403 飛行板の付属品とお使い仕事




 水の日になった。

 生産の教室に入るとアマリアはまだ来ておらず、久しぶりにシウが一番乗りだ。

 これほど早い時間に来たのには訳がある。実はずっと、飛行板に取り付ける付属品のことを考えていた。やはり、もっと早く飛べるように作ってみたかったのだ。

 更には、安定して飛び続けるために持ち手を作ろうと考えた。飛行板に寝転んだ形で飛ぶという案もあったが、それだと大きさを変えなければならないし、立ったり寝転んだりというのは動作的に些か問題がある。

 そこで思いついたのが、ウェイクボードのようなものだった。

 引っ張られて飛ぶという感覚も操作のし易さに繋がるのではないかと考えた。

 蜘蛛蜂の超強力糸の使い道にも合いそうだ。

 早速、図を描きつつ、作り始めた。

 引っ張られてるのだから前方に支点となるものが欲しい。紐を通して、かつ風の抵抗をなくすための結界を張りたい。できれば飛行板のどちらにも速度超過を付与できるものが良いから、その支点が起動するような仕組みとした。

 集中していたら、いつの間にか授業が始まっていた。

 誰も話しかけていなかったのか、あるいは返事をしていないのか。

 ふと浮上して、辺りを見回してから、また思考の海へと潜る。

 しばらくして出来上がり、また顔を上げるとレグロがにやにやしていた。

「いつもながら、素晴らしい集中力だな」

「あ、先生。おはようございます」

「おう。もうすぐ昼だけどな」

「あれ、もうそんな時間なんだ」

 なんとなく首をゴリゴリ回してみた。凝ってはいないのだが、癖だ。

「今度は何だ?」

「飛行板の付属品です。やっぱり、もうちょっと早く飛べたら良いかと思って」

「ほー?」

「あくまでも逃亡用だから、付属品にしたんだけど」

「これが、そうか」

 手に取って眺める。

「なるほどな、ここに魔術式を書きこんで……持ち手、ふむ、引っ張られてか。これだとかなり安定性が増すな」

「寝転ぶよりは材料も少なくて済むし、冒険者しか使わない大前提だと、これで良いかなと思って」

「良いんじゃねえか。しっかし、次から次へとよく思いつくもんだ」

「本当はもっと作りたいものがあるんだけど、技術力が追い付かなくて」

 ルール造りに関してもだ。

 簡単に転移ができるようなシステムも作ってみたいのだが、一般に知らせて良いものでもない。難しい問題なのだ。

「悩め悩め。そうやって、成長していくんだ」

「はーい」

 よしよしと、頭を撫でられた。


 午後の複数属性術式開発でも、新しい仲間が増えていた。初年度生が数人いて、挨拶の後に先生の授業が始まった。

 途中で入ってくる生徒のために、トリスタンは課題を与えるのではなく、自分の研究室の院生を連れてきていた。下の者を教えることも大事な勉強のうちだそうだ。彼等の中から講師になる者も出てくるので、試験と言えなくもない。

 後半は先生も付きっ切りで教えるため、元からの生徒達は自由討論だったり、普段は話す機会のない院生と研究について語ったりしていた。

 シウは先生の許可をもらって、午前中に作った付属品の魔術式を最終チェックしていた。

「あの子、すごい術式を書いてない?」

「古代語のようだけど、途轍もなく早くて読めないな」

「君、それ、見せてもらえないかい」

「あ、先輩方、この状態のシウに話しかけても無駄です。聞こえてないです」

「……そ、そうなんだ」

 いや聞こえているけど、と思いつつものめり込んでいたので返事は後回しにした。

 ようやく何百通りのチェックを終えると、トリスタンのところに走っていき、

「先生、実験を」

 挨拶も何もすっ飛ばして用件のみ伝える。先生も分かったもので、にこりと笑って頷いた。

「ああ、いいとも。好きにしなさい」

「はーい。じゃあまた後で報告書を提出します!」

 言いながら教室を出て行った。

 フェレスも飛んでついていく。

 教室内で、新しく入った生徒達がぽかんとしていたことには気付いていないシウだった。そして、「あの子は自由にさせておく方が良いからね。君らには指導が必要だが、あの子には要らないんだよ」とトリスタンが言っていたことも知らなかった。


 グラウンドでは担当職員が、シウが妙なことをしないか見張っていたので実験がし辛かった。何度もハラハラした声で「危ない!」とか「もう止めて降りてきなさい」とか言うので、仕方なく実験を中止した。

 何も見張らなくてもと思ったが、前回、置物の岩を壊してしまった手前、強くも言えない。信用を取り戻すのは容易ではないようだ。

 諦めて、屋敷へ帰ることにした。

 明日が休みになるので、ギルドの仕事を受けつつ王都外で実験しようと計画を立てた。



 帰ってから、カスパルにお使いを頼まれた。

「同じ派閥ではないけれど、同郷人がお世話になっているからね。お礼の品というと大袈裟だが、先生への付け届けだ。僕が行くよりも君が行く方が、何かと良いだろうから、頼むね」

 すっかり忘れていたが、そういえば先週からオルテンシアの家に同郷の女性2人がお世話になっていた。

 昼休みには、いつものように食堂でいつものメンバーと一緒だったが、普段通りだったのでころっと忘れていた。しかも話題が全く別のところにあったので、誰も言いだしもしなかったのだ。

「先方に連絡してから行った方が良い?」

「いや、この程度なら大丈夫だろう。まあ、それもあって、君にお願いするんだけどね」

「あ、そっか。カスパルだと先触れが絶対いるもんね。どうかすると時間すごくかかりそう」

「そうなんだよね。その点、貴族は不便だとも言える」

「時間がかかる分、吟味できるのは便利なこと?」

「その通り。ということで、馬車で行ってくるんだよ」

 はーい、と返事をして、ローブを着直した。

 魔法学校の生徒なら、これで対外的にはOKなのだ。

 馬車はすでに用意されており、貴族がお忍びで使うタイプのものが引き出されていた。リコが従者としてついてくれるらしく、御者とは別に下男もいた。

「こちらが、お渡しするものです。このようにして抱えて、お相手様の家令に告げてから、当主の前で秘書、あるいは家令にお渡しください」

「はい」

 作法を教えられながら、馬車は進んで行った。


 オルテンシアの屋敷もまた、学校に近い区画にあった。馬車で行くより歩いた方がよほどましなぐらい、近かった。

 フェレスは馬車の中で待機させ、リコに言われた通りに屋敷内へは1人で入った。

 もしシウが多少なりとも位のある人間なら下男としてリコを連れて行っても良いが、庶民なので付けられない。

 第三者から見るとシウ自体が下男のようなもので、お使いに出されて屋敷に伺うことができる、ギリギリの立場である。

 どうかすると、よその貴族家では立ち入らせてもらえない可能性も高かった。たとえ、貴族の使いという紋章を持っていても。

 この場合、簡単に入れてもらえたのは屋敷の主が外国の貴族であることと、シウがシーカー魔法学院の生徒だったからだ。

 貴族の作法とはこのように、いちいち面倒くさいのであった。

 およばれしていない家にはそう簡単にお邪魔できないのである。

「おや、君は確か」

 家令に呼ばれて階段を下りてきたのは屋敷の女主人オルテンシアだった。学校から戻ってきたばかりなのか、まだ外出着のままだ。

「お忙しいところ突然お邪魔して申し訳ありません」

 もし無理なら家令に渡して帰ってきても良いとリコから言われていたのだが、幸いにして家令は気さくな人柄であったし、主を呼びに行かせる時も、

「奥様に、可愛いお子様がいらしたとお伝えしなさい」

 などと従僕に言っていた。

「シウ=アクィラです。先日は大変お世話になりました。僕が下宿している先のブラード家より、先生にお礼をと」

「ああ、そういった堅苦しいのは要らぬぞ。さあ、入りなさい。そのようなところで、寒いだろう。気が利かぬことだ、ナダル、早く客間へお通ししろ」

「はい。申し訳ございません。ささ、どうぞ、坊ちゃま」

「あ、いえ、えっと」

「馬車の方々にはわたくしからお声掛けしておきますゆえ、どうぞ我が主のため、お楽になさってください」

 ということで、さっさと客間へ連れて行かれた。

 これももちろん、普通では有り得ない対応なのだ。

 招かれているならいざしらず、歓待に近い態度にびっくりしてしまった。


 もう一度、簡単に口上を述べ、カスパルから渡された品をオルテンシアに献上した。彼女は興味がなさそうに一瞥すると、それを家令にそのまま渡した。

「そつのない男なのだな、お前の下宿先の主は」

「はあ」

「まあ、貴族とはそうであるべきか。それより、今日は猫は連れてきておらぬのか」

「……フェレスなら、留守番です」

 どこでとは言わなかったが、構うまい。彼女は少し落胆したようだが、気を取り直してシウを見た。

「前にも思ったのだが、お前はシャイターン人の血を引いていないか? 可愛い顔をしている。ふむ。モテるだろう?」

 唖然としていたら、オルテンシアは留まることを知らない勢いで喋り続けた。

「このちんまりとした鼻が良いのだ。この国では理解され難いが、どうしてだろうな。わたしの子供達は何故か、純粋なシャイターン人の割には鼻が高くてな。性格も憎たらしいのだ。小さい頃は可愛かったのだが。ああ、お前は可愛いなあ。よし、抱っこしてやろう。ここへ来い。おひざへ座ろう。な、おい、逃げるな、待て、待たんか」

 家令がお茶を持ってきてくれた時には客間で走り回る2人が見えただろう。


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