、構わんじゃろう」

「……すげー! すっげー、嬉しい!」

 スタン爺さんが微笑ましそうにキアヒを見ながら、続けた。

「形はある程度融通が利くのでな。鞄を作るのは、シウじゃ」

 彼の言葉に、全員の視線が一斉にシウへと向いた。驚き顔だが、シウも同じだ。スタン爺さんが、鞄作りの方をバラすとは思わなかった。彼等には、付与魔法――使える人間を特定しておく《使用者権限》の魔法――の件だけ話すと思っていた。

「空間魔法持ちと、シウの鞄は相性が良いんじゃよ」

「そうなんですか」

 キルヒが感心したようにシウを見つめる。

「だからの、使用者権限の付与も、シウが付けることが可能じゃ」

「へえ」

「これが鞄の見本じゃが、どうじゃ」

 スタン爺さんに作った分と、現在頼まれて作成している女の子のものを出してきた。後者も完成しているので、最後に、本人を前に《使用者権限》の付与をするだけだ。

「あら、可愛い……」

 ラエティティアが羨ましげに呟いた。

 確かに女の子用なので、丸みを帯びて可愛らしい。と言っても、長く持つという実用性も兼ねての革製品だから、年を経ても使えるように作っている。エミナにも頼んで、かなり試行錯誤したので感慨深い品だ。

「シウは何でも作れるのねえ」

「田舎育ちは何でもできないと生きていけないんだよ」

 そう言って笑う。シウは着るものも、王都に来るまでは全部自作だった。田舎仕様のそれは、あまりに「ダサい」らしく、エミナから何度も指摘された。彼女から、強制的にお下がりをもらったこともある。

「鞄の形、希望があれば言ってね」

「シウが持ってたリュックもいいわね」

「あれは布だよ? それに、背負うタイプは魔法袋としては向かないんじゃないの?」

 咄嗟の時に取り出せないのは問題ないのだろうか。シウの疑問に、皆も考え込む。

「そうか、そうだよな。それに、斜め掛けだと邪魔になる可能性があるぞ」

「それこそ魔法袋なんだから、薄手の形にしてしまって、背に沿わす感じはどうかな?」

 前世で、若者が持っていた鞄を紙に描いて、見せた。ボディバッグというはずだ。

「おお、格好良いな!」

「これを前に掛けて、防御に使ってもいいかもね」

「……防御?」

「付与するの?」

 キルヒとラエティティアが同時に返してきたので、シウは首を横に振って答えた。

「うーんと、岩猪とサラマンダーの皮なら持ってるんだよね。これで結構防御になるみたい。あと空間魔法自体が防御になるみたいだよ」

「……聞いたことねえぞ」

「え?」

「俺たちの持つ魔法袋には、そんな防御機能はねえ」

「そうなの?」

「ああ。そりゃ、普通の布や革よりは頑丈だが、破れることもあるそうだぜ。だから破れないよう大事に扱うんだ。でないと中身ごと使えなくなる」

「ほー、そうじゃったのか」

 スタン爺さんも知らないようだった。そもそも、魔法袋は高価なので大事に取り扱うのだろう。今更ながらに気付いてしまった。この防御機能については、商品の耐久性を調べる実験で、シウも知ったのだ。てっきり、そういうものだと思い込んでいた。

「えっと、でも。結構耐えられる、みたい」

 シウが曖昧に発すると、キアヒは「……そうか」と溜息のような相槌を打った。

「あー、それにしてもさ。岩猪やサラマンダーの皮なんて、すごいもの持ってるね」

 キルヒが間に入って話を進めてくれた。シウもそれに乗る。

「王都へは、狩りをしながら来たんだ。岩猪なんて森に入ればたくさんいるよ。サラマンダーは、盗賊の住処にあったのを貰ってきたんだ」

「……貰ったのか」

「うん。あ、盗賊の持ち物は、拾った者に所有権があるんだよね?」

「まあな。ちなみに盗賊はどうしたんだ?」

「ええと、街の護衛官の――」

「突き出したのか?」

「……詰所の前に置いてきた」

 そうか、そう言ってキアヒたちはシーンとしてしまった。


 岩猪を「たくさん」倒すのも盗賊を捕まえるのも、見習いレベルの子供が行うには、おかしなことらしい。とはいえ、彼等の驚きは続かなかった。

「ま、シウだからな」

 という言葉で締め括って、終わりだ。

 その後、鞄の意匠の話に切り替わり、皆でわいわいと騒いで過ごした。

 昼ご飯は皆で一緒に、スタン爺さんの家で食べることになった。

 シウが作ったものを、我先にと喜んで食べてくれるのは嬉しい。エミナもいつもなら、彼等と同じく「我先に」と食べるのだが、この日は違った。ずっと、ラエティティアを甲斐甲斐しく世話しているのだ。思わず笑ってしまった。そんなに好きなのかと、スタン爺さんも少し呆れていたようだった。


 食後にそれぞれ珈琲や紅茶、シウは香茶を煎れて楽しんでいると、昨夜の話になった。

 シウがソフィアとの一連のやりとりを説明すると、エミナとラエティティアが怒り出した。彼女たちは、可愛いフェレスを交換しろと言われたことに、腹を立てていた。けれど男たちは、少女の考え方の恐ろしさにゾッとしている。

「あんな子が増えたら怖いよな」

「大商人の子だろ? でもこれが貴族だったら、もっとまずいんじゃないの」

「だよなー」

 そこでふと思い出して、

「学がないって言われたんだよね」

 とシウは言った。

「実際、僕、学校に通ったことないし」

 今生でも経験がないので、学校にあんな少女ばかりだったらと思うと、怖くもある。

 エミナやアキエラといった人もいるのだから、おかしな人間ばかりじゃないのに。

「シウ君は賢いんだし、学校なんて行かなくても大丈夫じゃない?」

「だよなー。俺たちに勉強会を開いてくれるぐらいだし」

 エミナの言葉に、キルヒが頷いた。が、ラエティティアは少し思案顔だ。

「……でも、学校に通うのも、悪いことばかりじゃないわよ? たぶん、だけど」

「たぶんって、なんだよ。大体、『あんなのがいる学校で何を教わるんだ』なんて、言ってたくせに」

 笑いながらキアヒは言い返していたが、ラエティティアは笑わずに、スタン爺さんを見た。

「シウみたいな研究肌タイプは、逆に学校へ通うのも良いように思えるのだけど……」

 彼女がそう言い出したのには訳があった。

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