401 未発見の地下遺跡と忌避食の由来




 晩ご飯はシウが腕に縒りを掛けて作った。

 そのご馳走に、アウレアは飛び上がって喜んでくれた。

 砂漠では食材に乏しく、蜥蜴人がたんぱく質として重宝している蟻などの昆虫も見た目が怖くて食べられなかったそうだ。以前にシウが渡した魔法袋の中の食材をちびちびと食べていたらしい。

「可哀想に……」

「う、む。それは、そう思うのだが」

「でも仕入れるのも大変だよね。料理も慣れたって、できない人はとことんできないし」

「……む」

 言葉もなく、ガルエラドは落ち込んでいた。

 責めているつもりはないのだが、面倒を見ている者としては思うところがあるのだろう。

「また、魔法袋の中に詰め込んでおくね」

「いつも、すまぬ」

「いーよ。料理は趣味だし」

 それに、あることを思いついた。

 晩ご飯の後に、早速とりかかる。

「何をする気だ?」

「んー。アイテムボックスの、接着? 自動供給? なんだっけ、こちらから操作できるようにしておこうかと思って」

「……あ?」

 意味が分からないといった顔をされた。

 確かに分からないと思う。まだ誰も作ったことのない魔法だからだ。

「ちょっと待ってね。もう少しで考えがまとまるから。えーと、これだと穴がないよね、イメージだけでも、しっかり、してると、おっ」

 試作品を2つ取り出しておいて、そこにつなげてみたのだが、できたことが確認された。何度か試してみたが問題はなさそうだ。

「できたよ! これで、1から2へ移動が可能だ。反対も、っと、よし、できるようになった」

「……なんという、ことを」

 ガルエラドの無表情が崩れていて、面白かった。

「これから、定期的にアウル用のご飯を入れておくよ。そっちからも隠しておきたいものがあればどうぞ。念じながら入れてくれたら、僕の持ってる魔法袋に移動するから。ガルの魔法袋、使用者権限付けてるけど取られたら失くしたのと同じことだし、これで心置きなく失っても大丈夫だよ」

「そう、か」

 まだ驚いているガルエラドを眺めながら、シウは内心では考え事をしていた。


 シウの空間庫には、シウしかアクセスできなかった。外側から、たとえ魔法袋と言えどもつなげることはできなかったのだ。

 シウ自身の手で、AからBへの移動と同じく、念じれば空間庫へ入れることは可能なのに、Aから空間庫へ「繋げる」ことは無理だった。

 空間魔法の一種だと思っていたが、予想以上にシウ個人に特化した固有魔法だったようだ。

「料理の腕も上がってきたんだ。まだ幾つもレシピを考えているから、入れておくね。あ、ガルの分も用意するから」

「それは、助かるが」

「お礼なら要らないよ?」

「……っ、そうだったな。ありがたく、いただいておく」

「うん」

 シウが作業している間、アウレアとフェレスは転げまわって遊んでいた。食後すぐなのに元気なものだが、子供と言うのは元来こんなものだろう。

 ガルエラドと共に優しい目で1人と1頭を眺めた。



 翌朝、シウはアウレアにあることへ挑戦してもらった。

「おさかな?」

「そうだよ。水の中を泳いでいるんだ」

「……獣とは違うの?」

「違うよ」

 騙したくはなかったので、空間庫に入れているまだ捌いていない状態の魚を見せてみた。もう死んでいるから動きはしないが、見た目は良くないかもしれない。

「人は、物を食べて生きている。他の命の上に生きている。それは、どんな生き物だろうと変わらないんだよ」

「……葉っぱも?」

「葉っぱも水を飲んでいるね。そして土がないと育たないものが大半なんだよ。その土に栄養を与えているのは、僕等生き物だ。命が、循環して、この世の中は動いている」

 循環というのが何かを説明する。円を描いて、話してあげると、小さいながらも意味を理解したようだ。

「生き物たちの命は、廻って行くんだ。次の命のために。だから、僕はいつも食事の時に、いただきますって言うんだよ。あなたの命を頂きます、って」

 心の中で念じていたことを、教えた。

「食べ終わったら、ごちそうさまでした。あなたの命をちゃんといただきました、って。作ってくれた人への感謝も込めて祈る、と言う人もいるけどね」

「シウの、おいしいご飯、アウルもありがとう、だよ」

「うん」

「……あのね、おにくはね、変な味なの。うーんと小さい時に、変なびしゃっとしたのが入ったの。それがいやなの。おさかなは、わかんない」

「食べてみる? もしダメでも、いいんだ。でも食べられるなら、体には良いからね」

「体にいいの? アウル、ガルみたいになれる?」

「……うーん、それはどうだろ。わかんないや。でも、強くはなれるね」

 振り返ってガルエラドを見ると、その体型を見て苦笑した。シウにも無理そうだ。

「アウル、おさかな、たべる」

 小さな拳を作って、ふんっと力を入れる。この勇気に感動すら覚える。アウレアにとって、新しいことへの挑戦なのだ。

 シウは、その場で魚を捌き、調理した。最初は食べやすいようにと、片栗粉を付けて揚げてみた。下味もついたそれは唐揚げと同じだ。同様に子供が好きそうな、エビフライも作る。

 どうぞと出したら、おそるおそる口に入れて、何度か咀嚼すると顔に笑みが浮かんだ。

「おいしー」

「そう?」

「変な味、しない!」

「良かった。気分も悪くない?」

「ううん。おいしいの。……アウル、ありがとういわなきゃ。えと、えと、いただ」

「いただきます、だね」

「いのち、を、いただき、ます」

 たどたどしく言うと、次の皿へフォークを伸ばした。

 アウレアにとって、新たな一歩となったようだ。


 その様子を見て、ガルエラドがぽつりと言った。

「やはり、覚えていたのか」

 シウが促すように彼を見ると、アウレアに聞こえないよう小声で教えてくれた。

「両親の血を、頭から浴びたのだ。その上、魔獣を倒すのに、遠慮もなく目の前で殺したから、その血も浴びてしまった。そのせいで、血の味がする獣が食べられなかったのか」

 逃亡しながらの食事なら血抜きもままならなかっただろうし、衝撃が強すぎて肉類はダメになったというわけだ。竜人族は肉があれば良いぐらいの肉食人種なので、余計に思い至らなかったらしい。

 ガルエラドはその後しばらく、落ち込んでいた。




 その日は、アウレアやガルエラドのために暮らしやすいものを説明してから魔法袋へ仕舞っていく作業に費やした。

 居心地良いテントや四阿セットを見た時にはガルエラドももう驚くのを止めたようだった。

 魔道具類も、結界道具など便利そうなものは沢山渡した。

 防御結界用のピンチもだ。アウレアには別に防御結界のものを施しておく。金属が苦手な種族なので、火竜の革を使って外れない足環を作りそこに付与したのだ。

 小さいポシェットも渡す。

 見た目はただの入れ物なので、魔法袋になっているとは誰も気付かない。

 そこに通信魔道具やポーションなどと共に、共通の魔法袋へつながる道も付けた。

 万が一、2人が離れ離れになったとしても、生き残れるようにとの配慮だ。

 もちろん、何かあったらすぐさまシウが探し出して見せるので、ほんの少しの間の孤独だろうが、それさえ心配だった。

「まるで我が子のようだな」

「うん、そうかも。子供は好きだし、それでも良いな」

「……いずれ我が子ができるだろう」

「そうだといいけど。期待はしてないよ」

 昨夜、シウが精通もまだだという話をしたら、ガルエラドは彼らしくもなく絶句して顎を落としていた。

 聞きだしてみたところ、竜人族は人族よりは若干成長が早いらしく、大抵は7~8歳で来るそうだ。

 さすがにハイエルフの末裔達がどうということまでは知らないらしい。言葉を濁しつつ、妙な慰めを貰った。いわく、行為の如何で男らしさは決まらないだとか、戦士は強ければ良いのだ、とか。

 生粋の戦士に聞くことではなかったようだ。


 午後は、アウレアを地下遺跡に置いて、ガルエラドと共にフゲレ砂漠を探索した。

 まだ幾つかの群れが残っているようなので、シウが探知した結果を元に場所を教えた。

 それを目安に、残りも誘導してみるというので、そこでガルエラドとは別れることにした。

 何度も手を振り、上空まで行くと、そこから転移する。

 乾いた空気のところから、ムッとするような湿度の高い世界へ。

「帰ってきちゃったねー」

「にゃ」

「あっちは、かっさかさの砂漠だったのに、ここは雪がまだ残る森だものなあ」

「にゃにゃ」

「……転移って、良いような悪いような。でもまあ、贅沢な考えか」

「にゃ?」

「なんでもない。じゃあ、かえろっか」

「にゃぅ」

 いつものフェレスが、シウには嬉しかった。

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