405 卑怯な戦い方と玉蹴り説明




 ドーム体育館に入ると、全員が揃っていた。

 シウの憂鬱の原因も待ち構えている。

 尻尾をピンと伸ばして近付いてくるので、困惑しつつ隠れようとしていたら、レイナルドが早めにやってきて授業を始めてくれた。

 わざとではないだろうが、この時ほど先生を有り難いと思ったことはない。


 授業はパターン練習の他、それぞれで乱取りをした。

 体術の練習にもなるので武器を使わない訓練は必ず行う。いつも皆が適当に相手を見付けてやるのだが、クラリーサに限っては女性騎士や従者達とやっていた。

 それが、今回はシウに声を掛けてきた。

「わたくしの相手をしていただけないかしら」

「……えーと、でも、いいの?」

 お付きの人を見ると、ジェンマとイゾッタが渋々といった調子で頷いた。

 ダリラは、笑顔だ。

「シウ殿ならお相手しても構わないでしょう!」

「はあ」

「ジェンマとイゾッタは、たとえシウ殿でも男性であることに変わりはないからと言っておりましたが、どう見てもまだ子供です。他の男性に相手はさせられませんが、シウ殿なら丁度良いです。お小さいですし、全く男性らしく見えませんからね!」

 悪気はないのだろうがニコニコと理由を説明されて、シウはちょっと落ち込んでしまった。その場に座り込むと、フェレスが髪の毛を舐めて慰めてくれる。

「お、おい、ダリラ、男の子に向かってその言い草はないだろう」

「ルイジ殿、しかし、あなたも同じ面々と訓練するよりは他の人と組んだ方が伸び率も上がると」

「いや、そういう意味じゃなくて、だな」

「ルイジ殿、この方に男性の気持ちを説いても理解できませんよ」

「マカリオ……お前もか」

 ブルータスじゃあるまいし、と内心で突っ込んでいたら、クラリーサが戸惑った様子でシウの前に膝をついた。ジェンマが、お嬢様! と声を上げていたが、彼女は気にせずシウの顔を覗きこんできた。

「あの、何か失礼なことだったのでしょうか」

「いえ」

 苦笑して立ち上がると、さあ、お相手しましょうかと続けた。

「え、ええ、ですが」

「確かに、女性相手ばかりで乱取りをしても、いざと言う時に通用しないこともあるだろうしね」

 だからといってその練習相手にシウを選ぶのはどうかと思う。いくら子供っぽいとはいえ、だ。

「ただ、僕、クラリーサさんより背が低いんだけど、これで悪漢の役なんてできるかな?」

「子供の暗殺者というのもいるのだ。ぜひ、よろしく頼む」

 ダリラは悪意のない笑顔を見せて、シウをせっついた。

 その為、シウも気持ちを切り替えて、幾つかのパターンを脳内に浮かべながらクラリーサと乱取りを始めた。


 傍で見張っているジェンマとイゾッタの視線が怖かったけれど、シウはできるだけ平易に分かり易く説明しながらクラリーサの相手をした。

「手首を掴まれた時は、先生はこうやって外すと言っていたけれど、女性では無理でしょ? だから、体の構造を利用して外すんだよ。こうやって、そう、違う、手首側に引いて」

「あ、あら?」

「一瞬でやらないと。大人の男の、ましてや人を襲うような人間の力はもっと強いよ?」

 体の構造についてもちゃんと学ぶように言いながら、レイナルドが教えてくれた体術のうちでも女性が使えるもの、そして非力な女性が一瞬の隙を突いて出来る方法を話した。

 これらは爺様にも教わったが、基礎知識として生前に本で読んだことがあったため、幼いシウも覚えるのが早かった。

 シーカー魔法学院に来てからも本を読み漁ったせいか、あるいは魔獣の解体を繰り返していたこともあってか、構造そのものに理解が早くなり体術の幅も広がった。

 柔よく剛を制すというのも、この世では実感している。

 もっともシウは魔法使いなので、ほぼ、関係ないのだけれど。

「あと、目潰しとか喉仏の掴み手なんかも躊躇いなく使うように」

「え、え?」

「あれ、習ってない?」

「シウ殿、それはいくらなんでも、卑怯ではありませんか」

「ダリラ、卑怯だって言ったら相手は止めてくれると思う? 玉蹴りだってやるべきだよ」

「……それはいったい?」

「ダリラ、それ以上聞くな! シウ殿、それはちょっと、いや、まずいです!」

 ルイジが慌てて間に入り、そして小声でシウに説教を始めた。

「女性に何を教えてるんですか。ダメです。大体そんな恐ろしい技」

「え、玉蹴り?」

「そうですよ! 同じ男として、絶対にダメです。大体、ダリラが面白がって試したらどうするんですか」

「……そだね」

 何もされてないのに、きゅっと縮み上がってしまった。

「でも、有効な手段なんだけどなあ」

「ダメですよ」

「ジェンマ達に教えて、後でこっそりクラリーサさんに伝えるというのは? 最後の手段として、抵抗するのに」

「……万が一のことがあれば、貴族の女性は自害を選びます」

「うーん、それがなあ。自害する勇気があるなら、とことん戦えば良いのにとは思うけど、確かに結果的にひどい殺され方をするならその方が楽なのかな」

 この時代にも嫌な事件はある。政争に巻き込まれて、非道な目に遭う女性も少なくない。

「でも、クラリーサさんは芯の強い女性だし、最後まできっと戦うよねえ」

「……そうですね」

「せめて、教えられることは、教えてあげた方が良いんじゃないでしょうか。それをどう使うかは彼女の問題で」

「し、しかし」

 こそこそしていたら、ジェンマとイゾッタが来てしまった。

 お嬢様をほったらかしにして話し込んでいると注意にきたわけだ。

 そこで、シウが2人に耳打ちした。

「男性に襲われた時の対処方法を知ってる?」

「……自害の作法ならば」

「そうじゃなくて。もし、相手が1人か2人なら、逃げ切れる可能性のある、戦い方」

 2人の目がきらんと光った。

「貴族らしくなく、卑怯だって思うかもしれないし、下品なことかもしれない。でも身を穢さずにすみ助かる方法を、知っておくことは決して無駄ではないと思うんだけど。使うかどうかは、その場の状況に応じて判断すれば良い」

「……お伺いしましょう」

「わたくし達が、まず、学びとうございます」

 ということで、急遽、2人を連れて体育館の端っこに向かった。

 クラリーサには腕や肩を掴まれた時に逃げる方法を教えてあったので、それをダリラと続けているよう指示した。


 最初に、かなりはっきりと「下心も悪意も何もないから、まっさらな状態で聞いてほしい」と頼んだからか、ジェンマとイゾッタは顔色を何度も変えながらも、最後まで真面目に話を聞いてくれた。

「目潰し、喉仏の掴み手、た、玉蹴り、ですわね?」

「一撃必殺のつもりで、思い切りよくやらないとダメです。相手の命のことなんて考えないこと。相手は自分よりも遥かに強い。自分の指が骨折するかもしれない。それでも助かるために、やるんです」

 喉仏の横に急所があるので、そこを突くのが初心者向けだと説明する。ただし、相手が立っていると身長差により難しい。

 一番良いのは目潰し+玉蹴りだ。

「男性の体の構造上、ここを蹴られて大丈夫な人はいないから。だから鎧にも必ず覆いがついてるでしょう」

「そうしますと、それを判断した上で、蹴るということですね?」

「その通り。あとは練習あるのみだけど、決して生きている人間相手にやらないように」

「えっ?」

「それぐらい威力が高いんだ。最悪の場合、ショックで死ぬかも」

「まあ!」

 気絶する程度だが、脅かしておく。

「練習用の土人形を作って、繰り返し蹴り技を訓練するのも良いね。相手は貴族の子女が足蹴りするなんて思ってないだろうから」

「そうですね」

 縄ぬけの方法、相手を油断させることや、他にも捕えられた際に無理に縛られると脱臼することもあるのでその治し方も説明した。

「……自分の舌なんて、そう噛み切れるものじゃない。そんな勇気があるなら、相手の舌を噛み切ってしまえば良いんです。その後の事なんて考えなくて良い。自分が助かればそれで。もし貴族の連中から、中傷されてもそれがなんだっていうんだ。そうなったら貴族を止めて自由に生きれば良いだけのことで、諦めて死ぬことに比べたら大したことない。女性はもっと生き方を選べば良いと思うよ」

 生きようと思えば何だってできるのだ。貴族の女性でも。ただ矜持が邪魔をするだけで。

「……初めてです。そういった考え方は」

「だろうね。でもそれぐらい、大したことないって話だよ。結婚前の女性にとって貞操観念は固いから、何もなかったのに噂を立てられることは辛いだろうけど」

 実は結婚後の貴族の女性達は、意外と不倫が多いらしい。噂に聞いていたのか、ジェンマとイゾッタが顔を合わせて年齢相応の恥ずかしそうな顔をして俯いた。

「とにかく、せっかく戦術戦士科にいるんだし、戦うべきだと思う」

「はい!」

 こうして、シウ発案の謎の訓練が始まったのだった。

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