399 将来の不安、懐かしい人との再会
昨夜のことを思い出すと、妙な気分になる。
朝ご飯を作りながら首を振った。
冒険者の男達に、自分がまだ子供だと話したら、シンとしてしまってお通夜状態になったのだ。
何人かは真剣な顔で慰めてくるし、マルコは自分が言い出したくせに「言いだしっぺは誰だ」と怒り始めるし。
誰かが、13歳でそれはないんじゃ、と言って殴られていた。
確かに自分でも遅いなーとは思ったが、前世でも精通は遅かった。
そもそも性欲らしきものもほとんどなかった。
それは若い頃の栄養不足に、顔の火傷のせいで精神が引っ張られていたせいもあるだろう。でも元々の体質というものもある。
老齢になった時にテレビで見たのだが、草食男子というのが一時期流行っていた。その時に、ああこれは自分のことだなと思った覚えがある。
元来そういった方面に疎いのだ。
神様は、脱童貞をと望んで転生させてくれたようだが、今世でもそう上手くはいかないようだ。
どちらにしろ、シウは好きでもない相手とどうこうしたいと思わないので、これぐらいで丁度良いと思う。
今は楽しいことも沢山あるので、特に困っていないし。
なので、あまりに気を遣われてしまったから、妙な気になってしまった。
良くも悪くもこの時代の男性、特に冒険者達は「男」であるため、シウのような人間が理解できないのだろう。あれほど狼狽されたのは初めてだった。
「どうしたの、シウ」
料理しながら笑っていたようで、リュカが起きてきてシウを見上げ、首を傾げた。
「面白いの?」
シウの手元を覗きこんで、何かあるのかと思案気なリュカが可愛い。
「ううん。思い出し笑い。昨夜の冒険者さん達が面白かったから」
「冒険者! みんな優しいねえ」
「そうだよね。リュカも可愛がられたでしょ」
総じて子供好きな男が多いのだ。彼等の結婚率が低いのは勿体ない話である。きっと良い父親になれるだろうに。
「高い高いしてくれるんだよ。ハーフでも、気にしないの」
「そうなんだよねー。気の良い人が多いよね」
「うん!」
にこにこ笑って、ご飯作りを再開した。
ふと、シウはこのまま成長が遅くなるとして、ハイエルフの血を引く人間というのはどういう人生を歩むのだろうと考えた。
本を読み漁ったものの、ハイエルフについてはほとんど知られていない。
ましてや、その血を引く人間となると、迫害を恐れて逃げ隠れしている彼等の事を知る者などほぼいないはずだ。
ククールスはエルフであり、ハイエルフ側の詳しい事情も知らないので聞いたところで逆に困るだろう。
もう少しきちんと調べた方が良いのかなと思って、浮かんだ顔に懐かしさを覚えた。
今年に入って一度も会っていない。
そう思うと、急に会いたくなった。
よし、と思い立って通信魔法で連絡を入れてみると、新しい通信方法に驚いていたものの、時間はあるというので会いに行くことにした。
ロランドには泊まりになることを告げ、リュカには帰ってきてから遊ぶと約束して屋敷を出た。
王都の外へ出てから、転移を使ってフェデラル国とロキ国の国境付近にあるフゲレ砂漠へ飛んだ。遠いせいで、魔力量が一気に使用されたのが分かる。魔力量計測器を見たら恐ろしい数字が叩きだされていた。
「うわっ」
びっくりしつつ、全方位探索を強化してフェレスに乗ったまま上空から見下ろしていると、目当ての人を見付けた。
砂漠ばかりの世界で目印がないから、全方位探索が使えて良かった。
そこに転移すると、目の前に現れたシウを見てさすがの彼も仰け反った。
「……!! シウかっ」
「ガル!」
両手を広げられたので思わず胸に飛び込んだら、本当にそのまま抱き締められた。
何故かとても懐かしい気がした。泣きそうなほどだ。それだけ会いたかったのだろうか。
ガルエラドは暫くの間、シウを抱き締めてくれていた。たどたどしい手付きながらも、時折頭を撫でてくれる。彼らしくもない仕草に、シウは笑った。
それでガルエラドもようやく口を開いた。
「久しぶりだ。どうした」
口調には心配している気持ちが含まれていた。体を離すと、表情は変わらないものの、目が語っている。
「お前が理由なく会いに来るとは、思えないのだが」
「うん、まあ、相談したいことがあった、かな。でも顔を見たらホッとした」
「そうか」
相槌を打つと、ガルエラドは視線を外した。シウの後ろを見るので釣られて振り返ると、フェレスがうろうろしたままどうしていいのか分からないといった様子で見ている。
「フェレス、ごめんね」
「にゃ」
「おいで」
「にゃーん」
駆け寄ってきて体をすりすりするので撫でてあげていると、ガルエラドがふと笑ったのが分かった。顔には出ていない。彼の雰囲気から、そう伝わるのだ。
シウはフェレスを撫でながら、自分よりはるかに背の高い男を見上げた。
「ところで、アウルは?」
「安全なところに置いてきた。この砂漠を連れ歩くには、あの子は弱すぎる」
「大丈夫なの?」
「……心配だが、仕方あるまい。できるだけ早く戻るつもりだ」
「手伝えることがあるかな」
「……いつも、シウには助けてもらってばかりだ。我には返せるものがなく、心苦しいのだが」
「そんなのはいいよ。それに、角を触らせてもらったし」
そう言うと、ふっと今度は本当に笑ったようだ。ほんの少し頬が緩んだ程度でも、シウには充分に伝わってきた。
ガルエラドが今やっていることは、砂漠竜の大繁殖期による暴走を抑えることだった。繁殖自体は構わないのだが暴れすぎると周囲に影響を与える。
その為、調整しているのだ。
「フゲレ砂漠は広いのでそう影響もないだろうが、オアシスに住む獣人族もいるのでな」
「誰も住まない場所へ誘導するようにしてるんだ?」
「そうだ。竜人族だからこそ、竜を操ることが出来る。と言っても我の力はまだまだ低いのだが」
砂漠を見渡し、小さな溜息をもらしていた。
「では、探す間にお前の話を聞こう。それとも落ち着いて話す内容か? ならば、アウルのところへ戻ってからでも良いが、どうする」
「ううん、移動しながらで良いよ。それより邪魔してごめんね」
「いや。我も、なかなか捗らぬので煮詰まっていた。丁度良い、というとシウに悪いがな」
それで? と話を向けられる。
シウは、何度か頭の中で咀嚼しつつ、ガルエラドに今の悩みを相談した。
シウが孤児であることとその時の様子を話した上で、自分がハイエルフの血を引く、しかも先祖返りと呼ばれる男の子供かもしれないと最後に語り終えた時には、ガルエラドの顔は険しいものとなっていた。
普段が無表情だけに、怖い。
「……それを、誰かに話したか?」
「ううん。教えてくれたエルフの男性しか知らないと思う」
「そうか」
岩場を見付けてそこに座ると、両手を組んであらぬ方を向いている。
しばらく黙っていたが、やがてガルエラドは重い口を開くように、低く語り始めた。
「これも運命か」
ふうと深い溜息を吐いて続けた。
「アウレアがハイエルフだというのは、知っているな?」
「うん」
「あの子もまた、ハイエルフの血を引く一族の出身者だ」
「え、人族と交わった?」
「そうだ。人族と交われば、それは純血種ではない。だが、お前の父と同じように、狭い共同体で暮らしていれば当然ながら血は濃くなっていく。アウレアの両親はいわゆる先祖返り同士だったのだ。そのせいで、純血種となった」
隠れ里に住み暮らしていたらしいのだが、どうしても里を出る必要が出てきた。両親は一族の中でも強力な戦士であったため、里を出る代表者として選ばれた。
彼等の里と協力関係にあった竜人族の里からは、ガルエラド達が選ばれた。
共に旅に出たのだが、その際に妊娠していることが分かり、旅の途中でアウレアが生まれた。
「弱っているところを、襲われたのだ。道中どこかで見られていたのだろう。アポストルスの者どもに……」
「大昔に袂を分かったハイエルフの一族だね。帝国崩壊を乗り越えた一部の人達だって聞いたけど」
「そうだ。元々、狂信的な一派だったと言われている。王族の中でもとりわけハイエルフ至上主義者ばかりが集まった、一族だ。彼等の考えについていけなかった者の一部が、今の隠れ里を作った」
「……アウルのご両親は殺されたんだね」
「そうだ。生き残ったのは数名のみ。我はアウレアを託されたので、任務から外れた。今では竜の管理者としてのうのうと生きている」
彼の言葉には、任務を遂行できなかった悔しさや、アウレアの両親を守れなかったという無念さが渦巻いているようだった。
アウレアは純血種であることが知られているらしく、執拗に狙われていたために里へは戻れなかったそうだ。
しばらくは逃げ回る日々を送り、竜人族の協力者から助けられながら暮らしていた。
「あの子が肉を食べられないのは、目の前で両親を殺され、その肉を食う魔獣を見たせいかもしれん。赤子であったが、聡い一族だ、記憶に残ったのだろうと思う」
「そうだったんだ」
菜食主義の秘密がようやく分かった。可哀想に、強烈なトラウマを植え付けられたのだ。
「……お前も、そうだったな」
「僕は生まれてすぐだから、記憶にはないよ。でも、そうだね、アウルと僕は似てるね」
似たような境遇に、しんみりした。
シウがガルエラドに感じる強い郷愁も、彼がシウにとっての爺様のような存在だとどこかで気付いたせいかもしれなかった。
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