425 おしゃべりな聖獣とお菓子の話 




 寡黙という意味があるシュヴィークザームという名の聖獣は、久しぶりに人と話すと言って喋り続けていた。

 本人も自覚しているらしいが基本的に引きこもりらしく、なんとなく相通じるものがあって痛々しい。

 面倒臭がりで、動くのが億劫だと言って部屋に籠っているそうだ。

 国の一大事ならともかく、一大事でも別に困らないと言っているあたり、相当なものぐさだ。

「別にこの国を助けてやる道理もないしな」

 とか言いながら、過去に大災害があった時は助けたこともあるそうだ。

 これはもしかして【つんでれ】というやつではないだろうか。生前流行っていた言葉だ。テレビっ子、テレビ爺(?)だったので、流行の言葉ぐらいは知っている。

「それにしても、これは美味い。もうないのか?」

「はいはい」

 敬語を使わなくてもいい気がしてきて、徐々に気楽な会話となっていたが案の定というのか全くそのへん気にしていないようだった。

「そんなに蜂蜜が好きだったら、瓶ごとあげようか?」

「おお! それはいいな。それにしてもよく入る魔法袋だ」

 空間魔法を持っているからだが、どうもそれは偽装されてて見えなかったようだ。

「そうでしょう?」

 自慢げに言ったのに、特に突っ込まれることもなかったのでやはり気付いていないようだった。聖獣と言えども万能ではないのだなあと思う。

 まあこの、ソファにだらんとして寝転がったままクッキーや飴を頬張っている姿を見たら、誰も彼が聖獣の王だとは思わないだろう。

 見た目が綺麗な青年なだけに、残念だ。

「我も魔法袋が欲しいな。ヴィンセントに言っておくか」

「どこにも出かけないのに欲しいんですか?」

「お菓子がいっぱい入るだろう? お前、名前は、あー、シウか。シウ=アクィラ?」

 鑑定されたようだ。鑑定できるといちいち覚える気がしないのか、名乗ったのにもう忘れているようだった。

 それはともかく、彼は人に会うたびに鑑定して名前を呼んでいるのだろうか。

「はい、シウですよ」

「お菓子を作って持ってくるがよい」

「えー。王宮に来るのは億劫です」

「なんだと?」

「庶民というか冒険者なので、流民扱いの僕には王城が分不相応ってことです」

「む」

「たまーになら、来ても良いですけど」

「……その時大量に持って来い」

「持って来い?」

「持ってきてくれても良いだろう!」

「はいはい」

「よし、その代わりに我の本来の姿を見せてやろう!」

 そう言うとその場で変身してくれた。

「おー」

 装備変更の魔法は使えるらしくて、服が消えると同時に変身していた。

 綺麗な青年とはいえ、また裸を見るのは嫌だったので良かった。

「[なんだ、あまり感動しないな]」

「あれ、古代語で話すんですか?」

「[副音声だ。よく聞け]」

 言われてみると古代語の後ろで甲高い鳥の声が聞こえる。美しいと言えば美しい。

 もちろん、目の前の不死鳥も綺麗だった。真っ白いので余計に神々しく見える。が、真っ白すぎるのでなんとなくのっぺりとして奥行き感がなく、ふーんという感じなのだ。

 絶対に言わないが。

「[皆、この姿を見るとひれ伏すのだがなあ]」

「あ、すみません。ひれ伏しますね」

 その場に跪こうとしたら嘴で突かれた。

「いた、痛いです」

「[わざわざ座らんでも良い。どうもお前は勝手が違うな。まるで神子のようだ]」

「神子? ああ、勇者とか、そんなのですか?」

「[そうだ。神に会った者からすれば聖獣など大したことはないのだろう]」

「……成る程」

「[む。さては神に会ったことがあるな?]」

 鋭い。伊達に聖獣ではないようだ。

「[だが、お前は神子でも勇者でもないだろう?]」

「夢でお会いしただけですから。普通の子として、まあ好きなように生きなさいって言ってもらいました」

 ほう、と頷くと、また変身して人型に戻った。服も着ていたのでホッとした。

「そのようなこともあるのだな。面白い。他には何も言われておらぬのか?」

「冒険者になってあちこち旅をしてみたらーと勧められました。あとは勇者になって戦ったりしなくてもいいし、気楽に人生を楽しめって」

「ふむふむ」

「他にも会ってる人がいるみたいですね。ハーレム、えっと、恋愛に頑張ってる人とかもいて、その人生を眺めるのが楽しいみたいです」

「神がそのようなことを。意外と、その」

「分かります。でもその先はご容赦を」

 俗物だと言いたかったのだろうが、止めた。

 後で夢に現れて怒られたくはない。

 シュヴィークザームも分かったようだ。何度も頷いていた。


 その後、主に食べ物について語らっていると、部屋にヴィンセントがやってきた。

 応接室の床に座り込んでいるシウ達を見て、さすがの無表情も眉を顰めていた。

「何をしているのだ」

 寝そべったフェレスの上に抱き着くようにして寝転んでいるシュヴィークザームは確かに、客観的に見てもおかしいだろう。その横でシウも仰向けに寝ていて、そのお腹ではブランカが蠢いている。

「見て分からんのか」

「……分からん」

「フェレスの尻尾でブランカを釣っているのだ」

 胸を張って、いや、寝転んでいるので張っては見えないが、自慢げに堂々と言い放つ。

「我の羽では食い付きが悪いのだ」

「フェレスの食い付きは良かったのにね」

「そうだ。そのへんはやはり猫だのう」

「にゃ、にゃにゃ!」

 猫じゃないもん、と抗議しているがシュヴィークザームには通じない。相手をするだけ無駄だから放っておけと、シウは小声でフェレスの耳元に通信魔法で教えてあげた。

「にゃぅん」

 ぷしゅうと空気が抜けたようにフェレスは絨毯の上でぺしゃんこになった。

「おおう、落ち込むでない。お前にも我の羽をやろう」

 大盤振る舞いだが、ブラッシングをすると毎回出てくるものらしいので、そうすごいものでもない。が、フェレスは機嫌が治った。

 早速爪に引っ掛けて、宝物入れに入れようとしてヴィンセントがいることに気付いた。

 賢くなったなあと感慨深く思う。

「にゃ」

 シウに手渡してきたので受け取って仕舞う。

 それを黙ったままヴィンセントが見ていた。額に手をやっているので、まあ頭が痛いと言いたいのだろう。

「どうやって仲良くなったのか気になるところだが、そろそろ表まで送っていこう」

「あ、はい」

 よいしょとブランカを抱え直して、抱っこひもの中に入れる。卵石がお腹に来るようにもぞもぞしてから立ち上がると、フェレスもシュヴィークザームが寝転んでいることを忘れているのかスタッと立ちあがった。

 ゴンと音が鳴ったが、フェレスは全く気にせずシウの足元に駆け寄った。

 ヴィンセントが痛ましそうにシュヴィークザームを見ていたけれど、それは可哀想というよりは残念なものを見る目だったように思う。


 部屋から出る時にはシュヴィークザーム自身でお見送りしてくれて、何度もお菓子を持って来るようおねだりしていた。

 ついでとばかりにヴィンセントにも、魔法袋が欲しいと、その理由まで告げて頼んでいた。

 王宮内を静かに歩いて帰ったのだが、その間のヴィンセントからの物言いたげな視線が痛かった。



 馬車は用意してもらっていたのだが、相当頑張って飾り無しのものを選んだようだ。ただ、誰かのお忍び用かもしれないが、材質が高級すぎてどう見たって良いものとしか思えない。

 帰る屋敷が貴族家なので構わないが、つくづく庶民のことを分かっていないのだなと思った。どこかの辻馬車でもいいのにとそこまで考えて、王宮が辻馬車を呼べるわけもないのだということに気付いた。

 結局、王宮に庶民を呼ぶのが間違っているのだ。

 その結論に、1人納得して帰宅したのだった。


 屋敷に入ると、付き添って来ていた筆頭秘書官の従僕が馬車の中から荷物を持ってついてきた。

 なんだろうと思ったら、お土産らしい。

「あ、すみません。ありがとうございます。……ってお礼状をお渡しした方が良いんでしょうか?」

「いえ、この場合は結構ですよ。主が、くれぐれもよろしくと申しておりました。本日は王宮までご足労いただき、お疲れ様でした」

 良い家格のところの少年だろうと思うが、しっかり教育されているらしくシウに対して丁寧に頭を下げていた。庶民に対してもできるというのは偉いと思う。

「こちらこそ、楽しいひと時を過ごせました。ジュスト様にもよろしくお伝えください」

 名前を憶えていたシウに、従僕は驚いたようだった。それから嬉しそうに笑って了承の意を示すようにしっかり頷いて、礼儀正しく帰って行った。


 馬車が見えなくなってから、ようやくシウは肩の力を抜いて盛大な溜息を吐いたのだった。

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