407 合宿初日、若い遺跡と発見者と野営




 土の日の、夜も明けぬ早朝に、学院の寮側にある出入口で古代遺跡研究科のメンバーが集まった。

 旅行用のしっかりした馬車も三台出ており、それぞれに御者が乗っている。ちなみに地竜が牽いても、乗り物は馬車と呼ぶことが多い。竜車でもいいが、使い慣れていることや、据わりが悪いからかもしれない。どちらでも意味は通じる。

 今回は街までは地竜を使う。


 さて、護衛として冒険者ギルドから来てくれたのは2人、ガスパロとククールスだった。他には教師のアルベリクがレクセル領伯の後継ぎということもあって護衛が5人、生徒のフロランも護衛をいつもより3人増やして5人、更にリオラルも3人連れて来ていた。

 全員が乗り込むと、時間が勿体ないとばかりに馬車が出発した。

 詳しい挨拶などは馬車の中で行うのだ。

 その為、本来は女子生徒2人は二番目の馬車に乗るはずだったが、現在は三番目の馬車に全員で乗っている。

 護衛のうち6人は馬に乗っており、残りが御者の隣りなどで待機だから後部座席は空いているのだが、さすがに狭い気もする。

「フェレス、外に出ていてくれる?」

「にゃー」

「この馬車の屋根に乗って、全体を見渡すという仕事もあるよ?」

「にゃ!」

 飛んで出て行ってしまった。

「……相変わらず、フェレスの扱いがすごいな」

 ククールスが言うと、全員が笑った。

「手のひらの上で操られていますよね!」

 アラバがククールスの美貌にうっとりした顔を見せつつ話す。女子は2人とも、ククールスを見てから分かり易くポーッとなっていた。

 男子のリオラルでもそうなのだから、やはりこのエルフは美貌の持ち主らしい。

 もっとも、変人のフロランなどは平気な顔をして話しているし、ミルト達も全く気にしていないようだ。

「シウがすごいというより、フェレスがちょっとアレなんじゃないのかな」

「そうだよなー」

「ま、いいじゃないか。おかげで少し楽になったよ。さあ、改めて自己紹介と、詳しい日程などを聞いてもらおうか」

 アルベリクが一言でまとめてしまうと、今回の目的や行程をガスパロ達に説明した。

「で、俺達を指名したのは、グラキエースギガスの討伐について聞きたかったからか」

 ガスパロが納得したような顔でククールスを見ると彼は頷き、生徒達のお願いを聞いてくれた。

「じゃあ、討伐内容については休憩時や遺跡潜りの最中にも話をしようか。とりあえず、往路の移動中は遺跡潜りについて集中しよう。それで良いだろ、ガスパロ」

「おう。おっと、そうだ、今回の合宿とやらのリーダーは、先生、あんただな?」

「あ、はい。一応」

「一応かよ! 不安な返事だなあ。まあいいや。で、何か事があった場合、次の指揮系統は誰にしておく? 俺達でも構わないが、そっち側の方が良いだろう?」

「あ、じゃあ、シウに。というか、事が起こったら全面的にシウでお願いします」

「えっ」

「妥当だろうな。よし、決まりだ。これは大事なことだから外の護衛にも後で伝えておいてくれ。いいな?」

「はい」

 シウが、えーっと声を上げたのに、誰からも無視されてしまった。

 そのまま、次の話題へと移っていく。道中の休憩ポイント、何かあった場合の優先順位、護衛としての動きをどうするかなどだ。

 仕方なく、シウは黙って皆の打ち合わせを聞くことにした。


 行程についてはフロランが作成した行程表通りで行くことにし、若干の時間の変更などはあったものの概ね了承された。

 男爵家出身のフロランは今回の事で随分と持ち出しをしているが、こうしたことはよくあるそうなので、誰も気にしていない。

「学校側からも合宿の費用は出るんだけど、フロランに限らず、うちのクラスの生徒って凝り性が多いからね。最新魔道具だとか揃えて来てくれるんだ。助かるよねー」

「先生……」

「もちろん、僕も持ってきてるよ。ほら!」

 拡大鏡にピンセットやブラシなど、見るからに高価なものらしくて、無駄に豪華な箱へ収められている。

 フロランが目を見開いているので相当良いものらしい。

 あ、これはまずいなと思っていたら、案の定2人で道具の話になってしまった。

 その為、打ち合わせは一旦ここで終わりということで、他の面々は勝手気儘に道中の気楽な会話を始めたのだった。


 今回行くところは、ルシエラ王都から東側にある、最近発見されたばかりの若い遺跡だ。エルシア大河を渡ってすぐの場所で、ドレヴェス領からすれば一番西側に位置する。

 ちょうどインセクトゥムという有名な迷宮があり、そのおかげで近くのラウトという街が発展したのだが、王都に近いことから人の通りも良くて冒険者が多く集まる場所でもあった。

 地下遺跡はそのラウト街やインセクトゥム迷宮から近い場所で見つかった。

 周辺の森には人も多く入っているはずなのだがこれまで発見されなかったのは、地下にあったからだ。岩盤などで覆われて、入り口はただの洞窟にしか見えなかったのが未発見の理由であった。

 洞窟を見付けて中へ入ろうと思う人間が、これまでいなかったことも大きい。

 このへんで森に入るのは一般人が多く、冒険者は大抵インセクトゥムに潜る。

 一般人は洞窟を見付けても恐ろしくて入ったりはしない。どんな魔獣が潜んでいるかもしれないのだ。藪を突いて蛇を出すなど、この世界では絶対ありえないことなのだった。

「じゃあ、最初に洞窟に入ったのは誰だったの?」

「……うちの師匠、というか、前の教授だね」

「突然いなくなった前の先生のこと?」

「そう。いなくなったっていうか、仕事放棄? 全然帰ってこないんだよね」

 アルベリクが溜息を吐いて笑った。

「今はどこに潜ってるんだっけ。フロラン、連絡来たかい?」

「夏にアイスベルクへ行くとは。予算はレヴェーン家持ちで、ついてくるかって連絡が実家の方に来てましたね」

「じゃあ、どこだろ。とにかく、あちこちうろついてるよ」

 誰も突っ込まないが、フロランに金を出せと言っているようなのだが、それはいいのだろうか。

 確かに、遺跡発掘にはお金がかかるというし、出資者を募るのが普通だと言うけれど。

「そんな感じの人だから、これはと思ったら躊躇いなく入っていっちゃうんだよね。どこかで死んでるかもね」

「冒険者3級だから、大丈夫でしょう。それよりも、先生、この道具ですが」

 死んでるかもしれないという話を、それよりもと言ってしまうフロランが怖かった。

「相変わらず、遺跡研究者って変人が多いなあ」

 ククールスが女の子たちから逃れてシウの所に来た。話を聞いていたようだ。

「冒険者3級だと、大丈夫なもの?」

「まあな。ビルゴットの爺さんだろ、あれは遺跡潜りをしたいってだけで、冒険者ギルドに登録して腕を上げた奴だからな。ソロも得意だし、アイテムボックス持ちだから数ヶ月潜ることも可能だよ」

「へえ」

「って、それよりさ、久しぶり」

「あ、そうだったね。元気だった? プルウィアから伝言聞いたけど、忙しかったんだね」

「おうよ。里に帰ったりしていたせいでな」

「そうなんだね」

「また、2人きりの時に話そうぜ。それより、お前の話はどうよ」

 と言うので、学校でのことやシウが里帰りした時の話をした。ほとんど、食べ物の話になったのは、当たり障りがないからだ。



 途中、エルシア大河を船に乗って渡り、最初の目的地ラウト街へ着いたのは昼過ぎだった。道中の休憩は二度だけで、一度目は川の手前で遅い朝ご飯がてらに、二度目は渡河で船に乗ったその時間だ。

 割と強行軍だったのだが、愚痴を零す生徒はいても文句を言う者はいなかった。聞けば毎回こんな感じで慣れているとのこと。

 ククールスではないが確かに変人だと思う。

 ラウト街では早速宿に入り遅めの昼ご飯を摂った。

 宿は商人向けの中堅らしく騎獣も受け入れは可能だった。宿はあまり高すぎても、逆に安すぎてもダメらしい。

 安宿がダメな理由は分かるが、高級宿がダメなのは遺跡関係の人は汚すので嫌がられるからという理由だった。

 成る程、と至極当然のことに納得したシウだ。


 食事の後は、馬車を馬に替えてから二台で、現地へ向かった。

 場所の確認と周辺の探索のためだ。宿に泊まるのは女子達で、残りは現地で野営となる。お守り役の護衛や冒険者2人は大変だ。

 現地に到着するとすぐさま冒険者2人で索敵を始めた。

 護衛達が野営の準備を始めようとしたので、シウが1人でやると断った。

「え、ですが」

「皆さんは、あのうろちょろしている人たちを見張っておいてください」

「うわっ、は、はい!!」

 慌てて主達のところへ走って行った。

 その間に、野営に向いた場所を探して整地をし、馬車に積んでいた荷物の中からテントを取り出して組み立てていく。

 リオラルやミルト達も手伝ってくれたので早く出来上がった。

「シウが整地してくれたおかげで、楽そうね。わたし達も本当はここで泊まりたかったのだけど」

「しようがないよ。さすがに女子2人を野営はさせられないもの」

 リオラルが苦笑していた。アラバとトルカは女子なので、御者と共に宿で過ごす。昼間だけこちらに来るのだ。アルベリクが女子に護衛2人を付けて送迎させることになっていた。

「さすがにね、こればっかりはしようがないわよ」

「許してもらえただけでも儲けものね。去年の合宿では怪我をして怒られたものねえ」

「そうよ。放任主義のわたしの親でさえ怒ったもの。官吏試験に合格したら許してくれたけど」

「それ、嘘付いたやつでしょ? 魔法省の官吏になるって」

「合格は本当よ。ただ、入省しないだけ。わたし、絶対に遺跡捜索団に入るんだから」

 女子2人もどうやら変人のようだ。遺跡捜索団なんて、冒険者の中でも相当マニアックなグループなのに。2人ともその話になるとどこの団が良いか、話しだしてしまった。

 元より助けにはなっていなかったが、男子数人は黙々と作業を進めたのだった。

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