400 純血種




「でも、僕の母親と違って、アウレアのお母さんは追われていたわけではないでしょ? どうして安全な里から、いくら強い戦士とはいえ出ちゃったのかな。妊娠していたなら、外してもらえただろうに」

 気になって問うと、ガルエラドは少しだけ口ごもった。それから、小さく答えた。

「ハイエルフの一族は、子供ができ難いのだ。人と交わってからは多少改善されたが、それでもでき辛い。寿命も長いため、考え方が大らかと言うのだろうか、出産に関して頭から抜け落ちていることが多い」

「それって……」

 唖然としていたら、ガルエラドは更に言い辛そうに教えてくれた。

「また、細身の者が多くてな。見た目で妊娠が判明しないのだ。そう、本人もころりと忘れていると、周りは全く気付かん」

「あ、そうなんだ」

 月の物が止まっていても気付かないということか、と思い当たって、シウは苦笑した。

 どれだけ大らかなんだ。

「ましてや、アウレアを生んだ者は、男らしい男でな。悪く言えば大雑把であった」

「……男っぽい人だったんだ」

「いや、男、だ」

「は?」

「正確には両性具有というのか。ハイエルフには性未分化? と呼ばれる者が高い確率で生まれるらしく、アウレアの両親ともそうであった」

「……あ、そうだったんだ」

 またすごい情報が来たものだ。びっくりしていたら、ガルエラドは淡々と続けた。

「アウレアも当初は曖昧だったのだが、最近は男性化してきたようだ」

「……男の子だったの!?」

 一番の驚きだった。ずっと女の子だと思っていたのだ。

「まだ確定ではないがな。稀に変わることもあるそうだ。よく分からんが」

 本当によく分からないシステム、もとい種族だ。

 そこまで考えて、シウは我に返った。

「ぼ、僕も? 僕も将来、女の子になったりするのっ!?」

 ガルエラドの服を掴んで揺さぶると、それまで深刻に話していたガルエラドが笑った。しかも口を開けて。

「ははは、シウでもそのような顔をするのだな」

「いや、ちょっと、笑いごとじゃ」

 アイデンティティの崩壊に繋がることだ。とても大事なことなのに。

 そうした人を差別するとかではなく、自分が自分であるための根源というやつである。

「ハイエルフに限っては、だ。両親はそれぞれが先祖返りであったし、アウレアも純血種だ。だが、シウ、お前は違うだろう? 種族名も人間ではないのか?」

「あ、うん。人間になってる」

「ならば、ただの血を引くハーフと同じで、まず問題ないだろう。その代わり、普通の人間とは違って寿命は長い」

「……やっぱり、寿命は長くなるんだね」

「ハイエルフほどではない。それで安心しろとは言えないが」

 よしよしと頭を撫でられた。

「成長に関しては、ただ単に遅いだけだろう。ハイエルフもハーフも、我等竜人族も、成人まではおおよそ人族と同じだ。竜人族の場合は戦士として長く生きるために、一番良い活動期で成長がゆるやかになるが、エルフ族というのはそれよりも若い年齢で、長く過ごすことになる。大体二十歳頃と言われているな。成人から二十歳頃までがゆるやかに過ぎ、その後は時を止めているのではないかと噂される通りだ」

「知らなかった」

「エルフでも、そう簡単に口にしないからな。昔、エルフ狩りがあって以来、人族に心を許していないのだろう」

 帝国がなくなってから、世界は混沌としたようだ。エルフのみならず、獣人族も奴隷として捕まった例があちこちであった。

 歴史の本には陰惨な事件が幾つも載っていた。

 ガルエラドたちには口伝により記憶が残っているそうだ。

「でも、少し安心したかな。まだもう少しは学校にいられそうだ」

「ハイエルフの血を引くということを隠していれば、人族の中でも暮らせるだろう。二十歳を超えれば、定住しづらいかもしれぬが」

「冒険者になるつもりだから、それは良いんだけどね。住む場所も、今のところ三つあるし」

 笑うと、ガルエラドも微かに笑んで、頷いた。

「でも、将来のことを考えたら、何らかの偽装か偽称はしていた方が良いなあ」

「……一度、我が里へ来てみるか? そこから案内することも可能だが」

 アウレアの両親が住んでいた隠れ里のことだろう。しかし。

「うーん、いいよ。それで追っ手に見付かっても嫌だし」

「転移なら問題はないと思うが、ああ、その分、シウの秘密が漏れるのか。それはそれで面倒事になるかもしれんな」

「今は時々戻っているの?」

 言外にアウレアを預けなかったのか含ませていた。ガルエラドはそれを理解したようだった。ひとつ頷いて教えてくれた。

「竜人族の里には、二度ほど戻った。ハイエルフの末裔の一族とも、一度会って話をしたが、アウレアを引き取ることに躊躇があるようだった。純血種となれば狙われる率は高くなるのでな」

「それでまだ、あちこちを放浪しているんだね」

「仕方のないことだ。アウレアには大変なことだが、これもまた運命なのだろう」

 遠くを見て、ガルエラドは言った。

「ちょうど良いのかもしれん。アウレアは幼い頃から世界を見、知って、己の力を理解するだろう。純血種として生まれてしまったからには、その力を行使するときがきっと来るはずだ。その時に後悔しないよう、幼いうちから世界を学ぶのは良いことだ。我もまた、戦士として強くなるには世界へ出ることが必要だと思っていた」

 今は受け入れているというガルエラドの瞳は強い光で煌めいていた。

 強い人なのだなと、思う。

「僕にできることがあったら、言ってね。僕も二人の人生に関わったうちの一人だから」

「……ああ。もしもの時は頼らせてもらう」

 全力で寄りかかろうとしない強さも、羨ましかった。

 爺様と同じだ。爺様もまた心の強い人だった。信念を持って生きていた。

 シウも、そんな人間になりたい。心の強い人間に。




 それからも近況報告をぽつぽつしつつ、移動した。

 砂漠竜を一度見付けてからは、シウの強化版全方位探索で残りも簡単に見付けだすことができたので、午後はずっとガルエラドと一緒に砂漠竜を追いかけまわす手伝いをした。

 ガルエラドは最初に見付けた一頭を使役すると、それに乗って残りの群れを威嚇しつつ誘導していた。シウも上空から威圧などを使ったり、竜の苦手な薬剤を使って包囲網を作る手伝いをした。後でガルエラドに「臭い」と文句を言われてしまったが、雌竜の持つフェロモンの匂い袋よりはマシだと思うのだ。ガルエラドからすればどちらも同じということらしいが。


 夕方には一仕事終えたので、砂漠の中にあるオアシスへと戻った。

 ここの獣人族はいわゆる蜥蜴人で、ラケルタ族とも言う。

 竜人族と同じで、見た目はほぼ人間に近い。角もない。その代わり、耳がない。耳らしき場所には閉じた穴がある。それが耳だそうだ。それから尾もある。こちらは蜥蜴らしい尾だ。一説によると、蜥蜴人は呪いによって姿を変えられた人族の末裔だとか。

 竜人族がドラゴンの人型との間にできた子孫というのとは違う。

 そのせいか、人族からの差別の対象は蜥蜴人の方が大きいようだ。

「ガルエラド様、そ、それは、人ではありませんか?」

 だからか、シウを見て、村の人たちは恐れおののいていた。

「大丈夫だ。この者は人族らしくない人間だ。信頼できる相手だ。粗相のないようにな」

「……はっ。ガルエラド様が仰るのでしたら」

 皆、平身低頭であった。

「もしかして、ガルって偉いの?」

 気になって聞いてみると、苦笑された。

「我など若造よ。偉くなどない。ただ、ラケルタにとってみれば、竜人族は雲の上の存在という立場なのだ。そうだな、エルフとハイエルフの関係に近いのかもしれぬ」

「ああ、そういう」

 蜥蜴と竜は全く別物だと思うのだが、このへん曖昧なようだ。見た目のせいかもしれないが。とにかくも、同じグループとして守っているのだろう。

「あれらは、竜人族を裏切れんのだ。我等もまた過去の約定により、事があれば守る。そのため、アウルを連れて行けぬ時は、預けることも多い」

「そうだったんだ」

 やがて煉瓦造りの頑丈な建物に到着した。中に入ると石で補強されている。

 床には隠しているが、魔法陣の跡だ。ガルエラドは呪文を唱えてから床板をずらした。

 すると地下へ続く階段があった。

「隠れ家のひとつだ。さあ、入ってくれ」

 永遠に続くかのような深い階段を十分かけて下りていくと、そこには壮大な景色が広がっていた。


 砂漠のオアシスの真下に、未発見の地下遺跡があった。

 少なくともシーカー魔法学院の大図書館にある本には載っていなかったはずだ。

「すごいねえ」

「古代遺跡としては、旨味のない地方都市の一部のようだが、我等にすれば隠れるのにちょうど良いのだ」

「そっかあ。逃げ道も確保しやすいね。もう探索は済んでいるんだよね?」

「かつての同胞が、探索は済ませている。めぼしいものもないので、見付かっても痛くはないが、隠れ家として利用しているのでな」

「もちろん、誰にも言わないよ」

「助かる」

 幾つかの通路を進み、ある部屋の前で立ち止まった。

 合図を口にすると、中から扉が開いた。うかがうように、女が顔を出す。

「ガルエラド様。おかえりなさいませ」

 四十代の蜥蜴人の女で、アウレアの面倒を見てくれていたようだ。ガルエラドが彼女を労うと、彼女は屈託なく笑った。それからシウを見て少し眉を動かしたものの、特に何を言うでもなく部屋を出て行った。

 ガルエラドがいる間は、世話を焼かないで良いという約束でもしているようだ。

「あ、シウ! フェレもー」

 久しぶりに会うと、赤ちゃん語から随分と成長していた。

 アウレアは相変わらずきらきらと輝いている。さぞ、美しい人に育つのだろうと思わせる可愛さだ。

「覚えててくれた? 最近会ってなかったから忘れられたかと思ってた」

「アウル、忘れないよ?」

 駆け寄ってきて、きゅっと抱き着いてきた。シウの腰に手を回したまま見上げてくる。

「シウだもんー」

「良かった。ありがとね」

「はい!」

「にゃぁん」

「あ、フェレー。ふさふさ。きゃあっ」

 フェレスの尻尾にまみれて、アウレアは嬉しそうに笑った。シウから離れると今度はフェレスに抱き着いて、きゃっきゃと楽しそうだ。

「フェレスは人気者だなあ。どこに行っても可愛がられるんだよ」

 ガルエラドに言うと、彼もまたにこやかに一人と一頭を見ていたようだった。頬が少し緩んでいる。

「フェーレースは可愛いが、特にこの個体は愛嬌がある」

 個体という言い方がおかしくてフッと笑ったら、ガルエラドがシウを見下ろした。

「主に似たのだろう。お前も愛嬌がある」

「……そう?」

「ああ。大人のようなふるまいを見せるのに、時折、可愛らしいことをする。騎獣は主に似るというが、本当だな」

「……そっかな」

 おべっかを言わないタイプの人から褒められるとより恥ずかしいものがある。シウはてれてれしながら、頭を掻いた。

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