404 変人教授と蕎麦宣伝活動と憂鬱な雨雪




 お館様は悪い人ではないのですが、と主に成り代わり家令がシウに謝ってくれた。

「国に残してきたお子様方と会えないので寂しいのです。どうかお許しください」

 そこまで言われては怒るに怒れない。

 いや、怒ってはいないけれど。ただ、変態に追い掛け回された気分だ。

 大体、シウは「可愛い」わけではない。地味だと言われるし、人畜無害に見えるらしいところや、小ささを誉めるしか他にないだけだ。

 だから多分に彼女は変態なのである。


 そうこうしているうちに、従者を付けたバルバラとカンデラが学校から戻ってきた。

 二人とも補講があったらしく遅くなったようだ。従者はベロニウス家が付けてくれたらしい。オルテンシアがやるとは思えないので家令の差配だろう。

「まあ、シウ君」

「シウ、来てくれたの?」

「心配だったので、様子見がてら。どうですか」

 カスパルの名を出すと、また舞い上がってもいけないので故意に隠した。

 彼女たちは顔色も良くなっており、笑顔で答えてくれた。

「とても良いわ。こちらで、ナダルさんからはいろいろ教わるし、メイド長からも礼儀作法について学ぶことが多いの。大変だけれど、寮と比べたら全然楽よ」

「本当に。久しぶりにぐっすり眠れるの。こんな幸せはないわね」

「交替で寝なくて良いものね!」

 なんだかとても怖い話を笑顔でされてしまった。女子寮ってそんなに陰険だったのか、と改めてゾッとする。

 とにかくも、ここでの暮らしに問題がなさそうで良かった。

 さっきのシウみたいに追い掛け回されていないのなら、だが。

 じとっと家令のナダル、そして怒られてソファで踏ん反り返っているオルテンシアを見た。

 ナダルは正確にシウの視線の意図に気付いたようで、にっこり微笑んで首を縦に振った。オルテンシアは女子二人には興味がなさそうだ。

「……ショタ、じゃないですよね」

「しょた、とはなんだ」

「いえ。えーと、オルテンシア先生は、子供好きなんですか?」

「そうなのだ。わたしはな――」

「お館様は、シャイターンの子供がお好きなのです。こう、ちんまりしたお顔が好きだそうで。幼い頃の奥様のお子様たちもそうしたお顔でした」

 主が話しているのに、家令が割り込んできた。どう見ても、これ以上話をさせないための措置に見える。

 女子二人も訝しそうに二人の顔を行ったり来たりと見ていたが、やがて、関わってはいけないと感付いたらしくて部屋を出ていってしまった。

「そう、そうなのだ。あれらは小さい時は本当に愛くるしかった。それがまさか、大人になるにつれあのような顔になるとはなあ」

「奥様」

「性格がまたきついのだ。母に対して、反抗的でな。それもまた可愛いのだが」

「そうやっておからかいになられるから、反発されるのでございます。シウ様に対しても、あまり見苦しい態度をお見せになりますと嫌われてしまいますよ。ご自重くださいませ」

「……うむ。努力しよう」

 さっぱりしとした気性のようだが、どうも自分好みの子を見付けるとおかしくなるようだ。これまでモテた記憶はないが、ここにきて既婚者に熱烈に好かれるとは思いもしなかった。

 愛玩動物的な感じだというのは、あえて無視したシウである。


 その後、晩餐に誘われたものの、どうしても抜けられない用事があると嘘をついて屋敷を後にした。

 名残惜しそうな顔をするオルテンシアに、また学校でと挨拶したら、

「ふむ。ならば、次からわたしの授業に出席しても良いのだぞ」

 と言い出したので、聞こえないフリをして去ってきた。

 礼儀としてはダメなので怒られるかと思ったが、馬車内でリコに屋敷内での「怖かった話」として訴えたら、許してもらえた。

 その後、リコから使用人一同へ、ベロニウス家への季節の付け届けなどは子供を行かせないようにという申し伝えがなされたようだった。



 木の日になり、冒険者ギルドで採取の仕事を受けてから王都外へ向かった。

 朝早くに出たこともあり、そうそうに採取を終えた。その後は実験を繰り返して時間を費やし、昼にはギルドへと戻ってきた。

 精算を済ませると、訓練場へ行って飛行板の練習をしている冒険者たちに声を掛け、試作品を試してもらった。

 ギルド長とも話し合いを済ませて、いよいよ来週あたりから本格的に納品していく。付属品扱いの安全対策グッズも同時に手に入れてほしいため、業者の生産具合と合わせて来週にしたのだ。

 《落下用安全球材》は、飛行板のみならず空を飛ぶ可能性のある者からすれば夢のような対策グッズなので、現在、国からの注文が殺到しているようだ。

 そのため増産体勢に時間がかかってしまった。

 現在フル稼働で、動いている。

 シュタイバーンからも特許書類閲覧申請が来ているようなので、そのうちあちらでも売り出されることになるだろう。


 午後は、転移してアウレアに会いに行った。

 ブラード家で蕎麦を披露したところ、もそっとした食感が気に入られずに半数からしか支持を得られなかった。さっぱりしすぎる味付けも合わないようだ。元々、チーズやクリームなどの濃い味が好きな国民なので、無理があった。

 それでも半数に好まれたのは、ヘルシーさと、醤油の味の魅力にはまった者がいたからだ。こつこつとお米運動を広げていただけあって、醤油関係の味付けにも馴染んでいたようだ。

 かくして、今度はアウレアを巻き込むべく、勧めに行ったわけだ。

 まだ昼ご飯は食べていなかったらしく、ちょうどガルエラドも戻ってきていたところだったので共に食べることにした。

「この、エビ天というのが、美味いな」

 ボリュームのある大きな海老の天ぷらを入れたのだが、ガルエラドは二口ぐらいで食べていた。皿に盛ったものを次から次へと口に入れていく。胸焼けしそうなほどだ。

 蕎麦自体は可もなく不可もなくといった様子で、旅慣れしてあちこち行っているせいか、美味しいとは思うと微妙な答えだった。元々、肉食系なので仕方ないのかもしれない。顎の鍛え方も半端でないから、硬い筋肉でも噛み切れるそうだ。そんな男に、つるつるっとした喉越しの良い麺だとか、つやつやのふっくらもちもちご飯の良さは理解できないだろう。

 反対にアウレアはとても喜んでくれた。

 エビ天も食べたし、とろろバージョンも好きだと言った。まだたくさん食べられない幼児のため、小さいお皿に幾つも分けて出したのだが、それも全部完食していた。

「シウー。アウルはね、この、だいこんおろしのが好き。えびてんも、美味しいの」

 とろろはねばーっとしたのが良いと、ツウなことを言ってくれた。

 とにかく、気に入ってもらえたようで良かった。

「また、アイテムボックスに入れておくからね。温かいのとか、冷たいのもあるし、楽しみにしててね」

「はい! ありがとー」

 食べたりなさそうなガルエラドには肉巻きオニギリを渡し、転移した。


 スタン爺さんにも食べてもらったが、彼もまた喜んで食べてくれた。

 昔、旅の途中でそばがきを食べたことがあるらしく、その時はいまいちだと思ったそうだが、今回のものは美味しいと言ってくれて完食だった。

 夕飯前の頃合いだったので、顔を出したエミナにも出して、自分は屋敷で食べるからと転移で戻った。

 後から通信魔道具により、

「合格ー! ドミトルも美味しいって言うから、今度作り方教えてね!!」

 と、エミナから相変わらずのテンションで連絡が入った。

 返事として、蕎麦打ちには修業が必要です、と言ったらば、

「望むところよ!」

 彼女らしい答えが返ってきた。とりあえず、蕎麦粉と、満足いく出来の状態の麺を送った。

 ちなみに勝手にスタン爺さん用の魔法袋に細工したので、そこへ送った、という意味だ。スタン爺さんもさすがにちょっと呆れていた。




 金の日は朝から少しだけ憂鬱だった。

 天気も雨雪で、どんよりしている。

 ラトリシアは本当に雪の多い国だが、この時期まで降るとは思っていなかった。

 季節で言うと完全に春なのに、まだ雪が降るのだ。

「一応、珍しいんだよ? 降らないことはないけど、数年に一度ぐらいの珍事かな」

 廊下で会ったので一緒にドーム体育館へ歩きながら、エドガールがラトリシアのことを教えてくれた。

「王都は確かに雪の多い都市だけどね」

「ソランダリ領はもう少しましなの?」

「そうだねえ。ただ山に囲まれているから、降ると大雪になるかな」

「大変だね」

「魔法使いが大活躍するよ。この国が魔道具の開発に力を入れているのも、雪深いせいだって言われているんだ」

「冬にやることがないから、なんて言わないよね?」

 それでは昔の日本の東北地方イメージだ。笑って問うと、エドガールがぽかんとしてから、ひとつ頷いた。

「そうだね。そうかもしれないね。わたしが聞いたのは、雪を排除するために魔法使いが力を使うのを面倒臭がって魔道具を開発したというものだった。魔法使いは自尊心も高いのでさもありなんと思っていたけれど、本来はそちらが理由だったのかもしれないね」

 そう思うとなんとく嬉しいよと、彼は笑った。

 彼も魔法学院に通う生徒として、自尊心の高さから仕事を面倒臭がる、というような理由は嫌だったのだろう。シウの勝手な意見なのに、納得して頷いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る