406 余計な情報と新メニューと学院の食堂




 ジェンマとイゾッタにみっちり教えていると授業が終わった。

 クラリーサには、

「ご兄弟いないの?」

 と聞いてみた。兄が4人いるそうで、それなら丁度良いとある提案をした。

「お兄さんに暴漢役をやってもらって練習したら良いよ。可愛い妹のために、それぐらいの時間は作ってくれるでしょ?」

「……兄様達、わたくしがお転婆すぎるとお小言が多いので、どうかしら」

「だったら、練習相手としてクラスの男子にお願いするとか言って、脅してみたら? 学校の授業で、乱取りが上手くならないと単位を落とすとか」

「まあ!」

「ヴァーデンフェ家の子として、そのような恥ずかしいことはできません、なんて言ったらどうかな。それでも無理そう?」

「……いえ、それなら大丈夫ですわ」

 クラリーサの目に光が灯った。やる気スイッチが入ったようだ。ルイジがあちゃーと頭を抱えていたものの、護衛のマカリオはにこにこと楽しそうだった。

 ジェンマもイゾッタもやる気満々なので、抑え役はどうやらルイジになりそうだった。

「お嬢様ぁー」

「ルイジ、早速この手を使うわよ。ふふふ。これで兄様との対戦も果たせるわ」

 何やらあるらしいが、シウには関係ないのでここでお別れとなった。

 ちなみにシルト達はレイナルドに捕まったまま、補講を続けていた。

 授業が終わってもまだやるぞ! と今度はグラウンドに連れて行かれるようだ。もしかしたらレイナルドは空気を読んでいるのかもしれない。有り難いことである。

 あとで彼の執務室にお礼の品でも持って行こうと思いつつ、シウは食堂までエドガール達と一緒に向かった。



 食堂では、エドガールに何をしていたのか聞かれて正直に話したら、シウが説教された。

 ディーノもクレールも、エドガールからもだ。

「じょ、女性相手に、玉蹴りを教えたのか!」

「なんて破廉恥なことを」

「そっちじゃない、エド。いいか、シウ。それが流行してみろ、どうなると思うんだ! 良い雰囲気になった相手に興味本位で蹴られてみろ」

「ディーノ、言葉遣いが、って注意してもしようがないか。シウ、君、とんでもない情報を流したね?」

 コルネリオにまで怒られてしまった。

「でも、人体研究している人なら当然知っているだろうに」

「貴族の女性は知らないんだよ~」

「知ってた方が良いよ」

「……まあ、女性の貞操を守るための防御法だと思えば、分かるけどさ」

 大きな溜息を吐かれてしまった。

 それとやっぱり、女性相手に男性の体について話すのはよろしくないようだった。

「君が子供だと捉えられているから許されたんだよ。本当に、心臓に悪いことをするね」

「本当にまだ子供だし、何か言われたらそう返しておくよ」

「……え?」

「それはそうと、今日も面白いメニューなんだけど、食べる?」

 3人がまだもごもご言っていたけれど、シウが魔法袋から食べ物を次々出すと、黙ってしまった。

 やがて、その内容に目を白黒させていた。

 完全に見たことのない代物が並べられていたからだ。

「これ、蕎麦っていう食べ物なんだ。さっぱりしているから、胃腸に優しくて体にも良いんだよ。こっちはうどん。野菜のお浸しと、サラダ、煮物、あ、これ茶わん蒸しって言うんだ」

 食べられなかったら困るので、お試し味見サイズを用意して、大丈夫そうなら定食風にしたものをトレーに乗せて渡すことにした。

 味見をしてもらうと、6割がうどんを選び、残りは蕎麦を選んだ。パンもあると言ったのだが、今日は麺が良いとのことだった。

「じゃあ、ランチセットにしちゃうねー。うどんは熱いのしか用意してないけど、蕎麦は熱いのと冷たいの両方あるよ。足りないだろうから、炊き込みご飯も用意してるし、それぞれ麺の上に天ぷらをどうぞ」

 天ぷらは取りやすいように幾つかの大皿に盛って、数人ごとに渡した。

「海老と白身魚、火鶏、レンコンとサツマイモ、大葉に茸のかき揚げ、いっぱいあるからね」

「相変わらず、自重しないな……」

 言いつつもディーノは笑顔で、うどんのセットを取っていた。海老や白身魚と野菜そっちのけなので、コルネリオに大葉や茸のかき揚げを入れられていた。

 他の面々もそれぞれ好きなように取っていく。

 それを、別のグループの子達が遠巻きに見ているのもいつものことだった。


 給仕も終わってさあ食べようとしたところで、食堂を担当している職員がそろそろと近付いてきた。

「あのー」

 辺りの目を憚りながら、近付いてくるので思わず笑ってしまった。

 職員は自分でもおかしいことが分かるらしく、頭を掻きながら、シウに頭を下げた。

「お食事中にすみません。お話を聞いていただけないでしょうか。あ、そのままで。どうぞ食べててください」

 いいのかなと思いつつも、天ぷらを口に入れた。サクッという音に、職員の男性が羨ましそうな顔をする。じとっと見ているので、何となくそうした方がいいのかしらと思って、勧めてみた。

「食べます?」

「い、いいんですかっ!? はい、ぜひ!!」

 フォークを渡して、ずいっと天ぷらとつゆを渡すと、残っていた野菜のかき揚げを付けて食べ始めた。

 一口食べるとその後は物凄い勢いで食べる。

 シウがゆっくり食べているのとは対照的だ。

 唖然としていたら、ディーノがお腹いっぱいになったのか保温用のおひつから炊き込みご飯を皿に入れて、そっと職員の男性に渡していた。

 従者のエジディオやシモーネも、シウがやっていたように蕎麦を用意してあげている。うどんは余らなかったが、蕎麦は余ってしまったのだ。

「美味しいですー!」

「あ、そうですか」

「いやあ、前からとても気になっていたんです。でも、声を掛けづらくてですね! おおー、これもまた美味しい! シャイターンの調味料ですか? おや、これは!」

 シウより後に食べ始めたのに、ものすごい勢いで食べ終わった職員は、まだ食べているシウに向かって頭を下げた。

「ぜひ、このレシピを採用させていただきたいのですが!!」

「はあ」

「良い匂いがして我慢できないと、以前から生徒達に言われていたんです! お願いします! もちろん、学院からも使用料はお支払いしますから」

 ようするにロワル王都でやったような、レシピ特許料のようなものだろう。

 少し考えてから、咀嚼していたご飯を飲み込んで、答えた。

「商人ギルドの方とお話をしてもらっても良いですか? あちらを通してください。僕が直接関わると、後で問題が出た時困るので。双方ともに納得できたら、レシピ公開とか指導はちゃんとやります」

「良いんですか!? ありがとうございます! やったー!!」

 両手の拳を突き上げて、ガッツポーズされてしまった。見れば食堂の窓口から身を乗り出していた職員達も声を上げている。

「では、早速ギルドへ行ってまいります!!」

「あ、えっと、僕も午後に寄ってみるつもりだったので、ついでだから一緒に行きましょうか」

「はい!」

 輝く笑顔が返ってきた。

「良かったなあ、了解貰えて」

 ディーノが苦笑して職員の男性に声を掛けていた。

「僕等も助かるよ。シウがいない昼ご飯は味気なかったんだ」

「そうだったの? ここの食堂も美味しいって言ってたのに」

「それなりにね。でもシウのお弁当ほどじゃないしさ。あと、食堂で作ってくれるなら、シウの負担も減るかなと思って」

「……負担に思ったことはないんだけど」

「うん、まあ、そう言うと思った。でも僕等も毎回食べさせてもらってるわけだから」

「その分お返ししてくれてるじゃない」

「あの程度をお返しとは言わないんだよ。相変わらず欲のない話だ。ま、これで、他のクラスメイトに恨めしい顔をされなくて済むし、万々歳だ。良かった良かった」

 ディーノはあちこちから相談を受けていたらしい。それを一言もシウに言わなかったのだから、偉いというか、すごいと思う。シウのことだから1人許したら次もまたとなることが分かっていたのかもしれない。彼としては「たかり」たくなかったのだろう。

 板挟みになって、申し訳ないことをした。

 何事もやりすぎてはいけないのかもしれないな、と少し反省したシウだった。



 フラハという名の食堂担当職員と一緒に、シウは商人ギルドへ向かった。

 馬車を出そうかと言われたが、歩いた方が近いしいつも歩いているので断ったら、彼も一緒に徒歩を選んだ。

 道中で話をしながら、商人ギルドへ行くとすぐさまシェイラの部屋へ連れて行かれ、フラハは驚いていた。

 そこで新しい技術に関する資料だけ渡して、彼女からは報告を聞いてから権利担当の部屋に行った。

 アケイラの部屋に入ると、何故かシェイラもついてきており、

「わたし、シウ担当なのよ」

 と言って、アケイラと共に話を詰めてくれた。ロワル王都の商人ギルドでの前例もあるので、トントン拍子で話は進み、後日契約ということになった。

 ギルドから出ると、フラハは晴れ晴れとした顔をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る