426 市場で買い物、お留守番、風邪の流行
風の日になり、シウは転移して久々にウンエントリヒの港街に出向いた。
市場の事務所へ顔を出してみると、丁度良くサロモネがいたので挨拶する。
「タローさん。お久しぶりですね! 今日はどうされました?」
「仕入れに来ました。それとホスエさんにターメリックがどうなったか聞きたくて」
「おお、そうですか。ではお供に致しましょう」
認識阻害などで見えないだろうが、胸元のブランカが周囲にばれないよう気を付けながら市場を歩いて回った。
サロモネが間に入ってくれるので話も早く、以前来たこともあって沢山仕入れることができた。
更にホスエとも良い話ができた。
「栽培、上手くいきそうでやすよ! 原生している箇所も見つけてねえ」
「おー。それは良かった。実は知り合いに紹介したので、たぶん、王都から引き合いがあると思います」
「えっ、そうでやすか?」
「はい。ぜひ、増やしてみてください。スパイスとしてだけでなく、薬としての効能もあるので薬師ギルドからも話が来るだろうし、余っても僕が買い占めますから」
「おおー。そりゃあ有り難ぇ」
「ただ、地熱のあるところじゃないと育たないでしょう?」
「へえ、よくご存知で。なんでも元は暑い地方の原産だとか。こっちに根付いて寒さにも慣れたらしいでやすが、さすがに地熱のないとこじゃあ、厳しいそうでやす」
「うんうん。大変だろうけど、頑張ってください」
にこにこ笑って、お願いする。
追加でスパイスも買い、サロモネと別れていつものように転移で戻った。
ついでなので、午後にはシュタイバーンのシルラル湖畔にあるハルプクライスブフトまで行ってみることにした。
やはりタローの格好で行く。
買い方を工夫しないと、以前のシウと同じだと思われてもいけないので、フェレスは置いていくことにした。
案の定、市場を順に歩いて買っていくと、
「以前もお大尽のように豪快に買っていく坊ちゃんがいたけれどねえ。最近流行っているのかね」
などと言われてしまった。
なので適当に誤魔化した。
「友人の友人から教えてもらってね。ここでまとめて買うと良いよって。もしかしたらその友人だったのかもしれないね」
「やっぱり流行ってるんだね。面白いねえ」
などと合わせてくれた。
ホッとしつつ、前回同様に、むしろ自重せずに大量に購入した。
さすがに目を付ける人もいたようだが、店の人も分かっているので裏手に連れて行くなどして守ってくれた。
ここで大口客を逃すと大変だ、ということだ。
屋敷内に直接転移で戻ったのだが、フェレスが拗ねてベッドの上で丸まっていた。
連れて行かなかったことに対しては、嫌だと思っていても慣れている。
フェレスが拗ねているのは、ブランカを連れて行って自分が置いて行かれたからだ。
「まだ赤ちゃんのブランカを置いていけないって説明したよね?」
「にゃ」
「分かってるなら、もう拗ねないの。ほら、ブラッシングしてあげるから」
「にゃうん」
もそもそと動いてベッドから降りてきたので、シウは笑って櫛を取り出し、丁寧にブラッシングしてあげた。
「一の子分はフェレスだけだからね。ずーっと、いつまでもフェレスが一番なんだよ」
「にゃ……にゃにゃ」
「うん、寂しかったんだね。よしよし。フェレスはお兄ちゃんになって頑張ってたもんね。偉かったね」
子供が複数人いたらこんな感じかな、と思いつつ優しく何度もブラッシングしてあげた。気持ちよさそうに目を細めているのでホッとした。
フェレスがシウのことを好きなように、シウだってフェレスのことが好きなのだ。
そのことをいつか気付いてもらえたら良いなと思いながら、フェレスが寝てしまうまでずっと撫で続けた。
光の日は休むものなのだが、昨日遊んだこともあって冒険者ギルドへ顔を出してみた。フェレスも森へ行けば気も紛れるだろうしストレス発散にも良いと思った。
丁度うまい具合に薬草採取の緊急依頼が入っていたので、受ける。
その足で王都を出て、フェレスに乗ってシアーナ街道まで飛んで行く。張り切りすぎたフェレスはまた自己最速記録を打ち出していた。
シアーナ街道付近の森には何度も来ており、目を付けている場所が幾つもあるので、薬草採取はスムーズに終わった。珍しい薬草も沢山手に入った。
緊急依頼用は風邪や咳などに効くものばかりだったので、季節の変わり目で患者が増えているのだろうと考えた。この時期はラトリシアとしては珍しく乾燥する時期なので、喉を痛める者が増えるのだ。普段、湿気が凄いだけにその対策をしないというか、知らないのだろう。
ついでに喉飴の原材料になるものも集めてみた。
更に池を発見したらレンコンがないかも探ってみる。以前採取したレンコンとは場所が全然違うけれど、生息地的には合致しているのでもしかしてと思ったら、案の定あった。
使えないものもあったので、吟味しつつ採れるだけ採ってみた。幾つかを薬師ギルドに卸すつもりだ。
薬師ギルドではこのレンコンを栽培すると言っているので、今後が楽しみだった。
シウ達が遊び半分で採取を続けていたら、街道近辺から微かに音が聞こえてきた。
フェレスが遊んでいた木の上から飛んで戻ってきてシウを見るので、一緒に偵察しようと行くことにした。
近くまで寄ると、かなり大規模な商隊が魔獣に襲われているところだった。
護衛達が相手をしているが、少し劣勢のようだ。
上空から飛んで行って、声を掛けてみた。
「援助が必要ですか?」
「おう! って、お前、騎獣乗りか! 助かる」
リーダーらしき男性に声を掛けたら、少し驚いた顔をしたもののすぐさま状況を把握してシウに質問してきた。
「何が得意だ? こっちは、しんがりが高熱で倒れて、やられちまったんだ。商隊の奴等を逃そうにも熱があってな!」
「了解です。僕は魔法使いです、上空から武器を落とすことも可能だし、ルプス数十匹程度なら1人で狩れます」
「……まじかよ! よし、じゃあ、後列を頼む。馬車の中にまだ人が残っているんだ」
「はい!」
前方の馬車に大方の人は集めて、そこを重点的に守りながら戦っていたようだ。が、大規模商隊なので伝達もうまく行かなかったのだろう。
シウは探知を強化してからフェレスの上から飛び降りた。
幾人かの護衛達がギョッとした顔をしていたものの、目の前の敵に意識を割くことにしたようだ。もうシウを見ていなかった。
「フェレスは牽制、西側から追い込んで!」
「にゃ!」
飛行板に飛び乗ると、すぐさま発動して後方へ向かった。
馬車は後部を固く閉じて中で籠城しているようだったが、ルプス達が爪で攻撃して今にも崩れ落ちそうだった。
通り過ぎてきた馬車には人の気配がなかったので、前後に分断されたことが分かる。
人の目がなさそうなのもあって、シウは馬車自体に結界を張って見えなくした。
スタン爺さんを助けた時のような失敗はもうしないのだ。
念には念を入れて、全方位探索でもう一度確認してから、ルプス達を高圧水銃を利用した水と風属性の複合技を使って切っていく。同時に魔核も奪った。
中にはニクスルプスもいて、かなり大きな群れとなっていた。
フェレスが追いこんできてくれたので、これもまとめて処理する。フェレスも単独行動を行うルプスを見付けては首に噛み付いて一撃で倒していた。
ルプスの場合は肉が取れないので殺し方に気を付けなくて良いが、必ず一撃にするというルールだけはきちんと守っているようだった。
数十匹いたルプス達の群れはあっという間に倒すことが出来た。
前方の冒険者達の様子を探ると、後方馬車を気にしなくて済んだからか、フェレスが誘ってルプス達をこちらへ追い込んできたこともあってそろそろ片付きそうな気配だった。そのため、支援に行くのは止めて馬車の結界を解いた。
「大丈夫ですか? ルプスは倒しましたよ」
大きな馬車の後部を叩くと、そろっと辺りを確認するように人の目が覗き、それから大きく開いた。
「た、助かったの!?」
「大変でしたね。前方の方もそろそろ収束するみたいです」
「……っ!! よ、良かったぁ~」
治癒魔法を持つ冒険者らしき女性がホッとして膝から落ちていた。彼女の後ろには怪我をしている冒険者の姿や、高熱を出したと思われる人々がいた。その奥には商隊の人らしき女性達もいる。
「怪我をしている人の治癒を、してあげてください。薬は商隊ならお持ちですよね? どの馬車にあるか教えてくれたら取ってきますよ」
「あ、ううん、それが」
治癒魔法持ちの女性が首を振った。
「魔力切れを起こしかけてて。薬草類も、この旅の途中にほとんど使ってしまって、もうないのよ。もうすぐルシエラ王都だからと熱だけの人は我慢していたものだから」
「あー。最後の最後で襲われて、ってことですか」
旅の途中で薬草を採取して薬にする、というのも無理だったのかなと思いつつ、シウは背負い袋からポーションを取り出した。
「これ、どうぞ」
「うわ! こ、これ、中級ポーションじゃないの? これなら魔力も復活するけど、でも、これ高いのよね……」
「後で商隊の方に交渉してみます。ダメなら、分割払いで」
笑うと、彼女もようやく笑顔を見せた。それから恭しく瓶を受け取って飲み干した。
そして治癒を開始し始めてからようやく、他の面々にも笑顔が戻ったのだった。
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