第十章 卵石の子供たち

402 打合せ、新しい仲間、蕎麦打ち




 月が明けて、風光る月となった。

 最初の週の火の日である。

 昨夕はリュカと思い切り遊んで、一緒にお風呂へ入り、それから一晩寝てしまうと気分は一新された。

 シウはいつものように研究棟へと向かった。

 古代遺跡研究科の教室ではミルト達が来ており、週末に迫った遺跡潜りの合宿について盛り上がっている。

 いつもは遅刻してくるアルベリクも時間前だと言うのにもう来ていた。

「先生、今日は早いんですね」

「あぅ、シウまで嫌味を言うんだ」

「先生がいつも遅刻するからだ。合宿の時は遅刻しないでくださいよ」

 ミルトが注意している。彼はいつも一番乗りで教室へ入るぐらいなので、先生の遅刻が許せないのだろう。

「分かってるよ。それより、本当にみんな土の日の授業は届け出を提出しているんだろうね? 後で他の先生から怒られるの僕なんだからね」

「もちろんです、先生」

 フロランが代表して答えている。にこにことした笑顔だが、この教室で一番の、変わった人である。

「あー、教授戻ってきてくれないかなあ」

「また言ってる。講師から昇格したのだから喜んでくださいよ」

「責任は負いたくないんだもの」

「研究だけしていれば良いんですよね? でも研究室閉鎖になるかもしれないから、受けたんでしょう? 先生、頑張ってください」

「フロランの笑顔が目に沁みるよ」

「ありがとうございます」

 先生と言えども若いせいか、院に進学したまま研究生となって講師をやっていたからか、アルベリクはいまだに若々しい態度だ。

 ようするに、生徒とあまり変わらないところがある。

 生徒達も馴れ馴れしく付き合っているので、本当に誰が先生か分からない時があった。

 もちろん、授業では様々な知識を与えてくれるので、アルベリクが先生なのは間違いない。

 とにかくも、この日はほとんど授業にならず、週末の合宿についての打ち合わせがずっと続いた。



 午後は魔獣魔物生態研究科で、いつも通り教室でクラスメイト達と昼ご飯を摂った。

 相変わらずマニアックな知識を披露してくれるバルトロメの授業を聞いて、5時限目は自由討論になる。

 専門科や研究科は大抵、2時限続きで、後半に授業の内容を復習したり話し合う場が設けられる。生徒同士のディスカッションで学ぶ姿勢を強めるのだ。

 授業が遅れている時はやらないが、大抵はこうした形を取る。稀に1時限しか取得できない生徒もいるので、必ず前半の授業を取るよう決められていた。後半部分については課題で済ますか、1時限ごとの授業をしている別の先生の授業を選んだりしていた。

 この時期、飛び級したり選択科目を変更する生徒が増えるらしく、生徒の入れ替わりも多くなる。

 マイナーな魔獣魔物生態研究科では、普段なら誰も入ってこないのだが、今回は珍しく生徒が増えた。先生と一緒に数人入ってきて、4時限目は会話もなく授業は進み、5時限目でようやく挨拶となった。

「プルウィアさん、ここに来たんだ」

「ええ。魔獣魔物生態研究って言うからどうかと思ったけれど、希少獣持ちの子が多いと聞いたから選んでみたの。ああ、そうだわ、わたしのことは呼び捨てで良いわよ」

「そう? じゃあそうするね。あ、他の人も希少獣持ちなんだね」

「よろしく」

 ルイスは梟型の希少獣持ち。ウェンディは亀型で、キヌアはナイチンゲール型持ちだ。

「小鳥も良いねー」

「ルスキニアのケリだ。見た目は地味だけど、綺麗な声で鳴くんだよ」

 キヌアがそう言うと、ケリはピュィーッと可愛く鳴いた。

「伝書鳩程度しか使いようがないけれど、可愛いから良いんだ」

 馬鹿にされたことでもあるのか、そんな言い方をしていた。

「僕のウルラはアノンと言うんだ。君の子は?」

 ルイスがプルウィアに聞くと、彼女はツンとした顔をして答えた。

「レウィスよ」

 そういう喋り方の子なのだが、ルイスは機嫌を損ねたのかと思ったらしく、困ったような笑顔で引きつってしまった。

「プルウィア」

「何?」

「もうちょっと愛想良くしたらいいのに。本当は優しい子なんだよ、ルイス」

「ちょっ、シウ」

 慌てるプルウィアを手で制していると、困惑げにルイスがシウを見た。

「あ、うん。えーと、君は――」

「僕はシウ=アクィラで、えーと、フェレスー」

「にゃ!」

 飛んできて、文字通り空中を飛んできたのだが、フェレスがぴたっとシウに張り付いた。興味津々でルイス達を見ている。

「この子はフェレス。よろしくね」

「わあ!」

 ウェンディが目を輝かせた。他の2人も顔を綻ばせた。

「騎獣がいるって聞いてたけど、この子なんだね」

「大抵、大型騎獣は獣舎に預けられていて厳重に警護されているから見れないんだよ」

「ほんと。まさかこんな間近で見られるなんて思わなかったわ」

「綺麗な毛並みだね、この子」

 3人に褒められて、フェレスは髭をぴくぴく動かしていた。尻尾も機嫌よく動かしている。

「にゃ。にゃにゃ。にゃにゃにゃ」

「あ、褒められて嬉しいみたい。あのね、その子達を乗せてあげるって」

「え?」

「気に入った子を乗せる癖があるんだ。君達、フェレスと遊んでくれる?」

 話が通じたのか、それぞれがフェレスに近付こうとした。飼い主達は顔を見合わせてから、そっとフェレスの背中に希少獣達を乗せる。

「にゃ。にゃにゃにゃ」

「遊ぶのは良いけど、余計なこと教えちゃダメだよ。子分ごっこも禁止だからね」

「にゃ……」

「みんなと仲良くね?」

「に」

 はぁい、と渋々了承して、背中に3頭を乗せて教室の後方へ行ってしまった。そこにはお仲間たちが集まっている。

 彼等は彼等だけの世界があり、にゃあだのキーだのと会話のようなものをしていた。

 護衛や従者はそれを微笑ましそうに眺めている。

「す、すごいね」

「こんな光景、そう拝めないわね」

「本当に。このクラス取って良かったかも」

 三人三様に話すと、また皆との会話に戻った。

 プルウィアは少し不満そうな顔をしていたものの、シウが促すと会話に混ざってきた。

 結局、ここにいる者達は獣の話が好きなのだ。

 それぞれの希少獣自慢をしたり、持っていない者も好きな獣の話を混ぜ込んできたりと楽しく過ごした。

 それはもはや授業でもなんでもなかったが、そうした日もあるだろう。

 バルトロメも咎めることなく、生徒達の会話を聞いていた。


 後から入ってきた生徒への授業もあるので、次回からは課題を与えつつ、グループごとに分かれて授業をするとのことだ。

 復習したい者は一緒に先生の話を聞き、新たに勉強したい者は各自課題を見付けても良い。

 途中参加が許される授業の流れがいまいち掴めないが、こんなものだろうと納得して授業を終えた。



 帰宅すると、先日少しだけ挑戦してみた蕎麦作りを本格的にやってみた。

 蕎麦農家の家で作ったものや、爺様の家で作ったものには全然満足していなかったので、幾つかの挽き粉、水に分けて作ってみる。パスタと違って、簡単なように見えて、これがなかなか難しかった。

 蕎麦は前世のシウが好きだったもののひとつで、食の細い愁太郎にとっては外食で選べる数少ないメニューだった。あの味を思い出すせいか、舌がシビアになっているのかもしれない。

 水も、日本の頃と同じような軟水を選んでみた。

 幸いにしてシュタイバーンやラトリシアは軟水傾向だ。デルフ国は硬水が多かったように思う。誰もそんな検査はしていないから知らないだろうが、シウの感触としてはそんな気がする。

「また新しいことに挑戦しているんですね」

 料理長に言われて、シウは思考の海から戻ってきた。

「うん。パスタも良いけど、今度のは蕎麦って言うんだ。低カロリー、あー、健康に良い食材なんだよね」

「ほほう、そんなものが」

「この間、出したお茶が蕎麦の実で煎れたものだよ」

「苦味と甘味が両立した不思議なお茶だったね。匂いが何とも言えず香ばしかった」

 それは楽しみだと、期待する顔でシウの手元を見た。

 そろそろ晩餐の準備で忙しいはずだが、指示は出したまま彼は料理に手を付けていなかった。

「今日は作らないんですか?」

「試験も兼ねて、今日は副料理長に任せているんだよ。最終的な味の判断はするけれどね」

 その言葉を聞いたからではないだろうが、見てみると厨房の人達は全員が緊張の眼差しで料理を作っていた。

 なるほど、試験を取り入れるのも緊張感があって良いのかもしれない。さすがだなあと感心した。

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